第186話 おとなになっても
「も~、目を離すとすぐいちゃつく」
村瀬が、ショコラフレーズの正方形ケーキを食べながら友里たちが座るソファーに近づいてきたので、優は友里を肘あてに寄せ、自分の隣に村瀬を座らせた。
「友里さんの隣は、絶対死守なんですか」
「戦うって言っただろ」
「そんなこといってましたね!」
村瀬が嬉しそうに微笑んだ。優個人の戦闘力は、あまり大したものではないと思っているようで、優はムッとした。
「いやいやちがうんですよ、俺は、友里さんのナイトになるって言ったんですよ。だからふたりが仲良しだと嬉しいって言う気持ちがいま、この美貌の顔面に溢れてて」
「……ふうん」
「なんすかその、気のない返事は、そりゃ駒井さんに比べれば」
「友里ちゃんのナイトになるだなんて、下心が見えてる」
「純粋に、姫を慕ってるのになあ、姫の恋人にも認めてもらいたい、この感情!」
しかし、村瀬の機転でこの場所にいることは事実なため、優は「一応お礼は言っておく」と友里を胸に抱いたまま感謝を告げた。
友里がむにゃりと寝言を言うので、この一瞬で眠ったのかと思って、村瀬とふたりで笑う。優は友里の頭に自分の唇あたりを付けた。
「な~んか、この間から、距離近くないです?お弁当とか交換しちゃって!」
「……付き合ってるんだから、いいだろ」
優が「見るな」と言いながら、無表情で村瀬に言った。
「いや、駒井さんってそう言うの、結構気にする人ですもん、自分の大事なものを、人前に、絶対出さない人でした!俺知ってます!!なのに、最近隠そうとしない!」
戦いを挑むし!と付け加えて、村瀬は優に食い下がった。
「……」
「なんか進展したんです?」
村瀬が好奇心たっぷりという様子で、優の背中をぐいぐい押してくる。優は、友里が村瀬に黙っていることを自分が言ってもいいのか悩む。
「……結婚の約束を、両親の前でした」
「は!??!!?はあ?!?!」
村瀬が、大きな声を出すので、優は眠る友里に迷惑がかかるだろう?という顔で村瀬を睨む。村瀬も、慌てて唇を抑えた。手に持っていたケーキ用の皿を、ガラスで作られたテーブルの上に置いた。
「だから、隠すのではなく、キチンと隣に立って、友里ちゃんにふさわしい人間になろうとおもっているんだ」
「あの……びっくりしすぎてあれなんですけど、ご婚約、おめでとうございます」
「まだ友里ちゃんのお父さんに挨拶していないから、正式ではないけど」
「思い切りましたねえ、高校生で」
「何十年経とうと、友里ちゃん以上に好きな人はいない」
「うっ眩しい……っ」
村瀬が目に見えない光を遮るように腕を掲げて唸る。友里が「ううん」と寝言を言って、優の胸に縋りついた。重さを感じて、優は肩に回した手を背中に降ろして、友里を抱きしめる。
「駒井さんはいいな、将来の職業も決まってて、好きな人もいて、周りから祝福されてて、何の苦労もなさそうに見えて……、駒井さんの周り、恵まれてますね」
真摯な表情の村瀬に言われて、優は「そうだね」と呟いた。
「俺なんか──」
言いかけて、村瀬は言い淀んだ。優は、村瀬が自分の中に入らせようとしない言い淀みかと思って、黙っている。
「これは、まあ、親密になって落としたい人の前でしか話したくないんですけど、駒井さんのこと別にそう言う対象ってわけじゃないですからね!?」
言ってから、優が無表情で眺めているので、村瀬は「まあ私にそんな興味ないか」と言った。「俺」ではなくなっている。
「いや、興味あるよ」
「マジですか~?」
ふざけたように村瀬が言うが、タイミングを逃したようだった。
「もしも友里ちゃんとの仲を、反対されてたら村瀬がうらやむそのすべてを失った」
「んでもさ、確信があったんでしょ?じゃなきゃ、いわないでしょ、駒井さん」
「どうだろう、口に出すまではやはり、なにもわからないよ」
「……」
しばし沈黙が訪れる。
「じゃあ反対されてたら、どうしたんですか?」
「友里ちゃんとにげる」
村瀬は、駒井優ならたくさんの財産を持っていて、それを元手に友里を守り切るというようなプランBが聞けるかと思ってワクワクしていたが、その一言に思わず噴き出した。
「駒井さんってほんと、すげえ抜け目ないって思ってるけど、わりといきあたりばったりなとこあります?」
「あはは、あたり」
「でもうまく行っちゃうんだろうな。家庭がいいのが一番うらやまです」
村瀬は、新しいお皿を取ると、ケーキを2・3個とってきて、優の前に置いた。
「おめでとうございます!」
「こんなに食べないよ」
「友里さんからあーんしてもらったのしか、たべてないじゃないですか!」
「それで胸がいっぱいなんだって!」
「なにそれ、かわいらしいこと言って!じゃあ俺が、全部食べちゃいますからね!?後でほしいって言っても、あげませんから!」
全てひとくちで頬張るので、優は目を丸めた。
「口が大きい」
「今知ったんです?俺、口が大きいでゆうめいなんでふから!」
優がくすくすと笑う中、村瀬はケーキをもぐもぐとしている。
「村瀬、友里ちゃんに関しては、認められないけど、色々ありがとう」
にっこりとほほ笑んで、優が言うと、村瀬はケーキをごくんと飲み込んで、優を見つめた。
「あま」
「3個も一度に食べれば、当たり前でしょ」
「いや顔面が良すぎて……びっくりした。急に懐くのやめてくださいよ」
「──懐いてない」
優は顔をしかめて、無表情に戻ると、プイと横を向いて友里を抱きしめて、少しあやすように体を揺する。
「もしかして駒井さん、顔のこと言われるの苦手です?」
「……」
「ええ、そんなに良くできた顔してるのに!」
村瀬は小学生男子のようで、やはり高校2年生だ、人付き合いがうまくてするりと懐に入ってくる。優は、懐いているのは村瀬のほうだろうと言いかけたが、やはり村瀬はなつこいように見えて、すべての人間にみせている面と見せていない面があると思って、それを言うのをやめた。
「いや俺も結構駒井さんに懐いてるんで、駒井さんも心許してくれたなら嬉しいな!って思ってるんですよね。とりあえずID交換しましょうよ、俺インスタで結構人気ありますよ~」
「SNSはLINEしかしてない」
「うっわ、出た淑女。友里さんは、洋服のアカウントもってそうですよね?作った衣装でたどれば探せそう」
「あんまりそういう話しない」
眠る友里の髪を撫でて、優は友里のことを全て知りたいと思いながら、普段触っているスマートフォンの中身は詮索したことが無かった。
「友里さんが起きたら、聞いて、いっぱい絡みにいっちゃお」
「もしも友里ちゃんがアカウントをもっていたら、わたしも作ろう」
「え、やめといたほうがいいですよ、現実だけでいちゃついてください。友里さんの投稿ぜんぶにハートつけそう」
「なにそれ?したらダメなの?」
優はよくわからないというように首をかしげた。村瀬がSNSの仕組みを説明しだしたので、話半分に優は聞いた。
彗と紀世の話が終わり、優たちの元へ来た。
紀世が、宝箱を持ってきて、優に、当時の大人になったらしたいことの10枚の紙を渡してくれた。
「これが、優ちゃんの分で、こっちが友里ちゃん。今日、思い出してくれたら、返すつもりだったの。もしも忘れてたら、しまっておけばいいと思って」
「ありがとうございます」
「うわ、ちびっこ駒井さん字がうめえ……」
横から覗き込んだ村瀬に言われて、優は紙を胸に隠した。
「友里さんは、なんて書いてあるんです?」
「あんまり見ないほうがよくない?」
「タイムカプセルものは、ワイワイ友達用にやるもんで、みられて困るものは書かないもんでしょ?」
村瀬は言うと、優の胸で眠る友里を揺すって起こした。優と紀世は目を丸める。本気で、大人になったらしたいことを真剣に書いたので、どこか恥ずかしい気持ちだ。
ねぼけ眼の友里が、自分で書いた覚えのない紙の前に、優の願いごとを見つめる。
「優ちゃん、もうこのころに字が完成されてる……!」
ハッと起きて、村瀬と同じ感想を言うので、優は少し照れた。
「かわいい、「お花屋さんになりたい」って書いてある。優ちゃん花言葉とか、詳しいもんね」
「友里ちゃんだって、香りを嗅いだらお花の種類がわかるでしょ。友里ちゃんの影響だよ。医者を目指したのは、5年生の頃だから」
優が友里に肩をそっと当てて、言った。友里もはにかんだ。ふたりの様子に村瀬が(またいちゃついてる)という顔で見るが、彗と尾花姉弟が微笑ましそうに見ているので、自分もそうした。
「わたしは、ショートケーキが食べたいとか、大人になってもしていたいことって感じ…。あ『プリマドンナ』って書いてある、かわいい」
ペラペラとめくって、友里はハッとして紙を隠した。
「なに?」
「ううん、なんでもない」
紀世が気付いて、にやりと笑って言う。
「優ちゃんもほぼおんなじこと書いてるし、恥ずかしがることないのに」
「いや、でも」
友里が恥ずかしそうにしているので、優は自分の紙をぺらりとまくった。そこに、『友里ちゃんと一生一緒にいる』と書いてあって、幼い自分の想いを知った。きっと本気で書いただろう、小学3年生の自分に頷く。(友里ちゃんはきっと意味も分かっていない、一緒にいるという意味で『けっこんする』とか書いたのかな)、優は無邪気な子ども時代を懐かしむように、微笑んだ。
「友里ちゃん」
手持ちのカードを見せると、友里が赤い顔になる。友里も、しばらく悩んだ後、胸に抱えたそれを、優だけにそっと見せる。
『ゆうちゃんがスキ』
ショートケーキと同じ場所にいるのかもしれないが、当時の友里が、優を恋愛の場所に置いていないと思っていた分、優は心臓が跳ねた。
友里はしかし、照れているままなので、優は首をかしげる。
「あの、これね、ちゃんと『大人になったらしたいこと』という意味で書いているの」
優に言う。
「大人になっても、優ちゃんを好きでいるって意味。で、ホントに10年後に、好きの意味がちゃんとわかって、好きになってる、って思ったら照れくさくて」
「……!」
思いがけず、直接的な告白を受けて、優は顔を赤く染めてしまう。
「なんすか、なにが書いてあったんです?」
村瀬に突っ込まれるが、優は「なんでもない」と言った。
全てわかっている紀世だけが、「あはは」と声を出して笑った。
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