第128話 姫と魔女
優にとっては一本遅く、友里にとっては一本早い電車で学校へ行くと、朝練の部活動へ向かう生徒で溢れていて、高岡は辟易としていた。
駒井優は駅のホームの段階で、ここ最近、さらに増えたファンの女子に囲まれていた。友里は、いつもなら取り巻きのひとりの位置まで下がるのに、いつの間にか優の隣をキープして、少しだけ周りの女の子に「いつも一緒なんだから譲ってよ」と責められている。
「友里ちゃんにひどいことしないでね」駒井優の低音が響いて、「え~、仲良しです」なんてネコナデ声が聞こえて、高岡はゾワリと背筋が凍った。
(女の団体ってほんとこわい)
車内では望月とも合流、友里の右側を奪われた。さらに駅で待ち伏せしていた村瀬が友里の背中にぴったりと、くっついて、大人数になっていったので、高岡は駒井優に「またお姫様抱っこで駆け抜けないの?」と問いかけるぐらいには疲れていた。
話をしただけであっという間に周りの女子に睨まれた高岡は、(やはり駒井優の女たちには躾が必要なのでは?)と駒井優を睨んだ。
「優ちゃん、じゃあわたし、高岡ちゃんと先に行くね、また放課後」
友里は、意地でも優の隣にいたのに、自分の責任を強く感じたのか、女子たちに睨まれて今にも爆発させられそうな高岡を引っ張って駆けだした。優はどこか諦めたような顔で手を降り、2人を見送る。
「いいの?”優ちゃん”がさみしがるんじゃない?」
「”高岡ちゃんが大切だから友里ちゃん、頼んだよ!”って優ちゃんが言ってた気がする!」
以心伝心をうそぶいて、ふわりと友里が微笑むので、高岡は「言わなそう!」と笑った。友里が駆け抜けると、後ろに望月と村瀬がついてきていて、高岡は「ゲ」と唸った。
「友里さん、今日って一本早い電車ですね、逢えて嬉しい」
村瀬はそう言いながら、友里の肩に手を回そうとしたので、高岡がその間に入った。高岡から友里と同じ髪の香りがして、村瀬はハッとして望月を見た。望月も、違和感を覚えて、高岡を見つめる。
しぶる友里を早々に2年生の教室へ追いやって、高岡は望月と一緒に足取りも重く吹奏楽部の朝練習へ向かうことになった。
「ぬけがけ」
カバンを前に抱えて、後ろをついてきた望月に言われて、高岡はキッと睨みつけた。望月や村瀬の中で自分が友里のことをどう思っているようになっているのか、(下衆の思考回路は想像できないし、したくないからいいけど)高岡は頭痛がした。
髪の香りや一緒の電車ということですっかりわかっているだろう、高岡はふたりに向き直る。
「なに?泊ったけど、それがなにか、あなたたちに関係あるの?」
余計な詮索も、うわさ話もされたくなくて、高岡は先制パンチを打った。村瀬と高岡を階段下に残し、走り去ろうとしたが、後ろから駆けあがってきて踊り場で捕まってしまう。
「やっぱりぬけがけじゃないか」
「成り行きでそうなっただけで、眠っただけよ。駒井優も一緒だし」
「それもずるい!!駒井先輩と一緒だなんて!」
「簡単に他人にズルいって言うんじゃないわよ」
高岡よりほんの少し背の高い村瀬と小さな望月に囲まれて、高岡は眉をひそめる。文化部がよく使う校舎で、朝練は吹奏楽部ぐらいだが、好きだのきらいだの話を他人に聞かれてもいいのだろうか?高岡は深くため息をついた。
「寝起きの友里さん、どうだった?」
髪を掻き上げながら、村瀬は美形を晒して、高岡へ近づいてきた。黒いプルオーバーのパーカーから、ホワイトムスクのユニセックスな香りがして、高岡はムッと顔をしかめる。
「よだれ垂らして寝相も悪いし、起き抜けはしわしわでぼさっとしているわよ。本当に、普通の子よ」
「え~~!!!かわいいな!パジャマ!?大穴でジェラートピケも似合いそう。今度プレゼントしてみよう。起きてすぐの友里さんを見つめられるなんて、最高だなあ。ぼさぼさから、あのかわいいポニテになる?写真はないよね?」
「──!!!」
思いつく限りに色気のない発言をしたのに、思っている以上に興奮されてしまって、銀河の彼方まで心が遠く旅をしそうだった。
「友里先輩って、飾らないところが、凛々しくて素敵っ!」
望月は望月で、なにか見えないストーリーが見えているようで、そちらにも若干退く。
眠る時の友里は薄手のロングTシャツに短パン、優は紺色のパジャマを使用していた。友里と同じナイトブラを利用したままの高岡は、胸元がカチっと潰れたままだがそんな発言をしたら「うらやましい」と言ってきそうで、ゾッとした。
「高岡、友里先輩のこともっと教えて。私たち、協力しようよ」
「そうだよ、どうせ脈はない。フラれてるんだし、好きな気持ちだけで友里さんのそばにいるんだ。ご褒美くらい、いいだろ?」
(なぜ私が、あなたたちにご褒美を?)深いため息をついて、高岡は望月たちの隙間を見つけて飛び出し、階段を駆け上がった。
「あ、待ってよ高岡!」
「だから、下衆の考えを、私は持ってないんだって言ってるでしょう!普通にこれからも用があれば、泊まるけど、それをあなたたちにとがめられたり報告する義務もないの!友達として生きてるの!」
「普通って何よ」
一瞬、空気がシンとなって、運動部の声も高岡達の足音すらなくなり、望月の声が遠く響いた。
「私たちだって、普通に友里先輩に恋してるんですけど」
「ああ、普通って言葉が悪いの?差別しているつもりも区別しているつもりもない。ただ、私が、友里への想いが恋ではないと言ってるだけ。あなたたちの普通の恋のために、情報を共有する義務もない。恋をするのなら、私に迷惑をかけないでほしい、ただそれだけよ」
高岡はそれだけ言って黙る。言葉は難しいと思った。駒井優なら、考えを汲み取ってくれるのにと一瞬だけ駒井優を召喚したい気持ちになったが、(ここにあの人を召喚?!)ド修羅場を思って、肝が冷えた。
「駒井先輩、友里先輩のこと、残酷だって言ったのよ」
「──なに?」
望月に言われて、高岡は小さな望月を見下ろした。高岡が飛ばしたボタンは綺麗に縫われていた。
「「友里ちゃんはとても残酷で魅力的、しばらくわたしも一緒に、苦しもうかな」って言ったの」
望月は両手の指を神に祈るように組んで、続ける。
「それって、私達の恋を見逃すってことでしょう?友里先輩に恋をしていると、確かに駒井先輩への恋があふれてて苦しいけど、駒井先輩も友里先輩を愛してる人がいるって思うと、苦しいもんね、それでも許してくれるんだから、魂が清いのよ」
望月がうっとりと話すが、高岡にはもう少し別の意味に感じた。
優は、友里との恋を反省している。愛することにも、深い
望月たちは、優に試されている。
優が友里を全力で守るお城に招待されている。さながら駒井優は、眠れる森のお姫様を目覚めさせる王子を選ぼうとしているリラの精のつもりなのかと思った。
眠れる森の美女は、要約すると、オーロラ姫の誕生を祝ってたくさんの魔女を呼んで、美貌などを与えるが、呼ばなかった悪い魔女に20歳で死ぬ呪いをかけられ、善の魔女であるリラの精に”100年の眠りにつくが、王子のキスで死の呪いが解ける呪い”をかけられる。100年後に他国の王子がリラの精の助けを得ながら、オーロラ姫を助ける話だ。
呪いは糸紬だったり、麻のとげだったり、バラの花束の先端だったり、色々だ。原本ではグロテスクな話だが、高岡達が躍るチャイコフスキーのバレエでは、素敵な王子が愛のために、茨に包まれた西洋風のお城で、リラの精と共にたくさんの試練を乗り越えながら、美しい姫と結ばれる。
100年たてば自動的に溶ける呪いだから、魔女たちは王子選びも慎重で不思議な力で素敵な王子を城へ導き、姫の死の呪いをといてもらうために奮闘する。
(あの人、友里の恋は自分の呪いとでも思っているのか?)
2年の教室で朝活に励む駒井優を睨んだ。友里は眠っているだけではない。普通に起きて生きていて、駒井優に恋をしているだけの女の子なのに。──そもそも、魔女が身も心も、全て奪っていて、絶対手放すつもりもないくせに、(どんな立場だ)と、高岡は、感情が昂って涙がこぼれそうになった。
しかし望月たちにわざわざ言ってあげることもないと思って、黙って階段を駆け上った。
「あ!高岡!」
望月の声を下に、高岡は吹奏楽部まで小走りで逃げ去って行く。
トランペットの個別練習と、クラリネットは別の場所なので、一応上級生に気を遣っている望月にこれ以上付きまとわれることはない。
(駒井優って、ほんとにバカだわ)
高岡が大人しく1年生がやらねばならない楽器の準備をしていると、上級生たちが来て、珍しくパート練習に来た高岡をただただ手放しでほめてくれた。多分、元パートリーダーの駒井優からいろいろ聞いているのだろうと気づいて、根回しに、「ちっ」と舌打ちをする。
味方だと思っているうちは、たぶんこうして先回りして世界を甘くしてくれるのだろうと、高岡は面白くない気持ちで駒井優を思った。
(あんな奴ら、城の橋を渡らせる前に落とせば死ぬのに)
高岡は、茨に囲まれた西洋の古城で、堀に落ちていく村瀬と望月を思いながらトランペットを強く吹いて、先輩方に少しだけ注意をされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます