第178話 ごちそうさま


「ひっさしぶりにお腹いっぱい食べました!!ごちそうさまです」

 ヒナの用意したお弁当の大半を食べて、ご機嫌な村瀬に、高岡はあきれ顔だが、3年生はなぜかニコニコと笑顔を向けている。

「全員、村瀬が小学生男子にみえてるんじゃない?お腹いっぱい食べて偉いねえってやつよ!」

「ひどいなあ、朱織は」

 高岡の長い髪に触れようとして、猫パンチをくらいそうになると村瀬は、「甘い」と避けた。


「友里ちゃん、お弁当、本当においしかった。ありがとう。また食べたい」

 横に座っている優に言われて、友里は照れた。優のお弁当は本当にだし巻き卵と唐揚げで、高岡に「素直!」と叫ばれたが、今まで食べたどの出汁巻き卵よりもきめ細かく上質な卵の風味と、ほんのり甘い出汁が香っていた。唐揚げは香辛料が強く香るタイプの龍田揚げで、冷めてもサクサクとしていて肉汁がじわりと口の中で溢れた。細かな野菜サラダもバジルとベーコンチップのドレッシングが和えてあり、手間がかかっていそうなもので、その配置や色どりも美しかった。

 それと比べると、友里は、自分自身のお弁当に反省する。ウィンナーとブロッコリー、スクランブルエッグ、それに人参とインゲン、チーズを豚肉で巻いて揚げたものを入れた。リーフレタスが彩で入っているいたってシンプルなお弁当。ご飯は高岡も気に入ってくれている枝豆ご飯だが、目新しいものはあまりないと思った。

 友里は、しかし改めて自分のお弁当の感想を言われると胸がいっぱいになって、「いつでも!」というだけで精いっぱいだった。


「じゃあ、わたしは生徒会の仕事に戻るね」

 昼休みが終わる前に、また門番に戻って行った優の背中を、友里は見つめた。友里だけではなく、他生徒も見ていることに、友里はようやく気付いた。


「あ、ッという間ね」

 高岡の言葉と同時に、屋上入り口が生徒で埋め尽くされた。

 ご飯を食べている間は、そばに寄ってくることはなかったが、優が一人になった途端に、人だかりができてしまう。

 もう一人の生徒会役員の、宮淵暁穂みやぶちあきほが握手会に詰め寄る人々の警備員のよう。優は男子も女子もエスコートするように柔和な笑みで対応している。背の高い屈強なラグビー部の男子も、優がソッと腰に手を当てると、乙女なお嬢様になってしまった。

「相手の背が小さいから触れてるんじゃないわけ?」

高岡が、呆れたように言った。


「おまえら、はやく教室へ戻れ!」


 座ったままだった友里たちにも宮淵の一喝が飛んできて、慌てて片づけた。

「しかし駒井さんと友里さんってあの距離がデフォなんすか?今日いつもよりいちゃついてません?なんかあったんですかね??」

 言われた友里、高岡、ヒナはキョトンとした。村瀬は、「まあ、どうでもいいです」と、手を振って話題を変えた。

「そういえば皆さん、GWってバイトとかですか?」

「うちは写真館がいそがしいかな」

「私は、バレエの合宿に行くわ」

 片付けながら、村瀬がきいて、ヒナと高岡はそれなりの返事をした。

「わたしは優ちゃんと」

 言いかけて、友里は黙り込む。ヒナと高岡はともかく、村瀬に言っていいものが悩んだ。

「なんだ皆さん、予定があるんですね。今度の夏休みは皆さんはもう、受験だろうから、遊べるのって最後かなあって思っていたのに」

「写真館おいでよ、夜とか花火しよーぜ」

「え、GWに花火って!夏にするものじゃないんですか!?」

「なに言ってんの?花火はいつしてもいいんだよ。うちは撮影用に庭が広いし、楽しいぞ~」

 ヒナが言うので、村瀬はニコニコと、「ぜったい行きます!ともだちつれていっていいっすか?!」と約束を取り付けた。


「友里も暇な日があったら、連絡して」

 妙に真剣な表情のヒナに言われて、友里は頷いた。大阪は2泊3日の予定だから、7日以上あるGWの1日ぐらいはきっと遊べるだろう。今回の友里は、自動車免許教習所の予定のために、3月からバイト先に申請を出していて、突如決まった大阪行きも行くことが出来た。バイト先も、高校3年生には配慮されている。


「あ、ぜんぜん、あれだったらいいんだけどね?!」とすぐにふわりとほほ笑まれて、友里は「なんで!?連絡するよ、ヒナちゃんも連絡して」と続けた。


「つーか受験かあ!ちょっとは遊ぼうよね」

「そうだね!」


 全員、中学3年生の頃の受験の日々を思い出し、(大丈夫かな)と不安になるが、それでも夏の気配にそわそわとしてしまうぐらい、今日の青空は澄み渡っていた。


 屋上の最終確認の体裁で、優が友里たちを迎えに来た。

「もう君たちしかいないよ、一緒にそこまで行こうか」

 優が微笑んで、王子様然として友里の腰に手を回すので、友里はラグビー部の男子のように乙女の瞳で見つめてしまう。友里には完璧淑女のお姫様に見えている。

「あ!」

 他の子にしていた流れで、友里にそれをしたのを見た高岡は、一瞬で不機嫌になった。ヒナと村瀬にも、ひどい目で見られて、「え、どうしたのみんな」と、友里と優だけが、おかしな方向に変わった空気に驚く。


「他の子と同じように、友里を扱うんじゃないわよ」

「そうだそうだ、ここはあえて、友里さんを外すべき」

「そんなこと言ったって」


 要望に応えて、優は村瀬の腰に手を回した。

「こう?」

「はあ!?俺はいいですって!!!」

 村瀬が『お嬢様にされてたまるか』と赤い顔で優から離れると、階段を急いで下りていく。

 まだ座って、皆のゴミを集めていたヒナに、優がそれらを引き取った。

「ありがとう!優さん、たいへんだねえ」

 ニコリとほほ笑まれて、優は「お弁当、美味しかった」とお礼を言った。

「友里のお弁当はひとり占めだったね」

「高岡ちゃんには、譲ったよ」

「ふふ、まあ、そうだけど。ねえ、写真いっぱい撮ったから、あとであげるね」

 ニコニコと笑うヒナ、優は、魅力的なお誘いに頷いた。


「高岡ちゃんもどうぞ」

「私はひとりで歩けるから、けっこう!……でもまあ、またみんなで食べましょうよ」

「うん、次も、仕事当てるようにする」

「はいはい、よろしくね」


 高岡も、階段を下りて先に帰って行った。残された友里は、背の高い優を見上げた。

「一緒に残っててもいい?」

「うん、もちろん」

 宮淵と、優がなにか話している間に、友里は優を見つめる。

「わたしが生徒会室に報告書を届けるから、駒井さんは教室へ戻っていいよ」

 宮淵がぶっきらぼうな口調で言うと、友里に手を振った。

「みんな仲良くが生徒会の信条だからな」

 無表情のままウインクとサムズアップをする。黒髪をポニーテールにして、武士のようないでたちの宮淵のキャラに、友里は面食らうが、優は慣れた様子でお礼を言った。放課後の備品整理の約束などを取り付けて、優が解放されると、友里は優の隣に並んだ。


「なんか初めてで、緊張する」


 廊下を横に並んで歩きながら、友里は優を見上げた。

 (本当にお弁当が楽しみで、午前中を過ごしたのかな?カワイイ)涼し気な優の表情からは、あまり感じとれない様子を思って、友里は淡く微笑んだ。真昼の中の優は、光をまとい、どこからか吹いた新緑の風が、サラサラとした黒髪を撫でた。


「さっきね、優ちゃんがわたしを見つけてくれた瞬間に、心臓がぎゅうってして、なんでだろう、何度も──」

 言いかけて、友里は口を閉ざした。いつものように思ったまま、「優ちゃんが大好きって思ったよ」と言ってしまえばいいのに、顔が赤らんで、言葉を紡げなかった。巨大なマシュマロにまたふわりと包まれたかのようで、友里は優を見つめる。階段を踏み外しそうになって、優が友里の肩を抱いたが、宮淵に「大丈夫か!」と声をかけられて、パッと離れた。


 昼休みがもうすぐ終わる、さわさわとした人の声の中、少し離れて、ふたりで歩く。誰もいない放課後の廊下とは違って、優を見つめる人もいるが、友里はあまり気にならなかった。


「わたしもドキドキした」


 それだけ言うと、優は友里をチラと見た後、前を向いた。友里は自分がずっと優を見つめていることに気付いて、自分も慌てて前を向いた。

 教室まで送ると優が言うが、商業科と普通科の棟の境目で手を振って、「また放課後に」と約束をして、友里は走って教室まで戻った。


 ::::::



「どうだった?駒井優との昼食会」

 教室にいた岸辺後楽と乾萌果にからかわれたが、友里は赤い顔で、「すごいよかった」と小さくつぶやいたあと、顔を覆って、机に突っ伏した。「すっごい……よかったよう」ともう一度言うと蕩けてしまうので、後楽と萌果は顔を見合わせる。


「えー、行けばよかった」

 萌果が、スマートフォンを片手に、呟いた。

「外なんかで飯食ったら砂ぼこりがグロスに付くし、入るし、やだよ」

「まあそうなんだけどさあ」

 萌果が、お昼ご飯後に化粧直しをしている後楽を横目で見た。

「カササギさんとの関係に、なにか参考になったンじゃね?」

「は?!はあ、カササギとあたしはもう、イクとこまでいってるつーの、飯食うくらいでなんだっつーの、普通だし」

「あーそう、ふうん」

 萌果は後楽に対して含みを持って、高校を卒業してネイリストの専門学校に通う、後楽の年上の彼女との関係に言及した。

「セックスだけが、恋のアレコレじゃねえんだからな、後楽さん」

「はあ?そんなのさあ……」

 言いかけて、後楽はグロスを筒に入れ逃す。親指の淵にグロスがついてしまって、嫌な顔をした。

「つか!あたしのとこは、ラブラブだからむしろ参考にしろってかんじだぜ!」

 後楽は続けるが、萌果は疑いのまなざしをやめない。


「恋愛に疎い後楽が、急にハジけてるのなんか、妖しいんだよなあ」

 いうが、後楽は目をそらすだけで萌果の疑問には答えなかった。

「友里のとこはいつでも、新鮮にラブラブだよな」

 話を逸らすように、後楽が言った。萌果は、秘密の関係と思っていることもあって、後楽に「しい」と声を抑えるよう、指示する。


「学校で一緒にご飯食べれるなんて、嘘みたい」

「いや、普通のことなんだけどな?!」

 萌果が、友里のささやかな喜びに、思わずツッコミを入れた。


「もっと独占したいとか、ないのかな、友里は」


 ひとりで呟くと、柏崎ヒナが教室に戻ってきた。写真部に一眼レフカメラを置いてきたようだ。友里に、手を振ると友里も振りかえした。授業が始まる。全員席に着いた。萌果の隣の席で、友里がまだふわふわと赤い顔をしているのを見た萌果は、横目で友里にメッセージを送った。


 友里とのメッセージ画面に、【まるでそれじゃ、片思いの時の喜びかたじゃないか】と萌果が入力した。

【駒井くんと、もっと一緒にいたらいいのに。不安じゃないの?】

 友里はハッとして、萌果に向いたあと、先生が教室に入ってきたことに気付くと、スマートフォンを机の中に置いて、中でメッセージを書いている。


【片思いじゃないから、幸せに思うんだよ】


 友里がそう書き込んで、照れ臭そうに萌果を見た。

「ごちそうさま!!!」

 萌果が満面の笑みで唸るので、後楽と友里はビクリとした。




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