第132話 採寸


 友里のクラスメイト、柏崎の家は、大きな補強コンクリートブロック造りの立派な写真館で、和傘を持った赤い着物のゴージャスな美人の写真が飾ってあり、あまりの美しさに目を奪われた。

「古いだけだよ~」

 昨今、写真館で写真を撮る人は少なく、姉が継いだ時もひと悶着あったからと、柏崎は言う。今は、証明写真だけではなくネットビジネスが主だそうだ。しかし地元に根付いた歴史を感じる様子と、ピカピカに手入れされた機材の諸々に感動してしまう。沢渡大志さわたりたいしと言う従業員が、ペコリと頭を下げた。

 柏崎が手をふる。「幼馴染みなんだけど、そのままここに勤めたんだよ」とにこやかに言った。


 柏崎の部屋へ入って、早速柏崎は水着へ着替え、友里は、試作品の諸々を鞄から取り出した。今日は、柏崎の採寸のためにお邪魔していた。心配性の優も一緒に来てもらっていて、友里は優にニコリとほほ笑みかける。

「これってデート?」

「これは友里ちゃんのお仕事見学かも」

 優は首をかしげる。この後はなにもなければ、手芸専門店に行ってあらかじめ注文しておいた制服用の布を取りに行くことになっているので、それはデートかもしれないと付け加える。


「きがえました!」

 目線を優から柏崎へ移した友里は、水着になった柏崎にぎょっとしてしまった。胸が、真ん丸で本当に大きく、上半身を占領していた。

「ビキニしかなくて…恥ずかしいな、普段は潰してるんだよね。ふとってみえるでしょう?制服が、ほんとに苦痛で……荒井さん、わりと胸が大きいのにがすごく素敵に着てるから、羨ましかったんだ」


 サイズ的に派手な柄のビキニしか買えるものもないと言って、柏崎はしょんぼりとした。友里はハッとして優を見るが、優は普段通りに「大変だね」とむしろ同情しながら、ピカピカに美しい顔を崩していなかった。別に胸が好きなわけではなくて、友里の体が好きだという証明がなされた気がして、友里は勝手に恥ずかしくなってしまった。気付いた優が呆れた顔をして、「早く採寸してください」と言った。

 

 一応クローデットに合わせて作ったモノを着てもらうと、すんなりと入りむしろダボついていたので、胸以外は華奢だと判明した。友里がクローデッド用に作ったシャツを着て、胸が苦しくないとひとしきり感動していたので、こちらはそのまま渡すことになった。もう1着洗い替え用にいちから作ることになった。


「じゃあ、採寸するね」

 細かなサイズを測り、数字を紙に書きだす。スカートの様子などを一応、写真に撮って、感覚を残しておく友里。素敵に着こなせるよう、友里は腕まくりをする。

「あ、今さらだけど、素人で、いいのかな?」

「うん、っていうか上手すぎてぜんぜん素人って思えないよ。荒井さんっていつからこんなにお裁縫が上手になったの?」


 聞かれて友里は、優も聞きたがったので、「14歳の頃から独学だよ」と照れながら答えた。優が美しく変貌していったのに、みんなから王子と言われ出したころから計画していた「淑女計画」の一環だった。


「優ちゃん、中学生の時にはもう170cmあって、手足も長いでしょ。お兄さんたちと同じ服ばかり着てたの。だから、わたし、かわいいお洋服の優ちゃんが見たいなって思ってしまって、それから!」


 しかし優に着てほしいと思う既製品は、友里には手が出せず、アルバイトも中学生の身の上だと新聞配達しか得られなかったが、早起きが苦手な友里には、夕刊しか配れなかった。そうして得た初任給で、優に似合うボタンを購入した。既製品のシャツを買って、まずはボタンだけを縫い付けて、優への誕生日プレゼントにしようとした。しかし、優が、あまりに美しくて断念したことを告げると優が慌てた。


「え、本当に?絶対に喜んだのに!」

「今ならそうってわかるんだけど!」


 駒井家のパーティに呼ばれて、優が素敵なタキシードを着ていた日だった。既製品のシャツと言っても、友里に手が出せるレベルの綿シャツに、ただただゴージャスに見えるボタンを縫い付けただけでは、優に似合うと思えなかった。セットでつけていた、お菓子の詰め合わせだけを渡した。


「その日から猛特訓して、優ちゃんに似合うシャツをいつか作るんだ!って……優ちゃんにあげよう!っておもえるまで、2年半くらいかかっちゃった!」

「ほぼ3年…!?」

 柏崎が驚いた声を出して、パーカーのチャックを思わず上げたり下げたりしている。

「あ、でもこんな美しくできるようになるんだから、短いか…?でもすごい、駒井くんのことが、すごい好きなんだね」

「そうなの!大好きで……っ……す……」


 友里は、柏崎が優と友里が付き合っている事を知らないのをすっかり忘れて、思い切り勢いよく告白のような事を、優の前でしてしまって、言いながら気付いて、うつむいて、優の顔が見れないくらい真っ赤になった。


「やだ、荒井さん、照れすぎでしょ!」

 柏崎に笑われて、ようやく優を見るが、優の表情はいつもと変わらず、麗しい笑みを湛えた陶器のような横顔で、ホッとしつつも上手なポーカーフェイスぶりに驚く。


(思ったけど、優ちゃんってやっぱ演技が上手なのかな?)

 先日の”放課後15分”の空教室での諸々を思い出して、友里は赤い顔がより赤くなり、2月の暖房が効いた部屋で「なんだか暑いね」と少し跳ねた。


「友里ちゃん、気付かなくてごめんね。その時のシャツ、まだ持っている?」

 優が、そっと友里の耳元に問いかけてくるので、友里はすぐに答えた。

「あるよ、第1号だし、一応……あれを起爆剤にしてるとこあるし」

「言ってくれたら、良かったのに……だからボタンを買う時あんなに真剣なんだね」


 相談してほしかったと、最初に話した時に言われたことを思い出して、友里は確かに自分で勝手に走って行って、優になにも言ってないことが多いなと反省した。

「良かったら、プレゼントしてほしい」

「え、嬉しいけど、でもだめ。すごい下手だから」

「中2の友里ちゃんから、受け取りたかった」

「え?!やだ!高2の友里ちゃんじゃ、だめ?作り直すから!」

「帰ったら受け取りに行く」

「やだ!!」


 コンコンとノックの音がして、友里と優の押し問答を微笑ましく見ていた柏崎が立ち上がった。柏崎の姉が、3人にホットコーヒーを入れて持ってきてくれた。


「紅茶のほうがよかったんだっけ?」


 声をかけられて、優は大丈夫ですと顔を上げて、しばし黙ったので、友里は、(優ちゃんが紅茶を好きと知っているのかな?なんて。コーヒーか紅茶か聞くやつだよね)と思ってから、そちら見やると、ド迫力の美人がいて驚いた。


「ヒナの姉の、柏崎キヨカだよ、初めまして、今日はありがとうね!」


 優はハッとして受け取った3人分のカップをテーブルに置くと、中学生の頃の優のように、膝に手をおいて、良い子の姿勢になっているので、友里もそれに倣った。


「荒井友里です、はじめまして、お騒がせしてます」

「はじめまして、駒井優です。お名前だけは」

「聞いてるよね、うん」


 キヨカは、ニコニコと3人を見る。友里は(いつの間に名前を聞いたのだろう)と優を見つめた。

「この写真館の跡取り娘なんですよ」と言った笑顔は、表にあった、赤い振袖を着たゴージャスな美人の、そのひとだった。

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