第148話 三月


 真帆とキヨカの騒動からすぐ、台ケ原短期大学付属高等学校は期末試験に入り、週が明けて3月2日、今日は卒業式だ。

 卒業式で、優は在校生代表で送辞を読むことになった。例年、次期生徒会長がするものだが、在校生のたっての希望と言われ、仕方なく頷いたらしい。そのため、早朝から学校へ来ていて、式の準備を生徒会と一緒にするというので、友里も思い切ってそれに参加させてもらっていた。


 修学旅行から、文化祭の11月のはじめに告白をしあって、友里と優が正式にお付き合いをはじめて、4か月が経とうとしていた。5月ごろに半年記念と、友里の誕生日があるので、向かって友里は、色々計画を立て始めていて、浮かれていたせいで、早起きというよりほとんど寝ていないおかげもあった。優がサプライズをきらっていることが分かったので、近くになったら、優に相談をしようと思っている。

 

 友里は、しかし、それとは別に、うずうずと優に問いかけた。


「優ちゃん、久しぶりに髪を長くしたくない?」


 その話を聞いた周囲の同級生も、そわそわと「ロング見たい」「美少女カムバック」などと言い出して、優は眉をひそめる。

「いや、まって!今のままでも美少女ですけど」

 友里が言うと、吹奏楽部の男子たちが笑った。彼らは、生徒会書記と、文化局長をしている。

「友里ちゃん相変わらずだな」

「荒井さん、だろ」

 優とトロンボーンの重義しげよしが笑って、パイプ椅子をこれでもかと持ってきて、あっという間に並べた。カチリと脇のホックを止めるのも慣れている。


「駒井は、早く引退しすぎなんだよ、5月までいればよかったのに」

 部活の件を言われて、優は「自分的には良い決断だったよ」とそれに対してはふんわりとほほ笑んだ。

「さて、この区域はおわり」

 優が言うと、友里はパタパタとそばに寄って、優の肘辺りにそっと手を添えて、労った。優も友里を愛おしそうに眺めた。

 重義が近くにいて、にこにこと口を開く。

「ふたりとも、仲良しのまんまなんだな」

「一生いきますよ」

 言われた友里が、「ふふん」と鼻を高くした。重義は「おお」と喜んで、友里にだけ聞こえる声で「実は、最近、俺も付き合ってる子がいて、ふたりみたいに仲良くしてえなと思うわけよ」と続けた。友里は優と付き合っていると隠しているので、重義の言葉に詰まってしまう。「え?!」というと、重義は「あはは」と笑った。体育館の後ろの方から、先生に呼ばれて、手を振って行ってしまう。


 友里は重義の言葉に肯定はしなかったが、優にそれとなく伝えてみた。「重義は、人の機微に繊細だから」と優が続ける。

「特に、なんの問題もないよ」

 優がそういうなら、そうだと思い、友里も安心した。

「そういえば」

 友里は、ヒナのドレスに締め切りは無くなったが、やはりそのまま作ることになったことや、キヨカは母へ謝り、真帆が写真館へ、恋人として同居することになったと優に告げた。

「すごい」

 友里の言葉に思わず優は感嘆の声をあげる。 

「今度ゆっくり、話そうって言ってた。とりあえず春休みに入ったら、餃子パーティだって、聞いてた?」

「そんなこと言ってたねえ」

 優はキヨカの提案が実際に行われる事を知って、くすくすと笑う。

「それから、優ちゃんのテスト対策ノート!」


 萌果と後楽、ヒナと友里のために、優が『商業科用テスト対策』をまとめてくれた。授業を受けていないにも関わらず、友里のノートなどを見ただけでほぼ山が当たって、受け取っただけでなく、ちゃんと試験勉強をした萌果などは大喜びで、今度優に、スイーツ食べ放題をおごると言っている。


 ニコニコと友里の予定を聞いているが、どこか寂し気に優が微笑む。友里は、優の笑顔に真帆を思い出していた。真帆に「優ちゃんの我慢はわたしが気付く」と啖呵を切っておいて、気付いたからといって何もできない自分を、歯がゆく思っていた。


「あのね、優ちゃん」と言いかけて、なにも言えない日が続いている。

 優も、それに気付いているようだが、友里に踏み込まない。友里は、優の線を踏み越えていつでも聞いていいと言われているが、線を引いているからこそ、そこからこっちへと友里を誘導しやすいと思った。

 友里自身は線を引いていない、明け透けな態度を優にみせているため、優が逆に入ってきづらいのではと思った。


 優に、もっと踏み込んでほしいと思うが、優をどう導けばいいかわからず、テスト勉強の疲れも相まって、ショートしてしまった。そばにいるだけで思いのたけが伝わればいいと思って、優の手をそっと取った。優が握り返してくれて、(体育館なのに)と思いながら、友里は胸が熱くなった。


「優ちゃん、大好き」

「……うんありがとう、友里ちゃん」

 裏付けのない友里の言葉に、優は麗しい笑みで頷くだけだった。

 友里は自分にがっかりする。

 卒業式はつつがなく行われ、優のボタンやリボンはあっという間に卒業生に配られてしまったので、友里は、新学期までに優の為にシャツを新調することを約束した。



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「こんなに、大好きなのに、ぜんぜんわかんない!!!」


 明けて木曜日、お風呂の掃除をしながら、反響する浴室内で友里は叫んだ。

 一緒の浴場を掃除する部長が「コイバナいったれ~!」と合いの手を入れてくれるが、友里は一瞬冷静になって、汚れた部分に一心不乱にデッキブラシをかけた。


「でもね、らぶらぶなんですよ~」


 全ての清掃が終わり、外の露天風呂に浸かりながら、友里はさきほどと真逆の言葉を言った。

「なんか最近、とってもいい感じで。ただ、自分が、言った言葉を聞いた相手の反応がたま~~に悪いからって、凹むの良くないと思うんですけど……!その……全部、上手いこと伝わらないかなあって……」

 なにか黒い物体を目の前でこねるようにそういう友里に、部長はGカップの乳をお湯に浮かせながら、「ほほん」と相槌をうった。


「でもまあ、全人類がそうじゃん?」

「全人類」

「つーか動物だってそうじゃん。──規模が大きすぎるか」

 からからと笑って、部長は露天風呂をぐるりと囲む岩に置いたタオルを取ると、顔を拭いて小さくたたみ、頭に乗せた。


「つまり、相手を安心させたいんでしょ?好きだから~」

「端的に言えばそうです」

「独りよがりだ」

「えええ」


 友里は部長の笑顔に、ぐすりと顔をゆがめた。

「相手のコンディションが伴ってなければNOになるのは仕方ないことよ。そこをどう切り抜けたいかってことでしょ?」

 部長がにやりと笑う。友里はコクコクと首を縦に振った。この際、全ての事情を話して、具体的なアドバイスを貰ってしまいたいと友里は一瞬だけ思ったが、部長が誰とどんなつながりがあるかわからないため、黙る。ヒナと真帆、真帆と優、キヨカと優……すべてのつながりがあるなんて全く気付かなかったのだから。


「答えは、ないのよね!」


「えええ」

 友里の素直な反応が面白いのか、部長はアハハと笑った。


「だってもう、好きな人にカッコ悪いとこを全部好きになってヨ!なんてわがまま以外のなにものでもないから、なかなかさらけ出せる人っていなくない?」


「わたしは、そういうとこも、かわいいって思うんですけど」

 友里は説明していないのに、核心をついてくる部長にどきりとした。肩のあたりをカリカリと掻いて、部長は笑う。


「全部受け止められる友里ちゃんが、解釈違いなんじゃない?」

「どういうことですか?」

「お風呂のお湯を全部飲み干せるし、また元の湯量まですぐにもどせます!って言われてもそれとは別のことが気になって、信じられないことが申し訳ないみたいな?」


「よくわかりづらいです」

 友里は首をかしげた。部長は、例えが悪かったかしらと額を搔いた。


「お湯を飲むなんて、大丈夫って言われたって絶対にダメでしょ?信じて、全部差し出して、友里ちゃんがホントに温泉全部飲んで、死んじゃっても嫌だし、本当にお湯を全部飲み切る女も、怖い」

 なるほど、と友里は頷いた。相手・優にとって、友里の発言がまったく空想の域から出ていない、机上の空論と思われている、ということだ。


「友里ちゃんのこと信用したいけど、信用しきれない自分を、友里ちゃんにみせたくない」

「あ~それ、わたしも思ったんです。なんでなんだろう?」

「相手は、不安なんだよね、好きの気持ちがいつか消えちゃうかもしれないから」

「相手にとってもってことですか?こ、こわいかも!!」

 友里はそんなおそろしいモノが固まらないように、お湯を混ぜる。


「まずは、信頼を勝ち取らないと」


 友里はなみなみと美しいお湯の中に、唇のあたりまで浸かって、部長の言葉を反芻した。優にとって、自分への信頼が無いのは、一番つらい。こんなに日々、確認し合っているのにと唸る。


「でもまあ、セックスすれば、一発でわだかまりなんか消えたりするけどね!」

 部長の言葉に思わずお湯を吸い込んで、友里はむせた。

「もう……!急にそういうこと……いうの!やめてください!」

「なあに?!まさかまだ……?!」

「そ、そういうことはいいたくありません!」


 優のような仕草で、友里は部長の下世話な質問を乗り切る。

 傷のある背中を見せて、友里は露天風呂の岩に体を預けた。そろそろ出ないと、のぼせそうだと思った。


「してたって、逆に、わからなくなることも、ありません?」

 小さくつぶやくと、部長はお湯を分け入って、友里に近づいてきた。

「まあそうなんだけどさ」

「わたしが、いつでもさらけ出しすぎなのかもしれません」

 部長は笑った。思い当たるふしがあるようで、友里は恥ずかしくなる。

「これでも、わりと、恥ずかしいってことを覚えたんですけど」

「相手は可愛くて仕方ないのかもねえ」

「相手のほうが、可愛いんです」

 きっぱりと言い切る友里に部長は少し目を丸くする。「あらそう」と不意打ちにお湯のせいではなく、顔を赤くした。


「まあでも!喧嘩しても、ほんとすぐ、ラブラブなので!ぜったい幸せな笑顔にしてみせますよ!」


「してあげるんじゃなくて、本人が、そうおもえばいいよね」

「あ!それですそれです!ゴーマンなんですよね…わたし」


 部長が、どんまいと笑顔で答えた。恋人の憂いを、少しでも取り除いて、幸せになってほしいだけだと、思いを新たにした。


「ありがとうございます」

 どこかスッキリした気持ちがして、友里は部長にお礼を言った。部長はニコリとほほ笑んで、「コイバナ大歓迎」と言った。


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