第142話 たからもの
「姉貴たち、今頃はじまったくらいかなあ?」
ヒナが言うと、優が唇に軽く折り曲げた指先を当てて、首をかしげた。
「真帆が、わたしたちを外に出したのが、引っかかるんだよな」
「なにが?駒井さん」
「キヨカさんならともかく、真帆だから」
「だって、真帆ちゃん性欲に忠実じゃん?」
ヒナのあけすけな言葉に、友里だけが赤くなる。
「いや、そうじゃなくて……真帆は、悪い癖があるじゃないか、人を丸め込むような……あの綺麗な声で言われると、みんな、真帆が正しいような気持ちになるだろ」
ヒナが、優の言葉に頷く。
「あ、もしかして、姉貴を、あきらめさせようとして?」
「うん、わたしたちを追い出したんじゃないかな。わたしは別れることに賛成だから、出たけれど……ヒナさんはふたりを応援しているなら」
ヒナがハッとしてガタリと席を立ちあがると、ファミレスから真帆の家へ走った。優と友里は、その背中を追った。
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「優さんが言うように、遠くで真帆を想っているほうが良いって思い知った」
真帆の部屋に戻ると、急に力のなくなったキヨカが、友里にもわかる憔悴ぶりで別れを告げていた。
ヒナが、キヨカの手を握って、真帆と近づけようとしたが、真帆は自分を抱きしめるようにしてその手から逃げた。
「大丈夫、もう来月、
キヨカがそう言うと、真帆も頷いた。ヒナは、カッとなって、キヨカの背を叩いた。
「小さいころから、姉貴は、誰も大事にしてない。
「ヒナ……もしかして」
ヒナの「片思いの相手は、大志なのか!?」キヨカは呟いて、ヒナに怒られる。
「なに言ってんの!?それこそ失礼だよ!ワタシが好きなのは……!」
振りかぶって、友里を一度見てから、ここでいうわけにもいかないと言い淀むヒナに、キヨカはオロオロとして、妹をなだめる。女王様然としているが、妹にはめっきり弱いことが見て取れた。
「姉貴は、自分のことばかりで、誰のことも見えてない。みんなが、どんな人かなんて、興味が無いんだ!」
「そんなことないよ、わたしだって、ちゃんと!」
「ちゃんとなに?大志とも、真帆ちゃんともワタシとも、向き合ってこなかった。ただ自分が好きだから!自分のことだけだから、真帆ちゃんを見てないから、あっという間に負けちゃうんだよ」
「ヒナ」
「でもそんな、強気の姉貴が、ワタシは好きだよ。憧れてる。だから、もういちど自分を好きになってよ!!応援しているのに!なんで……簡単に、こんなに、姉貴が好きだって言ってる真帆さんを、あきらめるの?自信持ってよ!!」
ヒナが泣くので、キヨカは慌てて手を伸ばすが、ヒナはその手を叩いて、友里の胸に飛び込んだ。友里は、思わずヒナを抱きしめ、背中を撫でた。それを見ていた優が、友里とヒナを自分の背中側へ置いて、ため息をついてから「友里ちゃん、ごめん」と呟いてキヨカの元へ行った。
「キヨカさん、真帆に聞いたんですか?「ただ、もう好きじゃないのか。愛しているから、わたしと、写真館のために、別れたのか」ねえ、真帆は、どうなの?」
優が真帆の肩を抱いて、真帆に問いかける。友里は、ヒナの肩越しに優を見つめながら首を振る真帆を見た。
「そうね、写真館のためよ」
真帆はどれが正解か測りかねるような口調だが、爽やかな笑顔でそういうと、キヨカが驚いたように顔を上げた。優は喋り続ける。
「尊大な女王様のような態度を、真帆は好んでわたしに演技させたけど……実際のキヨカは情けないね。わたしたちは1年近く盛り上がったのに、キヨカさんの本当の愛は、全部偽物の、中2のわたしに負けたってことなのかな」
真帆を抱きしめたまま、優が言うと、キヨカが優の肩を掴んで、真帆から引きはがした。
「きみ、言っていいことと悪いことがあるよ?」
キヨカは優の胸倉をつかんで、壁側に追いやった。
「……おまえが、真帆を利用していたくせに、おまえがいなければ、真帆だって変なこと考えなかったのに……!!」
「誰のせいで、真帆が追い詰められたんですか?」
「わたしのせいだろ?!」
叫んでから急に冷静になって、優の瞳を覗きながら、キヨカは小さな声になる。
「優さんはわたしを怒らせてどうしたいんだ?遠くで幸せを祈れって言ってたのは嘘なのか?もうあきらめるって言ってるだろ。無駄な感傷で、わたしの心が動くとでもおもってるのか?キミは、真帆とわたしを離したいんだろ?!」
8cmほどの身長差だが、優は壁に追い詰められ、キヨカに押しつぶされそうになっている。なすがままという感じだ。友里は、ヒナから離れて優の元へ行こうとするが、「友里ごめん」と、ヒナに止められる。
「実際、動いてますし、面白い人だな」
優が麗しい表情で微笑むと、カッとなったキヨカの手を取って、真帆がキヨカに抱き着いた。
「やめて……!ごめん、優、言わせて。──違うの、キヨカは悪くないの」
まだ興奮気味にふうふうと言っているキヨカは、真帆に抱き留められて段々と落ち着いて行った。真帆の背中に手を回して、しがみつくように抱きしめた。
「うん、わかってるよ」
優が微笑むので、真帆は困ったようにキヨカの背中を撫でた。長い黒髪がサラサラ真帆の手を逃れていく。
友里は優を見上げた。優も、友里を見つめた。全部演技だったようで、どうしてそんなことをしたのか友里にはわからなかったが、キヨカの気持ちを知って、真帆がキヨカを抱きしめることが出来るよう、優はヒナのために、それを狙ってやったのかもしれないと思った。
(でも優ちゃんが、傷つく必要はないと思うのに)
「駒井さん、ごめん」
ヒナが言うと、優は首を振る。
友里は、優の胸に飛び込んだ。今度は、ヒナは留めなかった。いつもなら逃げ腰の優が友里をするりと抱きすくめるので、その胸に大人しくおさまることにした。
「友里ちゃん、ごめんね」
優が言うので、友里はふるふると首を横に振る。
ぎゅっと抱きしめられて、友里はくらりとした。優の薔薇のような香りにいつもあまりの甘さにうっとりと夢の世界へ行くようだ。
「わたしから、離れたければ、そうしていいから。もうわかったでしょう?醜い部分が、たくさんあるって」
優が言うので、友里は首を振った。
「……大好き。逃げられると追いかけちゃうひとだって優ちゃんが言ったんだよ。ほんとに今、ここにかわいい優ちゃんが存在してくれるだけで、宇宙規模に感謝しちゃってて、こんなに綺麗でかわいくて、可憐な優ちゃんが、生きて地上にいるだけでも神がかってるのに、まさか、こんな、甘えてきていることが奇跡っていうか」
「友里ちゃんには……これ……甘えてる判定なんだ?」
「そうだよ!?そうだよね?!」
突然話をふられたヒナが、友里の勢いに、わけもわからずこくこくと頷いた。
今の抱きすくめられている状況に、「普段ならもっと逃げられるとこですよ!?」と、実はものすごい昂っていた友里は、ふるふると震えながら、大地に感謝をのべる。早口の友里に、優はポカンとして、真帆は思わずむせた。
真面目な話をしているつもりの友里だが、友里の駒井優フリークぶりを知らないひとにとってはふざけているように感じて、ポカンとしている。優はぼんやりとしてから、答えるように友里の肩にうずもれた。
「優ちゃん大好き」
友里はぎゅうっと抱きしめて言ってから、ハッとして、呆れてみていた優を含む周囲の人たちにあやまった。
「すみません……」
「また確認してたの?」
ヒナに少し笑うような口調で言われて、友里はこくりと頷いた。
「姉貴と真帆さんも、2人を見習って、確認しあえば?お互いが、ただ好きだったら一緒にいればいいじゃん、嫌いなら、もう2度と逢わなければいいよ」
妹に言われて、真帆とキヨカは見つめ合った。
「好きって、単純な話じゃなくて」
「……そうだよ、大人になると、そう単純に一緒にいられない」
「わたしは、キヨカがすきだけど」
「わたしは、真帆が好きだけど」
言って、ふたりはお互いを見つめる。
一瞬いやな顔をした真帆に、キヨカは噴き出した。「いやな顔するなよ」
「だって、キヨカは、すぐひどいことするくせに、好きなんて嘘だよ。わたしの事なんて、お気に入りのおもちゃぐらいにしか思ってないくせに」
「お気に入りのおもちゃを、大人になっても手放せないんだから、それはもう、一生大切な、宝物ってことじゃないのか?」
キヨカは真帆の腕を掴んだ。放してと真帆は言うが、先ほどまでの強い加減ではなくなっている。
「好きだ真帆、わたしと幸せになって」
「むりよ、ばか」
泣きながら真帆は、キヨカにしがみ付いた。キヨカは、真帆の首に腕を回して、肩越しに、少し泣くと、ぎゅうと抱きしめた。
抱きすくめられてもういちどくちづけをされて、真帆はその唇をうっとりと受け取ってしまう。高校生たちに見つめられていることに気付いて、真帆は子どものようにモジモジとした。そういう仕草は、確かに自分に似てるなと、友里は思ってしまう。優が言った「骨格」という意味は、所作のことだったのかなと思った。
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