第157話 感想戦
「友里ちゃんは、わたしのすることに満足してる?」
ベッドで押し倒されたまま、優の問いかけに、真っ赤な顔で、友里はすこし困った後、頷いた。
「セックスって、したいと思っているふたりがすることでしょ」
優の直接的な単語に友里は頬を染める。首を縦に振ると、優が頬に正解者へのご褒美のようにキスを落とした。
「それだけが目的で無ければ、満足するか否かは別問題で、気持ちが満たされれば、良いと思う」
友里がうんうんと頷く。優は今度は逆の頬にキスをした。
「でも友里ちゃんがそんなに気にするなら、今からわたしがしてほしいことをするから、同じことをしてみる?お勉強の時間に、しようか?」
「え!?」
友里は次は唇かなと待っていたようで口をすこしだけつきだしたが、思いがけない言葉を聞いたという顔で、さすがにすぐにうなずくことはなく、覆いかぶさっている優を見つめる。「あとで同じことをしてあげるね」といつも言う友里の言葉を、優は逆手に取った。
「いやなら、やめとく。──確かに、少し物足りないけど、──わたしも恥ずかしいし、友里ちゃんの愛し方で、愛されるってだけで、満足してるから」
優は心の底から素直にそういうが、友里にとって「物足りない」と言われることが、どういう意味かを、知らないわけではなかった。
このセリフに、嗜虐心がないとは、言わない。クローデットにも『友里には使わない』と豪語したが、さんざんじらされた上で、優がいかに、友里を好きか、まだ友里が理解していない気がしていたため、想いを伝える為なら、友里のイエスを引き出す心理作戦を使っても、致しかたない気がした。
「……」
迷う友里に、優はまた頬に軽いキスをする。鼓動で体が揺れた。友里を抱きたくて、そんな誘いかたをしている事を、友里が気付いても、それはそれで反応を見たくなった。何度も抱いているのに、まるで初めてのように緊張した。友里の濃い蜂蜜色の瞳が、情欲で、うるりと輝いた気がして、優は早く唇にキスをしたくて、じれた。
「駒井先生が、イイコトを、教えてくれるってこと?」
ふざけたように言われて、いつもなら(また緊張して変な事を言い出したな)と思う優だったが、その言葉にはどきりとした。イイコトではなく、ワルイコトを自覚している。しかし、(気持よくしたい、なんていう、向上心あふれる恋人の申し出に、浮かれない人が、いるだろうか?)ドキドキと”友里が好きだ”と毎秒言う心臓が、後押しをする。
優は探るように悶える友里が可愛すぎて、もう我慢できず、笑ってしまった。
「あれ!?優ちゃん、ふざけてない?!」
「だって、先生って!」
真顔をキープするのが、限界だった。困り切った友里が、口を開く。
「……──おしえて、駒井先生」
優は、自分でも嫌になるぐらい、欲に負けた狼のような妖しい微笑みで、友里の頬を撫でて、ようやく、唇にキスが出来た。
「優ちゃん、かわいい……!」
友里はこわがるどころか、ポッと頬を赤らめたので、もう我慢は出来なかった。可愛さでどうにかなりそうだった。
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友里が目を覚ますと、まだ外は昼の明るさだった。隣を見ると、めずらしくベッドの中でしどけなく眠っていた恋人をみつけ、その頬をつんとつついた。美しい頬は内側から光り輝くようで、長いまつげに赤い唇。いつみても、(かわいい……)と思う。黒目がちの瞳をパチリと開いて、ほほ笑む恋人を笑顔で出迎える。
「優ちゃん、おはよ」
「ん、おはよう」
言ってから、優はハッとして、起き上がると、友里の体を見つめた。
「大丈夫?」
言われて、友里はパチパチと瞬きした。体はスッキリとしていて、なんの問題もないが、優が、「まさか、気を失うなんて」というので、さあッと、さきほどまでの諸々が思い出されて、パクパクと口を開けたり閉じたりして、友里は赤い顔で優を見た。
ご教示いただいた内容が、あまりのことで、言葉にならない。
「ごめん、友里ちゃん」
謝る優に縋りついた。
「だって!あれ、なに……あの、下を!舐めたり、何度も、いってるのに、中側を、えっと……!やめてくれなかったり!?ほんとに……あれぜんぶ、優ちゃんが、してほしいことなの!?」
友里が慌てて一息に言うと、優はゆっくりとした動作で瞳を閉じて、頭をおさえた。とても反省している顔で、友里を見つめる。
「友里ちゃん。わたしに、──全部してもいいからね」
「うぐ」
友里は、上目遣いで自分を見つめるかわいい恋人の甘いお誘いに、恥ずかしさで震える。優がした、諸々が脳裏に湧き上がってきて、「ううう」と唸るだけで、優の胸にポスンと顔をうずめた。
「……優ちゃん、ほんとにわたしが、好きなんだ……」
優は友里の髪を撫でるだけで、反省しているような可愛い八の字眉毛なのに、友里が涙目で見つめると、とても満足した笑顔を湛えた。友里には、(たぶん出来ない)という顔をしているような気がして、「うぐぐ」と言ってから、友里は起き上がった。
「優ちゃんは、いじわるだ!ほんとは、ちょっと意地悪なんだね?!」
言われて優は、ごくりと息をのんだ。淑女撤回のチャンスという顔をする。
「うん、そうかも、あまりに友里ちゃんが淑女って言うから、猫をかぶってた」
ニャーンと、招き猫の仕草をしてしまい、友里に「かわいい!!」と唸られてしまって撤回チャンスは失敗した。友里は、優の隣に、ころりと寝転がって、腕にスリスリと頭を擦りつけた。
「だいすきよ」
「うん、ずっと、してる時も、言ってくれて、あんなこといっぱいして、嫌われたらどうしようって思っていたから、すごく……」
「すごく?」
友里はくるりと体を起き上がらせて、優を見つめる。優は、赤い顔をして、天井辺りを見ているが、観念したように口を開いた。
「すごく興奮した」
「……!そ、そう、それは、よかったです」
友里は、照れてお布団をパンパンと叩いた。
「つまり、わたしがするより優ちゃんがする方が効率がいいのかなあ?」
「効率でするものじゃ、ないでしょ……。友里ちゃんにしてもらうの、とっても気持ちいいけど、大好きすぎてしたい気持ちが勝る時が多いんだ。…今日は意地悪だったよね、ごめんね、痛かった?先生って呼ばれるの、とってもくすぐったいね」
髪をなで、そっとほほに口づけをされた友里は、まだ優の全力の愛情表現に慣れず真っ赤になってしまう。気持ちをすべていわれているたびに、可愛さと、恥ずかしさで震えてどうしようもなくなる。
「駒井先生……♡」
「う、……はい」
「先生って呼ばれるの好きなの?家庭教師、大丈夫?」
「友里ちゃんのいいかたが、可愛すぎるだけだよ」
優は赤い顔で、友里の呼び方に慣れない顔で言うが、友里は友里でふざけているつもりだったが、途端に恥ずかしくなった。友里が顔を背けるので、優はどこか痛いのか心配してしまう。
「本当にごめんね、痛かったりしたら、ちゃんと言ってね。途中で、いろいろしてほしいってお願いされたの、全部してしまったから、大丈夫かなって」
友里は、優がしてほしいことの全てがもどかしく、途中からいろいろお願いした自分を思い出して、さぁっと赤いのか青いのかわからない顔になる。どこもかしこも気持ちよかったが、優の謝罪には答えず、少しだけ大きな声を出して、優に覆いかぶさった。
「じゃあ!教え通り、頑張るから!」
友里は優が黒曜石の瞳を丸めて、友里を見つめ返すので、可愛さに震えた。
「でも友里ちゃん、そろそろスクールの時間じゃない?お休みしてくれるの?」
友里は優に言われて、ハッとして時計を見た。バレエスクールは13時からで、今は、13時20分前だった。
「あ!ああ…………!!」
友里は、慌てて飛び上がると、高岡に連絡をした。高岡は、「ペナルティよ」とだけ言って、しかし、スクールたったひとりの生徒の我儘を許してくれるように、今日はお休みにしてくれた。
「わたしが怒られるから」
優がスマホを預かろうとするので、友里は首を振るが、高岡のほうから「駒井優にかわって」と言われて、友里はおずおずと優に自分のスマートフォンを手渡した。
『あなたね、この時間だけは、大事なものってわかるでしょ?』
「ごめんなさい、反省しています」
『……うそよ、先生方にもとっくに連絡して、さすがに寝不足で4時間もレッスンは出来ないから、今日はお休みにしましょうってことになってたの。友里にもメッセージ送ってあるけど、見てないってことよね、確認して』
「高岡ちゃんには、頭が上がらない気がしてきた」
しばしの沈黙の後、高岡の声がすこし揺れた気がした。泣いているのかと、優は電話の先の高岡を心配する。
『そんなに反省しているなら、あした、駒井優の手作りお弁当を持ってピクニックに行くわよ』
「え!?わたしがつくるの?」
『朝8時に、学校駅で待合せね』
プツリと電話が切れて、優は友里を見つめる。
「明日ピクニックだって。わたしがお弁当係」
「春休みだから!?」
優は時間を見て、「買い物に行くことになったな」とため息をついた。
しかし、時間のできたふたりは、再度、ベッドに寝転がった。
ぎゅうと抱きしめると、優の肌の質感にとろんとなった。
「大好き」
「わたしも」
優が頷くので、友里は「ちゃんと言って」と小さく言ってしまう。言ってくれたらくれたで、恥ずかしくてどうしようもなくなってしまうことは、わかっているのに。
「大好きだよ、友里ちゃん」
友里の希望通りに優が言ってくれて、友里はドキドキとして、優の胸の中に顔をうずめた。
「優ちゃんが、わたしの体に触れないっていうから、わたしが触ってたんだもんね、もう、お役御免ってやつだ」と言った。
「……すっかり、さわれるようになっちゃった、ごめんね」
「ううん、どうかな、わたし、汚れなかった?」
「うん、ずっと綺麗なまま……というか、どんどん綺麗になっていく気がするぐらい」
「それは、言いすぎ」
友里が優に、ツッコミを入れるので、優がニコニコとほほ笑んだ。
「友里ちゃんと、こんなふうにいられるなんて、夢みたい」
「ぜんぶ夢だったら、どうする?って、わたしたまに考えちゃう。本当はまだ病院のベッドの上で、眠っていて……元気に生活できる今が、夢だったら、って」
優は、笑顔がスウと消えるのが分かった。
優の表情の変化に、友里は慌てて手を振る。言ってはいけないことを、言った気がした。
「全然、本当に今がとっても楽しいって意味だよ!?変な話してごめんね」
ぎゅうっと友里は優の体を抱きしめて、今の言葉を打ち消すようにした。
「ぜったいいやだ」
優は少しだけ力を込めて、友里を抱きしめた。友里が、小さく「ごめんなさい」というので、傷つけるつもりはないという意思を込めて、おでこにキスをした。
「ぜんぶ夢だったとしても、友里ちゃんのそばにいさせて」
友里は優の胸から、顔を上げた。
「友里ちゃんの病室に毎日行って、大好きだよっていう」
「ほんと?」
「うん、まだ小学5年生だったら、今みたいに恋人にもなってもいないのに、友里ちゃんの頬に、キスとかしてしまうかも、ごめんね」
優がからかうので、友里は赤い顔になる。
「待って、これ、夢じゃないよね?こんなえっちな夢見てること、優ちゃんに知られたら死んじゃう」
「死なないで」
真剣な顔で言うので、「はあい」と友里は言った。
ふたりで今、ここに生きて一緒にいることがくすぐったくて嬉しく思えて、すこしだけ抱き合った。しばらくしてから、明日の為の買い出しに出かけた。
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