第162話 恋するメッセージ
村瀬はバイトに、望月は帰宅すると言うので、その場は解散になった。
優と友里は、帰宅の電車に乗って、食いしん坊の友里が初めていった喫茶店のメニューを思い出しながら、「ナポリタンに入ってる細いウィンナー好き!」とか、「BLTサンドのパンがライ麦で、一度トーストしてあるとカラシとバターが溶けて、中身と絡んで最高に美味しかったね」だとか、次は何を食べるという言葉を、優がうんうんと頷くだけで会話が進んでいく。
「珈琲もそのうち飲めるようになればいいんだけど」
喫茶店で、サービスで出たアメリカンが飲めなかった優がポツリとこぼした。
「わたしがいれば大丈夫」
かわりにのみほした友里にあっけらかんと言われて、足りないところを補い合っているようで、優ははにかんだ。
望月が自分を好きだった件も、村瀬のことも、どう思っているのだろうかと、優は探るように友里を見つめた。それに気づいたのか、友里が優を見て口を開く。
「喫茶店での優ちゃん、りりしかったね」
「……嫉妬丸出しで、みっともなかったよ」
「ううん、すっごい可愛かった。わたしのこと、大好きなんだなって思った」
「……」
優は、頷いてから、車内に数名人がいることに気付いて、照れて頬が熱くなっていくのを感じた。
友里はなんでもないことのように、「教習所まで電車で通うのけっこう大変だな~」など今後の予定をどんどん決めていくので、アルバイトと並行して体を壊さないよう、サポートはすると優は申し出てみた。
「嬉しい。夜は一緒にいようね」
「う、うん?うん」
友里の言葉に、含みがあるのか、少しだけセクシャルな響きを感じつつ、優は頷く。「お勉強しててもいいからね」と追加されて、なぜかがっかりした。
「でも最近、優ちゃんを、かっこいいって言うの、ちょっとわかるようになっちゃってなあ……」
ポツリと、友里が言うので、優はどきりとした。喫茶店での、友里の狼狽えた顔を思い出す。
友里が、優をかっこいいと思うことは、終わりの始まりと思っている優は、かなり動揺して、友里を見つめた。淑女撤回をするということは、もしかして、可愛いと思われなくなるということなのだろうかと、優はいまさらに気付いた。
友里はかわいいものが好きだ。友里にとって、かっこいいとは、好きなものと反することで、優は、そのカッコイイという言葉に怯えているところがあるくらいだった。
「嫌いになっちゃった……?」
おそるおそる聞いてみる。
「ううん、わたしが、優ちゃんを嫌うわけないじゃない。きっと優ちゃんは、世間的にかっこよいってやつなんだろうけど、自分には、すっごいかわいいって思うのって、やっぱり、お互いに好き同士だからかな?とか、思った」
友里が明るく笑うので、優は一抹の不安を感じつつ、胸をなでおろした。
「重義さんに優ちゃんが言った言葉」
「うん?」
「じぶんなんかって思うなって」
「ああ……だって、どうでもいいと思っている人と、付き合うわけないだろと思って」
優は、友里の横顔を見つめた。友里の瞳が、光に透けて、きらりと輝く。
「自分なんかって思うたびに、自分を好いてくれる人の気持ちを、ないがしろにしているんだって気付いてさ」
「友里ちゃん」
「これからは、気を付けるよ!」
ガッツポーズをする友里に、優は微笑んだ。
「そういえば。友里ちゃん最近、わたしに怖い話聞かせて喜ぶのもやめたじゃない?」
「あ、うん、気付いてた?恥ずかしい。いやな話ってことに気付いて……。細かい色々に、気付くと怖い。優ちゃん、よくわたしのこと嫌いにならないよね」
村瀬と話していて、気付いたことは友里は黙る。
「わたしも、口に出さないと伝わらないってことわかっているのに、なかなかできないから、実践している友里ちゃんを尊敬するよ」
「ええ、てれちゃう」
電車が線路を走る音が、タタンと響く。
「そうそう、それでね、決意した。今後、優ちゃんが戦うことないんだからね、優ちゃんは、どんと構えて、わたしに愛されててほしい」
友里に言われて、優は息をのんだ。
「!」
「優ちゃんの驚いた顔、めずらし。かわいい」
いつもの無邪気な笑顔に、優は戸惑う。友里がなにを決意したのか、優にはよくわからなかったが、りりしい友里の笑顔は大好きなので、その笑顔が見れたことで、優はもう、どうでもよくなってしまった。
「いや、いや良くないよ。わたしもちゃんとする。友里ちゃん、戦うって、なにを考えているの?」
優は友里の笑顔によって下がった知能を奮い立たせ、首を横に振った。
「優ちゃんが無駄に争わないでいいようにするだけだよ」
「そんなこと、出来るの?わたしも関わらせてほしい、むしろ、関わっていた方が安心するから!」
優はすがるように必死に言ってしまう。友里はぱちくりと目を丸めて、優の勢いに押され気味になるが、必死な優が、愛おしくなって思わず鳴いた。
「ユウチャンカワイイ」
「そもそも、どうする気なの?」
「うーん、決意のため、バレエのために未練がましく伸ばしてた、髪を切ろうかな」
友里がポニーテールをくるりと撫でて、そういった。突然の申し出に、優はパニックになる。
友里の決意をすべて信じて、愛そうと優は思った。それが友里だから、愛おしいし、真実になるだけだ。
「髪、……ショートの友里ちゃんもきっとかわいいけど、それが、なぜ戦うことになるの?」
「そうかな?!うれしい。えっと、髪が長いとどうしても、たおやかなイメージがあるから、強く見せたいとしたら髪を切ればいいかなと思って」
笑顔の友里に、恋人の決断を否定することだけは、したくないとだけ、おもった。
友里の長い髪が好きで、友里の意志に反して、それを守ってほしいと思ったことに気付いて、優は自分の心にショックを受けた。
::::::::::
『そんなのショックに決まってるじゃない』
夜半の英会話通話で、高岡に言われて、優はホッと胸をなでおろした。
『友里ったらバレエの発表会があったらどうするつもりなの』
「バレエの発表会とかは出ないつもりっぽいよ、好きでやってるだけということにしたいみたい」
『ったくあの子……』
「わたしも、髪が短い友里ちゃんなんて知らないから、見てみたいけど、──でも思っていたよりもショックな自分に気付いて、驚いているんだ」
『ちょっと待って、”思っていたよりも”の発音もう一回』
「Than I expected」
『アイのとこが早い……!』
優は英会話を一旦取りやめ、ポットから紅茶を注いだ。
「高岡ちゃん、だいぶ聞き取れるようになったね」
『あなたが甘やかしてゆっくり話してるからでしょ、この間、そう思って放送大学覗いたら、大変な目に遭ったわ』
「じゃあスピードアップしようか」
『言うと思った。──良いわ、よろしくね』
くすくすと笑い合って、ふうとため息をつく。
『好きな人の意思って、そんなに尊重したいものなの?』
高岡に言われて、優は自分の勉強の手を止めて、首をかしげた。
『友人だったら、髪型の変更に対して口を出さないのもわかるけど、駒井優から友里の髪が好きだっていえば、あの子ならやめるんじゃない?』
「わたしの意見で、友里ちゃんの考えを、やめられるのがいやなんだよ」
『めんどくさ……!面倒くさい女ね、駒井優!!!』
言われて優はノートに数式をつらつらと書いていく。
「わがまま言って嫌われるのも嫌だし、ずっとかわいいっていわれてたいんだよ、わたしは」
『はあ、そういうのは友里に直接どうぞ』
「言えたら苦労しない」
『言ってるような気もするけど、まあいいわ』
「友里ちゃんから、色々聞いてるの?」
優は探るような声色を出してしまう。
『まあ、それは、たくさんの惚気を聞いてるけど──なあに、聞きたいの?』
「恥ずかしいから、いいよ」
『なにその、子どもみたいな声は!聞きたそうにしかきこえないけど?!今度、じゃあ、単語とか調べとくわ。もうお風呂入って寝るわ』
プツリと切られて、優は(どんな話を聞かされるんだ)と、ため息をこぼした。
高岡に相談してしまったあとは、自分の友里への愛情表現が間違っているのではないかと不安を感じてしまうが、高岡とは立ち位置が違うと自分を納得させる。
優は今日のノルマを仕上げ、ノートと教本を閉じた。
4月から忙しいなと、目の辺りのマッサージをしてから、時間も見ずに友里に【あいたい】とメッセージを送った。
深夜の0時を回っていたが、友里からすぐにハートにまみれた返事が返ってきて、あっという間に疲れがとれてしまった自分を恥じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます