第164話 スイーツバイキング


 放課後。友里は長いポニーテールを揺らして、優の背中をついて行く。

 今日の空き教室はどこかなと思っていると、優がちらりと友里を見た。

「今日は、もう一緒に帰ろうか」

「え、いいの?」

「うん、早く友里ちゃんと、ふたりきりになりたい」


 優に小さな声で言われて、友里は心臓がドキドキと高鳴った。お付き合いを初めて何か月も経つのに、優の恋人の目線に、まだ慣れない。

 空き教室で色々なことをしてしまうせいかどうかはわからないが、最近はおちついてベッドで、きちんとすることが少なくなっていて、つまり、そういう、きちんとしたお誘いだと気づいて、友里はあっという間に汗だくになってしまう。

「なんかもう、熱いね」

 友里は4月の夕方、涼しい校舎の中で、顔の前で手をパタパタとした。

「そうだ、重義さんたちってどうなったの?」

 友里が気持ちを落ち着かせるために聞くと、優は「ああ」と言いかけて、人の足音に気付き口を噤んだ。


「あ、友里たちいた!」

 乾萌果に言われて、友里はハッとして後ろを振り向いた。

「前、いってた、スイーツ食べ放題って今日いける?」

「え!?あ!!そうか、言ってたねえ」

 友里は萌果の提案に、慌てる。優が作ったテスト対策ノートのお礼だと言っていたのに、春休み中も忘れていたのだ。バイトもない、優と帰るだけの日、もちろん参加の意向を示すべきなのだろうけれど、友里は迷っていた。

「良いよ、友里ちゃんいこうか。でも前みたいに倒れるほど食べないでね」

 やさしい優が、友里のスイーツ好きに忖度して、あっという間に身を引く。友里は(優ちゃんと一緒にいるほうが、いいのに)と思いつつ、優を見上げた。


「ごめんね、食べ放題チケットの期限が今日まででさ~!急ぎになっちゃうけど、テストノートのお礼だから」

 乾が心底申し訳ないという声で言うので、友里は頷いた。


「優ちゃん、帰ったら、お家にきてくれる?」

 しかしそれだけは、約束しておきたくて、友里はそっと優の耳に問いかけた。優は、友人の前で言い出す友里に少しだけ驚いた顔をしたが、こくりと縦に頷いた。


 :::::::::


 友里は適度にお腹がいっぱいになってきたところで、くわわと欠伸をした。

「友里。昨晩はお楽しみでしたか?」

 前の席の岸辺後楽が檸檬タルトを頬張りながら、からかう。友里は下ネタに多少慣れてきたので、顔を赤くもせず、実際の理由を普通に答えた。

「5月までにちょっと仕上げたい衣装があって、遅くまで頑張っちゃって」

 言うと、乾萌果も「ふうん」と参戦してきた。衣装の詳細は言いたくなさそうだったので、良い話題をさがす。

「そういえば、教習所どう?」

 イチゴが山盛りに乗ったタルトと、チョコレートケーキ3種の食べ比べをしながら、仲間内で一番早く免許を取りに行っている友里に、乾が聞いてくる。

「わりと良さそうだよ!女の先生がいっぱいいて、すごい優しい感じ」

「へえ。なんかおっさんのイメージあったわ、よかったね」

 乾に言われて、HPのレビューを見ると確かに、先生の評価が高くてふたりで納得する。友里は5×5cmの正方形にカットされたチーズケーキを、レア、ベイクド、フルーツの食べ比べをしながら、うんうんと頷いた。


 商業科は、2年生からクラス替えが無いため、そのまま繰り上がりだ。柏崎ヒナが、そこに加わって、パスタとチキンを持ってきた。


「そういえば、ヒナちゃん、お料理も上手なんだよ」

 友里が言うと、「お弁当華やかだもんね」と乾と岸部が頷いた。


 ケーキをあらかた食べ終えた3人も、ヒナにならって軽食へ手を出す。優は、紅茶の種類を端から試していて、最初に持ってきた小さなイチゴのショートケーキが、綺麗な白いお皿から、まだなくなっていない。

「駒井くん、たべてる!?」

 ほうれん草のキッシュにコンソメのエスプーマクリームをたっぷり乗せて来た乾萌果が、来賓である優に、問いかけた。

「うん、美味しいね。種類もたくさんあって、楽しいよ」

 ニコリとほほ笑むので、乾は頷くしかなかった。


 たこ焼きを口に運びながら、友里は岸辺に、問いかけた。

「ねえもしも、恋人になった人と2カ月音信不通だったらどうする?」

 ひとりだけ事情が分かっている優が驚いて、友里を見る。重義と尾花の件だ。

「速攻別れる」

「そもそも付き合ってるの?」

 乾と岸部が間髪をいれず、答えるので友里は「そっか」と言った。

 ヒナが、「理由があるのなら、仕方ないかな」と助け船を出すと、岸辺が言った。

「一回ヤッたとかで連絡が無くなったなら、それってただのワンナイトとかだったんじゃね?」

「あ~ありえるね」

 乾が頷いて、友里とヒナは戸惑ってしまう。

「ちゃんと、恋人として約束をして、その間、自分磨きしてただったら?」

 優が言うと、岸辺と乾が首をかしげる。

「それを言ってくれたらいいけど、でもOKしてるのに今更なにを磨くの?そのままの状態が好きなのに」

 乾が言うので、優は「たしかに」と重義を全否定する言葉に頷いた。

「放置してた方から連絡が来れば、まあ、話ぐらいは聞いてもいいかな」

 乾が、そろそろ最後の一つにしなきゃなと言いながら、気に入ったらしいチョコレートのタルトをもう一つ取りに行った。

「なになに?誰の話?知ってる人?」

 岸辺が目を輝かせて言うので、優は「知らない人」と答えた。

 友里は、抹茶のミルクプリンパルフェをひとくち摘まみながら、「自分磨き」で思い出したと言うように岸辺に話しかけた。


「ねえ、髪を切りたいんだけど岸辺ちゃんの美容院っていつがおやすみだっけ」

 岸辺がアルバイトをしている美容院で、せっかくだから切ろうと思っただけの友里だったが、岸辺が応える前に、ヒナがガタと立ち上がるので、友里はそちらを眺めた。

「なんで!?失恋!?」

 ヒナが叫んで、駒井優を見つめる。友里は慌てて手を振る。

「ないよ~、気分転換!」

 席に戻ってきた乾が、ヒナの腕に手を添える。

「どした?あわてて」

「え、いやちょっと驚いちゃって」

 長い黒髪の乾萌果に問われて、くるくると明るい髪色のヒナは着席して、「友里が、髪を切るんだって」と呟いた。プチケーキに手を伸ばしながら、髪の談議になる。長いほうが、作業する時にまとめられるから楽だが、洗髪の面倒さに集約してしまう。

「友里はどうなりたいの?」

「強くかっこよくなりたくて。岸辺ちゃんみたいになれるかな」

 友里が言うと、岸辺がすこしだけ「どや!」っとした顔になったので、乾が呆れた顔になる。

「でも友里は小僧みたいな、きゃわいいかんじになるぞ」

「ええ?」

「あ、ワタシもそう思う」

 ヒナがおずおずと手を挙げた。岸辺は「うちの売り上げに貢献してくれたら感謝だけど」と言いつつ頷く。アプリで、髪を切った場合の画像を、乾が表示した。お化粧でもすれば別かもしれないが、すっぴんのままの友里は確かに、幼い感じだ。

「やめなよ切るの」

「おしゃれな乾ちゃんにそんなに反対されると凹んじゃう!」

「そう?」


 乾はいたって平然と、優を見つめた。優に、なにか指示されたわけでもないので、優は少しだけ驚いた顔をしている。

「わたしは、友里ちゃんの好きにして良いと思っているよ」

 ちゃんと友里が優に相談していた旨を知れて、乾はほくそ笑んだ。

(付き合ってる同士のこういうの聞ける位置が最高なんだよね……)

 もう一押ししておくか~と乾は髪をさらりと前にした。


「友里は、髪を切って強くなりたいの?」

「うん!」

 目をキラキラと輝かせて、言うので、乾は一瞬、(どういうこと?)と戸惑ったが、おくびにも出さず、チョコレートムースをスプーンで一口食べてから、オレンジジュースを飲んで、言う。


「髪が長いほうが、強い」

「強い!?」

 こくりと乾は頷く。友里は、髪が長いことがフェミニンでたおやかだと思い込んでいたので、新しい価値観に震えた。

「優ちゃんに、ロングヘアのウィッグをプレゼントしたのって、間違いだったの?」

 1年前の諸々を思い出して、友里は乾に問いかけた。

「そうだよ、髪が長いってだけで、女は意志が強いって感じがするんだって。忍耐強いし、暑い夏でも、ドライヤーできるんだぜ」

「そ、その通りだ!」


 ショートカットの岸辺とヒナは顔を見合わせた。なんだかわからないが、乾が必死で友里の髪を守っている事だけは伝わったので、様子を見守ることにした。


 ::::::::::


 荒井家に着いた。優に急かされてうがい手洗いを済ませた友里は「お腹いっぱいで動けない」と言いながら、制服のまま、自室のベッドに沈んだ。

 優が、友里の髪をほどく。制服のリボンを外し、ボタンをふたつ、外した。静かな空間に、衣擦れの音だけが響いて、友里はすこしだけ、優の指先が触れるたびに、ピクリと震えた。


「優ちゃん」

 友里は、微笑む優に向かって手を広げた。

「おなかいっぱいなんでしょ?」

「抱っこは別腹」

「なにそれ」

 くすりと優が笑って、友里を抱きしめた。じんわりとして、そのまましばらく、お互いの体を抱きしめた。優が友里の背中を撫でる。髪をさらりと撫で、毛先を遊ぶ。

「友里ちゃんの髪、大好き」

「うん」

「切っても、また恋をするよ」

「そう?じゃあ──。なんて、嫌なんでしょう?」

 抱きしめているので、友里がどんな顔をしているかわからず、優は答えに詰まった。高岡から聞いたのかもと思い、問いかける。

「高岡ちゃん?」

「ううん、切るねって言った時から微妙な顔してたし、みんなが好きって言ってくれるから、イメージチェンジだぜって思ってたけど、優ちゃんも長い髪が好きなのかなと思って」

 友里を抱きしめたまま、優はベッドに寝転がった。

「うう、優ちゃん、おなかつぶれちゃう」

「あ、ごめん」

「優ちゃんが嫌なら、やめるよ。大好きな人の大好きな状態でいたい」

 ベッドに友里の髪が広がって、サラサラと流れる。優は、友里の細い体を髪ごと抱きしめた。重義に、「言わないとわからない」と言っておいて、また優は自分の心を、はっきり言わないことにへこんだ。

「友里ちゃんが、したいことを否定したくない。でも、友里ちゃんの髪に、埋もれるのが好き」

「うん」

 友里はすこし照れる。優が、唇を頬にチュ、ッと当てるので、友里はドキリとした。

「でもね本当に、きっと、短い髪にしても、同じこと言う。どんな髪型でも、大好きだよ」

「うん……、あ」

 優の話を聞いてる途中で、首筋にキスをされて、友里はビクリとした。

「優ちゃん、集中できないから、待って。結局、どうしたらいい?」

「ううん、もういい。もう、好きにして。友里ちゃんを抱きたい」

「話の途中だけど?」

 あっという間に脱がされた制服が、友里の肌にまとわりついている。スイーツバイキングで大きくなったおなかをすこしだけかばうようにして、優を見上げた。

 『今夜しましょう』と言っておいて、際限なく食べた自分に、ようやく気付いた。

「優ちゃんが、ほんのちょっとしか食べなかったのって、こういうこと?」

「だって久しぶりに友里ちゃんと、って思ったら胸がいっぱいで」

「う、う、カワイイ……!それに比べてわたしと来たら!!!」

「ぽっこりおなかもかわいい」

 優が、熱っぽい瞳で言うと、するりとお腹周りの肌を触れるか触れないかの動きで撫でた。ゾクリとして、友里は跳ね上がる。

「したいことを否定したくないって言った!!」

「それとこれは、話が別」


 友里の懇願は、優には聞いてもらえず、友里はひたすら羞恥に耐えた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る