第124話 コスメ カウンター


 友里は目についたコスメコーナーで綺麗なコーラルピンクの口紅を見つけて、試してみる。が、唇だけ丸く浮いてしまって似合わず、自分の顔に噴き出してしまう。


「口紅なんてつけるの?」

「え!?──うん、可愛かったから唇が」

 友里は、メイク落とし用のコットンで唇をごりごりと拭きながら優を見た。顎をクイと持ち上げられ、優にキスのような構図で見つめられて濃い蜂蜜色の目を見開く。

「優ちゃん、恥ずかしい」

「じっとして」

 小さく優がささやくと、赤くならないようにソッとコットンで唇を押さえられて、友里はより真っ赤になった。もっとすごいところを拭かれている時は身をよじるくらいで普通にしているのに、不思議だなと優は思った。

「真帆さんがつけてた色でしょう?優ちゃん」

「……そうかもしれない」

 優は真剣に赤くならないよう友里の唇を綺麗にしながら、しばらく考える。「友里ちゃんのシュシュの色ならおぼえていられるんだけど」と首をかしげて照れた甘え声で呟くので「ユウチャンカワイイ」と条件反射で言ってしまう。


「でも「ゆり」──じゃない、真帆って、友里ちゃんに似てるよね?」

 優の言葉に、友里は「カ!」と頭に稲妻が落ちたような気持ちになった。(あんな素敵な人に、自分が?!)という思いで、震える。

「どのあたりが?」

「骨格」

 悪気のない優の言葉に、友里はすこしだけ目眩がした。友里の眼には、大人っぽくてきらびやかで、清楚な女性に見えていたあの女性と、友里わたしが?!と思って倒れそうだったが、(骨だけなら?ありうる?)と頭に「?」マークをたくさん浮かべた。優には、なにが見えているのかと不思議に思う。

 しかも、アナウンサーだ。透き通るような声で、「優」と呼んだ声を、思い出して、うぬぬぬと唸ってしまう。


「ダイエット、続けようかな」

「どうして!?」

 きれいになるための手段を、他に知らなかった友里がそう言ってみたが、友里が思っているよりも、優が猛反対する。

「友里ちゃんはもう小さくならなくていい。この世界から友里ちゃんという物質をもう1gも減らさないで」

 友里は一度目を丸めて、「世界?」と思わず笑って優にしがみ付く。

「わたしが言うみたいな言葉だ」

「好きな人には感化されていくものでしょう?」


 優は照れたように、友里の前髪をぱさぱさと撫でた。優は友里を覗き込むが、優の胸にうずもれたままでいた。目を合わせたがっていると友里は気付いていたのに、素直になれなかった。

 友里は、(真帆さんは、優ちゃんが、わたしをあきらめようとした時期の人ってことなんだよね──そんなときに、真帆さんに感化されたんだから、ちゃんと好きだった人だ)と、思ってから、優に目線を合わせた。言葉にしなければ伝わらない。過去は変えることは出来ないから、伝わらなくていい嫉妬だ。

 優の所作を真似するように、そっと優から離れ、試供品を元へ戻すと、自分でも驚くほど美しく動作が決まる。優といることで、芽生えたものや、得たものを考えたら、きりがない。そうして、今の友里が出来上がっている。優もそうだろう。過去を含めて、すべてがあったからこそ(今、私が恋をしている優ちゃんなんだ)と思い、なにか、ストンと胸が軽く整理された気がした。



「友里ちゃんには、こっちのほうが似合うんじゃない?」

 優が桜色の口紅を渡してくるので、友里はほとんど自分の唇の色と変わらないそれを試してみた。確かに肌馴染みがよくて、パッと華やいだ気がした。気持ちを切り替えて、真帆と自分は違うと、友里は己に言い聞かせた。

「よーし、これ買ってくる」

「友里ちゃん、別にお化粧しなくても」

「でも望月ちゃんも、してたよ」


 押し問答をしていると、ビューティアドバイザーのお姉さまがそっと近づいてきて、ふたりはビクリと焦る。

「高校生!?大人っぽくなりたい感じですか?!」


 友里は綺麗なお姉さまに問われて、「!」と目を見開いて、おそるおそる縦に頷いた。あれよあれよとカウンターにすわることになり、ひえーと口に出している間に、てきぱきと不織布のエプロンをつけられ、オデコを丸出しにされた。

 優は「かわいい」と呟く。(友里ちゃんこそ綺麗なお姉さんが好きそうだな)という言葉は心の中でだけ呟いた。

 BAさんに優も勧誘されたが、麗らかな笑顔で断ると、BAさんはポッと顔を赤らめた。さすが大人の女性は、優を男性扱いしない。友里は「美しく飾ってほしいような、そのままでも充分、宝石のように光り輝いているけど手間暇を加えたらどうなってしまうのか見てみたいような怖いような」という呪詛をBAさんにつぶやいて、優に軽く引かれた。


「でもお揃いの口紅を、買うとかは?」

 お互いが似合う色は正反対だが、今日のテーマはやはり「お揃い」のようで、くすぐったくなりながら優は友里の提案に乗った。BAさんは、ふたりの肌色チェックと友里の欲しがった口紅のサンプルの用意へと一気に忙しくなりながらも、丁寧に接客してくださり、ふたりの緊張は瞬く間にほどけていった。


 結局、最初に見たコーラルピンクでも、桜色でもなく、「いちごミルクティー」を購入することにした。かわいらしく艶めいたピンク寄りのベージュだ。


 コーラルピンクも桜色も上手に取り入れる方法を教えてもらって、口紅現品と、たくさんの試供品と、メイク落としとパウダー、ビューラーなどなど……、友里のお財布から8千円ほどが消えて行った。優の為以外で、こんなに使ったのは初めてで、少し手が震えた。


「良かったら、プレゼントするよ、友里ちゃん」

「大丈夫!!一緒が嬉しいから!」

 優は初めてのコスメカウンターで、友里が幸せそうで嬉しかった。むしろ、一緒にBAさんと友里に似合う色を選べて、かなり楽しんでいた。(これも友里ちゃんの初めては全部貰う約束のうち…?)と、思ったりした。


 母の芙美花が施したお正月の着物の時の友里は、流し目気味で、カッコよかった。今回の友里は、大人というオーダーのわりに、目元がぱっちりしていて、たれ目の可愛いさが増していた。しかしこれはこれで、優はBAさんに握手を求めてしまいそうだった。大人っぽい様子は、今日の友里には必要ない。コーディネートは白いダウンジャケットに、友里が作ったボルドーのスカート、薄い同色のインナー、茶色いブーツで全体的にチョコレートカラーだ。可愛いデートコーデには、可愛いメイクが似合うに決まっていた。

 使ったチョコレートの香りがするアイシャドーパレットを、優はBAさんと共謀して、こっそりプレゼント用に頼み、友里の購入したモノの中に忍ばせてもらった。



「可愛い?」

 カウンターから立ち上がった友里は、メイクのできを、上げていた前髪の癖を気にするようにしながら、優に問いかける。

「食べちゃいたいくらい、可愛い」

 コートを羽織って帰り支度をしていた優が、こっそり耳打ちするようにかわい子ぶって言った。「ユウチャンカワイイ!!」と一回鳴いてから、ハッと冷静になり、意味を考えて真っ赤になった。

「優ちゃんって最近、恥ずかしいこと言うよね?!」

 顔を赤くして友里は、優の背中に軽く猫パンチをした。まだコスメカウンターの中で、友里が購入した諸々の入った小さな紙袋を持って後ろについてきてくれたBAさんに、暖かい笑顔で見つめられていることに気付いて、煙が出てるのではないかと思うぐらい目を剝いて真っ赤になった。



 歩きだしながら、雑踏のなかで友里は優に問いかけた。


「ねえ優ちゃん、わたし、真帆さんのことがもう少し知りたい」


 優が観念したように頷く。友里はコスメカウンターで似合わなかったコーラルピンクに、桜色を混ぜることで、自分に似合う色味になった話を交えながら、自分なりに着地して、その結論に達したことをつげた。


「だって、優ちゃん以外から聞くのは絶対に嫌だし、真帆さんのことも「今の優ちゃんを作った大切な人」だって思うから」


 やはり友里のポジティブさには、太刀打ちできないと、優は思った。しかし、自分の醜い過去の欲をさらけ出せと言われて、優は少しだけ時間を下さいとお願いした。

「いつまでも待つよ」

 友里は凛々しく微笑んで、優の腕にしがみついた。

「大好きだ」



 ::::::::::




 駒井家に帰宅して、優の部屋で、お揃いの下着姿で抱き合った。


 つつつ、と、背中に指先が這って、優はビクリと震えて、友里にしがみ付いた。下着が違うだけで、友里のようにふざけたりする気持ちも少しわかるほど恥ずかしいが、背中の弱い友里が、背中を撫でる時は優にも気持ちよくなってほしい時だと知っていて、期待にゾクリとしてしまう。

 友里が、とっくに準備の出来ているそこに、下着越しに指を伸ばす。

「早かった?もっとちゃんとしようか?」

 ふるふると優が首を振る。友里は聞いておいて、まったくやめる気のない動きで赤い顔で瞳を強くとじる優を、見つめながら続けた。一秒も逃したくないような目線に優は羞恥で震える。


「!……っ」

 いつもよりも高くて、ちいさな声を上げて、腰をくねらせる優に、友里はあまりにも満足してしまって、何度も同じところを攻める。優はすっかり元々の赤いグラデーションカラーの唇に戻っていたが、唇を合わせると、赤く色づいたいちごミルクティー色の唇になった。興奮が段違いで、友里はくらりとして無意識に声が出た。

「優ちゃん、ここが大好きなんだね、ねえずっと我慢していたから、止まらない。ねえ、なにかお話しして、声をもっと聴かせて」

「は…っ… 意地悪だな、友里ちゃんは…っ…」

「だって、わたしがしたことでこんなになっちゃうなんて──たべちゃいたいくらいかわいいんだもん」


 しながら、友里が耳をなめると、優はびくりと震える。頬を合わせると、優の長いまつげが頬に当たって心地よく、友里はいつもぴったりと顔を付ける。呼吸が荒っぽく、興奮しつつも、仕草だけは柔らかい友里は、震える優に言葉をかける。


「大好き、優ちゃん」


「友里ちゃん…」

 ふわりと、優がうっすらと瞳を開くと、涙にぬれる黒い瞳が輝く。額に玉の汗をかいている優が、花が開くように微笑み、友里は嬉しくなる。瞼にキスをした。

「大好き」

「っ……!」


 友里が囁くと、優の呼気が荒くなる。


 耳に唇を当て「大好き」を繰り返す友里は、優の中にある指を動かしながら、ふやけているのか、自分が溶けて行っているのか、よくわからなくなった。


「大好き、優ちゃんが、一番。誰よりも大好きよ」


「あ…!…」


 控えめな優の喘ぎ声が一瞬だけ大きくなって、脱力するので、友里はあまりにもかわいいかわいい恋人の頬にキスをして、我慢しきれなくて何度も唇にキスをした。


「友里…」

 せっかくの余韻を、無遠慮なキスのせいで楽しめないのか、ぼうっとしている様子も美しい優が、うわごとのような声で友里の名前を呼んで、唇を制止するので、友里は、へらっと笑った。「ゆり」と呼ぶ声より、色が濃い気がした。

「もう…」

 (昼間の恥じらいはどこへ)と呆れたような、それでも桃色の顔色は穏やかで愛しさに満ち溢れていて、友里は感動してしまう。優の耳に口紅の名残がついていて、照れつつも指先で拭った。友里の首の後ろに優の手が回されて、恋人のキスをした。

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