第172話 友達以上


 放課後、友里は廊下を歩いている時に、村瀬にあって、一気に現実に引き戻された。

「友里さん、お疲れっす。今日バイト来ますよね」

「木曜日だから、ファミレスはいかないよ」

「今日、金曜日ですよ、落ち着いてください」

 友里は慌ててスマートフォンを見た。

 ハッとして木曜日の清掃に行ったかどうか、清掃会社の部長に連絡をすると、きちんと来たし、「いつもよりもずっと早く清掃が終わったよ」と褒められた。ついでに教習所も行って判子をたくさんもらっていた。


「一日損しちゃった…?」

「ええ?どうしたんですか」

「うん、あのね、優ちゃんと」

 ニコッとしてから、友里は「スン」とした。村瀬に言っていいのか、しばし悩む。

「なんすか、駒井さんと、仲良しエピソードなんて、聞いてあげてもいいですよ」

 あっという間に優とのことだとバレたが、友里はコホンと咳払いした後、一番小さな声で、村瀬を見上げながら言った。


「だめ。これは、すごく大切なことだから」

 グッとおなかに力を入れて友里が言うと、村瀬がごくりと喉を鳴らしたので、友里はすこし身を引いた。村瀬が、パッと明るい笑顔で笑うので、友里はホッとする。

「ほんと友里さん、駒井さん一途なんだから。相談なんですけど、高校時代ぐらい、もっといろいろ遊んでみたいとか、ありません?」


 村瀬に言われて、友里はキョトンとした。


「遊ぶなら、優ちゃんとがいい」


 村瀬は一瞬、銀河まで飛ばされたような顔をしたが、すぐに地球に舞い戻り、『遊ぶ』の意味が、村瀬と友里では全く意味が違うと説明したが、優以外と付き合う意味だと伝えたあとでも、友里は慌てふためいて首を横に振ったあと、少し汗をかいて、うつむいたが、握りこぶしを作って、凛々しく前を向いた。

「優ちゃんが、好きなの」

 村瀬は、目をぱちぱちと閉じたり開いたりした。

「なんつう、かわいい顔で──」

「!」

 黒のパーカーのポケットに手を突っ込んだまま唸る村瀬に、友里はもう一歩離れて、びっくりしたような顔をする。

「あ、片思いは終わってますんで、そんなに逃げなくていいです。これは、素直な感想。いや、ほんと駒井先輩マジ、これはパイセンって呼んでいいわ、はあ」


 村瀬は遠く離れた友里に「おいでおいで」と手を振る。友里は、村瀬の言葉がわからず、顔を横に振った。

「でも、好意に慣れてなくて、優ちゃんを不安にさせそうで、困る。あんまり可愛いっていうから、髪を切ろうと思ってたくらいなんだから」

 友里はこれからも、村瀬から逃げる宣言をするが、村瀬はすっかり友里のそういった態度に慣れきっていて、むしろそれが友里とのじゃれ合いで、嬉しくなっているようで、友里は本気で困惑している。

「え、髪を切る?そんなのどうあがいても可愛いんで、楽しみすぎます。モヒカンとかスキンヘッドでも、想像だけでかわいい」

「はあ?!しないよ!」

 友里は、ようやく村瀬がふざけているだけだとわかって、ぽかんとしてからくすくすと笑った。村瀬は納得したような顔で、友里の笑顔を見守る。が、時計を見て、慌てたように言った。


「すみません、駒井さんと待ち合わせてます?後でバイトで!」

「うん、ありがと!」



 ::::::::::::


 パタパタと廊下をかけていく友里を見送って、村瀬は影に隠れていた望月璃子の元へ、ふらふらと歩いていく。

「りーこ」

「どんなかわいい顔だったわけ?」

 柱のかげから、望月は村瀬を睨みつけた。

「わけわからん。なにあれ、純粋培養。駒井パイセンの趣味を疑う」

「完全に好きになっといて、駒井先輩を悪く言うな」

 呆れたように望月に睨まれて、村瀬は「へいへい」と首を片手で揉んだ。

「しかし、駒井さんだけのパワーじゃもう無理くない?俺らでなんかフォローして悪い虫を近づけないようにしなきゃ」

 ぺらりと、2通の封筒を望月に渡した。望月は首をひねりながら、それを受け取ると、宛名に『荒井友里さま』と書いてあって目を丸くする。

「ひとりは男で、ひとりは女。知り合いから、仲良さそうだから渡してほしいって言われて、しぶしぶ預かったけど、あんなかわいい顔の前に、渡すことできないよな」

 交友範囲の広い村瀬らしいエピソードに、望月は封筒をまじまじと見た。本物のラブレターなんて、人生で、見ることはほとんどないと思っていた。

「まあ、ラブなのかライクなのかは、封を開けてみないことにはわかりませんけど、これは、こちらで対応したほうがいいかなって思ってまーす」

 村瀬は、自身の黒いパーカーの大きなポケットの中にそれらをしまった。つまり村瀬が、全て返品対応するという意味だ。

「貧乏くじじゃん、怒られるのかわいそーだけど、受け取るのも悪い」

「本気なら、自分で渡すでしょ」

「そっか、そうなったら友里先輩どうするんだろ、ちゃんと断るんだろうな。大変」

 望月はふわりとした声で、腕をググっと空に伸ばした。放課後の恋人同士とすれ違って、ソワっとする。見てはいけないものを見た気がして、しかし、遠くの打ち上げ花火をふいに見れたような、不思議な感覚も同時に感じた。


「あのふたりが付き合ってるかもって気付いてる人、さすがに多そうだよね。このまま平穏無事に、卒業まで見守るのも、スパイみたいで楽しいかも!」

「璃子、わかってんじゃん」

「村瀬に感化されてきたかも。こわいこわい。でも、味方でいたいよね、好きになった人はさ」

「いや元々の気質だと、俺は思うね!」


「あれ、俺って言ってんの?」

「うん、今年度から隠すのやめよっかなって思って。体は女、心は男……その両方の美を集約したのがこの──」

「へ~、いいじゃん」

「最後まで言わせろよ」


 友達の顔でニコリと笑い合って、望月と村瀬は、同時に廊下の窓から対面にある校舎へ入っていく友里を見つけた。

「かわい、ぱたぱたしてる」

「ねー……守りたい、あの笑顔」

「まだまだキモチイイ顔させて、ぐちゃぐちゃにしたいとも思うんだけど」

「変態」

 望月が、村瀬の尻を蹴る。村瀬がじゃれ合いを楽しむように、サッと避けると望月は「アハハ」と笑った。


「すぐ発見しちゃうの、いつか出来なくなるのかな?」

「まあ、そうだろうね、璃子ってば感傷的」

「この特殊能力っぽいの楽しいから、恋はしてたいな」

 お互いに「それはそう」と笑い合って、友里が校舎の中へ消えていくまで見守った。

「やっぱり、花火みたい」

 望月はポツリと言って、窓枠に肘を当てると、頬杖をついた。村瀬は望月を見やる。夏の夜空に浮かぶ、一瞬の花火に恋を例えてみたり、恋人になったら手をつないでみたいと言う望月を、村瀬が気に入っていて、今まで、どんなに友人がたくさんいても、ここまで『ひとり』と行動を共にしたことは、初めてだということにも、気付いていた。

 村瀬は、低い位置でツインテールをしている望月のつむじをツンとつつく。

 望月は「ギャ!」と言って村瀬に回し蹴りをした。


「もう!バーカ、こども!!私、部活行くからね!?!?」

 頭部を抑えながら、赤い顔で叫ぶ望月に、村瀬は苦笑しながら答える。

「おう、頑張って!俺もバイト!」

「ねえ、終わったらバ先に行ってあげても良いけど」

「田舎に帰れなくなるぞ」

「うっせ、帰れるわ。村瀬が送ってくれるから!」

「はいはい、んじゃ待ってる。今日は、バイクでかえろーぜ」

「え?」

「普通二輪車運転免許証~~~」

 某青い猫型ロボットの声マネで、村瀬がポケットから免許証を取り出す。褒めたたえつつ、免許証の写真を見た望月は「顔面が良いと羨ましいな」と笑った。

「事故りそ~~!!」

「失礼な!!安全運転だぜ!4月2日生まれにしてくれた両親、ありがとう」

 どんなバイクか楽しみだの、専用のヘルメットはどうか、など、望月がワイワイと話すのを、村瀬はほほえましく見守った。

「これって原付取ってから1年以上経ってないと駄目なんでしょ?村瀬が原付のってるの、見たことないけど」

「そりゃ、璃子と一緒の時に俺が原付にのってたら、おまえがひとりになっちゃうじゃん」

「……?」

 望月は、村瀬をまじまじと見てから、眉をしかめた。

「どういう意味?」

「だから、璃子がいるときは乗ってないから、見たことないのは当たり前でしょってこと」

「ああ、うん?そっか」

 どこか納得のいかない様子で、しかし、望月は頷いて、廊下の時計を眺めると部活へ走った。


「今日はバイト先、友里さんもいるよ」

「やったね。あとで!」


 村瀬と望月は手を振って踵を返した。


(この関係に名前を、つけるとしたらなんだろう)とお互いに思うが、口に出したら、友情が、終わる気がした。

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