第136話 審美眼
優とクラスも学科も違う為、ふたりだけの学校生活を楽しむために用意した”放課後15分”に移動する前に、友里は教室の前の廊下で待っていた高岡を見つけた。刹那、「1年生が何の用?」などという声が聞こえたので、友里は高岡を守るために慌てて小走りで駆け寄った。
「放課後、一緒に帰ろうって言ったじゃない」
高岡はサラサラのワンレングスのロングヘアを後ろに流して、勝気な様子で、高岡を守ろうと必死な友里にツンとそう言って、一緒に出てきた後楽と萌果は、高岡のキャラに苦笑した。柏崎ヒナも、それに加わる。
「ワタシも一緒に帰りたい」
ヒナに言われながら、友里は腕を絡み取られた。
後楽と萌果が顔を見合わせて、「ほんの数日で仲良くなった」と驚いている。ツンデレゲームもヒナはせっせと友里と遊んでくれるので、友里は嬉しかった。リスのような瞳をくるりと輝かせて友里に「ね」と微笑みかけたヒナは照れた微笑みを見せる。友里は不器用な笑顔を合わせてから、しかし困ったように頭を下げた。
「ごめん、わたし用事があって、ちょっと校舎に残るんだよね」
そう言うと、するりとヒナの腕から抜けた。
「それならしかたない!ワタシ、今夜も幼馴染の家に行くから、ちょっと暇だったんだよね」
ヒナはまた今度遊ぼうと友里に告げると、全員にバイバイと手を振って、走って帰って行った。(写真部の部活はいいのかな?)と友里も手を振りながらぼんやり思ったが、活動が不規則なのかもしれない。
「ごめんね、高岡ちゃん、あのね、この後、優ちゃんと逢うんだよ~」
内緒話のように耳打ちをして友里が言うと、高岡は「忘れてたわ」と棒状の演技で言った。かなりの大根役者だ。感情表現は体でするので、自分たちにセリフは関係ないがそれでも心配になってしまう。吹奏楽部全員にバレているのに今更だ。
そういえば、優の取り巻きからその件に関してなにも言われたことが無いなと友里はハタとする。いや「いつも一緒にいるんだから」と言われているので、知っていて放置していてくれるのかもしれない。
しかし高岡が一緒に帰ろうと言い出すのは珍しく、特別な用があるのかもしれないと思い、友里は高岡の腕にガシリとしがみ付いた。
「おはなしがあるなら聞くよ?」
「あら、ありがとう」
高岡が甘えている立場なのに、友里のほうが子どものようだと、見ていた後楽が笑った。
優の居場所へふたりで向かうと、優は明らかに驚いた顔をして、高岡が「めずらしい顔」と優を遠くから、まじまじと眺めた。校舎の中でも生徒が気付かないような死角の廊下の先にあって、解放されている空き教室を、毎回変更しながらよく探し出すわと、高岡は感心する。それを探して歩いていた吹奏楽部員も、執念がすごかった。
「友里を貸して」
「モノじゃないんだから、友里ちゃんが了承するならいいんだよ」
「あなたにちゃんと言いたかっただけよ」
「律儀なことで…尊敬しちゃうよ」
すべて英語で伝えあうので、友里にはちんぷんかんぷんだったが、そのような事を言いあって優は高岡に友里を渡すことを了承したらしい。
「優ちゃんごめんね」
「ううん。わたしのほうがよく断ったりするでしょ。気にしないで。また明日」
優がそっと友里を引き寄せて、髪を撫でたあと、友里の赤く染まる頬を指の腹でそっと撫でた。高岡が、その様子をチベットスナギツネのような顔で見つめているので、抱き締めた友里の肩越しに、優は思わずむせる。
「なに、その顔」
「ありのままの私ですが」
優は無駄にツボにはいってしまったのか、「アハハ!」と声をあげて笑っている。
「いいな、高岡ちゃん、わたし、優ちゃんをこんなに笑わせたことないかも!」
「不本意だわ」
高岡は、優と友里のしばしの甘い語らいを、やむをえないものとしてあまんじて受け入れて、4時半から先生の手伝いをするという優に手を振ると、ふたりで駅へ向かった。
優の2番目の兄・彗が忙しく、最近はバイト先へお迎えも減った。駅前の治安も、警察官が常駐するようになって、だいぶ良くなったこともあり、友里は自転車で帰ることが多くなっていた。水曜日は優が予備校なので、一緒に帰るのは続いているが、平日は優とあまり逢えない。
高岡と駅までの道を歩きながら、残して来た優のことを考えていた友里は、自分から手を離してしまったような焦燥感を、少しだけ感じていた。
「悪かったわね」
「ううん」
友里は高岡に悟られたことを取り消すように、首を横に振ってぴょんと跳ねてから元気に、高岡へ「相談ってなあに?」と問いかけた。ちょうど来た電車に飛び乗って、友里と高岡はお互いのアルバイト先へ向かう。
「友里、柏崎ヒナに告白された?」
「は?!」
友里は車内の空いた椅子に腰かけていたが、思いがけない言葉に驚いて、思わず大きな声を出してまう。隣に座っていたサラリーマンが、うとうとしていたはずみで、もっていたスマートフォンを落として驚くので、ぺこりと頭を下げた。
「されてないよ」
耳打ちをする声で、ピンと背筋を伸ばして、背の高い高岡に言った。
「そんな雰囲気だったのに」
「どんな雰囲気……?柏崎ちゃんは、片思いの相手がいるんだって」
友里は、高岡はふざけるでもない高岡のツンとした横顔を見つめた。
「なんとなく、同じ匂いがするのよね……」というが、友里は首をかしげているし、己の勘違いかもしれないと、首を振った。
「ところであなた、告白された時の対応、わすれてるでしょ?」
肯定の意味でハッとした友里は「村瀬さん以来、モテないから忘れちゃうんだよね」とへらへらという。村瀬だけではないと言いそうになって、高岡は大きく息を吐きだした。望月の事をこの際、知らしておくべきかと思ったが、望月の顔を思い出すと腹が立つので、黙った。そして再度確認しあい、今度は友里にメモを取らせた。
「ちがうわ友里、毅然とした態度って笑わないのよ」
高岡に言われて、友里は口を閉じると、軽くスマートフォンに「"口を閉じる"”嫌い”とちゃんという」などと書き込んだ。
話の流れで手を挙げたふたりは、お互いのバレエの癖の話になる。
マイムの手をあげる仕草のときに深く織り込んだ中指を意識するのか人差し指からなのかむしろ手首から肩なのかで、白熱してしまい、うとうとしていたサラリーマンは席を変えてくれた。
最寄り駅について、ふたりは各々のバイト先へ歩き出した。ハッとして、高岡の相談事とは、なんだったのかと友里が言いながら高岡を見つめるが、高岡はニコリとほほ笑むと友里の心中を悟って手を振った。
「なにもないわ。ごめんなさいね、友里。ちょっと駒井優と、引き離したかったのよ」
「え?!」
「だって、友里が、駒井優と気まずそうだったから。あなた今日は、──ううん、昨日のバレエスクールでも、一度も惚気てないのよ。気付いてないでしょ?」
友里は高岡の言葉に目を丸くした。そういえば、いつだって、土日に優となにをしたと高岡が嫌がっても話していた自分に気付いて、隠し事は出来ないなあと、ため息をついた。
「あのね」
友里は、写真館で柏崎キヨカと優が言い争いをしつつも、キスをしていたようなシーンを見てしまった事を高岡に相談した。優とケンカしていたことなど、気になることを、皆、言った。わだかまっていたわりに3分ほどですべて話していた。
「そんなこと?駒井優の女の躾の悪さは今にはじまったことじゃないじゃない」
高岡はあっけらかんという。
「実際見るのと、聞くのとでは大違いっていうか……」
高岡は自分の腰を叩いて、「それなら話合えば解決しそう」と、引き離したことを反省した。
「駒井優に言っておきましょうか?」
すぐにスマートフォンに打ち込もうとしたので、友里は慌てて高岡を止めた。友里と高岡、高岡と駒井で友人関係の質が少し違うと、友里は思っていた。高岡は、優に対してなんでもざっくりと伝え合うだけで通じ合うし、ふたりは喧嘩腰でも仲がいい。きっと喧嘩のように吹っ掛けて、優に伝えてしまい、優はまた、友里になにがしかの反省を勝手にして、穏やかに対応する流れになってしまうに決まっていた。
「ダメ……!だって、優ちゃんは、違うよって言ったの」
「……うん」
「わたしが、どんな優ちゃんでも、全然大丈夫!って思わないと。これは、わたしの心の問題なのかも!」
優がどんなに友里を柔らかくて甘い世界に浸らせてくれても、そんな優が好きだからこそ、甘えているだけでは違うと説明する。友里が言いたいことも、なんとなくわかると高岡は頷いてくれた。高岡は、優の先回りによって吹奏楽部で甘やかされていることを面白おかしく伝えて、友里はひとしきり笑うが、高岡は深いため息で駒井優への怒りをあらわにした。
「もう、あんなのとは別れたら?」
極論を高岡に言われて、友里は目を丸くして一瞬で泣きそうになった。
「あらあら……」
高岡は困ったように笑う。
その笑顔にホッとしてしまう友里は、結局高岡に色々相談してしまって、申し訳ない気持ちになった。
「ごめんね」
友里は謝るが、高岡はなんでもないコトのように、素敵な笑顔で首を横に振った。そして、少しクスリと笑ってから、友里に問いかけた。
「ねえ、昼間渡したネコ?の絵、誰が描いたか知ってる?」
「高岡ちゃんじゃないの?」
「私、逆にあんな風に描けないわ」
高岡はアハハ!と大きく笑った。
「あれは駒井優画伯よ、あれがわかるんだから、友里の審美眼って駒井優に関してだけは、本物ねって思ったの。他は本当にポンコツだけど、振り切ってる感じ、嫌いじゃないわ。大好きな駒井優と仲直り──ううん、気持ちの整理!がんばってね」
ふざけながら言うので、友里は「え!これって喧嘩なの?」と声を上げてしまう。
「嫉妬ってやつね、犬も食わないやつ。でも友里もそんな複雑に悩むのね。駒井優のこと、素直にただ好き!って感じだと思ってたわ」
「わたしもびっくりしてる!」
そういうと、高岡は笑って、また友里にメッセージをする約束をして、バイト先へ向かうためにわかれた。
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