第141話 確認
雨の街道を赤いスポーツカーが走り抜けた。車は、ぐんぐんと山道を進む。果実棚が両脇にある林道を、ゆっくりと抜けて、キヨカは目的地へたどり着いた。
「ここに、真帆が住んでるんだって」
雨粒が跳ね返る客用駐車場に車を停めて、単身用アパートの前で、友里と優に言った。
「清算を、──君たちをこれ以上傷つけないように、してこようと思うんだけど、ついて来てくれる?」
「問答無用じゃないですか。もう真帆には関わらないほうがいいと、言ったのに」
優が、後部座席で長い足を持て余し気味に言った。高速も使い、1時間ほどかけてこの場所へ来たので、22時を過ぎていた。
「優ちゃん、どういうことなの……?」
友里の問いかけに、優は簡単に説明をしようとしたが、言い淀んでいると、キヨカが友里に向って、
「恋はさ、やっぱり本人に、ちゃんと殺してもらえないと、先に進めないよ」
シートに体をうずめて、キヨカが言うと、友里はコクコクと頷いている。優は、友里の善人ぶりにやはり呆れてしまう。
「友里ちゃんを、家に戻したい」
「優ちゃん、キヨカさんの気持ち、わたしにはよくわかるよ!」
優は、友里が暴走しやすいことを知っているが、ここまでくると聖人ではないかと思いながら、友里の瞳を見つめた。濃い蜂蜜色の瞳が、優をとらえていて、いつでも優は、「友里を好きだ」という顔で見ている自分をそこに見つけてしまい、恥ずかしくなる。
見つめ合うふたりにキヨカは今から訪れる自分の運命を思って、「いいな」と呟いた。キヨカに声をかけられて優はハッとした。
「キミたちは、わたしのお守りなんだから、一緒にきてよ」
全身を雨に打たれながら、3人は真帆のマンションのドア前へたどり着いた。コンパクトな単身用マンションだ。優は、大学生当時の真帆が、1階にエントランスがある女性用の学生寮に住んでいたことを、ぼんやりと思い出した。
「はーい」
チャイムを鳴らして、出てきたのは真帆ではなく、柏崎ヒナだった。
「姉貴」
キヨカの後ろに、優と友里を見つけてヒナはパクパクと口を開けて「ええ」と驚きの声を上げた。真帆が、ヒナの後ろから出てきて、キヨカを一瞥した後、高校生ふたりが、制服姿のまま雨に濡れた様子でいることに気付き、慌ててタオルを用意した。
「こんな遅くに高校生を連れまわして、どういうつもりなの」
あたたかな紅茶を用意して、真帆は唸った。
優と友里も一緒に怒られている気持ちになって、キヨカの後姿を見つめる。
実際、優と友里がいなければ家に入れてもらえなかったかもしれないので、「お守り」は嘘ではないのかもしれないと、優は思った。
「友里、姉貴が無理やり連れて来たの?ごめんね」
ヒナが白いパーカーにジャージの短パン、ソックス姿で、友里の横に近づいてきた。幼馴染とは真帆のことだったのかと友里が言うと、こくりと頷いた。
「ヒナちゃんはどうしてここに?」
「ワタシは、半年くらい前から、時々お邪魔してたの、姉貴が後を追ってくると思って、ヒントを置いておいたのに結局、──お母さんから聞いたの?」
友里に答える体で、途中からキヨカに問いかけるヒナは、イー!と歯を見せて怒るので、子供らしさにキヨカは毒気を抜かれる。キヨカは妹に弱いらしい。
「優……なんでいるの?どういう組み合わせ?どうしてキヨカと」
「たまたま、友里ちゃんのお友達の家に付き添ったら、”キヨカ”の家だった」
「そんなことあるの……?ひどい偶然ね。あ……そうか、まだ、優は高校生で、ヒナと同じ年?!嘘でしょ……」
真帆が優の好みを忘れず用意してくれた紅茶を、さめる前に飲もうと優が真帆に促した。動揺している真帆に思わず優は笑ってしまって、真帆が「笑い事じゃないわ」と気さくに言った。
真帆は優の前に来て、申し訳ないという顔で優と友里に頭を下げた。
「ごめん、巻き込んでる。あなたたちはもう帰っていい。これは、わたしたちの問題だから」
真帆は言うと、タクシー代と言って、財布からお札を何枚か優に預けた。
「真帆」
キヨカが、動揺しているままの真帆の細い手首をつかんだ。真帆は、それだけで身動きが取れなくなって、真っ赤になっていく。この場にいた全員が、真帆はまだキヨカの事が好きだと気づいた。
「真帆、好きだ」
キヨカもそれに気付いて、謝罪や、話し合いを飛ばして、言った。真帆は赤い顔で、一瞬逃げるような仕草をした。キヨカは、真帆を抱きしめてキスをした。
「あっ」ヒナが目をそらし、友里に抱き着いた。友里もぎゅっと目をつぶる。優が無感情に床の転がって何度も口づけを拒否する真帆を見下ろした。
「や……!もう!しんじられない!」
言いながら、真帆はキヨカを突き飛ばした。
真帆ははぁはぁ吐息を切らして、しりもちをついたキヨカを見下ろす。ふたりはまんじりと見つめ合って、お互いが、お互いの瞳の色を探り合うだけで、どこか、諦めたような顔をした。
ヒナと、優と友里は、真帆に、少しの間ふたりにしてほしいと言われて23時のファミレスに追い出された。
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「ぜったいセックスするじゃん?」
ヒナが言って、友里は真っ赤になった。友里もそういう流れに感じて優をちらりとみた。優は考えごとをしているような暗い表情をしている。
「優ちゃん、大丈夫?」
問いかけると、友里こそ家に連絡したかと問われて、慌てて母へ連絡した。優も口添えしてくれて怒られなくてすんだ。
ヒナが、もってきたドリンクバーのココアをすすりながら、幼馴染の話を優と友里に伝えた。
「真帆ちゃんと大志とワタシは、姉貴の特別。でも姉貴は真帆ちゃんにだけ、独占欲が出ちゃうし、違う人みたいになっちゃう。自信がある時は放置ぎみなのに、誰かのモノになるとエグい独占欲みせるんだよね。でもワタシたちはそんな姉貴が真帆ちゃんにだけみせる愛が、昔から好きで応援したいんだ」
「好きって、いろんな種類があるよね」
友里が頷きながら言うと、ヒナは友里を見つめた。
「わたし、ずっと幼馴染と推しと、恋愛のスキの感情が全然わからなかったけど、それ全部まとめて、優ちゃんにあげようって、告白したら受け入れてもらえて……」
「……ふたりは付き合ってるんだ?」
ヒナが、ポツリと優と友里を交互に瞳で見て、言った。
「あ!」
「あ、じゃないよ友里ちゃん」
優は諦めたように、友里を見る。
「ご、ごごごごめん、内緒に……」
「どうしようかなあ」
「ヒナちゃん」
ヒナは友里に困ったような真っ赤な顔で見つめられると、テーブルの対面から、友里の前まで手を伸ばす。
「いいよ、この赤いほっぺをむぎゅうってさせてくれたら、黙っててあげる」
そんなことで良ければと、友里は瞳を閉じて頬を差し出した。ヒナに両手でムニムニ、さらに犬のように頭を撫でられて、友里はより真っ赤になった。
「真帆とキヨカを、一緒にさせたいのはなぜ?」
優がふたりの様子を見ないようにしながら問いかけると、ヒナは頷いた。
「だって、好きな人といるときの姉貴は無敵だし、かっこいいし、すごい素敵なんだよ。そんなの、どうしたって応援したいよ……ちょっと、この数年、マジで嫌な人間で、うざいから、直したいっていうのもあるけど」
「わかるよ、ずっと泣いてばかりだった真帆が、キヨカと付き合えたってほほ笑んだ時、わたしは、ふたりが永遠に幸せだといいなと思ったから」
優の言葉に、友里はドキリとした。それはきっと、優と真帆が別れた時の感情に他ならなかった。
「駒井さん、真帆ちゃんの「ゆう」だったんだね──、真帆ちゃんのこと、ちゃんと好きだったんだ……」
ヒナが遠慮がちに優にそう言って、友里は、ヒナが優と真帆の事情を知っていることに気づいて、ハッとした。そして、友里は、自分が優を見ていたら答えない気がして、ビニールばりのファミレスのソファーを無心で見た。
「うん、そうだね、ちゃんと……好きだったよ」
柔らかな優の声が頭上からして、友里は目を閉じた。暖房が効いた店内だが、少し、寒いような気がした。瞳を開けると、輪郭が丸くぼやけた。光の輪郭と、優の頬の輪郭とどちらが美しいか比べるまでもないなと友里は思った。
意を決して優を見ると、友里が顔をあげるのを、待っていてくれた優と目が合った。座ると目の高さは一緒だ。
真摯な表情で見つめていてくれたので、友里はその花のかんばせに、すぐふにゃりとなってしまう。友里を見つめる優も、不安になっていたようで、友里の笑顔にホッとしたのか、桃色の頬で友里を熱っぽく見た。
「わたしは優ちゃんが大好き。過去も優ちゃんの一部って、思うから」
「友里ちゃん」
「ふたりは……なんだかラブラブだね!?」
その一部始終を見ていたヒナは、「ごちそうさま」と言って赤くなった。
「え!?」
「いまのは、ちがくて、確認というか!すぐすれ違うから」
「そう、友里ちゃんは、大丈夫かなって言う……」
「不安になるたび、確認し合ってるの?真面目だね!?」
ヒナは湧き上がるなにかを堪えようとしたが、「だめだー」と言ってソファに横になった。友里は、笑われたと思って、優へ踏み込んだと感じた時に、一瞬でも不安を優に感じさせたくないという気持ちが強すぎて、はっきりと優に好きだと伝えたのだが、間違っていたのだろうかと真っ赤になった。
「優ちゃん、嫌だったら言ってね?!」
「大丈夫、友里ちゃん、わたしは嬉しいよ」
「ほんとうに~!?間違ってたら言うのも愛情だよ!?」
「今じゃないかもとは思ったけど、嬉しかったから、大丈夫」
「モウ~~でもそんな優ちゃんもカワイイ!!!!」
友里が鳴いて顔を覆って、優にTPOを教えてくれるようお願いする。優も無表情ではなくなっていて、泣くようにしている友里の背中を撫でて、オロオロと真っ赤になっていた。
「両想いって、羨ましいけど、やっぱり大変そう!」
ガバリと立ち上がって涙をぬぐうヒナに言われて、優と友里は赤い顔をした。手探りの恋をしている自覚はあるが、真帆やキヨカの件と同列でヒナに言われて、さらに思い知った。
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