第158話 ピクニック


 お重に、ローストビーフ、ゆでエビのサラダ、野菜とひき肉のパテ、クリームチーズを色とりどりの海鮮や、大葉で巻いた手毬寿司が、美しく並んでいる。

「3月だから生ものでもそこまで悪くならないかなと思ったけど、保冷はしたよ」

 天使のような表情で、ヒンヤリとした保冷バッグからお弁当などを取り出した優が、友里と高岡に微笑んだ。


 8時に学校のある駅に着いた優と友里は、高岡のご両親の車に乗り込んで、県内の小高い丘に登った。少しだけ散策をして、3人でたわいもない話をして、さて、お弁当の時間となったところで、高岡は、優のお弁当のクオリティに言葉を失う。


「優ちゃん、ほっぺがおちそう!」

 さっそくパクついて、大喜びしている友里は、高岡が言葉を失っていることに気付いていない。

「あなたね……、出汁巻き卵に唐揚げ・おにぎりぐらいで良かったのに」

「うちでは、いつもこういう感じだったから、気に入らなかったかな」

「そういうことじゃないけど、重たかったでしょう?」

「ぜんぜんへいき、お弁当係なんて大役、嬉しくなっちゃった」


 イベント事にまっすぐ大盛り上がりする駒井家の一員である優は、たまにそういう大仰なことをする。そんなことは知らない高岡は、呆れている間に手を綺麗に消毒をされ、食器類はさすがに紙や木だが、飲み物もきちんとコップに入れて、テーブル出来得る限りのテーブルセッティングに驚く。友里は慣れていて、並んだおせち料理のように輝く優の手作りお惣菜にうっとりして次々と食べては、優が笑顔になる感想を言って、にこにことしている。


「唐揚げがいいなら、今度は作ってくるね。あ、でもこれは鶏と鴨肉だよ」

 パイ生地で包まれたパテを優が高岡に取り分けた。断面が美しく7層になっていて、高岡は優を見つめる。またチベットスナギツネのような顔になってしまいそうだった。

「大変美味しいわ、さすがね……」

「良かった、お口に合って」


 食後のデザートに、ジャムタルトが出てきて、宝石のような輝きを放つ。もうお腹がいっぱいなのに、高岡は2枚食べてしまった。ふわりとほほ笑みながら、良い香りの紅茶を振舞われる。たまに忘れそうになるが、「駒井優は淑女だ」と友里が言い張っている意味が、高岡にも伝わった気がした。


「ピクニックだと思ってたけど、でもこれは、ちょっと違うわね、駒井優お茶会だわ!」


 友里と高岡はまったりとしながら、給仕に回ってくれた優の所作を眺める。手際よく片付けてくれるので、見とれてしまう。


「はりきっちゃう、優ちゃんが可愛くって大好き」

 友里が思わず呟いて、高岡が「ふうん」と言ったので、友里はバッと顔を上げた。

「ごめんなさい」

「良いわよ、謝らなくて。好きになるのもわかる」

「まさか……高岡ちゃん、優ちゃんを好きに?!」

 ごくりと友里が息をのんで、高岡を見つめるので、高岡は友里のおでこをぐいっと片手で押した。

「おばか」

「だって優ちゃんが、高岡ちゃんのこと好きすぎるんだもん、こんなに優ちゃんが他の人に懐くの、生まれて初めてなんだもん……!今日はみたこないお洒落ジャージだし!」

 押されたおでこをおさえて、友里は赤い顔で言う。

「優ちゃんと個人的にお話しするでしょ?もう、優ちゃん単体で、好きなんだと思うんだけどなあ。優ちゃんのこと、みんな好きになっちゃうから、わたし、わたしの恋心が、それだってずっと思ってたんだ」


「ははあ、友里。嫉妬してるのね、まったく……だから何度も言うけれど友里がいることで成立している人間関係なんだから……大事な友人の恋人なんだから、大切に想うだけよ」


 高岡は眉を寄せた。(友里は恋愛脳なのに人の恋路にうといの、なんなのかしら)と心の中だけで思った。

 片付けを終えた優が、「なんの話?」というので、高岡が先に「なんでもないわ」と言って立ち上がった。

「この奥に、アスレチックコースがあるの、駒井優。ジェットコースターに耐えられないあなたが、どこまでできるのか、見せてもらうわよ」

「望むところだよ、高岡ちゃん」


(でもやっぱりふたりは仲良しなのでは?)友里は、きらりとにらみ合う高岡と優を見つめて、やはりプリンセスと小鳥さんの中に入れないことを、寂しく思った。


 優と高岡のアスレチックコース勝負は、僅差で優が勝った。

「さすがにやるわね」

「高岡ちゃんも、早いね」

 ハアハアと息を荒げる優を、友里は珍しい顔で見た。

「こういうの全部余裕でやってしまうのに、高岡ちゃんといい勝負なのうれしいんだね、優ちゃん」

 のんきに言うので、優は少しだけ照れた顔をした。

「友里ちゃんはもうぜったい本気で戦ってくれないもんね」

「だって体力ないもん」

 優の言葉に、友里は頭を掻いた。


「昔の友里は、こういうのムキになって、面白かったのよね」

 高岡がポツリと言うと、友里は高岡をじっと見つめた。

「あ、そういえば、ここって!!!バレエのみんなと、1回来たことがあるね!?」

 友里が手を叩いて、高岡に言う。当時の勝敗は友里がダントツ1位だった。

「そうよ、やっと思い出したの?いっつも遅いんだから!」

 高岡が笑いながら言うので、優はホッとした。思い出の場所を、高岡はいくつ友里に忘れられてしまったのだろう。胸が痛んだ。


「小さい頃といえばね、ここで優ちゃん、自分もすごく楽しみにしていた山登りだったのに、もっと小さい子のために率先して補助をかって出てね、淑女の鑑のような所作の美しさで、女の子の山への恐怖心を克服したことがあるんだよね」


「駒井優との思い出は、鮮明に覚えてるのよね、そういう友里、嫌いじゃないわ」

 笑う高岡を、優はタオルで汗を拭きながら、見つめた。

「高岡ちゃん……」

「なに変な顔してるの?次はロープ渡りよ。体幹は絶対負けないわ」

「うん」


 言いかけたが、高岡の強気な微笑みに、優がなにも言う必要はないと思った。

 ロープ渡りは支えが下にありすぎて、身長の高い優は殆どそれを掴めず、不利に働き、高岡が圧勝した。

 中学生の団体が来たので、高校生の友里たちは、場所をあけ渡すことになった。時間も14時で、駒井優お茶会はそれはそれで楽しかったが、高岡のお気に入りのカフェでお茶でもして帰ろうと周りを片付け始めた。

「駒井先生!」

 名前を呼ばれた優が、顔をあげると、中学生の女の子が赤い顔で走り寄ってきた。

「ああ、早良さわらさん、こんなとこで逢うなんて」

「運命的です、先生、実は先生とここで逢うの、2度目なんですよ!」


 友里は、優の隣に立って、そっと女の子の顔を見た。どこかで見たことのある、勝気なその表情は、友里を見つめるとふにゃりとほほ笑む。優が、友里に向かって紹介をしてくれるように手を差し出した。

早良美好さわらみよしさん、今月から家庭教師をしている生徒だよ」

「はじめまして、駒井先生の生徒です!」

「はじめまして、荒井友里です。同級生です」

「高岡朱織……ですけど覚えなくてもいいわよ。お邪魔しちゃってごめんなさいね、帰るわよ」


 高岡は、早良達の団体がソワソワと頭にハートマークがついた様子で優を見ていることにいち早く気付いたが、優と友里はその状態が普通のことなのか、一切気にしていないことに驚いた。

「ちょっと、いくわよ?」

 声をかけると、優と友里が早良達に手を振る。「きゃあ」と悲鳴が上がって、高岡は(まったく……)と思った。


「だからあなた、気安いのよ。もっととっつきづらくいなさい」

「え、だって高岡ちゃんが女王様みたいにしていた方がいいって」

「統治が上手なタイプの女王になれとは、誰も言ってないわ!!」


 優に言うと、優は(ほかに何が?)と戸惑ったように目を丸くするので、思わず頭の中に、すてんと転がった子猫が首をかしげるような映像が浮かんで(このっ……!)と行き場のない怒りが、高岡の中でくすぶった。


「2度目って、もしかして、優ちゃんが一緒に登った子だったりして!」

 友里がふざけたように言うと、早良が「そうです!」と大きな声で頷いた。


「友里お姉さんのことも、覚えてます。ずっと励ましてくれて、嬉しかった!」

 友里は早良に微笑まれて、思わず「かわいい!」と言った。優が少しムッとしたのは、高岡にだけわかった。

「あらそれは、懐かしいわね、でも私たちはこれで山を下りるから、皆さんで楽しんでね」


 高岡が、早良に一緒に遊ぼうと言い出されることを懸念して、先に駒井優の背中を押した。友里の腕も掴む。(本当に手間がかかるわね)という顔で、ふたりを見やった。

「じゃあまた!水曜日に」

 早良があっさりと手を振ってくれたので、高岡はホッとした。


 :::::::


 ふもとのログハウス調のカフェで、シフォンケーキと紅茶を戴きながら、高岡は早良の件を優に言った。


「でも駒井優、中学生に好かれ過ぎるんじゃないわよ」

「はい」

 高岡がため息で言うと、優は「肝に銘じています」という顔で頷いた。


「いい子じゃない?」とあまり意味の分かっていない友里が言うが、その言葉は排除した。


「ホントはね、このピクニックで、お友達みたいにどこでもいっしょするのを最後にしようって思っていたの」

 高岡に急に言われて、優は紅茶をむせた。

「な、ど」

 友里が真剣な表情で、高岡に問いかける。

「どうして?」

「友人関係をやめるわけじゃないのよ、それは誤解しないで。友里とはスクールでも学校でも逢えるし。でも出かけたりするのは、お付き合いしているふたりに気を遣わせるのもお邪魔かしらとも思うから、最後にここに来たかったの」

 高岡は一匹狼の資質があるので、友人関係に疲れてしまうことも添えた。

「でもそれをやめるわ、あなたたち、危なっかしいんだもん」

 高岡に微笑まれて、優はコホンと一つ咳をして、口を開いた。

「なんだ、驚かせないで」

「ホントだよ~、高岡ちゃん」

「でも、ふたりきりになりたいときは私を誘わないでどんどんおでかけしてね。あと、バレエスクールを休むときは前日に言って」


「はい」

 友里は昨日の出来事を思い出して、少し顔を赤らめた。

「グループで、活動出来ればいいんだけど、なかなかね……。あ、ヒナさんと、仲良くなったんだけど、ここに呼ぶのは酷だわね」

「そうなの?」

「そうなのよ、友里」

 友里はふしぎな顔をして優を見つめるが、優は無表情で紅茶をひとくち飲んだあと、口を開いた。

「ままならないよね」

「ままならないのよね」

「?」


 優と高岡の通じ合いに、友里はある程度、(これはもうこういうものなんだな!)と折り合いをつけた。きっとふたりは、似ているのだ。

 紅茶とシフォンケーキが美味しくて、お代わりをしたくなったが、小食のふたりを見つめて、友里は「おなかいっぱい」と元気よく言った。おなかが鳴ったが、「夕食まで我慢しなさい」と高岡に怒られて、顔を赤くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る