第119話 いろんなきもち


 駒井優の兄が帰って来て、望月と村瀬を送ってもらうよう、優が頼むが、村瀬の友達に来てもらうからとふたりは断り、黙ったまま駒井優と荒井友里の住む区画から、駅へ向かって歩き出した。


「結局、告れなかった?璃子は」

「お膳立てしてくれたのにごめん」


 それだけ言って、田舎の暗闇を歩く。21時だというのに、ひとっこひとりいない。

「けっこう田舎だよな、こっち」

「でもアスファルトあるし、都会だよ」

「璃子んちの周り、まだ土の農道だしな」

「うっさい……ってまたひどい口調になっちゃう、ごめん、送ってもらうのはマジで感謝してる、17時でバスないし」


 村瀬の軽い口調にはバッサリと切り捨てるのが正解と知っている望月璃子は、他の友人には絶対にしないような口調で、なにを言われても平気な顔で村瀬にひどい事を言ってしまうことに、たまに正気になる。「こういうアレがわたしの宿命なんでね」と村瀬は言っているが、片思いの相手の友里にぐらいは、優しくされるようにしてみたらどうかと思っていた。


「友里先輩に、変なこと言わなければ、もっとやさしくしてもらえるんじゃない?」

「璃子みたいに猫をかぶれって?」

 望月は、高岡や吹奏楽部では、どちらかというと姉御肌だったし、あっさり言うタイプだ。友里の前では、完全に借りてきた子猫のようになっている。友里のことを、望月自身も戸惑う程、すごくカッコいいと思っているようだった。


「そいや、璃子ってネコなの?」

「はあ!?!」

「え、タチ?!」

「そんなのしらないよ。同性愛者だからってどっちかなんて知ってるの、そういうことをする相手ができてからじゃないの!?」


 プンと怒って横を向くと、望月は村瀬の脇腹を殴った。

「他の人にも、そういう質問しないほうがいいからね」

「璃子は言いやすいから、言ってるだけだよ。私って結構、空気読むんだから!」


 ふたりは、村瀬の友人が待つ駅までの道をひたすらに歩く。


「友里さん──駒井さんと別れなくても、一回くらいシタいなあ、してくれないかな」

「村瀬はどうしても、下ネタの話題をしたいわけね?」

「そうだよ!!したいしたい!!シモい話がしたい!!しかも同じ相手に片思いしてる友達なんて、はじめてだし!!駒井さんに、どろっどろにされてる友里さんとか、想像していこうぜ」


「はああ???さいってい!!」


 けたけたを笑う村瀬に、殺意のこもった蹴りをして、望月は村瀬に聞き返す。

「友里先輩のこと、大事にできないの!?そういう妄想とか、したら失礼だ。きっとそういうの嫌がる!村瀬だって、付き合ってる時に友里先輩が他の人としたらとか、いやでしょ!」

「じゃあ璃子は、付き合った先の想像とかしないのかよ」


 望月は言われて、きょろきょろと辺りを見回した。聞かれるわけもないのに、友里の恋人の駒井優に聞かれていたらどうしようと、心臓がドキドキと不穏に震えた。


「………美術館、行ったり…」

 緊張のピークのなか、望月が絞り出したデートプランに、村瀬が噴き出す。

「なんだよ!!小学生か!?ノって来いよ!!!体の接触の話しろ!!」

「手………手、つなぎたい」

望月は内緒話をするときのように小さな声で言って、手をぐーぱーする。


「つないだじゃん、バイト帰りの友里さんとちゃっかり!」

「ああ云うのじゃなくて…もっと想いが…通じ合ってるやつみたいなやつ…」

 もごもごと、真っ赤な顔で言うと、村瀬が望月の小さな肩を抱いた。望月はその位のスキンシップなら、もう慣れてはいるが、友里とのアレコレを妄想して、望月に耳打ちしてくる村瀬の脇腹を殴った。村瀬は、むせながら、望月に憐れむような声でいう。


「…手が使えないのに、満足させるの大変だぞ」

「そういうんじゃない!!!」


 街灯が増えてきて、駅前に近づいてきた。

「駒井先輩が言ってた、友里先輩かわいい同盟ってさあ」

 望月が、村瀬に相談する声で言う。

「友里先輩も言ってたけど、かわいいとこ言い合うだけっぽいんだよね、同意し合うっていうか、駒井先輩はズルいよ、もう付き合ってて、自分だけ友里先輩を小さい頃からなんでも知ってて、独占してるのに、かわいいとこを競い合うなんて!」


 友里と優の時間を羨ましく思っただけの璃子だったが、村瀬にニコリとほほ笑まれて疑問の顔を向けた。


「璃子、そういう気持ちがあるんだ?」

「え?」

「ふたりが仲良くしてるだけで充分なのかと思ってた」


 確かにそうなのだが、何か違うのだろうかと首をかしげる。


「気付いてないの?まじで友里さんを、欲しがってんだよ、璃子は」



 いつも村瀬の言葉に、自分が思っていることの意味を教えられる望月は、ドクンと心臓が跳ねた。村瀬のような欲は無いと思っていたのに、「私と璃子は、同じ立場なのに、ずるいよな」と言われてドキドキと心臓が早鐘を打つ。


「駒井さんから友里さんの可愛いとこ聞けてラッキー!ぐらいの気持ちかと思ってた。私には、教えてくれないからね?あの人……って璃子?!」


 ぼろぼろと望月の両眼から、涙が頬を伝って落ちた。泣いてしまったことに、戸惑いながら涙を手の甲で押さえたが、それが呼び水となってさらに号泣してしまう。

「え、やだ…なんで」

「ああ、ごめん、泣かないように、バカな話してたのに」

「…うそ、村瀬、そういう気の遣い方するの」


 村瀬は望月の涙の理由をすべて分かったうえで、「友達のハグだからな」と言って、望月を胸に抱いた。胸が硬くて、望月は遠慮なく身を預けることができた。ワンワンとしばらく、声を上げて泣いた。


「フラれるってわかってて頑張ったらそりゃ、泣くぐらいするよな。ごめん、やっぱ最初に泣かせてあげればよかった」


 村瀬の気のいい友達が、望月の自宅まで2時間の農道を駆け抜けるために、4WDで来てくれた時も、望月の涙は止まることが無く、結局村瀬まで泣いてしまって、気のイイ村瀬の友達たちも、口々に失恋の話を持ち出して、みんなで泣いた。



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