第129話 優ちゃんと遊ぼう



 高岡達と別れ、教室に着いた友里はもう教室にいた数人に挨拶をして、高岡と優に、昨夜のお礼メッセージを送って、カバンから刺繡用の布を出して、少しづつすすめた。

「荒井さんおはよう」

 女子に声をかけられて、友里は顔を上げた。

柏崎かしわざきさんおはよ!」

「これ、先生から荒井さんにプリントだって!」

 栗色の明るい髪が自然に巻いてあるようなショートカットの柏崎はリスのように大きな瞳をくるりと輝かせ、家庭科室の判子が押された茶封筒を渡してくれた。友里は立ち上がって、ぴょんと跳ねる。

「あ!ありがとう、新しい型紙だ!うれしい。さっそくお礼のお手紙を書こ」

 友里は着席すると、可愛い便せんに家庭科の先生への感謝のお手紙を書き始める。

「あんたのためじゃ、ないんだからね♡」

 そう言われてしまうと、クラスの仕事をなにか請け負わなければいけない、ピタリと手を止め、立ち上がった。


 友里のクラスで流行っているツンデレごっこは「あんたの為じゃないんだからね♡」と言いながら率先して諸々の仕事を受けて回るだけのものだ。言われた側は、なにか別の仕事を探して、その仕事を請け負っている人にそれを言う。それだけの、ローカルな遊びだ。友里はすこし考えて、黒板消しを掃除して日直に言おうと決めた。

「あ、まって違うんだ、ワタシ個人がしてほしいことがあって!」

 立ち上がった友里に、柏崎が言いづらそうに下を向く。友里は柏崎に目を向けて言葉を待ったが、そのすきに、岸部後楽きしべこうらが登校してきて、友里の前の自分の席にドンとカバンを置いた。


「そういえばツンデレってなんだ?ふつうにつかってるけどっておもってさ~、カギ姉から漫画本借りてきた」

 岸部が挨拶もそこそこに、すこしえっちな4コマ漫画を取り出して、「ツンツンしちゃうけど、ほんとは君にだけデレデレなの」という恥ずかしいセリフを読み上げた。

「普段はクールなのに、好きな人の前だと、しまりのない様子になるってことだな」

 懇切丁寧に説明すると、「友里はずっとデレだな」とからかってきた。

「受け入れ系ワンコってやつだよね、おはお」

 乾萌果も登校してきて、友里の隣の席に腰を下ろした。友里は知らない単語がたくさん出てきて頭に「?」が浮かぶ。

「駒井くんにやってみたら?」

「”優ちゃんなんか、嫌いだからね!うそ、大好き!!”」

 岸部が友里のような口調で叫ぶが、本人たちもしっくりこないようで、首を傾げた。なんていえばいいんだろうね?と言い合って漫画の中をさがす。

「「嫌い」とか、「なんか」って言葉を、優ちゃんに付けて使いたくない」

「真顔かよ、重症じゃねえか、あ、これどうよ」


 漫画をさんにんで見て、女子でドッと笑う。ずっとそばについていた柏崎に、岸部と乾が視線を向けて、「どしたん?」と声をかけた。柏崎はようやく、友里のところまで一歩前に出て、そっと友里の手を取った。


「あのさ、荒井。ワタシ、荒井のことずっと可愛いと思ってて」

 友里は柏崎の小さな手に両手を奪われて、どきりとした。高岡と話した「もしも今後告白されたら」のシミュレーションが頭の中を駆け巡った。


『かわいいね=好きだよ!!友里は、あのお花好き!みたいな意味でとるけど、恋愛の好きは恋愛の好きなのよ!ありがと~ってわらってんじゃないのよ!?』


 頭の中の高岡が、とてもうるさくて第3のママだと思ったが、そのあとにつづく対処法を完全に忘れていて、ぐるぐると目が回っていた。

「おい、告白はもっと静かなとこでやれよ?」

 金髪で青い目のカラコンを入れた後楽にからかわれて、柏崎は友里の手を取った自分に気付き、慌てて離した。


「あ!ごめん、誤解!あの、好きとかじゃなくて!?荒井って制服、自分で作ってるよね!?かわいいねって思って!!」

 柏崎はわああっと顔を抑えて、真っ赤になった。本当に友里に告白でもしたくらいの勢いだ。作った制服がバレたのは初めてで、友里は頷いた。


「……ワタシのも、作れる?」

 

 ::::::::::::::::



 ”放課後15分”で、その話を聞いた優は、友里の見たこともない顔をしてから、スッと桃のような肌の、美しい姿に戻った。

「……そう」

そして、それだけ口に出した。(次から次へと……)という気持ちは、友里にはバレないように微笑む。


 友里は早縫いだが、それは優への思いの丈のようなもので、柏崎に当然感じるわけもなく、採寸の日は、優に付き添ってもらいたいとお願いしてみた。

「それはもちろん合わせるけど、告白されたわけじゃ、ないんだよね?」

「あはは、もう~、だから!モテないんだって……!村瀬さんだけなの。でも、恥ずかしいけど、聞いたよちゃんと!柏崎さん、他に好きな人がいるって」


 優は心の底から、良かったと呟いた。


「ツンデレが流行ってる?いまさら?」

「うん、なんか仕事をするでしょう、ありがとうって言うでしょ、「あんたの為じゃないんだからね♡」と言って、やられた側が、他のお仕事を奪って、──みたいにやってると仕事が早く済むから。気付くとみんなで何かやることを探してるよ」

 なるほど作業効率のための合言葉というわけかと、優は納得する。

「友里ちゃんのクラスって独特の文化が育つよね」


 商業科では独自の遊びが週一のレベルで流行るので、この間は、中卸しごっこが流行ってた。これは荒稼ぎする銀行員の息子が現れて、あぶないのですぐに終わったが……。普通科は真面目な人たちが多いのだなと友里は思った。

「わたしはね、受け入れ系わんこなんだって。ツンって難しいよね?優ちゃんに、あんまり言いたくないから、他の言い方があるかなって思って萌果と後楽と、色々考えたんだけど、なかなか思いつかないね、あ、でもね──」

 しかし優は、「あんたの為じゃないんだからね♡」のハート部分のしぐさが、きゅっと柔らかな握りこぶしを顎に当てて、ひじを体の内側へ持って来てしなをつくり、上目遣いをするもので、上目遣いがとても可愛いのでそれはそれで、すこしときめくのも分かる気がした。


 ここ数日、友里に抱きしめられることが無く、優は友里を欲していた。

 全力で愛情表現を見せるが、友里に届かない気がして、友里の手の甲から、指を絡めた。さらに今日は友里のバイトの日なので”放課後15分”だけでは、正直足りないというのに、服を作ってほしいという子の話のために時間を割いた。優は友里がただただ人類への優しさだけで生きているのだろうか?と思い、見つめた。優もなにか友里の仕事をひとつ奪って、友里を言いなりにすればいいとでも言うのだろうか?


 優は友里を抱きしめて、頬にキスをした。友里にも時間が足りないと思うぐらい、夢中になってほしいと思った。友里のことだから、きっと「ユウチャンカワイイ!」と鳴いて終わりかもと思いながらも、あわよくば、採寸のことクラスの話題も忘れて、友里にも優と同じ気持ちになってほしいとキスに込めた。


「優ちゃん、学校でこういうの、良くないよ」


 一歩前にぴょんと跳ねて、振り返る冷静な顔の友里に怒られて、優は思いもよらず、昨夜から我慢している花火に水をかけられたような気持ちがして、うなだれた。

「ごめん」

「しょんぼり優ちゃんもカワイイ!!!!!……じゃない!ううんあの……ちがうの!いまのはわたしなりの、ツンだよ」

「……?」

 友里は教室に死角を探した。とりあえず、周りを見回して、自分たちの居場所から廊下が見えないあたりへ優を連れて行って、そして、背伸びをして優に触れるだけのキスをした。

「かくれてなら、いいよ。──これがデレ」

 言われて、優はカッと頬が赤くなった。「今、学校ではダメと言ったのに」と矛盾を問うと友里が照れたようにはにかんだ。


「つぎは優ちゃんからね」


「ロールプレイってこと?──ええっと、役になりきるゲームみたいな」

「うん、そう、かな?優ちゃんなりのツンで、わたしになにか言って、デレてくれたら嬉しい」

「すぐはできないよ」

「じゃあ、設定を決める?幼馴染じゃない、ただの同級生のわたしと、はじめてお話しするみたいなのはどう?」

 初対面の他人には厳しく冷たい様子を見られているので、優はすこしだけ眉をさげた。友里に対して、それができるとは思えなかった。「初対面なのに、こちらから話しかけて、あとでデレる」というものも難しいと思った。まず、学校の行事や役職などでは自分からしか話しかけないが、その後しまりのない様子になる、とは、かなり感情が左右されるのではないかと、ひとりで呟いている。

 友里は優に真面目に矛盾点をたくさん指摘されている気がして、真っ赤になるが、ただ、いつもと違う優が見たかっただけだと、しどろもどろに説明をした。

「その……これはただのごっこ遊びで、優ちゃんと遊びたいだけなの」

 友里がそういうと、優が閃いて、ニコリと小悪魔的笑みを見せた。友里はすこし涙目になりつつ、その表情の可愛さにどきりとときめいた。


「じゃあわたしの片思いってことにしようか」


「え!」


 友里は、嬉しそうにする優の言葉に、それでは、自分が優に対して、なんとも思っていない役を演じなければならないのかと気付いた。

「わたしも遠くから、優ちゃんを見てたってことにしない?!」

「だめ、友里ちゃんは、わたしと初めて逢ったの」

「冷たい優ちゃん!もう始まってるの?」


 優はくすくすと笑って、時計を見た。友里はすぐにでも自分を夢中にさせてしまうが、あと10分で夢中にさせるなんて、出来るかな?とひとりでRTAをはじめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る