第173話 ナイト


 バイト先のファミレスで、村瀬が望月とのことを友里に伝えると、「それは恋では?」と友里が唸る。村瀬が大げさに、驚いた。

「はあ?!友里さんは恋愛脳だな!?違います全然、俺らは、友里さんのナイトになるって話をですね!?」

「うんうん、仲良しで良かったよ」

 友里は村瀬に、微笑ましいという笑顔を向ける。それまで恋愛強者としてふるまって友里を困惑させていた村瀬が、突然保育園児になったような気がして、友里は頭を撫でてあげたいような気持ちになった。

「違うのに!ちゃんと人間関係、見てくださいよ」

「ナイトかぁ、ありがとうね。危なっかしく見えるかもだけど、わりと運動神経だっていいんだから」

「知ってます。でも、まあ、なにかあったら頼りにする、くらいの気持ちでオッケーってことを言ってるんです」

「ありがとうねえ」

「なんすか、急にお姉さんぶって!そういうのも可愛いじゃないですか……」


 村瀬が保科の代わりに入っているので、友里はいつもよりも少しだけ多めに働いている。保科はさすがに大学生で、バイトに慣れているおかげもあって、目の行き届き方が半端ない。比べては悪いと思いつつ、終了まで、友里は気が抜けない気持ちでいた。(頼りにしてと言いながら、「こっちが頑張らないと」ッてなるのはちょっとかわいらしいかも)と一人っ子の友里は、すっかりお姉さんの気持ちになっていた。


「友里さん」

 声をかけられて、友里は後ろを向いた。

 白いジャケットにグレーのパンツスタイル、鶴峰ヶ浦高校の制服を着た尾花が、テーブル席に腰を掛けていた。

「こんばんは」

 友里は、優にむやみに婚約話を持ち掛けてきた尾花家だと思い、気安さはあまり出さずに、優のような仕草で淑やかに、尾花駿に近づいた。

「あの後大丈夫でしたか?」

「この度は、大変失礼しました。重義とも、よく話し合えて……良い友人のように戻れました。また、友里さんが、恩人になってしまったな」

「そんなの、気にしなくていいのに」

 対面に、華やかな女性が座っていて驚く。駿をふた回り小さくしたような、しかし女性らしいそっくりな容姿をしていて、色素の薄いサラサラとした髪を背中の中頃まで伸ばしてハーフアップにしている。年は21歳ぐらいで、オレンジの口紅がよく似合っている。女性も立ち上がり、友里にぺこりと頭を下げた。

尾花紀世おばなみちよです、こんばんは、このたびは弟がお世話になりました」

 サラリと髪をなびかせるたおやかな女性に、友里はドキドキしながら頭を下げた。

「こういう場所へ来たのが初めてで……おすすめは、なにかしら?」

 友里への挨拶のためだけに来たようで、紀世は戸惑ったように友里に言う。友里はドリンクだけでも、大丈夫ですよと言うが、食事をとらないといけない気がすると、紀世がはにかむたびに、サラサラと肩から髪が零れ落ちて、友里はふわふわの猫っけなので、憧れが目の前にいるようで見惚れた。紀世に、友里はグランドメニューから優がよく食べる和定食をおススメしてみると紀世は笑顔を湛えて頷いた。駿はハンバーグとオムライスを食べると言うので、「わんぱく」と笑った。

 紀世はとても喜んでくれて、食べ終えた頃、友里を捕まえては何度もお礼を言う。

「仲良くなりたいわ」

 紀世にそっと微笑まれ、友里は大いに照れて、ぺこりと挨拶をして、仕事に戻った。


 村瀬がその様子を見ていて、「ナイトは必要ですか?」と聞くので、友里は首をかしげた。

「とりあえず、5番テーブルの片付けよろしく」

「はあい」


 友里は忙しく、その日のバイトを終えた。


 ::::::::::::::


 婚約してから初めての金曜日ということもあり、友里はそわそわと帰路についた。自宅のカギを開けると、優の真白いスニーカーが鎮座していて、ただいまもそこそこに、玄関から居間へ飛びこんだ。


「優ちゃん!」

「うん、おかえり、友里ちゃん」

 ふわりとそこに芍薬が咲いているような気分がして、友里はふにゃりとほほ笑んだ。コンパクトに友里の家のダイニングテーブルの椅子におさまっている。うがい手洗いをして、優の隣の席に腰を掛けて、「今日、尾花さん姉弟がきたよ」と何の気なしに優に言った。


「そう……。綺麗なお姉さんで見惚れたんでしょ」

 優にずばりと当てられて、友里は「う」と言葉に詰まる。

「友里ちゃんはきれいなおねえさんが好きだからなあ」

「優ちゃんにも綺麗に見えてるってことは、万人が綺麗って思うんだから、綺麗なものに目を奪われるのは、仕方ないことだと思うんだよね」

 友里が早口になるので、優は唇を尖らせた。「これ以上、お話ししない」の癖が、久しぶりに出て、友里はあまりの優の可愛さに、胸がぐううと締め付けられる。


「ユウチャンカワイイ!!!」

「なにそれ、どういう気持ちなの」

「優ちゃんが銀河で一番の美人さんだよ」

「え!?は!?」

 優は慌てふためいて、友里の両肩を持って、その肩に顔を沈めた。

「友里ちゃんが別の人に心を持って行かれている状況が好きじゃないだけで、自分がどうこうじゃないから」

 耳元で小さく甘くささやかれて、友里はドキリとした。優を見つめると、真剣なまなざしで友里を見つめている。友里は、自分の心が優以外を、好きになるわけがないと思ったが、優は、いつでも友里の心を疑っているようで、少しだけ寂しく思った。だが、それだけ、優にとって自分を失うことが、不安なのかと思い返した。


「不安にさせた?」

「……」

「大好きだから、一番かわいく見えるんだよ」

「──それなら、わたしだけ、見ててよ」

「そうする」


 唇を合わせる寸前で、台所から友里の母が戻ってきて、友里と優はパッと離れた。


「わ、わたしお風呂入らないと。汚いよね!?」

「そ──んなことはないけど、友里ちゃんがすっきりしたいなら、待ってる」


「待って、友里」

 母親に話しかけられて、友里は立ち止まった。


「おかーさんどうしたの?」と神妙な顔つきの母に話しかけた。


「友里、優ちゃんとお付き合いしてるって本当なの?」


「うん、奇跡的に」

 母の問いかけに、友里はすぐさま答えた。

 友里の母は、少しは躊躇するのかと思っていた分、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、二の句が継げずにいたが、友里のあっけらかんとした態度に、額を抑え、深いため息をついた。

 その様子を見て、友里は、自分の母親にまだ全く言っていなかったことをようやく思い出し、ハッとした。ハンバーグのお店でも優が言おうとしたのを止めたのに、なぜか今は、あっさりと肯定してしまった。

「奇跡的にって、どういうこと」

「あ、あの、おかあさんあのね」

 赤い顔で、しどろもどろになる。悪さがバレた時のような冷たさも背中に走った。しかし、ふたりの関係は、胸を張って言えるものだと思い返し、腕を組んでテーブルに寄り掛かる母に向き直った。

 母親の態度に、優が先に、母にお付き合いの打診をしたことが分かった。優がすこしだけへこんでいたように見えて、友里は優を守れなかった自分を責めた。駒井家と違って、ウェルカムムードにならないことを、友里は心の隅でわかっていた。


「優ちゃんが、すごく大事なの。大好きで、大切にしたくて、みんなもそうだって思っていたけど、いつからか、自分だけの優ちゃんにしたいって思った。だから、お付き合いさせてもらって、すごく幸せ」


「友里は女の人が好きなの?」

 友里はポカンとした。今の話でなぜその話になるのかわからなかった。


「おかあさんはもしも、わたしが男性を連れてきて紹介したら、男の人が好きなの?って聞くの?」

「ああ……確かにそうだね、おかしい質問した、女性しか愛せないから優ちゃんなの?」

 質問の意図が分かった気がして、友里は握りこぶしを作った。

「おかあさんに反対されても、気持ちは止められないと思う。女性の優ちゃんが、誰よりも大好きで、ぜったいに優ちゃんに、嫌な思いをさせたくない。だから、お母さんが優ちゃんを悲しませてるこの状況が、耐えられない」


 友里の強い口調に、母親は深いため息をひとつこぼして、くすりと笑った。


「そんなに、ムキになって怒らなくてもいい。姫を守る騎士様のようだね、友里は」


 揶揄されて、友里は赤くなった。実母からのからかいは、ソワっとする。


「ナイトになるよりも、勇者として、あわよくば、姫と結婚したい」

「騎士様とだって、姫は結ばれるんだよ、そういうロマンス小説いっぱい読んだな」


 話を脱線していくので、友里は慌てた。


「おかあさんはなにがしたいの!?」


「優ちゃんが、好きな人とお付き合いしてるっていうから、どんな色男かと聞いたら、うちの子どもだっていうから……」


「反対?」

「ううん、ほんとに、あなたのことすっごく大事だから、だからこそ幸せに過ごしてほしいって言うのが、本当の気持ち。でも、そう言われたら友里はどう答えるのかなって、好奇心が勝った」


 やさしい微笑みを向ける母親に、友里は試されていたことに気付いて、カッとなった。あまりの悪趣味に、神経を疑う。


「わたしが怒って話をやめちゃったらどうするつもりだったの!?」

「そういう親子関係を築いていないつもりだったので」

「ひどい!」


 友里は、優を見つめた。優はまだ心配そうに、友里を見つめている。

「ほら、優ちゃんも呆れてる!謝って」

「ごめん優ちゃん。でもわかって。一度反対しても、壊れない関係かどうか、確認したくなる性分なんだ。ふたりが付き合ってるのは、素直におめでとうって思うよ」

「ありがとうございます。でも、友里ちゃんが深く傷ついたら、どうするつもりだったんですか?」

「考えてなかった」

 優と友里は呆れる。意を決して宣言に来たのに、真剣に取り組んでいないように思った。


「わたしにとっては、お付き合い云々より、本人が幸せかが問題で、もしも親を気にして生きて行こうとしているなら、やめてほしいなと思っている」

「?」

「親のしがらみで人生を考えてほしくない。反対しようが、好きだから一緒にいる!ってくらい好きな人とじゃないと、なにかあった時に、もっと反対しておけばってなるのが、嫌だし、もしも、別れたいって思った時も、あんなに好きだったのはどうしてだろうと、たくさん思い返して、好意がまだ残ってれば、また好きになれるかもだしさ、親なんか嫌っても良いから、それを確認してほしかった」


「……」


「どうしてそんなに一緒にいたいと思うのか、好きなのか、考えたり悩んだりする機会がいっぱいあるほうが、良いと思うんだよね。勇者やナイトになるより、同じポジションで、姫と生きていけるほうがいいんじゃないかって思うよ」


 優は、なにかわかったような顔をしたが、友里は母の言葉にポカンとする。


「そんなの、ずっと毎日、考えてるから、お母さんが機会を作らなくてもいいんだよ!?」

 友里は思わず叫んだ。

「じゃあ、真面目やめよっと。やったー!友里ってば優ちゃんをものにするなんて、やるじゃーん!」


 母親はバンザイをして叫んだ。

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