第135話 女友達の距離感
写真部部室で、ごはんの続きをさせてもらいながら、対面に座る柏崎を友里はみつめた。人気のない写真部部室へ来た理由を、真摯な顔で、白パーカーの紐を少しなおし、柏崎は言い淀むように腕を組んでから、友里に問いかけた。
「昨日、駒井さんと姉貴、キスしてたの、みた?」
「ふっあ」
友里は想像していた通りの言葉だったが、思わずむせて、お茶を慌てて飲んだ。
「優ちゃんが言うには、してないんだって!」
(だって優ちゃんは胸ぐらをつかまれたって)友里は柏崎にあわてて訂正を伝えたが、柏崎は首をかしげて、頬杖をついた。
「姉貴、駒井さんみたいな顔が本当に好きなんだよね、ナルシストだから。だから、自分の理想を見つけて、
「喧嘩してたって!」
「うそ!どんな?」
机が鳴る勢いで、前のめりに柏崎ヒナが言ってくるので、友里は素直に、そこまでは聞いていないと伝えた。
ヒナがリスのような大きな瞳をまん丸にして、「姉貴と駒井さんがケンカ!」と繰り返した。
「内容聞かなかったの?あの人わりと姉御肌で、すぐに手を出すって、今まで幼馴染のひとりにだけだし、言葉だけでねちねち攻め込むんだけどなあ」
「わたしも、優ちゃんは淑女だから、胸倉をつかむような喧嘩なんて、想像できないよ!でも本人がそういうから」
ふたりで「うーん」とキヨカと優の人物像を持ち寄って唸る。
「柏崎ちゃんは、お姉さんに聞かなかったの?」
「昨日はワタシ、その幼馴染のとこに泊りに行っちゃって……。駒井さんと話してた内容は教えてくれなかったけど、同族嫌悪とかなんとか言ってた……」
「同族嫌悪?似てるからけんかしたってこと?」
友里とヒナはまた、うーんと唸りをあげる。
「キヨカさんってどんな人なの?」
友里が問いかけると、ヒナは笑顔でキヨカの
「姉御肌で、ピンチの時は「わたしにまかせな!」ってぜんぶ完璧にこなしちゃう人!学生時代は舞台女優でね、髪をショートにしててかっこよかった!すごい演技が上手いの。大学卒業してからはカメラマンで、世界中を旅してたひと!──うちの写真館を継ぐことになって修学旅行に付き添うぐらいになっちゃったけど、ほんと感性が冴えわたってて、小さい子に優しいし、人気なの」
キラキラと目を輝かせるヒナに、本当に憧れているんだなと、友里はほほえましい気持ちになった。
「優ちゃんは、たおやかで繊細で可愛くて清楚で淑女の鑑なんだよ。頑張り過ぎちゃうところは、完璧主義って思われるかもだけど温かくて包容力があってちょっと甘いの!いっぱい趣味があるんだけど、怪我した人をすぐなおせるお医者さんになりたいから、今はお勉強ばかりだけど──あと…絵とかおばけが苦手って本人は言ってる」
「あ、姉貴もおばけは嫌いかも。似てるかも~~」
「ね~」
お互いに大好きな人の話が出来て、にこにことしてしまう。優の話をする事に、なぜか初めて、少しだけ罪悪感を覚えた。勝手にしたからだろうか?と友里は疑問をそのままにした。
友里は、そうだ!と手をパンと叩いて、ある程度までヒナの洋服を日曜日に終わらせたことを、話を変える要領で告げた。デザイン画と作成風景の写真を見せると、ヒナは、目を輝かせ、パイプ椅子を持って、友里の横へ移動してきた。
「ワタシ、荒井さんが「かわいい」って言ってくれて自信が持てたから、可愛い服、すっごい楽しみ」
「え~、良かった」
「荒井さんかわいいから、可愛い人にかわいい!って言ってもらえると、嬉しいのかも」
友里は自分が、「かわいい」と優に言いすぎるほど言っているのに、優以外に言われたことがほぼないので、ヒナの言葉に脳内に宇宙が生まれるほど驚いた。そういえば、制服を頼まれた時も「かわいい」とすでに言われていたが、それは制服の着こなしと思い込んでいた。
あわあわと慌てて返事をできずにいると、ヒナは笑顔からため息の表情に戻した。
「でもさ、姉貴、チョーッと貞操観念があれで、キスとか楽勝だから。ワタシとだってするし、あんまり気にしないでって駒井さんに言っておいて。こういう話題だし、外で出来ないなって思って。こんな辺鄙なとこに呼び出してごめんね」
ヒナは、友里の努力もむなしく話を元に戻した。
優が他人とキスをしているのなんて、なんでもないと思っていた友里だったが、実際に映像として飛び込んでくると、動揺している自分に驚いている。
友里は首を横に振ってから横に座っているヒナに気付かれないよう、「優ちゃんにわたしが伝えるの?」と頭の中で思った。頬杖をついてにこやかに友里を見つめるヒナに悟られないよう、(自分たちがキスをするまでだいぶかかったというのに……)とひとり思案した。そして、土曜の夜の優のなまめかしくも美しい仕草がポワンと浮かんできて、どきりとして、体が熱くなった。
──友里が執拗に1か所を攻めていた時に、「キスして」と懇願する優の姿だ。
様々な思考を振り払うように、パタパタと顔を手であおぎ、ヒナの言葉を反芻する。
「え、待って、ヒナちゃんもお姉さんとキスを?」
「うん。誰とでも、するんだよ」
ヒナはそう言ってから、戸惑うように真っ赤になる友里を見てくすりと笑った。
「うぶだね」
「うぶなんかじゃないよ!?ちがうの、これは~~!」
友里は、すぐ赤くなってしまう頬を、気にしていたので、頬を抑えてヒナから目をそらした。ヒナが頬に触れてくるので、ここにいないはずの優にも、赤い頬をよく撫でられることを思い出してしまって、どんどん赤くなっていってしまう。
「あはは、熱いね」
「も~、からかわないで!」
友里は困った顔で、ヒナを少しだけ睨むようにして、顔をお弁当のほうへ移動した。
ちゅ。リップ音と一緒に、頬にキスが添えられて、友里はヒナを見つめた。
「まっかなトマトみたいで可愛い」
これがヘタね。と友里のポニーテールをそっと撫でるヒナに、友里は驚いて「びっくりした!」と顔を右に向けると、髪の毛が乱れたので、ヒナが立ち上がった。
「キスは楽勝って言ったでしょう?」
こういうことか!と、友里が頷く。ヒナは「ワタシが、髪を壊しちゃったから、綺麗に直すね」と言って背後に回ると、自然に友里の髪を解いた。
友里は友達が少ない。高校でやっとできた友達、萌果も後楽もあっさりしているため、女子同士の接触が少なく、そわそわとしてしまう。高岡や優には世話を焼いてもらうが、それはお願いして、やって貰ってるところがあるので(普通の女友達って、こんなに距離が近いの!!?)と無駄にドキドキしてしまった。
「友里ちゃんって呼んでもいい?」
ヒナがそういうので、友里は頷いて、「友里でもいいよ!」と添えた。
「じゃあ、友里。髪がふわふわだね!」
「ありがと、ヒナちゃん」
「ヒナのこともヒナでいいのに」
「親しい人にはチャン付けなの」
ヒナは頷く。ニコニコしているのが背中越しにもわかって、友里も嬉しかった。
バン!とドアが開いて、友里はビクリとして飛び上がった。誰かが入ってきたなら部外者である友里が怒られるとおもい、髪を下ろしたままヒナと固まった。
「友里さん!?えー嬉しいな、逢えるなんて!!」
開口一番、制服の下に黒いズボンと、上に黒いパーカーを着た
「村瀬さんって、写真部だったの?」
「最近はもっぱら被写体のほうです、友里さん。あ、柏崎先輩、部長がここから記憶媒介?持ってこいって言ってたんですけど、どれかわかりますか?」
「おっけ、理解。まってて~」
ヒナはそういうと、友里の髪から手を離して、写真現像・焼付用の暗室へ入っていった。
「髪を下ろしてるの、新鮮ですね」
持っていたスマートフォンでパシャリと写真を取られてから、そっと近づいて来た村瀬に言われたので、友里はササっと自分で結び直した。
「あ、結び直す仕草、ほんとすきです」
なにをしても喜ばれてしまうので、友里は辟易とする。そんな顔すらスマートフォンで写真を取られそうになって、慌てて顔を手で隠した。
「写真を撮られるような顔じゃないよ」
「それは私が決めます」
「ねえ、消してね?」
友里が困ったように、村瀬の黒パーカーの裾を引っ張って言っていると、ヒナが戻ってきて村瀬と友里の間に入って、村瀬の手のひらに記憶媒介をポンと置いた。
「村瀬くん、昼休み終わっちゃうから、早く行ったほうがいいよ~」
微笑まれて、村瀬は友里とヒナを交互に見る。
「友里さん、そこまで一緒に帰りませんか?」
友里が困っていると、ヒナがぐいと座っている友里の肩を抱き寄せた。
「ごめん村瀬くん、うちらまだ用があるんだよね、友里、まだご飯食べきってないし、同クラだから、一緒に帰るしさ」
「あ~、そうなんですか!わかりました。じゃあ友里さんまた!」
村瀬はあっさり引き下がるが、投げキッスをしてくるので、友里はよけるしぐさをした。村瀬が喜んだように「あっはっは」と笑ってドアを閉めていく。
「仲良しなの?村瀬くん」
ヒナに問われて、友里は(優ちゃんの友達はたしか保留なので、どういう関係と言えば?)首をかしげて、ごまかすように、へへと笑った。
「あの子気さくで明るいし、男の子みたいで可愛いよね」
ヒナは答えながら、あまり多くを語らない友里になんの疑問も持たないような顔で、髪を直す作業に戻った。綺麗な高さにポニーテールにされて、友里はニコニコしながら、お礼をして、お弁当箱をしまった。
「あれ、たべないの?」
「なんか食欲なくて。もう時間もないし、教室に戻ろう?」
ヒナは友里の言葉に笑顔で頷いて、しかし友里の体調を気にしてくれた。
友里は、優とキヨカの関係を、ヒナが思うよりもずっと気にしていると悟られたくなかった。その理由として、優と友里が付き合っていることも言ってしまいそうで、仲良くなりたいのに、内緒にしておいた方がいいことがあるとは、不思議な感覚だなと、新しい友人になってくれるかもしれない、ヒナのふわふわした髪を眺めながら思った。ヒナがそれに気づいて、友里の横へ並ぶと、にっこり微笑んで、指の間に指を絡めて手をつないだ。
指を絡めるなんて、優としかしたことがなく、女友達の距離感がわからず、友里はヒナのふわふわの小さな指に緊張したまま、教室へ戻った。
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