第147話 教会


「ちょっとメンタルが、中2に引き戻されてるから、今は……、友里ちゃん」


 友里はニコリとほほ笑んで、優の背中をそっと撫でた。背中は友里が弱いところで、そこを友里が撫でることは、スイッチが入っている証だった。友里が優の鎖骨へ唇を落とす。優が、友里へなんどもしている、始まりの合図だった。


「……友里ちゃん」


「14歳の優ちゃんは、したくないの?」

「……っした……いけど、でも、ただ抱きしめるだけじゃダメなの?」

「いいよ」

 そっと優を抱きしめて、濃い蜂蜜色の瞳がじっと穏やかに見つめる。キラキラと輝いて、こういう時の友里が、凛々しくて、優はときめきを隠せない。友里が優に誘われたからではなく、本当に求めている気がして、優は興奮してしまう。断っておいて、自分も触りたくなって友里の腰に手を伸ばすが、優の反抗を待ち構えていた友里によって、両手の指を絡み取るように、ベッドに押し付けられた。


「友里ちゃん……わたしがしたい」

 組み敷かれながらも、優は友里に懇願した。14歳の優なら、きっとそう言うと、自分の恥や欲を、さらけ出して優は言った。


「いいこにしてたら、あとでね」

「!」


 友里が大人びた声で言うので、優はごくりと喉を鳴らした。

 首元に優が贈ったネックレスがきらりと光った。今の自分には、独占欲の証だが、14歳の自分がそれを見たら、きっと大人の友里にドキリとするだろうと思った。


「……友里ちゃん」

 名前を呼ぶが、振り向きもせず、友里はそのまま、優をあっという間に貪った。


 ::::::::::::::


 ごくごくとペットボトルのままのお水を飲んで、優は一緒にお風呂から上がってきた友里に残りを手渡す。友里が一瞬躊躇するので優は「?」という顔で見つめる。

「間接キス……」

 もっとすごいことをしているのに、友里は小さな接触にいちいち顔を赤くするので、優は、赤い頬が連鎖するのでやめてほしいと思った。すっかり気持ちが、中学生のような気持ちのままで、(早く切り替えないと)と思った。


「コップに入れないで飲むなんて、めずらしいね」


 友里に言われて、優は頬を抑えながら、「そうかも」と言う。淑女らしからぬ行為を、友里は目ざとく見つける。

「友里ちゃんの中の、『淑女・駒井優』とも折り合いをつけないと」

「わたしが理想の優ちゃんを作り出しているというの?」

「そうでしょう?だって、わたしは、淑女じゃないもの。さっきだって──」


 さきほどまでの行為の諸々を優が目で語って、友里は目を丸めた。幼い優が、したかったことの諸々をお試しでやって、「まだまだぜんぜんだよ」と優がいうところでギブアップしたことを言っていると思い、友里は湯気が立つくらい真っ赤になってしまう。

「それは!ァ……!」

 なにか唸って、しかしなにも言えないので、友里は優を少し睨むようにした。

「え、友里ちゃんのそんな表情、初めて見たかも」

 優に言われて、友里は戸惑った顔になる。

「どんな顔?」

「わたしに怒ったみたい」

「普通に、からかってくるの可愛いって思ったんだけど……!え、わたしの表情なんて、そんなの、見てくれてるんだ……!」

 友里に言われて、優は「え?」と問いかけた。いつでも友里だけを見つめているつもりだった優は、友里にそれが伝わっていないことに、ようやく気付いた。友里をかわいいと言うと「優ちゃんのほうがかわいいよ」と返されていた。それは、つまり友里を優が見た目も全て好きだと伝えていることが伝わってないと言うことに、ほかならなかった。

「嘘でしょ…」


 友里は、優の動揺など気付きもせず、髪を乾かし終えた後も、しばしなにかを考えていて、「でも所作が美しいのは」などと言っているので、また「淑女」に対する疑問だと思った。いつものように「天使」だとかのたとえ話が始まったので、優は、置いてけぼりの心で新しいシーツを作り付けのクローゼットから出したりしていた。


「優ちゃんは、わたしだけのお姫様って意味だよ」


 友里がわっと大きな声で言って優の背中に抱き着くので、優は驚いて、新品のシーツの雪崩に遭った。

 友里がそれらから、優を救い出して、しかし楽しいことを思いついたような満面の笑みで、布を、優の頭からかぶせた。


「素敵な花嫁さまみたい」


 シーツで簡易的に、ベールをまとったような様子にされて、優は友里を見つめる。キヨカの結婚式はそもそも行われなかったが、「やはり結婚式に一度は参加してみたいよねえ」と夢を語る。


「結婚式ごっことかしちゃう?」


 浮かれた友里の発言に、優は息をのむ。

 楽しいことを思いついた友里は早い。ササっと立ち上がってクリスマスに友里が優に贈った真白いドレスを優に仕付けた。


「それなら、友里ちゃんも白いものを着て」


 優は照れながらも懇願する。

「遊びだとは、わかってるけど……相手は友里ちゃんがいいから」


 友里は、意味に気付いて、あっという間に全身が真っ赤になる。

「あ、遊びじゃないもん……プレ挙式だもん……」

「うそつき」

 優に甘えた声で囁かれて、ただ優をお姫様に仕立てたかった心持ちがばれたことを悟り、友里は涙目になる。

「ほんとのお式なら、もっと計画立てて、素敵にやりたい!」

「友里ちゃん、サプライズとか、やめてね?」

「え、きらい?」

「細かなものは嬉しいけど、大きなものは、準備から一緒にすることも思い出になって、楽しいよ。……ちゃんと相談し合うこと、練習してこう」


 優に困ったように微笑まれて、友里は結婚式サプライズはしないことを約束した。そしてすこし考えて、シーツを体に巻き付け、優の好みを聞きながら色々なピンを使って、器用にデコルテを出したビスチェAラインドレス風にしたので優は拍手した。


 小さなころに贈り合った、オモチャのリングを宝箱から優が出してきたので、友里は可憐な可愛さに歓喜した。


 :::::::::::



「病めるときも、健やかなるときも?」

 友里が優の前に立って、緑色の石がついたおもちゃの指輪を薬指に交換し合った。優は、心臓の音が大きく鳴っていたが、観念したようにパチリと長いまつげの音を立てて瞬きをして、友里を見つめる。友里は優を座らせて、シーツの中にふたりで入った。優は、いつもひとりで入っている秘密の醜い檻の中に、友里が入ってきたかのようで、どきりとした。


「ベールってこういうことだっけ?」

「1枚しかないから!」

 シーツに巻かれた友里が肩をすくめて「うふふ」と笑うので、優も笑った。友里がそこにいるだけで、白く穏やかな光が、ぼんやりと灯るようだと思った。ふたりだけの秘密の教会が、出来上がった。


「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」


 優が甘い声で友里にささやく。


「誓います!」

 わーいと付けて、友里が先に誓う。優は、自分が放った言葉の意味をかみしめた。友里はいつでも、この誓いの通りに優のそばにいてくれることに気付いた。「絵本のように、『ふたりはずっと幸せに暮らしました』をしよう」と言ったあの日から、なにも変わっていないように思う。優も、友里を苦しめるばかりでなく、彼女にとってそういう存在でありたいと、思った。


「誓います」

 優も厳かに呟いて、友里とふたり、シーツのなかで、見つめ合う。

 あとは、唇をあわせるだけなのだが、友里が先に小さな声で優に問う。


「優ちゃん、これからも、喧嘩、上手にしていこうね」

「ひどいことたくさん言ってごめんね。でも、聞いてくれてありがとう」

「優ちゃんが、大好きって思ったよ」

「わたしも大好き……どこが好きの答えは、これからがんばって伝えるから。特に瞳が好きだよ」

 優の言葉に、友里はうんうんと頷いてから、意味に気付いて、頬を染めた。

「あ、え!?なに突然?ありがとう?でも、結構言ってくれてる気もするし、全然言ってないのは、嘘よね」

「たりないんだよ。もっとたくさん、言うから」

「……えっと、優ちゃん?どしたの?」

「今は、友里ちゃんの髪と、頬の流れが好きって思っている」

 さらりと優が髪と頬を撫でると、友里は「声が甘すぎる」と小さく言って、モジモジとしている。「普段の前向き無鉄砲さと、突然の子どものような部分で恥ずかしがるところも、可愛い」と追加で優が伝えると、友里はさらに真っ赤になっていく。恥ずかしさを取り消そうとしているようだが、喜んでいるようにも優には思えたので、ホッとした。素直にその時々に伝えていけば、『重い』と思われないかもしれないと企んでいる。


 友里の自信のなさを取り払いたいと思っていながら、言葉にしていない想いを、口下手な自分が全て伝えられたらと、歯がゆく思った。

 「魔女と姫で楽しく暮らせ」と高岡は言ったが、魔女もできる範囲でしか出来ない魔法に苦しめられたのではないかと、ふとかんがえる。眠り姫の魔女は、姫を守るために100年の猶予の眠りと、愛する人のキスで死の呪いが溶ける魔法以外の、『みんなが幸せになれる魔法』を手に入れることが出来なかった。茨を越えて姫にキスをする資格は、自分にはないと、思っていたのに、姫は実は王子さまで、勇者で、自分で越えてきてくれた奇跡を優は噛みしめる。


 待ちくたびれた友里が、そっと優の唇に唇を添えた。


 友里が優の肩に手を回して、優は友里の腰に手を回した。合わせるだけの口づけとはわかっていたのに、お互いにしばらく唇を離すことが出来なかった。

「ん……」

「友里ちゃん」

「……っ優ちゃん、すき」

「……」


 ハアハアと呼気が乱れて、思っているよりもずっと興奮してしまった事に、ふたりで戸惑ってしまう。無言でしばらく見つめ合って、額に汗が出るぐらい、妙に熱っぽい空気に、もしもここが本当の教会で、誓いのキスの場面だったとしたら、とんでもないことをしでかしているとお互いに気づいて、無言で見つめ合った。


「はは」

「あつ……」

 シーツの中で笑い合って、ばさりとそれを外すと、いつも通りのモノクロを基調とした優の部屋に戻った。友里はほどけかけたシーツのドレスを直して、パタパタと顔を扇いだ。優は後ろからそっと友里を抱きしめて、首筋と、頬にいちどずつキスをした。


「ずっと一緒にいてね」


 頬を赤く染めて、黒い瞳を潤ませながら優が友里を見つめる。いつもなら、友里が言う言葉を奪って言うので、友里は真っ赤になって、「ユウチャンカワイイ」と小さく鳴いた。


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