第155話 午前三時


 手をつないで客間に戻ってきた優と友里は、高岡の視線にパッと手を離した。

「はいはい」

 高岡に言われ、優が先に「高岡先生」と走るので、友里は2人をぼんやり見てしまう。優がなにか言ったらしく、高岡が「真面目な顔して、ふざけないで」と笑うので、友里は慌ててふたりの間に入って、そのままふたりをお布団に倒した。

「友里、重い」

「友里ちゃん」

 高岡と優がくすくすと笑ってくれるので、友里はふたりを抱きしめた。

「もう、友里やだ~!」

 高岡が嫌がるので、友里はごめんねと手を離し、そのままふたりの間でうつ伏せで眠るふりをする。高岡がそっと身を引いて、友里はお布団の中に落ちた。

「一緒に寝るの?」

 優の甘い声が耳元に落ちて、友里はガバッと起き上がった。

「いいよ、おいで」

 お布団を捲って、優がいつもの紺色のパジャマで出迎えてくれるので、友里はいつもなら、その胸にダイブしてしまう所、浮かれた優に揶揄からかわれていると気づいて「もう!」と少し怒った。

「あはは」

「あら友里、駒井優に怒れるの?やってしまいなさい!」

 高岡に言われ、友里は戸惑う。なにをすればいいのか、オロオロとするが、「脇腹でもくすぐってやれば?」と言われて、その通りにした。

「友里ちゃん、そんなんじゃ全然なにも感じないよ」

 少し浮かれてるように見える優に、強気な顔でいわれて、友里はときめく。あまりにも可愛くて、声がでそうになるが、それならと、お付き合いしてから知った、優の弱い部分を撫でた。

「ちょっ」

 おへその周りを触られた優が慌てて、友里からの攻撃に身をよじる。まさか高岡の前で、友里が本気を出すと思っていなかった、優の敗北の声だった。

 くすぐり合うふたりを、高岡は呆れた顔で、見下ろす。

「その辺にしといたら?さすがにうるさいわよ」

「高岡ちゃんがいったのに!」

「もう。友里ちゃんが、ふざけすぎなの」

 ハアハアと息を荒げ、赤面した優に、(ユウチャンカワイイ)と鳴いてから、「ごめんなさい」と友里は素直に謝った。


 ヒナが戻ってきて、ようやく全員眠るために電気を消した。

「今日は大騒ぎだったわね」

 ヒナは短い髪を一瞬で乾かすので、全員で驚く。

「ツイッターで流行ったじゃない?タオルを、ほっかむりみたいにして、その中にドライヤーで熱風を送ると、すぐ乾くやつ」

「え!?知らない」

 友里が暗闇の中でまだ濡れている毛先で試してみると、確かに一瞬で乾いて驚く。高岡は伸ばしながらなので、なかなかできないが、優は短いので真似をしようと、呟いた。

 高岡がいい香りのするヘアオイルを全員に分けて、全員甘い香りに包まれて、その夜は眠った。


 :::::::::::


 午前3時。高岡は、眠れず、お水を貰おうと起き上がった。友里はぐっすりと眠っているが、隣に眠る優と手をつないでいたので、「あら」と小さく声を出してしまった。


 長い廊下を歩いていると、ヒナがいて、お水を貰うのにちょうどいいと思い、声をかけた。ヒナは快く承諾して、2人で台所へ向かう。高岡は、躊躇しつつも言葉を選んで、問いかけてみる。


「ヒナさんもしかして、友里と駒井優のこと、──気付いている?」

「あ~~、ふたりが付き合ってるの、知ってるよ、迂闊な友里から直接」

「あら、良かった!でも、そうよね、あの様子だとすぐわかってしまうわよね」


 高岡がホッとしたように、ヒナに微笑んだ。

「私、あなたのこと、友里を狙っていると誤解していたの。ごめんなさい、態度が悪かったと思うわ。ゆるしてくれると嬉しい」

「ああ、うん。でもね、高岡さんってば、カンがいいよ!駒井さんが、いるの知らなかったから、友里に──恋はしてるのよ」

「え!あ、じゃあ、お風呂での友里は軽率だったわね」

「あれほんとビックリした!!なに~?もう、ほんと……目に焼き付くじゃん!?こまるよ~~~。同じ部屋で寝てらんない。高岡さんの言う通り、恋は性欲に振り回されるわ」

 さきほど爆弾発言を奪って、ヒナが言うので、高岡も友里の迂闊さに申し訳なさそうに笑った。

「気持ち悪いとか、思わないんだ?あまりにも普通の反応で助かる」

「私、まだ恋をしたことないから、実はよくわからないの。自分の身に降りかかれば、きっと大人びた言葉なんて、ひとつもいえなくなるわ」

 友里を軸に、女の子たちの恋愛が進んでいて、高岡は頬を染めた。

「あの、聞いてみてもいい?ヒナさんは友里の、どこを好きになったの?」

 高岡は、友里を好きだが、「恋愛として」の意味を知ってみたかった。しかし駒井優に聞くのは嫌で、ヒナに問いかけた。


「ワタシは、見た目から入って、明るくて、ちょっと暴走しまくってるとこ」

「ああ……暴走……」

「それまで全然気にならなかったのに、目に留まると、ずっと気になっちゃうんだよね。友里が、どこにいてもわかるのが、ホント困る。他の人に恋したいのに他が、まるで見えなくて。お月様みたい。お月様が大きい日は、星が見えないでしょ?友里はどっちかっていえば太陽っぽいけど」


「……こまるわねえ」

 ふたりとも、同じように唸りながら、ヒナは想いが断ち切れない方向に、高岡は、単純に友里が、人からの好意を無下にしなければいけないことに、傷つかないかと困っていた。


「ふふ、高岡ちゃんって、保護者みたいね」

「友里のこと、ずっと支えたいっておもってるのよ」

「え、それはどうして?」

「……ああ……まあ、色々あって」


 高岡は言い淀む。バレエダンサーとして、友里を尊敬していた幼い頃の気持ちのまま、友里のそばにいることを、理解されると思っていなかった。今の友里は、ダンサーでもなく、服飾の夢を追いかける普通の高校生だ。

「友里のことを、大事にしたいって気持ちだけが、ずっとあるの」

「そっか、そういうの、ちょっとわかる気がする」

 ヒナは、自分が姉たちに対して思う気持ちと、シンパシーを感じ、高岡に微笑んだ。高岡は、ヒナにニコリとほほ笑む。


「ヒナさん、ありがとう」

 高岡に急にお礼を言われてヒナは「?」という顔をする。

「友里の傷跡、特に何も言わなかったから」

「ああ!うん、大変だったろうなとは思ったけど、そんなの今言っても仕方ないしね。言っていいか迷ったけど周りに薔薇のタトゥーとかしたらめちゃめちゃカッコよくない??」

「それは……まあ、本人に聞いて。ちょっとわかるわ。かっこいい蔓のようよね。ダンサーとして表に出したら人気が出そうだもの。私はこれ以上、友里の体に傷を増やしたくないけど」

「ああ~、それはそう。やっぱ失言だったか。友里に言わなくてよかった」


 高岡が仄かに微笑むので、ヒナも無言で廊下を歩いた。

 雪見窓から、月光が差し込んでいて、風情のある日本家屋だと高岡が言うと、古いばっかりでと言いながらも、ヒナは自宅を気に入っていることや、キヨカと真帆が柏崎写真館を守っていってくれるようになったことなど、あらためて優に、感謝をした。


「駒井優がなにかしたの?」

「まさに駒井さんは、無くしてたパズルのピースだったんだよねえ」

「へえ、、友里の為以外でも、動くのね」

「高岡ちゃんは、駒井さん……優さんのこと、好きじゃないの?」

「まあ、やさしいとこあるし、友里の恋人だし、ほかよりは、気に入っている位の感情はあるわ」

 ヒナは「あははは」と笑った。

「ねえ、朱織しおりって呼んでいい?」

「良いけど、名前の呼び方ひとつで、なにか変わるの?」


 高岡が、きょとんとしてヒナに問いかける。

「そうね、確認したことで、学校で逢った時とかにも、”手を振る”から”話しかけてもいい”にランクアップしてるみたいな感覚」

「ヒナさんは、ノックして入ってきたほうが楽な人なのね」

「そうそう。詩的だね?もしも嫌なら、友里みたいに高岡ちゃんって呼ぶ」

「好きにすればいいわ」

 高岡は、ニコリと口角を上げて、ヒナに微笑む。ヒナは、高岡をすっかり気に入ったことを告げると、高岡も微笑んだ。

「そうね、駒井優よりは、気に入ったかもしれない」

「え!すっごい嬉しいかも!朱織!」

 3時の月光を浴びながら、高岡はあくびをした。ヒナと穏やかに話をして、眠くなってきた気がする。


「優さん、なんでもできるし、優秀だし、友里や朱織みたいな子がそばにいて、うらやましい限りだなあ」

「でも駒井優も、大変そうよ、あの人を見てると、姿形が美しいって、苦労しかないんじゃないかと思うわ」

 卒業式の騒動を高岡はほんのりとヒナに告げてみる。しかし、優たちは本格的に、受験に入っていくが、学校推薦型選抜が取れる予定なのを、優との連絡で聞いており、ヒナが羨ましがるような秀でた才能を姿形だけでなく、確かにたくさんの才知を持っていることに、逆にため息をつく。


「駒井優が本当に動揺して、上手くいかないことは、友里のことだけなのよ」

「!」

「秀でている事は、駒井優にとって不幸なのに、秀でているからこそ、友里への恋心に右往左往する様が、かわいらしいって思うのよね、友里には、内緒だけど」

「え、なんで内緒なの?」

「友里、駒井優が可愛いってことに命をかけてるのよ。私が、『駒井優かわいい』だなんて口にしたら、どうなると思う!?「駒井優かわいい同盟」の会員証を作られて、毎日、駒井優のどこが可愛いかの口伝だけでなく同意をさせられるのよ。おそろしいわ!友里のことは、可愛くて好きだけど、そこだけは本当に相いれない!ぜったい、絶対に言わない!」

「あははは!!!」


 口を押さえて身振り手振りで慌てる高岡の様に、ヒナはお腹を押さえて、笑いすぎて、板張りの廊下に転がった。


「いや~、朱織……、おもしろすぎる……」

「?なんだか、解せないわ」


 高岡は、長い髪を後ろに流して、月光の中、笑い転げるヒナを怪訝な顔で見つめた。


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