第151話 撮影
友里は優を見つめ、「どうして寂しそうに笑うの?」と問いかけてみる。不安や悩みは消え去り、未来を共に歩んでいくと誓いあったのに、まだ、自分に告げていないことがあるんだろうか──友里は、優の細い体を抱きしめて、想いの限りを伝えるが、優は麗しい微笑みで抱きしめてくれるだけで、なにも答えてはくれない。
深いくちづけで、言葉は全て封じ込められ、たおやかな優の、大きな手と長い指が、友里の弱いところを攻める。すべて、わかっている仕草で、友里はあっという間に蕩けてしまう。
自分の優を愛する力も負けていないと信じて、友里は精一杯しがみ付くが、優の首筋に跡を残してしまう。傷をつけまいと、愛してくれる優に、傷をつけてしまい、自分の不甲斐なさになきそうになるが、それすら、優は穏やかに受け入れ、友里を抱きしめた。
(愛されている)と友里は思うが、友里は優の憂いごと、すべてに触りたくてジレンマを覚えた。友里は優の与える性的な刺激に、すっかり負けてしまう自分を恥じる。
「優ちゃん……っ」
唇からこぼれる言葉で、目が覚めた。見知らぬ和室の板張り天井が、そこに在って、横を見ると、目を見開いた高岡朱織がいて、友里はハッとした。
「友里、私たち、いつの間にか眠っていたみたいね」
高岡が真白い布団から、起き上がる。友里は、寝言に優の名前をはっきりと呼んだ上に、いやらしい夢を見た事を、自覚して、お布団から起き上がれなかった。
「あの……!」
「大丈夫よ、気にしてないわよ、そういうこともあるわよね」
高岡は、明らかに動揺した声を出してはいたが、友里に説明はいらないとはっきり拒絶した。赤い顔をしているので、すべてわかっているようで、友里は小さく謝った。
「起きた?」
柏崎家の客室の障子が開いて、ヒナが顔を出す。餃子パーティーの席で、酔っ払った柏崎キヨカに、お酒を出されたことをふたりに謝った。
「許される事じゃないと思うんだけど、ほんとうにごめんなさい」
「こんなに眠ってしまうと言うことがわかって良かったわ、今後気を付けます。体は大丈夫よ」
「わたしも、いつもと同じ感じ!」
恐縮するヒナに、高岡と友里は顔を見合わせて、お互いにも確認するように無事だと告げた。
「良かったあ……ほんとごめんね」
何度も謝って、ヒナはしょんぼりとしていた。友里は、優の所在をきょろきょろと探したが、時間を見て、予備校へ行ったことに気付いた。目の前のヒナが落ち込んでいることに、思考を戻して、そちらを慰めることに注力する。
「そうだ、ヒナちゃん!前に、写真撮ろうね!って言ってたよね!?」
友里が、ヒナの罪悪感を取り消すために、思い出したように言ってみる。
「良かったら、今日みんなで撮らない?」
友里の笑顔の提案に、ヒナが、明るい顔になった。
「良いね!それ!!大志に言ってみる!!」
「ヒナさん、友里の作ったドレスを着て、撮ればいいじゃない」
「嬉しい。それなら、貸衣装もいっぱいあるし、友里も着飾ってよ!高岡さんも」
「私は遠慮しておくわ」
高岡は、友里とヒナのはしゃぎぶりに、一呼吸おいて、手を振った。まだ、どこか他人行儀な気持ちで、一歩遠巻きな気分のようで、友里は確かに無理をいってきて貰っているので、高岡の意思にあわせようと思ったが、ヒナが高岡に食い下がった。
「高岡さんスレンダーだから、似合いそうなドレス、いっぱいあるよ」
友里は、将来の夢のために、色んなドレスのパターンを見てみたいと常に思っているので、うずうずとしてから、ヒナに問いかけた。
「貸衣装って、ドレスがいっぱいあるの?ウェディングドレス、とか?」
「友里ったら、まさかウェディングドレスを駒井優に着せたいわけ?」
「……!」
友里は、高岡に問われて、先日の優との誓いあった出来事を思い出し、頬を染めた。高岡に聞いてもらいたいような、胸の内に秘めていたいような、そんな素敵で温かな記憶が去来し、ジーンとした。友里が気付いた、寂しそうに笑う優の表情など、勘違いであればいいと、友里は思った。
「大きいドレスは、いまそのまま着れるのって5着くらいかな、──アッ」
友里の質問に対する答えを言いかけて、ヒナが突然、大きな声を出したので、高岡と友里は驚く。ヒナはしばらく固まって、リスのような大きな瞳を閉じて、両手で押さえると、天を仰いだ。
「思いついてしまった……」
「な、なにを?」
高岡が、こわごわとヒナに問いかける。ヒナは、パッと顔を明るくして、高岡の手をぎゅっと握ると、ぶんぶんと振った。
「ありがとう」
「な、なんなの?」
ヒナは立ち上がると、大きな声で真帆とキヨカと、大志の名前を呼んだ。そしてなにか話をして、また友里と高岡の元へ戻ってくると、ふたりを貸衣裳部屋へ呼んだ。
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20時半ごろ、優が柏崎写真館に戻ると、待ち構えていた友里たちが、あっという間に優を貸衣裳部屋へ連れて行って、濃い青のベルベット生地のドレスを渡した。
「優ちゃんおかえり!」
「た…ただいま…?どうしたの、その格好」
友里は、ノースリーブの白字に青い花柄のワンピースを着ていて、髪は緩くウエーブをかけている。優が、困ったような、すこしさみしそうな笑顔を向けるので、友里は(やっぱり、またこの顔……)と優の瞳を探った。
「友里かわいいでしょ?」
ヒナが言うと、優はこくりと頷いて、いつもの表情に戻った。
ヒナは、友里の作った黄色いドレスをまとい、高岡は光沢のある白い襟の付いた青いAラインワンピースを着ていた。優は友里の強引さに慣れている顔で促されるまま、試着室へ入った。
「ごめん、これ、胸が開きすぎているから、タートルネックを下に着ていいかな」
優がそう言って、黒のタートルネックを身に着けたまま、ドレス姿で試着室のカーテンを開けて出てきた。長身の優が着ても、足首まであるVネックのIラインのドレス姿に、友里はうっとりとした。
「ユウチャンカワイイ!!!!!!!!」
優は戸惑ったように、鳴いたまま、なにかずっと言い続けている友里を見つめ、淡く微笑む。「なにが起こっているの?」と問いかけると、薄化粧をしたヒナが営業の顔で言った。
「柏崎写真館は、貸し衣裳も充実しています」
「そういうことを聞きたいわけではなく……」
戸惑ったままの優の髪を友里が編み込みをして、薄い水色の花を髪に飾った。
「花の妖精みたい」
うっとりというが、優はもう諦めたような顔をしていた。
黒いタキシードを着た大志が、「コホン」と、簡易カラオケマイクを用意して、話し出した。柏崎写真館へ移動して、コンクリート張りの床の上、大志はピカピカの革靴を鳴らして、ぴしりと立った。
「みなさま、若きふたりの門出を、お祝いください」
ヒナと友里で、ロールカーテンを一斉に開く。美しいウェディングドレスに身を包んだ、キヨカと真帆が、そこに立っていた。
「わあ」
高校生たちの歓声と拍手に、キヨカは手を降り、真帆は少しはにかんで、ドレスの裾を持ち上げるとみんなの前に躍り出た。ふたりともマーメードラインのシンプルな白いドレスで、ベールなどはついていないが、ティアラで髪が飾られていて、ブーケも持っている。本物の花嫁だった。
「おめでとう!」
ヒナが拍手を大きくして、簡易的な紙吹雪を撒いた。優と友里も籠を手渡され、一緒に紙吹雪を空に向かって、撒いた。高岡も、友里に紙を両手に置かれて、戸惑いながら撒く。
遊びの延長のような気持ちだったキヨカと真帆だったが、みんなの「おめでとう」の声に、真帆が感極まって、泣いた。優が、キヨカと真帆を眺めた後、ようやく着飾った意味を知って、頷きながら友里を見つめるので、(優ちゃんも、あの日の誓いをおもいだしてくれたかなあ?)と、友里が優の瞳を覗き込む。優がふわりとほほ笑んだので、思いが通じたようで、嬉しくなった。
つられるように涙がこぼれた。友里は、自分の感情がよくわからず、慌てて手のひらで涙をぬぐうが、優が、友里の手をそっと取って、胸に抱いてくれるので、友里は優に甘えるようにその胸に寄り添った。
「ウェディングフォトが流行ってるから、こーゆうのもあるのよ」
キヨカが泣いてる真帆の頬の雫を手で掬いながら言うと、「第一号?」と真帆にとわれて「ううん、同性婚もいっぱい撮ったよ。駆け込みが多いから、ドレスもタキシードも、いつもきれいにしてるんだ~」と笑った。
キヨカが、真面目な顔をして、ブーケを友里に預けると、真帆の肩を抱いた。「ええと」と言い淀んで、しかし、「みんなにも聞いてもらいたい」と言ってから、真帆に伝えた。
「これから、おばあちゃんになるまで、たくさんの幸せを、真帆とふたりで感じていきたい。色んな苦労を、させるかもしれないけれど、それすら、ふたりでいれば幸せだと思うぐらい、真帆と人生を、重ねていきたい。もうぜったい離れたくないです。一緒に、生きて行ってください」
「……!」
キヨカは不器用な言葉で、真剣に、真帆に言う。真帆は一瞬、余裕の言葉で返すような仕草をしたが、言葉に詰まってしまう。「はい」と小さく答えて、キヨカを見つめ、真っ赤になるとまた涙を一つこぼした。
わあと、感極まった友里が拍手をして、優とヒナもそれに合わせた。なぜかあまり状況をわかっていないはずの高岡が泣いているので、友里が高岡の肩を抱いた。「高岡ちゃん」と声をかけて、優も高岡を友里ごと抱きしめた。珍しく、高岡は優のやさしさを拒むことはなかった。
真帆がキヨカを軽く叩いて、文句を言う。
「やだ、もう、急に真剣になるから!」
「前から、ずっと考えてたから」
言われながらも、真帆が喜んでいるのがわかって、キヨカは嬉しそうにニコニコしている。キヨカが、熱っぽい顔で真帆を見つめて、口を開く。
「誓いのキスとか、しようか」
キヨカの言葉に、真帆は慌てて「さすがにダメ」と言った。高校生たちと、大志が顔を見合わせて、花嫁たちに背中を向ける。「え!?」と、真帆が、戸惑いの声を上げたが、あっという間にキヨカに攫われた布の音がした。皆で顔を見合わせて、赤い顔で笑い合った。
写真撮影は滞りなく済み、皆で現像前の写真を見ながら、何パターンも取るので、主役の真帆とキヨカが「いい加減にしないと」と止めるほどだった。
「友里ちゃんちも、うちで撮影してよね」
キヨカにいわれて、友里は、見ていた画像から顔を上げると真っ赤になった。後ろにいた優に振り返り、友里は(そうなったら、良いな)と思いながら、「へへ」とはにかむので、みんなの目線が優に集まった。表情の変わらない優の頬が次第に赤くなるのをみて、ほほえましい笑いに包まれた。
友里がもう一度、優を見つめると、優がすこしだけ寂しそうにはにかむので、友里は、優の傍へ行き、腕をそっと抱きしめた。
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