第139話 ドライブ
アルバイト先から出てきた友里は、後ろからウェイターの制服のままの村瀬に追いかけられて、ビクリと立ち止まった。
「これっ!」
はあはあと息を荒くしながら、村瀬が、友里の胸に紺色のラッピングに包まれたプレゼントをポンと投げつける。友里はその軽い袋を慌ててキャッチした。良く見れば「DEAR YURI」と紺の袋に、金のマーカーでデザインのように書いてある。
「かっこいいから、誰かの荷物だと思った」
友里が素直に言うと、村瀬は「嘘だろ?」と言いながらもセンスを褒められたことに赤くなって、両手を広げて友里のそばに来た。友里は、抱き締められるかとビクついて、後ずさる。
「それ。そうやって怖がるのだけは、やめてほしくて。友里さんに好かれたいけど、好かれなくても、誠実に生きるので、そのお詫びと誓いも兼ねて……とか言って、ただただ似合うと思って買ったんで、貰ってください」
頭を下げられて、友里は、「同情するからつけあがるのよ!」という高岡の声を頭の中で聞きながら、優に渡したプレゼントを受け取ってもらえなかった場合の自分を村瀬に重ねてしまい、受け取った。
優に、逢いたくなる。
優なら、きっと受け取った後、中身を見て、プレゼントの良い所を見つけてくれると思ったが、友里にそこまではできそうもなかった。
「ありがとう」
精一杯の友里の言葉に、村瀬は嬉しそうにほほ笑んで、髪をかきあげた。
「ありえないことなんですけど、もしも友里さんと幼馴染だったら、って考えてしまいます」
「え」
「小さい頃から一緒にいて、話をすることも多くて、友里さんの全てを知ってて、私の全ても知られてて、……どうかな」
友里は村瀬のことで一番詳しいのは、バイトをさぼる所ばかりなので、苦笑する。
「わたし、村瀬さんのこと怒ってばっかかも。もうシフト交換しないからね!って」
「え、怒られるのってレアなんですよね?うれしいな」
「わたし自分のことはどうでもいいけど、優ちゃんのためなら、かなり怒るんだよ」
村瀬は沈黙で答える。
「村瀬さんも幼馴染だったら、きっと優ちゃんを好きになっているね、わたしには興味もないよ」
友里が苦笑したまま言うので、村瀬は優しい表情で首をかしげた。友里は、言葉通りの意味なのにまた違うように受け取られたかと思い、村瀬の鳶色の瞳を見てしまう。また口が開いてる自分が映っていて、唇を閉じた。
「友里さん。友里さんは魅力的だってこと、ちゃんとわかってくれないと、私も駒井さんも可哀想ですよ」
「……?」
友里は村瀬の寂しそうな顔を見た。幼い子が泣いてしまうような雰囲気のように感じて、少し見守ってしまった。
「友里ちゃん」
甘い低音が聞こえて、21時だというのにグレーのコートに制服姿の優が走って来たので、友里は驚いた。そこだけ光り輝いているようで、自分も走り寄りたくて、まごつく。優は、友里の動きより早く、村瀬の前まで来て、友里の肩を抱いた。
「優ちゃん、どうしたの?」
「近くまで来たから、お迎えに来た」
朗らかな様子の恋人の笑顔に、友里は(あまりにも可憐)と思いながら、抱かれている肩が熱くなり、頬が赤く染まった。逢いたいと思っていた時に逢えるなんて以心伝心かもしれないと思った。
「駒井さん、お迎えなんてかいがいしいですね」
言われて優は、制服姿の友里の胸の中にある紺色のラッピング袋をみてから、村瀬を見つめた。
「友里さん、自分のために怒るの面倒臭いって言ってたんですけど、それって誰のせいなんですかね?」
「なんの話か分からない」
村瀬の言葉に、優が見下すような声で言ったので友里はドキリとした。
「──諦めませんので」
村瀬はそれだけ言うとバイト先へ走って帰っていった。優は、友里の肩を抱いて、しばし村瀬の背中を見つめた。遠くを見つめたままの優の美しい顎のラインを見つめながら、友里は言ってみる。
「お詫びの品なんだって」
「そう、よかったね」
優に言われて、友里は、俯く。あまりよい意味の「よかった」ではない気がした。
::::::::::
「友里さん、今帰り?」
柏崎キヨカの乗った赤いスポーツカーが駐車場から出てきて、並んで歩く優と友里に声をかけた。友里は優を見てから、運転席のキヨカに走り寄った。
「キヨカさん?どうしてここに」
「先日はありがとうね、遅いから送っていきましょうか?」
気さくにそう言うので、友里はまだ嫉妬のような不思議な感覚を感じていることや、駅の自転車の事もあり、キヨカの申し出を断った。キヨカは「ならば駅まで」といって退かないので、優を見つめて(上手く断って)と瞳でお願いしてみた。優が、運転席のキヨカへ近づくと、キヨカは車から降り、優に向き合った。
「つけてきたんですか?」
「まあ、自宅と違う駅で降ろせと言われたら、それはね。あなた目立つから、ひとりで歩くのむりじゃない?」
友里にはエンジン音で聞こえないが、ふたりはそんな会話をした。
「そうそう、ちょうど良かった!友里さんに、ヒナのドレスの件で話があるのよ」
キヨカは友里の背中を押すようにして、まずは後部座席に押し込んだ。友里は(その件なら)と仕方なく了承してしまうので、優も渋々と友里の隣に乗り込んだ。後部座席が狭く、優は長い足を持て余しているが、友里は、優のロングコートの袖を、そっと摘まむ。
運転席に戻ったキヨカに見られた気がしたが、友里は、村瀬に戸惑った自分の事もあり、願った通りに現れてくれた優を、離したくなかった。駅までと約束して、車は走り出した。
キヨカが黙ったままなので、優は小さな声で友里に話しかけた。
「友里ちゃん、さっきの村瀬の言葉って……?」
「ああ、自分のために怒るのって、疲れるって話をバイトの休憩時間にしたの。村瀬さん、わたしのご飯を噛む回数を数えるんだよ!?それはさすがにわたしも優ちゃんにしないよ!?写真をいっぱい撮るのは、まあ仕方ないかなとも思うんだけど」
「……それは……いやだね」
優に本気で嫌がられて、友里は「やっぱりいやだよね」とうんうん頷いた。そのすべてが、恋のせいだし、友里も優にしてしまうことなので、少しだけ自分まで優に否定された気がして、しょんぼりしてしまった。
「村瀬って子、友里さんが好きってことでしょ?恋人がいないなら、付き合えばいいのに」
話を聞いていた運転席のキヨカに言われて、友里は戸惑った。優が、恋人だとキヨカに言っていいのか、優を見つめた。
「もしかして、誰かともう、おつきあいしてる?」
先に聞かれて、友里は真っ赤になってしまう。優を見ると、陶器のような美しい肌は色も変わっておらず、顎から耳にかけてのラインが対向車の明かりでぼんやりと発光しているようで、友里は見惚れるが、そんなことをしている場合ではないコトだけは分かった。きっと自分の反応で、キヨカさんにバレてしまうと思い、唇を噛んだ。
「ふうん、──こうして見ると、確かに真帆が高校生の頃みたい。無邪気で、すぐ赤くなって、効果音を付けるならピヨピヨ」
友里の言葉などは気にせず、口調は明るいのに、どこか湿ったような不穏な声がして、(真帆って?もしかして、
「自分はちゃっかり、初恋を叶えたんだね、優さん」
「……」
優がなにも言わないので、友里も黙った。エンジン音だけが、車内を包んでいる。
「友里さんにお願いがあるんだよね」
キヨカが車を走らせながら、バックミラー越しに友里と目を合わせた。友里は、首をかしげてキヨカを見つめ返す。
「ヒナちゃんのドレスなら、まだまだ直せますよ」
そういうと、それはもちろんありがたいと言って、キヨカはにこにことした。そして急に真剣な顔になって、優をちらりとみた後、車の速度を上げ、ICへ入った。
「!」
高速道路へ入っていくキヨカの姿を、優と友里はなすすべもなく見守る。ガラガラの高速道路を無言で飛ばすキヨカ、じっとキヨカを睨んでいる優を、友里は心もとなげに見つめた。
「友里さん、優さんの身代わりに、わたしに抱かれてみない?」
静寂を打ち破るにはあまりに凶暴な、キヨカのその言葉に、戸惑っている友里を抱きかかえるようにして、優は友里の耳をふさいだ。
「友里さんの希望通りに、優さんぽくやるからさ」
話し続けるキヨカに、友里はどくどくと早鐘のように鳴る優の心臓の音と、いつもの優とは違う、低い「恥を知れ」と言う声を聞いた。
「ごめんよ、どうしても優さんに一泡吹かせたくて」
キヨカはつまり、優が嫌がる質問をしたのだと友里は気づいた。友里を傷付ける意図ももちろんあるが、はっきりと優への攻撃だとわかった。
「で、どうかな?できる?」
優が、いい加減にしろと怒鳴るので、友里は驚いてしまう。(淑女な優ちゃんが!?)
「どういう意味なのか、わかりませんけど、無理です。どうしてそんな質問を?優ちゃん以外となにをしても、なにも思えません」
友里は、怒りを込めた声で、優を止めながら、言った。優のことになるととたんに臨戦態勢になってしまう。
優はうなだれて、友里の髪に顔をうずめるように、首筋辺りに入り込む。優に甘えられて、友里はそんな状況ではないのに、くすぐったく、ふわりとやさしい気持ちになるので、握りこぶしを作った。カチリと優から贈られたネックレスが音を立てて、優に制服の下につけていることがわかってしまった気がして、友里はドキッとした。
キヨカが、ふたりの様子に「人前だぞ、優さん」と唸ったが、優は「ここに人なんて、友里ちゃん以外にいません」と呟いた。
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