第177話 お弁当

 

 早起きをして優を見送って、母に「お弁当を作りたい」と友里がいうと「いつも作ってるじゃん?」と怪訝な顔をされた。

「優ちゃんへの、贈り物として」

 母は慌てた。「なぜ、土曜日に言わないのか」という顔をされた友里は言い訳をする。

「だって!昨日の夜決まったし、いつものでいいんだって!!」

「友里はいつもそう!!行き当たりばったりで!!」


 母のマコは、優のファンだ。慌てふためき豪華なお弁当を検索していた母に、見栄を張りたいのもわかる友里だったが、母に向き直る。

「たぶん優ちゃんは、わたしの、いつも通りを期待してると思うんだ。ここは冷静に、いつものお弁当にしたい。そういうのが思いやりだと、おもってるの!」

 母に真摯な言葉を告げることが、気恥ずかしく、友里は汗をかいた。スマートフォンとにらめっこしていたマコは、ぽかんと口を開けた後、微笑んだ。

「お付き合いしてるんだねえ」

 妙に納得されて、友里は「そうだよ」と、照れつつも頷いた。


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 高岡と屋上へ向かう階段の踊り場で待ち合わせをして、優にも連絡をした。【12時40分には合流できるよ】という連絡を受けて、ふたりで場所取りをするために階段を上った。いつも生徒会の2名が入り口に立っているのだが、そこに優がいて、友里は目を丸めて驚いてしまう。

「働いてる!」

 友里の言葉に思わず苦笑する優は「うん」と頷いてドアを開けた。エスコートするように、高岡とふたりを屋上に案内する。

「あとでね」

 友里が小さな声で手を振ると、優が甘い微笑みを向けてくれて、友里はぎゅッと心臓を鷲掴みされたようになった。


「聞いてたの?」

 高岡に聞かれて、友里はぶんぶんと横に首を振った。

「そういうところあるわよね、駒井優って」

「ねえ、ほんと可愛い……!!!」

「はあ、まあ友里がいいのなら、いいけれど」

 あきれ顔の高岡は、チラリと後ろを振り向く。もう一人の副会長の女子が、駒井優と一緒に他生徒を案内する様子を見ている。

「なにあれ、握手会みたいになってるけど??」

 王子様仕様の優を友里はすっかり「かわいい変換」できるが、高岡は毎回怒りをあらわにする。

「他人の肩に手を回すのやめろって言ってるのにね!?」

「それはわたしも、ちょっと思うけど、他の子が小さすぎてとっさに支えちゃうみたい」

 友里があっけらかんと言うので、高岡も「声が聞き取りづらいからだとか言っていたけど本当かしら」と続けた。

「優ちゃんの前だとみんな、モジモジしちゃうからかなあ?」

「駒井優がそういう気質なのかなと思っていたけど、そういうことにしておくわ」


 岸辺と乾は、外で食べることをあまり好まず断られ、あとで、柏崎ヒナが合流することになった。

「このあたりがいいわね」

 高岡が気に入っている、青空しか見えない位置にふたりで座り、みんなの到着を待つ。


「友里、今日のお弁当は?あの、もち麦と塩昆布と枝豆のごはんだったら、少し交換してほしいのよね」

「あ!入ってるよ、お気に入りだねえ。でも今日は、実は、優ちゃんと交換するんだ、優ちゃんに頼んでみて」

「あら、──そうなの」

 高岡は少しだけ疎外感を感じて、うつむいた。

「作りながら、高岡ちゃんにも連絡すればよかったかなって思ったけど、PFCバランス完璧ごはんだったら申し訳ないかな!?とか思って、高岡ちゃんの分、というか、イチゴなんだけど、これどうぞ!」

「え!?嬉しいわ」

 ちいさなタッパーウェアに入ったイチゴを渡されて、高岡は、はにかんだ。

「洗って返すわね」

「ううんいいよ、重なるから、そのまま持って帰る~。練乳もあるんだけど、いらないかな?」

「そうね、普段は控えてるけど、今日はかけようかしら」

 穏やかに笑い合っていると、柏崎ヒナが合流した。


「部から、カメラ借りて来た!」


 写真部のヒナは、手に一眼レフをもって笑顔で現れた。その後ろに背の高い村瀬がいて、高岡が「ゲ」と言った。

「村瀬はいらないから、帰りなさい」

「ひどいな、朱織。こんな楽しいランチに、俺をハブるなんて!」

 村瀬の手にも一眼レフが握られている。

 友里は、一眼レフカメラを欲しいと思っていたが、先に教習所と、中古の車の購入代に回してしまったので、(良いな)という表情でふたりを見るだけだ。優が美しく撮れる気がして、いつか絶対に手に入れる購入リストには入っている。

「使ってみる?」

 ヒナに言われて、友里は「壊しそうで怖い!すごい高いから!!」と慌てて手を振った。

「じゃあ今日は被写体に徹して!」

 ヒナの明るい声にそちらを向くと、シャッター音がして、友里は目を丸めた。

「もう撮ったの?」

「へへ、かわいいの、撮れました」

 ヒナが笑うので、友里はきっと、高岡が以前撮ったような(大口を開けているモノかな?)と思って、少しだけ赤い顔になったが、一眼レフの液晶画面の中の自分が穏やかな青空の中、光の中に笑みを浮かべていて、ヒナを二度見した。

「え!?これわたし?!」

「うん、かわいいでしょう?」

「すごいわ、さすが写真館の娘と言いたいところだけど、自分で鍛えたのね。うまいわね、これ欲しいわ。現像してください、おいくらかしら」

 高岡が、唸りながらお財布を開いて言うので、ヒナが照れて笑ったが、高岡は本気だったので、「?」という顔をした。友里は、ひたすらに「もらってどうするの!?」と言っているが、誰も聞いていない。

「思ってる顔と、撮られる顔がいやな感じに違いすぎて恥ずかしいなって思ってたけど、ヒナちゃんは二割ましな気がする!」

「俺は思ってる顔通りに撮られますよ、モデルなんで!!」

 皆で村瀬のことを軽く「すごい」「美形っていいよね」「羨ましいわ」などと口々に褒めるので、村瀬は少しだけ好い気になるが、しかし声に熱量がこもっていないことに気付いて、「ちゃんと褒めてよ!特に朱織、その思い上がり羨ましいわっていったでしょ!?」と叫んだ。


 友里は、遠くに優を見つけて、手を振ろうとしたが、声をかける前に、優が友里を見つけて笑顔で走ってくるので、ドキリとして、なぜか胸が苦しくなった。


「友里ちゃん」

 声をかけられて、友里はドキドキと高まる胸を抑えながら、にっこり微笑んで、立ち上がった。

「優ちゃん、お弁当、おおさめください」

「うん、楽しみ」

 お互いにきんちゃく袋に入ったお弁当を渡し合うと、少しだけ照れ臭そうに笑った。

「えー、交換とかするんですか?」

 村瀬に声をかけられて、優は「あれ?なんでいるの?」と言って、村瀬を追い払おうポーズをしたが、村瀬は意に介さない。

「交換するなら、全員でしません!?ロシアンお弁当箱」

「やだよ。友里ちゃんのお弁当だけを楽しみに、午前中を過ごしたんだから」

 優に思っているよりもスッパリと強く断られて、村瀬は「ちぇー」と言った。


「じゃあ、朱織とワタシで交換する?」

 ヒナが高岡に笑顔で言う。高岡は、ヘルシー志向のお弁当内容なので、ヒナのただただ美味しい彩り豊かなお弁当と交換するのは申し訳ないと、慌てふためいていうが、ヒナは意に介さない。

「ヒナのお弁当、好きじゃない?」

「そんな、だって、この間のパーティだってすごい美味しかったし、いつもおいしそうだなとは思っているわ!……でも、私の……野菜ばかりでつまらないわよ」

「今日はね、みんなとお弁当かも!?って予想してて、鳥の照り焼きとか、つみれの肉団子とかがドーンって入ってるの!朱織には食べきれないと思うから、少し分けてほしいから、お野菜ちょうどいい!ふたりでひとつってことにしよ!」

 ヒナの強引さに、高岡が折れて、ふたりでお弁当を交換した。

「え!?俺ひとりぼっちなんですけど……!まあ、購買で買ったサンドイッチしかありませんけど」

「その内容で交換したいなんて、よく言い出したわね」


 高岡に睨まれて、村瀬は肩をすくめた。ヒナに、「お弁当箱の蓋におかずを入れてあげようか」と言われている。


「優ちゃん、大丈夫だった?」

 友里に優の取り巻きとの関係をそっと聞かれて、優は頷く。

「生徒会の仕事がちょうど入ってたからね」

「まったくそういうとこ、抜け目ないわよね」

 高岡に言われて、優は困った顔をした。

 ヒナが辺りをきょろきょろと見た。周りの生徒たちの目が、こちらに向いている気がして、落ち着かない顔だ。

「たまに忘れそうになるけど、優さんと村瀬って、もてるんだねえ」

 そう言うと、村瀬は「どや」と言ったが、優は困った顔で笑った。

「気になるようなら、わたしはここでお暇するよ。友里ちゃんのお弁当が、欲しかっただけだから」

 優が言うと、友里は一瞬寂しそうな顔をしてしまったが、すぐに笑顔で、優を見送る態勢になる。

「はあ?あなたのお弁当に入っている、枝豆ご飯をわけて貰うってことになってるんだから、堂々といなさいよ」

 高岡に言われて、優は友里を驚いて見やった。

「そうなの、高岡ちゃんが気に入ってるご飯で。あ、すごい簡単なんだよ、たきたてのもち麦ごはんに塩昆布とむき枝豆を混ぜるだけなんで、明日も作れるんだけど」

 言い訳をするような友里に、高岡が顎をしゃくって、立ち上がりかけている優に、座るよう指示する。

「じゃあ、お言葉に甘えて」と優が座ると、「全く面倒なんだから!!!」という顔でプイと横を向いた。


「高岡ちゃんありがとう」

「友里に言ったんじゃないわ」

 泣きそうになっている友里に向って、高岡が、優しい口調で友里に肩同士をくっつけるので、優は笑ってしまう。

「なに?」

「いや、そっちになりたいなと憧れてしまった」

「なにいってんの?ばかなの??」

 高岡はあきれる。


「私が、駒井優になれないように、あなたもわたしにはなれないのよ」



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