第176話 おだやかな夜
『大阪』
日曜日の夜、アプリで通話をしながら、高岡の声に友里は頷いた。GWに優と出かける事を言うと『婚前旅行じゃない!』と言われて、しどろもどろになる。
「そんな、大それたものではないよ、わたしのお父さんに逢いに行くの」
友里自身、3年ぶりにあうため、どういう気持ちなのかはよくわかっていない。
「友里ちゃん、お風呂あいたよ」
ノックの音がして、優が入ってきたことに、高岡は驚いた。
『婚約したから、堂々とお休み中は友里の部屋なのね』
高岡の声にふたりは顔を見合わせる。(予定さえ合えば、いつも一緒だ)と思ってから、高岡の言葉の意味に優だけが気付いて、カッと顔を赤らめたあと、ハッとする。
「友里ちゃんまって」
制止は間に合わず、友里が「いつも一緒だよ~」と高岡に伝えた。
『まさか付き合う前から?泊ったりはさすがにしないんでしょ!?』
勘のいい高岡に気付かれて、優は恥かしさで顔を覆う。
「ううん、さすがに泊まるのは3回に1回くらいだったかな?わりと優ちゃんが、朝、ランニングしたまま、お家に帰ることが多いよ」
『駒井優は自らを省みるべきだわ、ほんとに』
「違うんだ、ちゃんと自分の気持ちを抑えるすべを見つけてから……」
『どうだか』
「猛省してます」
「?」
友里だけが、付き合う前から友里を独占していた優の意味に気付かず、首をかしげた。意味に気付いたとしても「優ちゃんに独占されるなんて幸せ」と言ってしまいそうだなと高岡も優も思って、ふたりで電波越しに、深いため息をついた。
『友里はもうちょっと自分の時間を大切にするべきでは?』
「あ、そういえば占いでね、「5月25日生まれはクールで飽きっぽい」って書いてあって、いつもそうかな?って思ったんだけど、『何か研究対象があるととたんに行動的で情熱的で、ポジティブになります』てあってね、それが優ちゃんなんだろうなって思ったの。だから、わたしの時間を大事にするってことは、優ちゃんのことを考える時間、ってことなんだよ」
『……突然のろけるわね、駒井優は息してる?』
高岡にさんざん、友里がいかに高岡に対して優の件で惚気ているかを聞かされたばかりの優は、「大丈夫」と言いつつ、噴き出す可能性のある水を手元から離した。
「聞かれたから、言ったのに」
友里も少しは恥ずかしく思ったのか、肩をすくめた。
友里が誕生日占いの件を持ち出したので、しばらく全員で、占いサイトを巡ってみた。高岡は11月27日生まれで、優が9月27日日付が似ていて、ふたりで驚く。『別にそれだけの話』と高岡は言うが、友里はことさらに喜んだ。
高岡の誕生占いに、「何事もワンオペで頑張れるが、困っている人の為には動いてしまう」という一文が書かれていて、優がしきりに「当たってる!」と喜ぶので、高岡は妙に照れた。
『駒井優はなにをみても「人気者」って書いてあって逆にひくわね』
「優ちゃんはすごいよねえ」
友里ののほほんとした声に、『友里だっていいことたくさん書いてあるわよ、ほら、えーと……なぜかしら、気配りができるのに他人のことはどうでもいいとか反対のことが書いてあるのだけど……言葉選びがウマイ!とか』と高岡はあまり友里について褒めることが出来ず、友里はそんな高岡に微笑ましく笑った。
「いいのに!そんな持ち上げようとしなくて!!」
『だって、友里はいいこなのよ?!』
「友里ちゃん。高岡ちゃんは隙あらば友里ちゃんを褒めたいんだよ。きもちはわかるよ」
3人の相性が良いことに気付くと、高岡が『友里とは嬉しいけど』と唸ったため、笑い合った。
「ここから英語にする?高岡ちゃん」
『え、友里の前で恥ずかしいわ』
言いつつ、優と高岡が英会話をすこしだけ続ける。
『Make sure your souvenir is a hard Yatsuhashi.』
「The Osaka souvenir will be a black bean madeleine called "Eenmochi"!」
『I like the hard Yatsuhashi. Absolutely buy』
「Listen, we're going to Osaka!」
友里が、どこかで首をひねっている気がして、高岡は説明をする。
『友里、簡単な単語しか使ってないわ。硬い八つ橋を買ってきてって言ってるの』
「八つ橋って京都じゃない?」
「そう言って、大阪土産の黒豆マドレーヌをすすめた、わたし」と、優。
『甘いものは硬いほうが好きなのよ』
「見つかったら、買ってくるよ」
優は高岡からの依頼を、スマートフォンに書き込んだ。
『見つからなければ、他の観光に費やしてね。私のことは気にしないで』
「観光に行くような場所じゃないと思うよ、おとうさんの社宅付近って」
「許してもらえなかったら、観光どころじゃないしね」
意を決したように優が言うと、友里はポッと頬を赤らめた。
『なにをそんなに急いでるの?駒井優は』
「え」
高岡に言われて、優と友里は顔を見合わせた。
『まだ高校生なのよ、お付き合いはともかく、結婚なんて、反対されるに決まってるじゃない』
「あ、そう、か」
『そうよ、生活基盤は親のお金だなんて、当たり前に反対されるでしょ。今回は顔を見合わせて、自分がいかにちゃんとしてるかを見定めてもらって、じゃあ大学卒業後に来ます、でいいのよ。先回りが悪い方に出てるわよ』
「高岡先生……」
優は高岡のあまりの正論に、じんわりして、友里のスマートフォンの向こう側の高岡を見つめた。
友里も「高岡先生♡」というので、高岡は慌てたように『やめなさいよふたりとも』と言った。
すこしだけ肩の荷が下りたようになって、ふたりは見つめ合った。お互いの家族が、早いうちに認め合ってくれたせいもあって、(あとひとりだ)と気が焦っていた気がした。確かに高岡の言うとおりだと思った。
友里は、むずむずとキスをしたい顔をしたが、それに気づいた優に、高岡にわからないように(だめだよ)と照れたように流麗に微笑まれたので、我慢したというよりその場で蕩けた。
「高岡ちゃんのことも、恩返しで、いっぱい応援したい!」
『友里、ありがとう。でも私のことは良いわ。自分の幸せを大事にして。大学に行った後くらいに、良い人が見つかればいいかしら、くらいの願望しか、ないの』
「そうなんだ」
優が相槌をうつと、高岡は露骨に嫌な声を出した。
『でもだからって、余計な用意をするんじゃないわよ、私は、私のペースで生きてるんだから。あなたのことだから、根回ししそうで怖い』
「そうだね、高岡ちゃんのペースを守らなきゃ!」
うんうんと頷く友里に、高岡は焦った声を出す。
『今のは友里に言ったんじゃないわ!?もう!!ややこしいわね!!』
「あはは、わたしと友里ちゃんで、態度を変えるからだよ、高岡ちゃん」
『人のことは言えないくせに!駒井優め!!』
友里が、ふたりの会話の後ろでくすくすと笑っている。優と高岡の会話を聞く態勢になってきたので、高岡が深いため息をついた。
『もう。友里のばか。じゃあ今夜はもう寝るわ。また学校でね』
プツリと通話が途切れて、時計を見ると、まだ夜の20時だった。
「早寝だねえ、高岡ちゃんは」
ばかと言われることが日常なのか、高岡の甘い声のせいなのか、全く友里は気にせず、電話越しの高岡に手を振った。
「駒井優と話したいじゃなくて、友里ちゃんとだけ、したいから切ったんだと思うよ、ほら、お叱りのメッセージが……」
優は自分のスマートフォンを友里に見せる。
【月曜日にまた。どうぞ仲良くね】
いつもなら、「おふざけがすぎる!」などが並ぶ高岡のチャット画面に、そう書かれていて、優は(やられた)と思った。優が友里に見せると見越したのか、優には明日は月曜日だという牽制を、友里には普通に、「仲良くね」と読み取れる。高岡の機転の良さは、優をどこか喜ばせる。
「月曜日は4月最後の屋上開放日なのよね。GW前に、一緒にご飯を食べるんだ~。優ちゃんもどう?」
友里は軽い気持ちで、優をお誘いしてみる。いつもなら、目立つような行為を遠慮してしまう優だったが、思わずこくりと首を縦に振った。
「え?!え、いいの??」
「うん、この間のピクニックも、楽しかったから」
「ええ、嬉しい!!ほんとに!?やった~~~!!」
喜んだ友里はいま通話を終わらせたばかりの高岡に、優も参加することを告げると、高岡が優のスマートフォンに、折り返し連絡をしてきた。
『駒井優の女が、うるさいに決まってるわ!!』
「わたしの女じゃない」
『あなた、ちゃんと牽制できるんでしょうね!?』
「さすがに、ごはんぐらいゆっくり食べさせてくれるはずだよ」
『大人数は、嫌だからね、そしたら、絶対に3人で食べるのよ!?』
「あ、ヒナちゃんと、岸辺ちゃんと乾ちゃんは?」
『くっ、その3人となら、ちょっと楽しそうだわ……!』
「あはは」
『なに笑ってるのよ、駒井優!』
「いや、高岡ちゃんてほんと、友里ちゃんを好きな人に弱いなと思って……」
優の笑顔に見惚れながら、友里はふと、「それなら、優ちゃんに一番弱くないとおかしくない?」と言った。
『……寝るわ、お邪魔しました』
プツリと通話が切れて、優と友里は顔を見合わせた。
「確かにそうだ、友里ちゃんを一番好きなのは、わたしなのに。まだ認めてもらってないのかなあ」
優が言うと、友里は優の肩にそっと寄り添った。
「お父さんの前に、高岡ちゃんに認めてもらう?」
「強敵だから、じっくり時間をかけよう」
優が微笑むと、友里も笑った。
「本当にいい子だなあ、高岡ちゃん……」
「優ちゃんは高岡ちゃんが好きね」
「友里ちゃんへの気持ちとは、違う感じにね」
「でもちょっと妬いちゃう!」
「ほんと?」
「うん」
友里が元気に頷くので、優は複雑な表情をした。妬いてる人の顔ではないと思った。
「明日のお弁当、わたしが作ろうか!?」
友里にそう言われて、優はハッとした。友里のごはんはよく食べているが、お弁当を食べるのは初めてだ。
「嬉しい、じゃあ、わたしが友里ちゃんのお弁当を作るから、ふたりで交換しようか」
「うん、家にあるものでいいからね」
「わかった、それこそ、唐揚げにだし巻きに、おにぎり?」
「うん!うれしい!わたしも、がんばる!!」
友里は言ってから、朝の早起きだけがネックだと、暗い顔になった。優のランニングと同時に起きて、目が覚めるまでしばらく待って、それぞれの家で作るようにしようと決めて、その日は抱き合って、少しだけキスをして、穏やかに、ただ眠った。
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