第133話 似てるよね


「あ、ねえ!こんな素敵ならさ!お姉ちゃんもお金を出してあげるから、ドレスっぽいワンピも作ってもらったら?乳がきれいにおさまるやつ」

 水着の上に試作品の制服のシャツを着て見せた妹のフィット感に感動してから、キヨカは、スマートフォンで、お姫様のようなドレスを見せながら盛り上がって告げた。

「ねえ、どんな服作ってんの?写真とかある!?」


 渋る友里に、優が自分のスマートフォンから、友里がプレゼントしてくれたドレスを見せる。友里が「キャー!」と恥ずかしがるが、トルソーに着せた雪の結晶のようなビーズ刺繍で水色のグラデーションに見える真白いドレスや、広がると絵画のようになるスカートを見て、柏崎姉妹はごくりと息をのんだ。


「5万円でどう?荒井さん」


「ぎゃ!多すぎます、普通に素敵な服がたくさん買えちゃう!材料費だけで」

 滅相もないと手を振る友里に、キヨカは真剣な顔で言う。

「売ってないから作ってもらうんだし。絶対工賃はもらうべき。オーダーメイドって型から起こすなんてことになったらどんなに渋いとこでも5万円は最低価格だと思うよ」

 キヨカに言われて、友里は黙り込む。提示されている綺麗めワンピースは20,000円ほどだが、サイズが一切ない。同じものを作るとなると、大量生産と違い、材料費と合わせ、いつものバイトの時給と換算すると少し足が出るかもしれない。

「ヒナの可愛い格好も見たいしさ」


 柏崎は、名前をヒナという。迫力美人な姉に頭を撫でて言われて、ヒナははにかんだ。キヨカは黒髪長髪で、真っ赤な口紅がよくにあう、どこか異国の血を感じる彫りの深い170cmのスレンダー美女だ。ヒナはくりくりとした淡い髪色でパーマがかかったようなショートヘアーで全体的にふわりと綿菓子のような雰囲気。リスのような瞳はふたりとも変わらないが、印象はハッキリと分かれていた。キヨカが深紅だとしたら、ヒナはレモンイエローだ。


「3月のわたしの結婚式までに、可愛いワンピつくってあげて。式に似合うやつ、探そうと思ってた資金だから、気にしなくていいよ」


「えっ」


 キヨカのその言葉に、優が一番驚いた声をあげて、すぐに黙った。

「どした?優さん?工期が短いかな?ワンピが不満なら、2ピースでも」

 キヨカが黒髪をかきあげて、飄々とした態度で唇をつき出した。工期は確かに短いので、友里はう~んと唸っている。優が、キヨカの瞳を見つめて、ぺこりと頭を下げた。

「ご結婚おめでとうございます」

「いえいえ。式と言っても小さいものなんだけど。これから末永く協力していきますわ、彼と。見た?うちの従業員の、優さんよりちょっと低いくらいの身長の男。幼馴染みなの」

 ウフフと微笑んで、先ほどペコリとお辞儀した、沢渡大志を思い出したふたりに、婚約指輪をみせるので、友里は美しさに「わー」と拍手をした。ラウンドブリリアントカットのダイヤが短い6本爪プラチナリングに鎮座して、華奢な薬指から輝きを放っている。

「憧れちゃう?」

 キヨカに言われて、友里はこくこくとうなづいた。友里の夢は優のウエディングドレスを作ることなので、参考にたくさんのウェディングドレスをみたいと常に思っている。キヨカのドレスもみたいとお願いすると、タブレットを持ってきてくれて、試着の数点をみせてもらえた。


「どれも素敵!これが一番にあってます」

 友里の笑顔につられて、優も画面をみると、そこに羽二重真帆はぶたえまほが小さく写っていて、友里とヒナがわいわいとドレスだけを見て盛り上がる中、キヨカが気付くまで見つめた。


「優さん、ちょ~っとお手伝いしてくれる?ケーキがあるからキッチンまで。ふたりは、ワンピースの相談しててね」


 キヨカは友里とヒナにタブレットPCの使い方を教えて、ここにメモをするといいよと画面を表示し、優を誘って立ち上がった。

 友里とヒナは、お茶の用意ならと一緒に立ち上がろうとしたが、優が「ひとりで大丈夫」と美しい拒絶の表情をするので、パタリとドアがしまるのを見守った。


 ヒナと一緒にタブレット画面に思考を戻した友里は、しかし。


「ねえ荒井さん、姉貴と駒井さんって知り合いなのかな?」


 残されたふたりは、やはりその件が気になって、話題に出してしまう。

「わからない、初対面だとおもうんだけど、なんか知ってる感じだね」


 友里は優の交友関係をあまり知らない。優に踏み込めないままだ。もしかしたら、年齢的に、羽二重真帆はぶたえまほ関係かなとうっすら思ったが、2番目の兄であるすいとも年齢が近いので、その辺りかもしれないと思う。だが、柏崎に言うには情報が少なすぎて、黙ってしまった。


「そうだよね、でも……ううん、高校入学した時と、あとウィッグした時に思ってたんだけど、うちの姉貴と、駒井さんって、似てない?」


 恋人のひいき目で、友里には優のほうが断然美しくかわいく可憐に見えていたが、おずおずと頷いた。長身で手足が長く、黒目がちの吊り上がった瞳に小顔、意志の強そうなキヨカに比べ、友里にとっての優はふわりと柔らかく淑女然としている。しかし優だってキヨカのように真っ赤な口紅をして強気な態度で立っていれば、そんな空気を醸し出すに違いなかった。


「似てるよね!?」

 ヒナは嬉しそうに、叫んだ。

「憧れちゃう。だけどワタシ、全体に太ってるし、髪を伸ばしても、下に伸びなくてドンドン横に広がって、鳥の巣みたいになって、ストパーかけても、今くらい。せめて、綺麗な服を着て、姉みたいになるのが目標。そういうワンピに、できるかな?」


「あ!わかった、片思いしてる人が、そういうのが好きなのかな!?」

「……たぶん!」

 友里は思ったことをすぐ口に出して、柏崎の手を取った。柏崎は、あからさまに片思い相手の顔を思い出したのか、かあっと顔を真っ赤に染めた。


「ごめん、自分じゃない自分になりたい、なんて、恋かなっておもったから、はずかしがらせてごめんね」

 優の好みの女性になりたいと化粧品を見に行った自分の行動理由を思い出してドキリとする友里は、しかし、「自分に似合うものを」と優に言われたことも一緒に思い出し、ヒナに問いかけた。

「本人に直接きいたの?そういうのがいい?って」

「ううん、見てて勝手に思っただけ。──だって、永遠の片思いなの!ぜったい、口に出したらいけないやつなんだ!」


 体育すわりをして、小さくつぶやく柏崎に、友里はどきりとした。優が受け取ってくれたけれど、両想いになるのはとても難しいことだと、ヒナの寂し気な笑顔で気付かされた。


「キレイのお手伝い、頑張ります!」

「うれしい!よろしくおねがいします!!」

 結婚式用だが、日常遣いもできるのなら、あまりこだわったりロングドレスではなく、ひざ下のワンピースにして、腰からレースを着脱できれば──など、友里のアイデアは尽きることが無かった。わくわくとヒナも目を輝かせ、その案に頷く。2週間ほどしか時間が無いことだけがネックだが、友里は、テスト勉強などは、優にも協力を仰ごうと思った。

 しかし友里が、デザインを出すたびに、ヒナがかわいい感じのデザインに心を奪われているのを見て、思ったことを、そのまま言ってしまうことにした。


「でもね、いっこ訂正!柏崎ちゃん、全然太ってないよ!ウエスト57cmしかないし、バストがゴージャスだからまったく見えないだけじゃないかな」

「うそ、ずっとひもでウエスト調節できるズボン履いてた~」


 ふたりでごろりと横になって、タブレットにどんどんアイデアを書いていたので、柏崎ヒナは、横にごろりとなっている友里に、赤い顔で言う。自分の体に向き合ったことが無かったことを反省しているようだ。友里が立ち上がって、正座をすると、ヒナもそれに倣って、アヒルすわりで起き上がった。


「だからね、優ちゃんやお姉さんみたいになる、って言うんじゃなくて、正真正銘、柏崎ヒナちゃんに似合うドレスを作らせてもらいたい」

「!」

 言われて、柏崎は胸の前で指を組んだ。憧れを、そのままに着たいに決まっているので、友里は間違えてしまったかもしれないと思い、うつむいた柏崎を見つめる。

「だって、カッコイイ女がいいよね?ボールみたいな、ワタシじゃあ、ダメでしょう……?」


 柏崎が、少しだけ目をウルウルとさせながら言った。友里は、やはり、自分のままで、相手に愛されたいと迷っているように感じたが、それでも迷っている柏崎をみつめる。


「そんなことない!絶対自分に似合っている服を着ているほうが、絶対にかわいいよ。無理して別の人になろうとしたって、良さが消えちゃうだけだよ!」

 友里は美少女のクローデットが友里の制服を無理やり着た時、優が「似合っているのは友里のほうだ」と言ったセリフを思い出した。体に合わせた美しいシルエットを作り出す方が、満足度も似合い度も上がる。ありのままの柏崎のほうがいいと、何度も説得する。


「ワタシのよさ、なんて…あるのかな?荒井さんには、それがわかるの?」


 おずおずと顔を上げて、真っ赤になって涙目のまま、上目遣いに問いかける柏崎に、友里はドキリとした。

「あるよ!だって柏崎ちゃん、いや、ヒナちゃん!最高に可愛いもん!わたしの意見になっちゃうけど、かっこいいより、断然かわいいほうがすき!」

 友里が言うと、柏崎は真っ赤になって、少し涙を拭って頷いた。

「うん!じゃあ、荒井さんに託す!!よろしくおねがいします」

 友里は嬉しくなって、柏崎の手を取って、ぴょんと跳ねた。柏崎も笑顔になって、ふたりで、わーいと、こどものように手遊びをして、はしゃいでしまう。

「素敵なお洋服、つくります!!!」

「今、荒井さんが着てるみたいなやつ!?」

「え!?このスカート、気に入った?これなら試作品持ってきてるよ~」

 友里とヒナは、ワイワイとスカートの試着へ移る。友里よりもウエストが細くて、友里はうぐぐと鳴きながら、ウエストラインを簡単に直した。



「ねえ荒井さん、記念に、写真撮らない?」

 ビキニ姿にスカートをはいている柏崎が、パーカーの前を閉じながら言った。

「え!いいの?」

「うん!お父さんが、お友達来たら撮っておいでって!大志さんに、撮って貰お?」

「わあ!優ちゃん達も呼ぶ?」

「姉貴たぶん、タバコ吸うから、駒井くん、キッチンで待ちぼうけしてるかも!」


 強引なヒナに手を引っ張られて、友里は、楽しくなってきた。楽しく過ごしているうちに、楽しくなる気がして、優とキヨカの件はいちど頭の中から追い払おうとした。


 しかし、ふたりで向かったスタジオの片隅に、キッチンに行ったはずのキヨカと優が、なにか言い争いをしていて、ヒナがオロオロとして、友里に向かって踵を返そうとした。スタジオへの道は、暗い狭い廊下で、ヒナの判断に気付かなかった友里は、ヒナを支えきれずにそのままよろけた。そして、倒れた先にあった大きな棒状のモノが倒れてきて、それをふたりで慌てて支えた。

 意外と重たくて、大きな音を立てて倒してしまいそうで、ふたりは、その場から動けなくなってしまった。

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