第146話 きみのために


 「喧嘩」と友里は言うが、優にとっては発言の全てが懺悔のようで、頭を抱える。友里は戦の顔つきで、優が立ち止まっている間も次の攻撃を考えて神妙な面持ちだ。


「中2の時にプレゼントをして、優ちゃん大好きってつたえてたら、なにか変わってたかな?」と強い矢を放った。


 『中2の時のプレゼント』とは、友里が優のためのシャツを作った話だ。今のように型紙から起こすものではなく、ただ既製品のボタンを変更しただけの友里の処女作は、友里が恥ずかしがって、まだ友里の部屋のクローゼットに眠っている。それを、優に渡していたらどうなっていたのか……?


 真帆にあったのは5月で、誕生日は9月だ。とっくにそういう関係になっていた。しかし、友里から、幼馴染以外の特別な感情があると、淑女計画を企んでいると、言い出してくれていれば、別れが早まっていたと思わないでもない。

 ──あの日、本物の友里が迎えに来てくれたら、優はきっと友里を選んでいた。


「来て…くれてたら」

「じゃあ今、来たってことにしよ」


 友里は突然そう言い放って、優を起き上がらせた。コホンと咳ばらいをすると、ベッドに正座する。優は意味が分からず、友里に合わせて正座をした。友里は、戸惑う優の前髪を撫で、そのまま頬に手を添える。


「14歳の優ちゃん、こんにちは。わたしは未来から来たあなたの恋人だよ」


 17歳の友里は、「恥ずかしいな」と言って、手を自分の膝に戻した。プレゼントは自宅のクローゼットにあるから、あとで渡すねと添える。

「恥ずかしがったってことは、その時にもう、幼馴染の大好きから飛びぬけて、優ちゃんが好きだったんだよ」

「……うん……」

 友里は少し考えた後、また口を開いた。

「優ちゃんは素敵すぎて、わたしにだけ特別なのか、みんなにとっても特別なのか、高校2年生まで、全然わかってなかったから。ちょっとだけ待っててね。毎日大好きって言うから」

「うん」

「そばにいて。離さないでね」

「うん」

 友里はそこから思いつかず、横を向いて真っ赤な顔になる。体から、湯気が立つようで、手のひらでパタパタと顔を扇ぐ。そして、優を上目遣いでみつめた。

「14歳の優ちゃんはわたしに、なにかいうことはないの?」

「……中2のわたしは、初対面の人とそんなに喋らないもの」

「ええ~。わたしなのに!演技イメージがちゃんとしてる」


 友里は思わず吹き出して、ため息をついて、ぽかんとしている優をじっと見つめる。そんなロールプレイングでは、過去は消えないことを全部わかっていて、それでも恋人になれるとわかっていたら一途に生きていたかもしれないと、見透かされて優は羞恥で紅潮した。


「──そんなかわいいことされたら、よけいに友里ちゃんに対して、こじらせていたかも。高2まで待たないで、友里ちゃんがわたしから逃げるくらい、ひどいことをしていたかもしれない」


 優は、『友里を怒らせる』なんてミッション、どうしたらいいかわからない。自分の抱いている感情が醜いモノだと、友里にことさらに伝えてみることにした。もしも、これで嫌われたらと、血の気が引くようだったが、「誰しもが抱えているものだ」と真帆が教えてくれなければ、そのまま友里にぶつけていたかもしれないと思い、それでも友里が受け容れるのか、試してみたくなった。14歳の感情を、揺り起こす。心の中の醜い獣に、エサを与えられたようだった。友里が言うように、過去は優の一部だった。


「ひどいコトって、どんな?って聞いてみたい、かも」

 友里が可愛く背中を押すので、優はひとかけら残っていた理性を閉じこめて、嗜虐心にかられた。


「中学2年生の自分を思い浮かべて」

「あの頃の優ちゃんもかわいい♡」

「……自分ね。それに、わたしはいちばん、ごつい時期だよ」

「思い浮かべた。まだハーフツインで、身長がいまより13cm低くて、150cm」

「170cmもある筋肉だるまが、信用しきって、一緒のベッドに眠っていた友里ちゃんに襲い掛かって、爪も伸びたまま、気持ちも確かめず、自分が触りたいところだけ触って、傷もお構いなしのセックスをするよ」


 優はもう、友里にことさらに下品な話を耳打ちする。友里がどんどん真っ赤になっていくので、ついでに耳も舐めた。

「ひゃ……っ」

 友里が耳をおさえて、優から少し後ずさった。優が希望する反応だったので、優はふわりとほほ笑んだ。

 友里は、唇をぎゅっと一文字にした。どういう気持ちなのか、優にはわからない。


「品が無いってわかってて言ってて、かわいい」

 どこまでも友里は、そのスタンスで行くらしい。


「友里ちゃんに一生消えない傷を、何度付けたら気が済むんだろうと思う」

「一生消えないのは、傷じゃなくて優ちゃんへの想いだよ」


 友里の笑顔に息をのんだ。しかし、友里に見つめられて、優は素直に続ける。

「幼馴染みとして、こんなに前向きな友里ちゃんに、わたしみたいなやつは似合わないと思うし、全力で止めると思う」


「わたしが前向きなのは、優ちゃんが好きって思ってくれてるからだよ。優ちゃんは、自分のことが好きじゃないの?」


「……」

 友里に打ち抜かれて、優は言葉を失う。やはり真帆たちと別れた日から、ずっと準備をしていたようだ。友里の口がよく回って、口下手な優はすっかりまけてしまいそうだった。

 友里が、ううんと唸る。その問題から、目をそらしてはいけない気持ちのまま、優は友里の瞳をじっと見つめた。また瞳の中の自分が、(大好き)という顔で友里を見ていて、目をそらした。


「だから、わたしから離れようと思って、嫌われればいいって優ちゃんは悩んでたのかな?」

 (過去形ではないかもしれない)と思いながら、優は頷くしかない。

「でも嫌われたって思ったら、悲しいんでしょう?」


 友里はごろりと、座っている優のひざに勝手に膝枕で転がった。優はその気安さになにも言えず友里の体温を感じていることしかできなかった。友里はぎゅうと両手を握りこぶしにすると、高く天井へ向かって伸ばす。

 「それに気づいたのは水曜日だったんだけどね!?」と優ではなく天井に言い訳するように友里は叫んだ。


「違ったらすごく恥ずかしいんだけど、優ちゃんに愛されてるって思うから、強気にこんな話できるんだ」

「……うん」

「そうじゃなきゃ14歳の優ちゃんに「恋人です」なんて、絶対言えない。ナンパだと思われて、すげなく断る優ちゃんの姿が目に浮かぶよう」

「……なんのはなし?」


 話が脱線していくような友里の顔を、優はのぞき込む。

「わたしを好きだから、悩むんだって思ったら、『どうしよう、すごくかわいい』って結論に至って!でも試験準備中だったから試験が終わったら絶対いっぱい抱こうって……高岡ちゃんから譲ってもらった優ちゃんが描いた蝶とネコちゃんをお守りにしてた」

 朝からの抱擁の理由を、友里が少し恥ずかしそうに言った。そういえば、試験のために短縮で終わっていた木・金も言い淀んでは赤い顔で、バイトへ向かっていた友里を思い出して、優はようやく、友里のよそよそしさの理由に気付いた。

 自分の描いたヘタなネコが、友里の手にわたっていたことにも、言葉を失う。蝶を追いかける黒猫だと、高岡に説明しなかったことまで友里にはわかっていて、優は苦笑した。

 そうやって友里は、たくさんのお守りで自身を守って、ラスボス・優に立ち向かってくれる。


「わたしのことを好きだから信用したいけど、好きだけで信用しきれない自分を、わたしにみせたくないのかな?中2の優ちゃんを抱きしめに行きたいけど、行けないから、今の優ちゃんをいっぱい抱きしめるしかないなって思って」


「……」

 友里が唸るので、優は、またふざけたのかと思って、悲しくなる。

 

「ふざけないで、友里ちゃん」

「ふざけてないよ」

 ガバリと友里は起き上がって、ぐりぐりと抱き着くと優をベッドに押し倒した。優は、友里の体の柔らかさに、また理性が揺れたのを感じた。


「「好きでしかたないから嫌われようとした」って言われたら、優ちゃんだってかわいいって思うでしょう?」


 友里が自分から離れるために、自分を傷付けるとしたら、と考えて、傷の連想ゲームで、自分を助けるために川に飛び込んだ友里を思い出した。


──『優ちゃんはわたしの宝物だから、わたしが死んでもたすけたかっただけ』


 小学5年生の友里が、『好きでしかたないから自分が死んでもいい』と、そういう意味で言い放ったのだと、今、ようやく理解して優は息を飲み込んだ。「友里ちゃんが、先にやっていたかもしれない」と説明すると、友里は眼をパチパチとした。

「それなら……おあいこで……いいじゃん……」


 友里は、過去の自分を、少し恥ずかしそうに言った。


「優ちゃんの過去が罪だと言うなら、わたしだって優ちゃんにたくさんひどいことしてるんだよ」


 優はもう、羞恥の限界で、視界は涙でぼやけていて、ふるふると横に首をふった。(友里ちゃんの全てが、好きという感情に紐づいてしまうみたいだ)優は困ってしまう。


「優ちゃんの、今の全部が大好き」

 篭絡しそうな優の心に、ふわりと友里がもういちど矢を打ち込むように微笑む。

「今の全部って、ひどかったり、我儘だったり、自分を嫌いって思ってるとこもだからね」

「……嘘つき、こわいって思ってるんでしょ?」

 優は、負けじと意地悪な言葉で、友里からの攻撃を避けるが、友里はものともしない。


「うそつきなわたしも、あいしてよ」


 友里が唇をとがらせて、すねたように言うので、優はもう、ムキになって醜い部分を友里にさらけ出すのが、馬鹿らしくなってしまった。あまりに可愛く、愛おしい恋人が、くだらない優の執着したモノに、これほど付き合ってくれて、それでもと手を離す事は、別れになる。


「完敗だ。怒らすこと、出来なかった」

「だって全部カワイイから!!」


 優は無邪気に笑う友里を抱きしめた。


「好きだよ、──愛してる……友里」


 名前を呼んだだけで、優はゾクリと体が震えた。攻撃の手は緩めないくせに、どこまでも受け入れてくれる友里に、白旗を掲げるしか、なくなった。


「過去を変えることはできない。できることは、友里ちゃんと、未来を一緒に作っていくことだけだ。──許してくれる?」

「ずっと一緒だよ、優ちゃん」


 奪うのではなく、ただ抱きしめて「好きだ」と囁くだけの夜をやり直す──今から一緒にしていくしかない。煩悶する優の唇を、友里が肯定の意味を込めて、そっと唇で掬った。優はビクリとして、少し顔をそむける。しかし、友里に追撃をされて、クラリと理性が揺れた。



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