第125話 報告会


 次の日。学校。


 自動販売機がある1階の踊り場で、お昼休みに高岡朱織たかおかしおりにつかまった友里は事の顛末をかいつまんで説明した。夜にメッセージで送った通りなのだが、高岡は友里の口から聞かないと気が済まないようで、ふんふんと聞いてくれる。


「やっぱり望月と村瀬が友里の家に来たのはほんと驚くわ……厚顔無恥なのね、そして駒井優の家で勉強することになって、友里が火傷しそうになって!駒井優と望月が友達になった……と」

「うん」

「で、デート先で偶然、「羽二重真帆はぶたえまほ」に逢った──やっぱりいたのね、過去の女」

「そう!怒涛の2日間」


 高岡は頭を抱える。自分が大忙しな日々を送っていたらいくらなんでもパニックになってしまうと思った。しかし友里はこっそり入れてくれた優からのプレゼントのアイシャドーやネックレスの話など「惚気かな」と言いながら、嬉しそうにしている。基本的にポジティブなことしか頭のなかに残らないのだろうかと、どこか羨ましく、しかし恋に浮かれて諸々が疎かにならないか、心配な気持ちにもなる。


「惚気は、いいわ、存分にしなさいよ、幸せそうな友里の現状は好きだわ」


 壁によりかかって、高岡はついになってしまう足先を直した。足を交差することで、癖がごまかせるのも、友里にも覚えがあり、友里がタタっと軽快に高岡の横に立つと、同じポーズで壁に寄り掛かり、背筋を伸ばし、バーレッスンのふりを少しだけして微笑みあった。


「で。どうせ、つけてきてるんでしょう?ネックレス。見せたくてたまんない顔してるわよ」

 言われて、えへへと笑いながら、友里は制服のリボンを外して、エメラルドグリーンの小さな花がブランコに乗る妖精の羽のように装飾されている、ピンクゴールドのネックレスを見せた。

「良く似合ってるわ」

 ペンダントとネックレスの呼び方の違いは実はないそうだが、ペンダントトップが自由に交換できるものをペンダントと呼び、装飾がチェーンと一体化しているものをネックレスと呼ぶお店が多い。一体化してあればトップが勝手に動いて、気付けば背面ホックと一緒になっているような失敗が無いので、迂闊な友里のためにそこまで計算されてそうで、高岡は唸る。

「ちょっと大人っぽいんだけど…嬉しくて」

「わかったから、もう見たから、早く胸をしまいなさい!」

 高岡に言われて、友里は慌てて制服のボタンを直した。焦ってリボンが結べないので、「器用な癖に焦ると本当にだめね」と高岡が直すために手を貸してくれた。


「できることでも、やってもらうのは気持ちいいな~、なんでだろ」

「甘えぐせっていうのよ、それ」

 プンと怒ったふりでくすくすと笑うと、友里がニコニコと「小鳥さん……」と呟くので高岡はまた自分の事を「なついた小鳥」だと思っているのかと、友里に照れて呆れた目線をぶつけた。

 ボタンがずれていたので、それも直してあげるためにもう一度シャツのボタンを開くと、鎖骨の下あたりに、赤い痕を見つけて、(虫刺されかしら、薬ぬってあげ…)と思ってからサッと血が引いたようになって、高岡は頭をブンと振った。(178cmの虫のほうだわ)と駒井優に対して怨嗟の念を吐いた。初めて本物のキスマークを見て、かなり動揺したせいで、ジワリと涙が浮かんだ。


「望月も村瀬も、友里の家に来たけど、実害はなかった、ってことね。それで、背中の怪我は大丈夫なの?やけどとか」


 思わず、高岡は友里の幸せな話を聞いていたいと思うのに、話を元に戻してしまった。友里は、背中で受けた茶器の件をすっかり忘れていて、「あっ」と言った。いたくないのなら良いと高岡は笑う。

「ふたりは応援してくれるみたいだよ」

「ふうん、そうなの」


 高岡が言った瞬間に目の端に、望月璃子もちづきりこが映って、思わず友里を、自動販売機の裏に押し込んで隠した。

「なに」

「しっ」

 友里の気配を見せないよう、高岡は黙らせる。


「あ、高岡!友里先輩しらない?教室に行ったら、あんたと出かけたって」

「しらない、とっくに分かれたわ」

「あっそ。ねえ高岡!パート練に来ないと、先輩たちにきらわれるよ!」

「出るからって言っといて」


 パタパタと望月が走り去っていく音がして、友里は自動販売機の後ろからひょっこり出てきた。

「別に隠れる必要はなかったんじゃない?」

「なぜか……あいつから隠さなきゃいけない感じがして……村瀬と──いや駒井優と同じような匂いがするのよ……」

 高岡が唸るが、友里は「?」という顔をする。高岡は友里のリボンをパパッと結び直し、望月と反対方向の教室へ帰るよう促した。友里はしかし、廊下で足踏みをして高岡を見つめる。

「ねえ高岡ちゃんのトランペットも聞いてみたいな!」

「駒井優には劣るから、いやよ」

「ええ!あはは」

 瞬時に断られて、友里は大きな口をあけて笑った。

「そういえば、日曜日は羽田先生と逢えた?」

「ええ、羽田先生と葛城先生にチョコレートを渡したら、おふたりから素敵なタブレットPCを戴いてしまって、──申し訳ないような気持ちよ」

「ええ!すごい!!持ってきた?」

「さすがに持ってこないわよ!!」

 ふたりで笑って、「今度見せてね」と言った友里に、かわいく装飾した写真を見せて高岡ははにかんだ。羽田バレエスクールで先生もやっている高岡が、動画で生徒に説明する際に使う、古いPCをスクールに持ち込んだお礼だと添えて、くださったそうだ。憧れの先生方に、さすがだわと尊敬しあう。日常のつれづれを話しているうちに予鈴が鳴ってしまって、友里は残念そうに天井を見上げた。


「じゃあ、また!」

「──昔の女の件でも、駒井優との惚気でもいいから、なんでもいいなさいよね、友里って溜め込んでヘラヘラ笑ってそうで、心配なのよ」

「はあい!ありがとう!!でも普通に、高岡ちゃんのお話もまた聞かせてね」


 友里は手を振って、教室へ帰って行った。

 高岡は手を少しだけ上げて、ポニーテールがゆれる背中を見送った。友里は高岡とだけの時間を楽しみたくて、雑談を交えたことに気付いて、うるりと涙がにじんでしまった。


 大事な友達が、恋で変化していても、根っこは変わってないのだから、そんな必要はないのに不思議なもやもやに溢れる涙を拭いて、ため息をつく。

「駒井優がもう少しちゃんとしていたら、こんなふうに思わないのかしら」

 友里が好きだという駒井優のことを、どうしても好きになれない高岡は、大事な友里が好きな人なのだから、自分も大事に思いたいのに「なぜ」と思う。


(友里のほうが、駒井優より何倍も素晴らしい人間だから)

 いつも言いかけて、口にできず、自尊心を育てなさいと優に言っているくせにと、高岡は反省した。友里が離れていくまで「まだ1年」という想いと「1年しか」という気持ちで揺れ動く。


「あ、高岡!友里先輩、やっぱりあんたといたんでしょう!?」

 望月が戻ってきて叫ぶ。どうやら行き違いで友里と一瞬逢えたが、本鈴が鳴ってしまう為にと泣く泣く戻されたようだった。

 ベッと舌を出した高岡に、望月は頬を紅潮させ、高岡の肩辺りに手を伸ばした。

「ちょっと!!」

 望月に肩を叩かれて、高岡の疑問が確信に変わった。これは嫉妬だと気付いた。

「望月璃子、友里に恋をしているの?」

 155cmの望月の首もとのリボンをシャツごと押して、10㎝大きい高岡は煽るように望月を眺めた。手を痛めるかもしれないと脳裏によぎるが、はじめて他人の胸ぐらを押しながら、問いかけていた。掴むのは勇気がいる。

「友里が好きなの?駒井優なら、別にどうでもいいんだけど、答えなさい」


「──そうよ、悪い?高岡もなの?競歩の時からずっと駒井先輩と友里先輩を引き離そうと必死だし、そうなんでしょ!?」

 望月は開き直ったように、しかし小声で言った。高岡は呆れるように、望月を見やる。


「あなたたちゲスの考えと、私の友里への想いを、一緒にしないでって何度も言わせないでよ」

「はあ?はじめてですけど!?」

「あなた、友里のことを品のない目で見てるって自覚がないの?」

 高岡はバンと望月を押して手を離すと、ボタンがいくつか飛んでしまって、縫い方が甘いわねと言った。小さな望月が廊下にへたり込むので、見下ろした。

「謝らないわよ」

 望月は理解して、胸を押さえた。ボタンを拾い集めると、高岡を見ずに呟く。

「……わかった。でも友里先輩には、いわないで」

「言うわけないでしょう?」


 丁度チャイムが鳴って、高岡は振り返らず、教室まで走った。


(なんで私が友里にわざわざ、他人の恋心を告げ口するのよ!告白くらい自分でやりなさいよ!)

 思ってから、なぜかなにも悪くない友里に対して(脇が甘い)と怒りがわいてきたので、あふれる涙を手の甲で拭いて、ハンカチを出すついでに、望月に関してなにか絶対つかんでるであろう駒井優にメッセージを送ろうと思った。が、最近は全部英語で返されるので、辞書が無いと全く分からないことを思いだし、地団駄を踏んだ。

 「部外者は、勉強をしているほうがいい」というメッセージだろうと気づいて、腹が立つし、駒井優の思惑通り英語の短文問題テストで、満点をとってしまったことにもムカついていた。


 全ての諸々を込めて、(駒井優め!!!!)と叫んだ。

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