第187話 夢であえたら



 彗のSUVに乗って、友里は深夜の街を眺めた。優の手を握り、肩に寄り添う。

「今日は眠いんじゃない?紀世さんのお言葉に甘えて、泊まればよかったのに」

 運転席の彗に言われ、友里はパッと優から離れた。

「いえ、まだ大阪行きの荷物もまとまってないし、彗さんも、いろいろありがとうございました。お仕事大変なのに」

「ううん、大丈夫だよ」

 ニコニコと笑う彗に、優が「ありがとう」と言った。

「それにしても、紀世さんのこと、よく覚えていたね」

「いつもお正月に逢うじゃない」


「いや、11月の」

「ああ、そうそう、なんかふと思い出して……学校の先生になりたいなんて、珍しい願いじゃない?経営者の道をあゆんでるのにさ、そんな子がいたな~って思って声かけたんだけど、突然いっても、無理だったね」

 彗はいろんなことを少しずつ覚えていて、それが折々に浮かぶんだよと、謙遜した。

「俺が連絡をしたから、苗字だけ覚えてて、お正月に優に絡んでたのかな」

「どうだろう、紀世さんのことは紀世さんにしか、わからないよ。今度聞いてみたらいいよ」

「そうだね、連絡先もおしえてもらったし!」

 ミラー越しに笑顔を見せる彗に、ふたりとも笑顔を返した。


「でも、あっさりと治療方針を変える決意してくれてよかった」

「きっと、自分の中で、わだかまりがあったのかもしれないね」

 彗と優が話している間、友里はニコニコと聞いていたが、車の走る音と、優の心音が心地よくて、うとうとしてきてしまった。

「友里ちゃん、眠い?」

 優の声もどこか遠くに聞こえて、こくりと頷いているのか、自分でもよくわからない。友里はそのまま、夢の世界へ入ってしまった。


 ::::::::::::::


 そこは、10畳ワンルームで、キッチンが見える。

「友里ちゃん、美容院いくなら、シャンプーを買ってきてほしい」

 友里にお願いをしながら、優がそっと頬にキスを落とした。少しだけ化粧をしていて、大人びた女性に見える。友里はときめいて、優の頬に手を当てた。

「優ちゃん、今日、お化粧してるの?」

「いつも通りだよ」

 少し濃いかな?と優が鏡を見ると、そこに、友里自身の姿が映った。緩いパーマをかけていて、まるで、羽二重真帆のような姿になっている。


「え!?!?」

「わ、びっくりした、どうしたの?」

「わたしすごいおとなっぽい」

「……?熱は、なさそうだけど……」

 優が、友里のおでこに手を当てる。薬指に指輪が光っていて友里は目を丸めた。


「優ちゃん、結婚指輪してる!!!きゃ~~!!わたしもだ!!」

「これは本格的におかしいな?友里ちゃん、一緒に医局にいこう」

「いや、違うの。まって、これは夢だよ、あのね、わたし、今17歳で」

「うん、うん。若年性健忘症かもしれない。大丈夫、落ち着いて。早期ならよい薬があるから」


 優はあまり落ち着いていない声で、友里の肩をなでた。


「違うの優ちゃん、ほんとに」

「だって、10年分の記憶がまったくなくなっているなんて、こわいよ、友里ちゃん病院へ行こうよ」

「聞いてよ~」


 あまりにも友里が病院へ行きたがらないので、優が落ち着くために、紅茶を淹れた。


「友里ちゃんは夢を見ているっていうの?」

「そう、紀世さんのいたスイートルームから、帰っている車の中」

「ああ、友里ちゃんが攫われたって村瀬が叫んだ、あのとき?」

「うん、お父さんに逢いに、大阪に行く手前!」

「そっか……。もうすぐ18歳の誕生日だね、友里ちゃん」


 優の記憶力は大したものだなと友里は思うが、夢の中なので、友里が思い描く優なのかもしれないと思った。

 友里は優の全てが好きだが、それ以上に素敵で美しい大人のお姉さんになっている優の姿に、ずっとドキドキしていた。思い描く優なら、きっと、自分のお願いを聞いてくれるはずだと思い、そっと寄り添った。


「あの……すごい素敵、優ちゃん」

 思わず口に出すと、それまで青い顔をしていた優が、ニコリとほほ笑んだ。

「ありがとう、友里ちゃんも、とても可愛いよ」

 いつもの優なら、少しだけ頬を染めて照れるところだが、すぐに友里を褒めるので、友里は戸惑った。しかし、夢ならば、してみたいことがあった。

 モジモジとしつつ、友里はぎゅうっと抱き着いた。

 (お誘い上手にできてるかな)友里は思った。優は少し目を丸めた。くるりと黒目が光って、友里は、大人の優でも、高校生の時のような仕草が残っている気がして、少しだけホッとした。

「ユウチャンカワイイ」

「あはは、本当に、高校生の時の友里ちゃんみたい」

「だからそういって──」

 優があまりに普通の表情をしているので、夢の中でもダメなのかと思ったが、優の心音がどくどくと音を立てているのに気付いて、友里は微笑んだ。


「優ちゃんの心臓の音、スキ」

「友里ちゃんが好きだから鳴ってる」

「!」


 優に、いつか自分が言ったことを言われて、友里が「ぐう」と唸った。

 友里が困ったように握りこぶしを作ると、優がぎゅっと抱き返して来た。友里がふざけて「死にそう」というたびに見せる、悲痛な顔のような、「好き」と呟くときのような、困惑しつつも友里に寄り添おうとする優の顔だと思った。


「友里ちゃん、今、わたしたち、付き合ってる?」

「う、うん……」

 なんの確認かは、唇が押し当てられてすぐに分かった。付き合っていない時は、キスをしてはいけないと優は思っている。


「あン……っ」

 友里は、思わず喘いでから、優の肩に顔をうずめた。

「すぐ声出ちゃうの……大人になったらなおる?」

「大人になった後、知ればいいと思うよ」

「でも、今、ずっと優ちゃんと一緒にいられるってことだけはわかって、すごいうれしいの。キスしたい。もっと、いっぱい教えて」

「友里ちゃん」

 ごそりと、衣擦れの音がして、体をまさぐられていることが分かった。

「あっ」

 体が、ずっと感じやすくなっている気がして、友里は悶えた。

「あ、でも、今のわたしは、今の優ちゃんのわたしじゃないのに、いいの?」

「変わらないよ、少し反応が幼いくらい」

「う、うそ……おとなっぽくなれるの?」

「友里ちゃんは上手だな」


 唇を奪われながら、体の弱いところをまさぐられるやり方は、いつもの優のようで、大人びた容姿からは、想像できない、熱っぽさだった。手のひらが暖かくて、そこは違うような気がしたが、友里はあっという間に優に身をゆだねてしまう。


 :::::::::::::::


「は」


 目を覚ますと、深夜の自室にいて、友里は驚いた。

(なんていう夢を……)

 大人の優に今の自分の気持ちのまま抱かれる夢を見るなんて、恥ずかしすぎて、友里は顔を覆う。

 くるりと体を動かすと、隣に優が眠っていてドキリとした。

 眠りの浅い優が、友里の気配に気づいて、薄眼を開く。まるで花が咲くようで、友里はその姿を見つめて待っている。


「優ちゃん、起こしてごめん。車から運んでくれた?」

「……うん、そう。眠ってたから」

 むにゃとねぼけながら、優が言う。かわいさに震えながら、友里は優の胸に抱き着いた。


「今すごいえっちな夢見ちゃった」

「え!」

 友里が抱き着いている優の胸が、どくどくと音を立てた。夢の中の優と同じ音がした。

「10年後の優ちゃんに抱いてもらうの」

「え?」

「優ちゃんは若年性なんとかって言って、病院にいこうって言うんだけど、わたしがお誘いするの」

 優の心音がさらに音を大きく上げた気がしたが、優の声色はいつも通り冷静で、友里はくすぐったくなってしまう。

「いくつになっても、友里ちゃんの誘惑には勝てなそう」

「優ちゃんにお誘いしても、いつもうまくいかないのに、やっぱ夢の中は都合がいいね」

「どんなふうにしたの?」

 友里は、ドキドキと音を立てる優の心音を感じながら、優をじっと見つめた。

「ただ、ぎゅうって、抱きついただけだよ」

 ドキドキと鼓動がたかまる。自分の心音なのか、優の心音なのか、暗闇のベッドの中で、よくわからなくなってくる。


「──そのお誘いは、さすがにわかるよ」

 優に言われて、友里は照れながら、瞳を閉じた。優がキスをする。深く、深く。

「んっ、そ、それでね、この、声を上げちゃうの、治るのかなって言ったら、ゆ、優ちゃんがアン、あの……ねえ、きいて」


「大人になったら知ればいいよとでも言ったんでしょう?」

「あ、どうしてわかるの?アン、あ……っ、やん、優ちゃんっ」

 胸をまさぐられて、友里は悶えた。ゼラニウムの香りが漂って、優の香りがすこし薄く感じる。

「いつもの友里ちゃんの香りになるまで、してもいい?」

 優はそう言うと、そのまま友里が達するまでまさぐった。


 :::::::::::::


「はあ……」


 汗だくの友里が呼吸を整えていると、少し汗をかいた優がキスをする。

「えっちな夢を見たってあたりでもう、誘惑されてた気がする」

「そういうの、いっちゃだめだった?」

「んん……いいけど、場所と時間を考えないと、わたしにいいようにされてしまうよ、友里ちゃん」

「優ちゃんになら、なにをされてもいいよ」

「もう……そういうのだよ!」


 怒りながら、友里を抱きしめて、勢い余って、優の上に友里を乗せた。友里は「重いよね!?」と焦るが、優が抱きしめて、胸に友里の顔を押し当てるので、そのまま友里はその位置でうずくまる。体がぺしゃんこに柔らかくなって、優と一体化したようで、友里は悦びのため息をついた。


「いくつの優ちゃんでも、きっと恋をしちゃうんだろうな、わたし」


 優は(自分のほうがその台詞を言いたかった)と思いつつ、ありがとうと頷いて、ハグをする。友里が、ハッとしたように照れた声を上げた。

「なんかすごいいちゃいちゃしてる感じがする!」

「村瀬にも、目を離すといちゃつくと言われた」

「控えたほうがいい?」

「ううん、嬉しいから」


 くすくすと笑い合って、友里は優の胸の中でうっとりした。

「優ちゃんの香り、すき、好きだからいい香りだと思うんだよね」

「ずっとそうだといいなあ」

「優ちゃんはすぐ心変わりを疑うけど、大丈夫だからね?!大人の優ちゃんもそれはそれは素敵で麗しかった……」

「信じてる、けど、なんだかうっとりしすぎじゃない?」

「ユウチャンカワイイ」


 時計を見ると、もう2時を過ぎていた。

「友里ちゃん、これ以上、無理をすると友里ちゃんが倒れるコースだ」

「いつもすみません」

「ううん、そばにいてあげられたらいいけど、いない時だと困るから、寝て」

 優はそう言うと、友里の髪をそっと撫でた。友里はうっとりと呟く。

「また優ちゃんと、夢で逢えたらいいな」


 それだけ言うと、友里はあっという間に夢の世界へ旅立ってしまう。優は、友里を抱きしめて、大人の自分に友里を取られたような、しかしそれも自分なのだから、友里がメロメロになっているのも、どういう感情で受け止めたらいいのかわからなかったが、「可愛すぎる」と少し怒ったような声で唸った。



 明日1日学校へ行けば、すぐに大阪旅行だ。

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