第149話 餃子パーティ


 春休みに入ってすぐ、ヒナの采配で、高岡と共だって友里と優は柏崎写真館へ来た。高岡は少しだけ居心地悪そうにしている。

「友里、私は場違いでは……?」

 友里にしがみ付いて、離れようとしないので、迎え入れたヒナが優に「あれっていいの?」と問いかける。優が流麗に笑うだけで、無言で答えるので、ヒナは「少し怖い」と言った。友里を好きになる子に、優の美貌はあまり通用しない。

「今日、ドレス持ってきたからあとで試着してね」

 友里が言うと、先にキヨカが興奮気味に、ヒナに試着させて、ちょっとしたファッションショーがはじまった。

 淡い黄色のドレスは上半身がビスチェになっていて胸がしっかりとおさまり、下半身は膝までのふわりと広がる光沢のあるドレスに、レースのエプロンが巻かれている。はずすとドレッシーで、つけているとまるでウェディングドレスだ。

「すごいスタイルがいい!」

 キヨカが手放しで誉めちぎって、ヒナはひとしきり照れる。

「結婚式したくなるなー」

 少しだけ無頓着に言うので、ヒナはキヨカを叱って、大志に謝った。大志が笑って、手をふる。

「おれも、真帆とキヨカの結婚式、見たいよ」

 にこにこと言うのでヒナが少しだけ泣きそうになった。

「友里さん、ありがとうね」

 キヨカと真帆に言われて、友里は照れて頭を下げた。自分が作った服が、ヒナとみんなの笑顔になることに、高揚感と多幸感で震えてしまう。

「優ちゃん」

 思わず優をみると、優も微笑んでいて、高岡は感動しているのでさらに照れてしまった。

 優のためにはじめたことで、自分の喜びになってることに、友里は確かに手応えを感じた。


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「肉餃子、野菜餃子、コーン餃子、鳥皮餃子、そんで、こっちがシソ入りで、チーズと、コーン入りね!」

 ホットプレート3台で、一気に焼き上げた餃子を前に、総料理長の姉・キヨカが言って、わあと歓声が上がる。作ったのは全部ヒナだ。

 高校生4人に、写真館の大人たち、キヨカと真帆と、大志もいる。7人の大所帯では、餃子はあっという間に溶けて消えていく。高校生は白米とお茶をお供にしているが、大人たちはビールや酎ハイを嬉しそうに配っているので、ヒナが呆れたように「飲みすぎないでね!?」と8歳年上の幼馴染たちを叱咤した。


「送っていくのは無理そうだけど、みんな帰りの足は大丈夫?」

 ヒナの心配な瞳に、電車で来たので、その通りに帰るよと、優が伝える。友里と高岡は真帆とキヨカに呼ばれて、ふたりの間でチョコレートとマシュマロの入った餃子を貰い、伸びるあつあつマシュマロに驚いて、一緒に笑っていた。

 お酒の入った大人たちを後目に、餃子だけではそのうち物足りなくなるだろうと、サラダやかんたんな副采を作り出したヒナの後をついて、優も居間をそっと抜け出した。


 柏崎写真館は、自宅とスタジオがつながっていて、独立したキッチンは、昔ながらのガラスがはめ込まれた引き戸を開ける、ひとつの部屋になっている。作り付けの茶箪笥が壁になっていて、その一角の扉を開くと、小さなカウンターがあって、隣の客間につながってはいるが、今日餃子パーティが開かれている居間とは廊下をはさんで遠いので、不便だとヒナは笑う。

「朝ごはんとかは、このダイニングテーブルで食べるから、良いんだけど」

 言いながら、作った副菜たちをどんどんテーブルにならべていく。


「友里のこと、気に入りすぎでしょ、あの2人。わかるけど」

 台所のダイニングテーブルで、ヒナと優はサラダの仕上げをしながら、真帆とキヨカに対して、ヒナが非難めいた口調で優に同意を求める。優も淡く微笑んで縦に頷いた。

「このドレッシング美味しい」

「マヨネーズと、お酢と味噌と、白だしを和えたドレッシングに、粉チーズをこれでもかと入れて、1時間寝かせてからまぜるのがミソ」

「すごい。あと、タコのぶつ切りが入ったポテトサラダなんて面白い」

「キュウリとタコって合うじゃん?そこに芋が入ったら、最高だと思って!」

 和風だしが効いた黒酢が決めてだから、塩辛を混ぜてもおいしいんだよねとヒナがぶつぶつというので、優はくすりと微笑んだ。

「ヒナさんはお料理が好きなんだね」

 ヒナが「もとは姉貴が、全世界各地の調味料を買ってくるから」と照れながら言う。優とヒナが仲良く話している間に、大志が台所の引き戸を開いて、廊下から「何か手伝う?」と声をかけてきた。

「駒井さんの手際が良いから、だいたいもう、作り終えたよ。大志の好きなエビの生春巻きが、冷蔵庫にはいってるから、持って行って、タレ忘れないで」

「了解。ヒナ、あとジンジャーエール持って行っていい?キヨカが、友里さんに自慢したいって。あれ俺も好き」

「ああ、手作りのやつ?出すの?ちょっと恥ずかしいなあ。炭酸水、裏の冷蔵庫にいっぱい入ってる。甘いのが好きなら、無糖じゃないやつにしてあげて」

「おっけ~、持って来る」


 大志が、勝手知ったる幼馴染の動きで、柏崎家の台所から消えて、倉庫の中の冷蔵庫へ荷物を取りに行くと、すぐに往復でヒナが漬けた生姜のシロップ漬けと生春巻きを持って、餃子パーティが行われている居間に戻っていった。注意をしたのに、タレを忘れたのでヒナが声をかけ、大荷物の上に持てるだけの副采も乗せたが、人懐こい笑顔で笑いながら、大志は平然と去って行った。


「真帆ちゃんが、うちに同居することになったよ」

 優は、だいたい友里に聞いたと、ヒナに伝えると、ヒナはうんうんと頷いた。

「うん、アナウンサーは時々やるかもだけど、うちの写真館の従業員になった。PVとかMV制作のナレーションの仕事もめちゃくちゃあるしね。お母さんもお父さんも、姉貴の恋人として、真帆ちゃんをお迎えしている。真帆ちゃんはホントに恥ずかしがったけど、そこは受け入れてくれた」

「すごい」

 優が感嘆して、ため息をついた。

「大志は、このあたりにアパート借りてんだけど、このまま柏崎写真館で勤めてくれるんだって」

「……」

 優が、大志を思い浮かべて、呟いた。


「好きな人の幸せを、祈れるのってほんとすごいよね」

 ヒナも頷いて、それから、「でも両想いって、大変だし」と言ったあと、言い淀んで、しかし優にきちんと詫びを入れる。

「あ~。──ワタシも、友里の幸せを祈っているよ」

「うん……」

「ホントに、まじで、大志と同じ気持ちだから。そこは、信じてもらうしか、ないんだけど」

「うん」

「ねえ、ほんとに、友里と、友達でいたいだけだから」

「うん」

「うん、だけ言うのマジやめない?顔がきれいな分、すっごい怖いんだけど!ちょっともう!なにか、しゃべってよ」

「うん」

「やだ!!!!」

 優の長い腕をとると、ぶんぶんと振って、ヒナが泣きそうになっていると、優が「あはは」と笑った。台所の引き戸を、先ほど来た大志が、開け放ったままだったので、廊下に友里がいて、優とヒナが仲良く笑い合っている様子を見て、固まっている。

「あれ!?友里もお手伝いに来てくれたの?」

 優の腕をポイと捨てて、ヒナが友里に駆け寄った。ビニール床の、綺麗なテキスタイル配置に目線を落としてから、友里はヒナと優を交互に見つめる。

「ジンジャーエール、すっごく美味しくて、優ちゃんちも飲むかなと持ってきたの」

「ああ!良かった。炭酸が苦手な母のために、炭酸なしでも行けるよ」

 ヒナが、友里の手からジンジャーエールを受け取ると、テーブルに置いて、氷たっぷりのグラスのせいで冷たくなった友里の手をそっと握った。優がそれを見て咳ばらいをするので、ヒナはぱっと離すと、ダイニングテーブルに座っている優の元へ小走りで駆け寄り、優の耳元にだけ聞こえるように言う。

「ちょっとしたスキンシップじゃん」


 優は首をかしげて、ヒナに微笑む。


「優ちゃん、いつの間にかヒナちゃんともすっごいなかよしだね?」

 友里が、優に対するものなのか、やっとできた友達が、自分より優と仲良くなっていることに対する嫉妬なのか、とにかく少しむくれたのような声で言うので、ヒナと優は顔を見合わせると真っ赤になった。


「!!」

「ぜんぜんぜんぜん!!!なに!?そんなふうに見える!?」

 ヒナが慌てて、友里の元へ近づくと、言い訳じみた声で言う。


「友里が一番かわいいって思ってるよ」

 ヒナがそう言って、友里に抱き着くので、優はまた少しヒナを睨んだ。ヒナが面白がっている気がして、優は少しため息をついた。

「え~嬉しい。ヒナちゃんはすぐかわいいって言ってくれる!」

 友里がそう言って、ヒナを抱きしめ返す。白パーカーから、指先がすこしだけ出ていて、優は友里の指先を見つめる。ヒナの発する「かわいい」はすぐに受け入れてくれる友里を、優は羨ましく思った。

「さすがに、パス!」

 そう言って、赤い顔のヒナが、優の元へ友里を投げるように置いた。

 優のひざにストンと、友里が座って、友里は照れたように優を見つめる。

 しかしすぐに、優の顔を見て「優ちゃん、あのね」と言いかけるので、優は「ん?」と問いかける。ごくりと息をのんだ。最近、友里が言い淀むので、優は仄かに嫉妬のようなものを感じた自分を見透かされたような気がして、恥じて、目をそらす。


「あ、えっと自分の友達と、優ちゃんが自分より仲良しな感じがしたときとか、ちょっと寂しいのはゆるして」

「うん」

 優が頷くと、友里は「暑い」といって優の膝から降りて、薄手の白いパーカーを脱いだ。自作の芥子色で膝丈のフレアスカートに、薄手の黒いカットソーだけを着ているので、体の線が露わになる。首元には、優が贈ったネックレスが光っていた。

 優が友里に似合うと褒めたが、友里は優が好きな色と勘違いしたままの、芥子色を友里は好んで着ている。優は、思わずつま先から頭の先まで友里を眺めてしまって、気をそらすためにヒナのジンジャーエールを一口飲んだ。

 ぱたぱたと手で顔を扇いでいる様子の友里が妙に色っぽく見えて、また見つめてしまう。さすがにヒナの前で取り乱すわけにもいかず、背筋を伸ばした。ヒナも友里を見つめていたが、カラリと氷の音がして、ハッとして「どう?」と優に感想を促す。


「ちょっとからいけど、甘くて美味しい。ライムジュースで割ったのかな」

「たぶんそうかな?よかったあ」

 優とヒナがすこしだけ大げさに喜んでいる様子を、とろんとした顔つきの友里は、もう一度優の膝へ戻った。そして、抱き着く。優はあまりのことに一瞬戸惑って、友里の甘い香りにクラリとしてから、ヒナを見た。


 優の首に両腕を回して、すりすりとすると、「優ちゃん大好き」と小さな声で呟くので、優はヒナから目をそらすことが出来ない。優と、遠巻きに目が合って(見ちゃってごめん)とヒナが手を合わせるが、優もさすがに、分が悪いと思い首を横に振っている。


「大好きだよ、優ちゃん」

 耳元で囁かれて、優はゾクリと背中になにかが走った。しかし、人様のお家であることをことさらに言う。

「うん、あの?友里ちゃん、今は柏崎家だよ」

「優ちゃんは、どう思ってるの?言って」

「友里ちゃん、……わかるでしょ」

「やだ。優ちゃんの声で聴きたい」


 ヒナは、なにもできず、その様子を見てしまう。

「うふふ、ふわふわする」

 そして、優に抱き着いたままそう言う友里の言葉に、ふたりでハッとした。友里をじっと見つめる。赤い頬、激しい吐息、上気した体。優の首に絡みついて、まだかろうじてキスはしていないが、頬の当たりにふにふにと顔を押し当てる友里の猛攻に、冷静でいようとして逆にメロメロになっている優に、ヒナは慌てて声をかけた。


「酔っ払ってない!?」

「え!?あ、確かに、このジンジャーエール、お酒の匂いがする」

「姉貴め!!ライムのチューハイで、割ったな!?」


 ヒナは2人を置いて、居間へ駆けて行った。

優は、(普段とやることが変わらないから、気付かなかった……)と反省しつつ、はじめての、酔った友里をまじまじと見つめた。

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