第181話 ゴールデンスランバー
「あのね、いつも優ちゃんが「あいたい」って送ってくれるでしょう?「わたしも」って返すけど、一度も逢いに行ったことないな!って思ったら、いてもたってもいられなくなっちゃって」
2階の優の部屋に指を絡めたままふたりでたどり着いたあと、友里は早口で言い訳のようにそう言った。優は、友里をそっと後ろから抱きしめると、ベッドに座り、自分の膝に抱いて、友里の言葉を聞く。友里を膝に抱くと、安心する。
「すぐ近くにいるんだし、逢いたいって思ったら、逢っちゃえばいいな!?って思ったの。23時とか、あまりに深夜だと、迷惑かなと思うけど、まだ21時だったし、お風呂あがったばっかだったし」
「うん」
優は、友里の言葉に頷くたびに、首筋にキスをした。友里が戸惑って、内容や話し方が要領を得ない様子になっていく。優の机の上にちらかったままの勉強道具を友里は見つめた。
「優ちゃん、ごめんね、お勉強する時間だよね?」
「うん」
「お勉強していいよ、そばにいたいだけだから」
「うん」
優は友里を抱きしめたまま、頷いては、首筋にキスをする。
「幼馴染でよかった、逢いたいって思った時に、逢えるのって嬉しいね」
「──うん」
思わず、友里の首筋を舌先で舐めた優に気付いた友里が、優の腕をぎゅっとつかんだ。
「ちょっとだけ」
友里をくるりと自分へ向けた優は、友里の唇にそっとふれた。友里は目をつぶってそれに応えた。
;;;;;;;;;
──「ちょっとだけ」と優は言ったが、ちょっとではないほど愛し合って、友里は深夜を示す時計を見てぎょっとした。
「優ちゃん、わたし一旦、帰るね」
「ん、友里ちゃん……好き。帰らないで」
ねぼけた優の腕に抱きしめられて、友里はうっとりしてしまいそうになったが、優の勉強時間を奪ってしまった事や、「ちょっと出かけてくる」と飛び出した家のことなどを言い訳に、その腕から出ようと奮闘した。
「まだまどろんでいて……」
優が子守歌のように外国語の歌を歌う。ねぼけた声だというのに、しっかりと友里の体をまさぐる。
「あ、優ちゃん……!」
友里は心臓が跳ね上がるような感覚の中、シーツを掴む。なし崩しに、友里は再び、悦びの声を上げてしまった。
目が覚めるたびに、眠りの浅い優に抱き潰されてしまう友里は、次第に観念して、そのまま優に身をゆだねた。途中、お水を飲もうと起き上がると、テーブルの上にペットボトルの水が置いてあって、強引な仕草の中でも、用意をしたらしい優にときめいた。
:::::::::::::
朝4時。
目を覚ました優は、となりに、ぐったりとねむる薄着の友里がいて、夢の中だろうかと考えて、友里の唇や上半身にキスをしてから、(そうだ、昨日、友里ちゃんが来てくれて)と思い出して、夢の中よりも鮮明な、ねぼけたままビクリと震える友里の無防備な体を見つめた。高岡にバレたら怒られてしまうキスマークが、友里の首筋や、よくみれば、いたるところにたくさんついていて、昨夜の自分を顧みる。
(はしたないのはどっちだ)
優は、友里の髪を撫でて、おでこにキスをすると、そっと布団をかけた。友里が夢の中へ帰っていくのを見届けてから、煩悩を追い払うようにランニングへ出かけた。
ランニングの汗をシャワーで流して、部屋に戻って来ても友里はぐっすりと眠っていた。友里の足が布団をはいで、うつ伏せで眠っているので、キャミソールの背中から傷跡が見えていた。赤い跡を、そっとなぞると、眠っている友里の肌がピクリと震え、汗ばむ。
「んう、優ちゃん、もう……ダメ」
寝言で訴えて、寝返りを打つ友里から、甘い花の匂いがして、ごくりと喉を鳴らした。ずいぶん、無茶をしたことに気付いて、「起きたらシャワーを浴びてね」と声をかけて客室のカギを枕元に置いて、友里をそのまま、眠らせていることにした。
制服に着替えた優は、朝食の用意のために1階に降りると、明らかに動揺している父と彗に遭った。
「優、眠くない?今日は休んでもいいのよ」
芙美花に言われて、昨夜の件が家族中にバレていると一瞬だけ思ったが、部屋の防音は完璧だとわかっている。ただ、夜、恋人の友里が訪ねてきて、部屋へ行ってそれきり出てこないという状況から、鑑みていると思った。こちらがあからさまに動揺しなければ、なにもないと思い、「大丈夫だよ」とほほ笑んだ。明らかに友里の味方の多い駒井家で、友里の恋人として及第点でもないことはわかっているので、虚勢でも見栄を張らねばと思った。
「でも友里ちゃんはお休みよね、優が無茶をしたんでしょう?」
「おかあさん、憶測で話をすすめようとしないで」
「あら、引っかからなかったかあ」
サラダ菜を手でちぎりながら、芙美花は楽しそうに笑う。
「ねえ、優の部屋をお客様用の、シャワールームがある部屋に変えましょうか、日課のランニングの汗を流すのも、簡単になるじゃない?それとも、友里ちゃんとプレ同棲のために、部屋を作ったほうが」
ぶつぶつと、リフォーム魂に火の付いた芙美花が言うので、優は苦笑した。
「リフォームはともかく、シャワールームのある部屋にうつることは、嬉しいな。間取りもあまり変わらないし、兄がいいのなら、うつりたいかも」
「GW明けぐらいに、リフォームしましょ。友里ちゃんのお裁縫部屋も作りたい」
優は、自分が友里に言っていた言葉を芙美花がそのまま言ったので、やはり苦笑してしまう。笑顔の優を見て、芙美花がにっこりと笑った。
「優の笑顔、本当に好きよ。友里ちゃんがいてくれるおかげね」
「……うん、ありがとう」
父の新聞が、ばさりと音を立てた。優の笑顔の消えた駒井家を思い出したのか、少し鼻をすする音がする。父は涙もろい。
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友里がウトウトとまどろんでいる間、優の小さな歌声がした。
「優ちゃん、昨日も歌ってた。なんの歌?」
「ビートルズの、ゴールデンスランバー……Smiles await you when you rise ♪」
「?」
「目覚めると笑顔があふれる……おやすみ、ダーリン、泣かないで」
歌を訳しながら、優が友里の頬に頬を当てて抱きしめるので、友里は「きゃあ」といいつつ、笑顔になった。
「マザーグースの詩も、ゴールデンスランバー、黄金のまどろみのところが好きなんだ。郷愁を誘う感じ、友里ちゃんの瞳の色みたい。金色の眠りが、キミの瞳に満たされる……Golden slumbers fill your eyes~♪」
「うん……かわいいね」
「?」
「優ちゃんが、わたしに子守唄を歌ってくれる朝、最高」
「本当は起きなきゃなのにね」
友里は苦笑する優に、「もういちど」と頼む。優は、歌を聞かせることを好まないが、照れながらも低音の甘い声で歌った。
友里はうっとり、優を見つめて、またうとうとしはじめる。短い歌を歌い終えた優が、そっと時計を見やった。
「友里ちゃん、7時だけど今日は休む?」
「いくよ!!」
ガバッと起き上がると、慌ててベッドから立ち上がった。
「あぶない」
よろけた友里を、優が支える。
「制服、優ちゃんの部屋に置いとくようかなあ」
「それは、今後は、わたしが気を付けるから──」
優は、昨夜のはしたない行為を反省しているので、友里に休んでもらいたいような気がしていたが、単位の件もあり、おいそれとお願いできなかった。
「ごめんね」
「ううん、たくさん求めてくれて、嬉しかったし……、よく考えたら、土曜日にしてるのに、平日なのに、こんなことするなんて自分がおかしくなったのかな、昨日、わたし」
言い淀む友里に、優は言葉を促してしまう。友里が、照れて告げない言葉があっても、良いのに、優はそれを聞きたくて、ドキドキとしながら、「なあに?」と聞いてしまう。友里が観念したように、口を開いた。
「昨日は、抱いてもらいに、来たから」
友里は言いながら、真っ赤になって、目を丸める優から、自分を隠すように顔を覆った。手のひらの中で声を唸らせる。
「友里ちゃん、顔、見せて」
「やだ」
ごくりと喉が鳴ってしまって、優は友里を、抱きしめたまま、1階でふたりを学校へ送るために待っている彗に、悪いような気がしたが、しかし、我慢はきかず、友里を強く抱きしめてしまう。
「優ちゃん」
友里の甘い声がして、体重が自分に乗ると、優はくらりとした。
「ダメだ、がまん」
IQの下がった様子を感じながら、優は片言のようにつぶやいて、友里を名残惜しい気持ちで自分から引きはがした。
「ごめん、あと、たくさん跡を付けちゃったから、教えておくね。今日、体育は?」
「え!ある!」
優の様子に、友里も引きずられるように照れながら、最終確認のように体を探って、キスマークの多さに戸惑っているようだった。
「優ちゃん、背中は?」
友里の傷を慰めるように、優がたくさんキスをする場所を問うと、優はもちろん「ある」と反省しながら頷いた。
友里をお風呂へ見送って、優は1階に降りた。平和な顔をした彗が、「起きた?」と聞いてきた。
「すごく他人から罵られたい気分」
「え、お兄ちゃん人を罵れないけど、がんばろうか?優のばか!」
「うう」
優の様子に、芙美花がニコニコとしているので、優はシャキッと背筋を伸ばしたが、「優も大事な娘よ」と、全てわかっている芙美花に言われて、虚勢が解けたように、あっという間に眠気に襲われた。
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