第163話 クロージングトーク

 

 アプリを終了していると、重義個人のメッセージIDからメッセージが届いた。

【この間の件、相手に相談してみた】

 とだけ書かれていて、優は返事をする前に、もう1通は来るかもしれないと思って、待ってみた。

【それで、部活をやめようって思ったんだけど、お前がやめた時ってどうだった?】


 「それで」までの過程が無いので、優は「?」と思ったが、部活をやめた優に相談したいことだけは分かった。パートリーダーで、3年生で、なかなかやめるには際どい時期だと思ったが、「部長と顧問に相談」と送ると【おけ】とだけ返事が来た。


 みんな自分の人生を豊かにするために、様々な努力をしている。できれば後ろ向きな決断を続けたくないと思っている優だが、それも大事になる時、背中を押してくれる人がいると心強いことは、わかっていた。


「応援してる。ところで重義、恋人が髪を切るって言ったらどうする?」

 無駄なメッセージを添えて送ってみると、秒でスタンプがポンポンと返ってきた。

【やめろ~~~っておもうかも】

【髪型と一緒に心までかわる気がする!】

【相談してくれたことは、嬉しい】

【髪を切った姿も見てみたい、それはそれこれはこれ】

 同じことを思っていて、優は噴きだした。


【友里ちゃん髪切るの?男どもはショートヘア友里ちゃん、好きだぜ】

「はあ?」

【前に、ポニテが子どもっぽいけど、駒井優と並んでても分かるくらい、スタイルいいし美人さんだよねって話した】

「そういう話、本当に腹が立つんだけど」

【ごめんすまん、俺はちゃんと止めました。でももてて良いじゃん】

「恋人がモテるのって重義は気にならないわけ?尾花さんがそう言われてたらどう思うの」


 優はイラつきつつも、友里の話から話題をそらす。重義たち吹奏楽部員が、友里を気に入っていることは薄々気付いていた。


【尾花はマジ、イケメンで女子といっぱい付き合ってたから、俺のことなんか眼中にないって思ってたし「モテるだろ、俺の幼馴染」って自慢でもあったな。中1くらいから、俺のことを忘れるために、女の子と付き合ってたんだって】

「……いいのか?」

【おう、なんか聞いてほしくなって】


 優は紅茶を淹れた。メッセージだと勉強の時間が割かれてしまうので、通話に切り替えないかと問うてみたが、重義は急に照れ臭くなったのか、【もう寝る】とだけ返事がきて沈黙してしまった。

「あと1時間だけ、過去問するけど」

 優がメッセージを送ると、重義から通話がかかってきて、優は苦笑しながら承諾ボタンを押した。


 鶴峰ヶ浦高校は男子校で、お金と権力、そして家柄の揃った子息の進学校だ。制服は白いジャケットに金糸のワッペン、黒いシャツに濃い赤のチェック柄のネクタイ。パンツスタイルは、白とグレーと黒、無地とチェック柄が選べる。尾花駿は、その華やかな制服が似合う端正な顔立ちをしている。

 優より、5センチ背が高い。183センチ。(茉莉花と一緒だな)優は聞きながら、無鉄砲な叔母を思い出した。重義は170センチほどで優からみても小柄にみえるが、友里とならぶとガッチリしている。

『俺じゃ鶴峰は入れないけど、一応受けて、尾花だけ受かったんだよね』

「そうか、うちの高校、レベルが低いから、尾花は反対されたんだろうな……」

 優も友里と同じ高校に通いたいと思い、有名進学校を蹴った。普通科もある商業高校がいかに推薦がとりやすいかを両親にプレゼンしたことを思い出した。しかしすぐに「友里ちゃんが行くからでしょ?」と母親に指摘され、「それならそう言えば、反対しないのに!」と父親にも子犬がしでかした失敗を見守るように微笑まれ、とことん友里に甘い駒井家から辱しめをうけたことまで鮮明に浮かぶ。

『どしたー?』

 通話相手の重義から問いかけられ、優はハッとして取り繕った。


『尾花のことしばらくは部活帰りに迎えに行ってたりしたんだけど、2年になって急に全国いったろ?』

「それで疎遠に…?」

『そっからめちゃ絡むよーになったの』

「へえ」

『迎え行っても他に女いるから、そのまま別れてたんだけど、走り込み足りない気がして、俺だけ走ったり筋トレしてたら、あいつが彼女おいて一緒にしてくれるよーになってさ』

 優は聞きながら、きっと尾花は、機会を待っていたのだろうと思った。重義と、当たり前にそばにいられる理由。恋人にはなれなくても、一緒にいたいと思う気持ちは、止めることはできない。

「健気だな」

『え、そうなのかな?すげえ尊大で、めちゃくちゃ厳しいトレーナーだったぜ?おかげで腹割れたけど、マジでキツかった』

「そうでもしないと、バレると思ったのかもな。ちょっとわかるよ」

 優が言うと、重義が『えー、お前の恋愛も聞きたい!』とにやにやした声が聞こえたが、優は聞き流した。

『10月に全国行ったとき、これで終わりだなっていわれたんだけど、俺が嫌で、まだ筋トレ手伝ってくれって頼み込んで、そこから2ヶ月くらい普通に過ごして、正月に、ずっと好きだったからもう一緒にいられないって急に言われてさ』

 優は重義がはしょる部分を聞きたくなったが、グッと我慢した。重義は友里と似ているのだろうとチラリと思った。好意を受け取って答えてくれるのに、恋人には絶対してくれないと思い込んでしまうような態度を、とり続けていたのだろう。

『俺は一緒にいたい!って言ったら、───』

「重義?」

 突然の沈黙に、優は問いかける。重義が黙っているので、セクシャルな話だろうかとなんとなく察して、優はシャーペンで軽くノートを叩いた。

「言いたくないことは言わなくて良いよ」

『あっまあ、その、あいつが、俺に抱かれたいって態度でしめしてきて?その、負けたよ?負けるよな?ちっこい頃から一番好みの顔してるしさ』

「!」

 優は、まさかちゃんと答えると思ってもいなくて、(深夜の通話は、心を解放する)と思った。

 重義と尾花はお付き合い初日からすべての行程をこなしてしまったようで、重義は興奮気味に言うので、優は少し落ち着かせるために「なにか飲め」と伝えた。重義がはあはあとなにかを飲んだ音がした。

『そっから俺は怖いもんなしだぜーって感じで浮かれまくってさ、とりあえず毎日メッセは封印して、彼氏になったんだから、かっこいいとこみせてえってなっちゃって』

「……内緒で強くなろうとして、逢いにいかなかったんだな?」

 優の低音が、夜中の部屋に響く。重義の小さな肯定が、スマートフォン越しに聞こえてきて、優はため息をついた。

「ダメだろ、それは」

『マジで時間を取り戻したい』


 そのタイミングで、友里から【お勉強中かな?大好き】とメッセージが届いて、優はグッと心臓を押さえた。

『なに?笑った?』

「違う、これは、別の案件」

『友里ちゃんか?良いな、返事返して良いぞ』

 恋をしていると第六感が働くのだろうか?優は、重義の察しの良さに驚いた。優はお言葉に甘えて、手早く愛を送った。


『尾花からメッセは来ないんだよ、あいつから会いに来たこともない、いつでも俺が、あいつのところへ行かないと、あいつにはあえないんだ』

「そうなのか」

 優はいつでも友里に逢えることを特別だと思っている。自分だけがと思い始めたら、それは心が平穏でない証拠だ。

『俺なんか結局さ』

「俺なんかって言うなよ、尾花はきっと重義のことが大切すぎて、わからなくなってるだけだ。お前との関係が、切れずにすんだことが、嬉しかったのは本当だと思うし……」


『俺なんかって言うなって、駒井は言ってくれるけど、あいつにとって俺は、尻尾ふってついて来るのが楽しいだけなんじゃねーかな?かっこ良くなって、あいつに見合うやつになろーとしても意味ないのかもって思うんだ』


 恋人の成長を、喜ばない人が一定数いることを、優は知っている。そのままの君でいてほしいとたくさんの歌も歌っている。優にはよくわからなかった。毎日違う面をみつけたり、成長する友里に、何度となく恋をしている。とんでもない方向に突き進んで行く友里だから、きっと戸惑うだろうが、理由を知れば、また恋をしてしまう気がした。


 ──髪を切った友里に、一目惚れしてしまうかもしれない。


「重義のおかげで、友里ちゃんが髪を切っても大丈夫って自信が出た」

『なんの話だよ、どこでそうなったんだよ』

 画面の向こうの重義が爆笑しているので、優は真面目な話をしているので心外だなと思ったが、確かに説明不足だったことに気付き、こほんと咳払いをした。

「重義が尾花さんのためにしていたことは、尾花さんには伝わっていなくて、尾花さんは不安だったんじゃないかな?体を重ねたあと、それまでなにをおいても連絡してくれていたマメな重義が、音信不通になるなんてさ」

『それはっ、だってちゃんと、好きって言ったぜ?』

 優は過去問をいくつか解きながら、重義に言う。

「一度言ったからってそれが、持続することはない。負の質量があればそれは逆に作用する」

『うう…なんだっけそれ……』

「負の有効質量」

『恋愛を物理でかたろーとするな!』

 重義に怒られて、優は驚いた。同じ勉強をしている重義には、わかりやすい例えだと思ったが、他にないかと頭をひねる。

「わたしは友里ちゃんに愛されているから愛してる分、なにが起きても、多少の揺らぎがあっても、良いイメージで進んでいくけど」

『うん、仮定を突っ込みたいけど黙るぞ』

「ボールに例えよう。重義は坂道という不安要素をとりのぞかないまま、ボールを上へ転がしている。手を離したら、ボールはどうなる」

『坂道を落ちていく』

「正解、重義が、今まではなんの苦痛もなくしていた、尾花さんへのメッセやお迎えがボールに作用していた手だ。恋人になったとたん、その手を離したことになる」

『俺はなんてことをーーー!』

 坂道を転がり落ちると言うより、崖からこちらを向いたまま落ちようとしている尾花に手を伸ばすような声で、重義が叫ぶので、優は少し苦笑してしまう。

『尾花はなにがそんなに不安なんだ…ずっと一緒だし、すきなのに』


「言わなきゃ、伝わらない」


 優がポツリと言うと、重義は画面の向こうで頷いた。

『もう一度、告白する気持ちで、聞いてみるよ』

 重義の言葉に、優は「がんばれ」と言うしかなかった。


『お前たちのボールはどこにいるわけ?』

 少しスッキリしたのか、からかうような声で重義が、優に問いかけてくる。優は素直に答えた。

「平坦で幸せで、良い香りがする場所にいたいと、常に思っているよ」

『良いな、お前は冷静で』

「本当にそうだったら、どんなに良いか……!」

 絞り出すような呻き声に、重義は笑った。自分の恋愛はいつでも思い通りには行かない。


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