第152話 柏崎家おとまり
夜の21時半を過ぎ、「全員で今からお風呂となると大変だから、近所のスーパー銭湯に行こう」とキヨカが提案した。
「わたし、留守番しているので」
友里が言うと、気まずい沈黙が起こる前に、高岡と優が間髪を入れず断ってくれて、友里はすこし驚いて申し訳なく思いながら、2人の気遣いに嬉しくなった。
「え、どうして、大きいバンがあって、全員で行けるし、おごるよ!?」
キヨカが切なそうに言うので、友里は、ふたりにも悪いと思いできる限りのあっけらかんとした態度で傷の件を言った。
「そんなの誰も気にしないって!」
キヨカに言われて、間にヒナが入った。
「ワタシもパス!でっかい乳を、めっちゃみられるし!気にするのは他人じゃなくて、自分なんだよ姉貴!」
ヒナに言われて、キヨカはハッとして、「ごめん」と友里に謝った。友里は、恐縮して手を振って、柏崎姉妹にお礼を言う。
Tシャツジーンズに着替えた真帆とキヨカ、大志を見送って、高校生たちはお風呂の準備を始めた。ヒナが、声をかけた。
「シャンプーとかは貸せるけど、必要なもの、買いに行く?」
「ああ、駒井優が荷物番だから……ほら。いわなくても下着まで私の分もちゃんと、友里のものと一緒に持ってきてるわ。ほんと、用意周到なのよ。怖いわ。見て、いつも使ってる歯ブラシとシャンプー、同メーカー」
「人をストーカーみたいに。前回泊った時のものがあったから、友里ちゃんのお母さんと高岡ちゃんのお母さんが用意してくれたの!」
高岡に対して、優が慌てたように言うので、友里は短時間でふたりの母に連絡を終えてる優に、さすがだなと唸った。友里用のお泊まりセットも、家で着ている普段の短パンTシャツなので、まるで自宅のように寛いでしまう。優が座る隣に、自然に座って、お膝に手を置いたりして、優もそのまま、友里のスキンシップになにも言わないのを良いことに、友里は優にこっそり甘えている。
「まあ、3人分の着替えなんて、重いモノを運んでくれたんだから、感謝はしてるけど。どうせ早朝ランニング用ジャージも……あるわ。さすが……」
高岡が呆れたようなお礼を言うと、友里も優にお礼をした。優は高岡にはツンとした表情で、友里にはまるで天使のような満面の笑みで答える。高岡はやはりチベットスナギツネのような顔で見つめている。友里は優が悪い気がして、優に少し高岡にも笑顔を作るように促すが、高岡が先に「いいのよ」と言ったので、友里は、戸惑いつつも話題を変更した。
「真帆さんとキヨカさん、きれいだったねえ」
友里がウェディングフォトの余韻のまま、言うと、優がこくりと頷いた。(いつかね)という気持ちを込めて、優に笑いかける。
「優ちゃんのドレスも、とってもきれいだった。青が似合うね。色が白いからかな?毎朝マラソンに行ってるのに、わたしよりずっと白い気がする」
「友里ちゃんは健康的な肌の色だと思うよ」
お互いに腕をあわせて、肌の色を確認していると、高岡がヒナに言った。
「ヒナさん、このふたり、スキさえあればいちゃつくから」
「ほんとうだ」
けらけらとヒナが笑うので、友里は優から少し離れた。
「いいわよ、手でもつないでいた方が、逆に安心だわ」
高岡に言われて、友里は真っ赤になる。そういえば、仲直りしたことをちゃんと伝えていなかった。しかし、柏崎写真館に呼ばれたことなどで、カンのイイ高岡にはすっかりすべて分かっていたようで、友里が言うまでもなく、「全てが結論ついたのだなと思った」と高岡は笑った。
「過程は、いいたければ、言えばいいわ。私、友里が幸せそうならほんとになんでもいいのよ、花嫁様も感動したし!」
「高岡ちゃん……」
友里がポッと赤くなる。優は高岡を神妙な顔つきで見つめている。
「高岡ちゃんのような愛情を、もつにはどうしたらいいのかな」と本気の口調で優が言うので、友里は優を見つめた。寂しい表情をしている気がして、優から目が離せなかった。
「私はほら……駒井優が欲しいものを、圧倒的に欲しくないから……」
もごもごと高岡が言っても、何もわからないという顔で目を細める優と友里に見つめられ、少し赤い顔で涙ぐみながら、高岡は(どうして私がこんな話を)という顔になっていく。ヒナがピンときた顔で、口を開いた。
「性欲が無いってこと?」
ヒナに言われて、理解した優がむせて、そのまま咳き込んだ。友里は慌てて優の背中をさすった。
「なるほどね、やっぱそういうことなんだなあ」
ヒナがひとりでなにかに納得するように、うんうんと唸りながら首を縦に振った。
高岡は優の様子を見つめ、お腹を押さえて、声が震えている。
「端的に言いすぎるとそうかもしれないけど、ヒナさん面白い……!」
「どういうこと?」
友里は訳が分からず、慌てて聞くが、優に「深く追求しないで友里ちゃん」と言われたので、友里は口を手で押さえた。
気まずい気持ちで高岡が、時計を見ると、もう22時を回っていた。ヒナと連れだって、お風呂への行き方を教わるために、客間から外へ出た。
客間に残された友里は、優を見つめる。優の寂しそうに微笑む姿を見て、友里は、やっと聞いてみることにした。
「優ちゃん、あのね」
友里が最近、いつもこれを繰り返しているので、さすがに優も、探るように友里を見つめている。友里は、寂しい優の横顔を見つめて、ようやく口を開いたが。
「あれ?」
優の首筋のキスマークを見つけて、目を丸める。
「……友里ちゃんがつけたんだよ」
小さな声で優が言う。友里は、首をかしげてから、柏崎家で昼間、見た夢が、夢ではなく現実だったことを知って、優から拳大ほど離れて、赤い顔で「ごめんなさい」と小さく言った。優がまた、寂しそうに微笑むので、友里は決意して優に抱き着いた。
「あのね、優ちゃんは、わたしにされるの、物足りないとかある?」
友里が思い切った顔で言うので、優は目を白黒させた。
「え!?」
優は、友里の言葉に思わず大きな声で言ってから、パッと唇をおさえた。
「わたしは、いっぱい色んなとこ触れないし、優ちゃんがお誘いしてくれて、わたしからしても、最近は、必ず優ちゃんが──最後まで、してくれるでしょ?あの、満足してなかったらいってね、それを言えないから、寂しそうに、わたしをみつめるのかな?!と、思って」
友里の言葉に、優は頭を抱える。
「まさか、そんなことをずっと悩んでたの?」
優が問いかけると、友里は困った顔で優を見た。「じゃあ、寂しそうに微笑む優ちゃんの悩み、他のことなら、言ってほしい」と付け加えながら、赤い顔で言った。
「時々、寂しい顔でずっと見つめてくることだけは、わかっても、なにも出来ないし、たくさん、いろんなお話しするけど、えっちのことは、詳しい相談とか、しないし」
赤い顔でしどろもどろに言う友里に、優は、いつもの正しい正座の姿勢を少し崩して、あぐらをかくと、ごくりと息をのんだようだった。友里は、淑女らしからぬ仕草に、どきりとする。
「ああ……あ~…やっと理解した」
優が前髪をかき上げて、ため息をつく。
「友里ちゃんが、なにか言いかけてたから、気になってただけ……。そうか、わたしの表情を気にしてたのか……」
優は、深くため息をついて、ひじをひざについて、両手で顔を覆った。
「なに?なにを理解したの?」
「──友里ちゃんを可愛いと思うたびに、ちゃんと言えなくて、迷ってたから」
顔を覆ったまま、ゆっくりとした口調で優が言う。友里は、その言葉を自分の中で反芻して、噛みしめてから、ハッとして、指の間からこちらを見つめている優と目が合った。優は、胡坐を直し、正座に戻る。
「!」
「今だって、とんでもない事を言っているくせに、わたしにつけたキスマークひとつでひるんで、とても可愛いと思った」
友里は、頬が赤くなるのを感じた。こんなに一気に赤くなるものかと思って、優に背を向けて布団に顔をうずめた。優が、憂いていたのは、友里が言った、「わたしのどこが好きなの?」という質問の答えを、探していただけだった。
お風呂清掃バイトの、部長が言った、「相手は可愛くて仕方ないのかもねえ」という言葉が、正解だった。優が声をかけてくれるが、優の顔を見ることが出来なかった。
「キヨカさんのように、ちゃんと伝えないと、わからないよね……。友里ちゃんが、かわいいくて仕方ないんだ」
甘い声で肩越しにささやかれて、バッと起き上がるが、麗しく輝く優がそこにいて、瞳を閉じて少し大きめな声で言う。
「ごめんごめん!もういいの!!優ちゃんのほうが可愛いんだってば!」
「ありがとう。嬉しい。でも、わたしの言葉だって、受け取ってよ」
「え?」
「ヒナさんの言葉は、受け取るでしょう?」
「あ」
友里は、優に寂しい顔をさせていた直接の憂いが、自分のせいだと気づいて、そろりと瞳を開くと、優を見つめた。優はまた寂しげに口角を少しだけ上げて笑った。
「わたしの、友里ちゃんがかわいいって想いも、受け取ってよ」
「優ちゃん」
友里は、優を見つめ、首をかしげてほほ笑む優の可愛さに震える。友里は、優に好かれていると自信はあるが、この涼し気な顔で、友里と同じ熱量で、想っていてくれることを、ちゃんと理解していなかった。体の奥から、熱いものが上がってくる感じがして、友里はドキドキと体がふるえ、優から目をそらした。
「あっあの…なんか……てれちゃう。嘘だよね?」
「友里ちゃん、好きだよ。友里ちゃんがわたしに言ってくれる可愛いと言う言葉より、ずっと少ないから届かないのかもだけど……さっきのドレス姿も、とても可愛いくて、直視できなかった。みんなが、友里ちゃんのかわいさに気づくのがこわいよ」
まだ巻かれたままの髪を撫でながら、優にいわれて、友里は、はじめて告白されたかのような気持ちで、「あわあわ」と口から声が出た。(本当に緊張すると、変な声でちゃう)とどこか冷静に思っていた。両腕を掴まれて、友里はドキリと心臓が震えた。
「好きだよ」
唇が、そっと触れた途端に、友里の両眼から、ポロポロと涙が零れ落ちた。
「友里ちゃん?」
優は驚いて、涙を拭って、そのまま頬を撫でる。
「え?!なんで……」
涙が止まらず、友里は戸惑い、優の手のひらにそっと顔を摺り寄せた。優の、美しい顔が近づいて来て、もう一度キスをされると思った瞬間、友里は、優の瞳が熱っぽく自分を見つめている事が、いつもよりもはっきりとわかって、パッと顔をそむけてしまった。
「わたし、高岡ちゃんと!お風呂入ってくる!」
「え!?」
優の制止も聞かず、友里は立ち上がると、ダッシュで荷物を抱えて廊下に出た。
「友里ちゃん?」
(どうして?!どうしよう!!)
友里は、頭の中が疑問符でいっぱいのまま、背中に、優の声を聞きながら、走り出してしまった。
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