第122話 バレンタイン


 

 深夜、友里はベッドで目を覚ました。先ほどまで着ていたデート用の服がきれいにたたまれていた。友里の部屋に置いてあった部屋着に着替えた美しい優を見つめた。


「友里ちゃん、おきた?大丈夫?」

「0時すぎてるう……ハッピーバレンタイン!!優ちゃんは、元気で美しい」

 ぼんやりしてむにゃむにゃと喋る友里の髪を、優が撫でる。

「……ごめん、わたしが一方的に友里ちゃんを食べたせいで」

「食べ……」

 さきほどまでのアレコレを思い出して、友里はカッと目が覚める。濡れタオルでなんでもないことのように友里の体を拭くので、友里はくすぐったいと身をよじった。友里の部屋の折り畳み机を出して、お水も用意している。友里の体に触れないと悩んでいた人が、嘘みたいだと、意地悪な気持ちになる。


「優ちゃんなんにもなかったみたい」

「イイコト、なんだもんね……?」

「うっ。そ、そうよ……」


 友里は、自分が言った言葉に首を絞められた。初めてをあげるとか、イイコトだとか、──優のわだかまりを徐々に取り去っていたのは自分だと気づいた。

 この、情事が済んだ後の時間をどういう気持ちで過ごしたらいいのか、極限まで甘やかしてくれる淑女な優に甘え倒したほうがいいのか、どっしりと構えていた方がいいのか、毎回照れて悩む。今日に限っては妙に腰が重くて(これが…うわさの!)と、うむむと唸った。

「お世話したい気持ちになるから、なんでもないとは思ってないよ、ごめんね、痛かった?」

「ぜんぜんぜんぜん!!初めてなのに、ヤバいかな?」

 友里に言われてようやく陶器のように澄んだ肌を赤らめて、優はふわりとほほ笑んだ後、照れて額辺りをおさえた。

 友里は下着もつけず、大き目のTシャツと短パンをササッと着たあと、重だるい体で、またベッドにごろりと横たわって、鎖骨から胸へ手を滑らせた。優から貰ったネックレスは、いつの間にかきれいに箱の中へ戻っていた。再度うとうとするが、優に話しかける。


「ほんとは、もういっこプレゼントあったの」

 友里は言葉を選んで、少し遠巻きな語彙を探すが、やはり思いつかないようで、優に「ごめんね、重いかも」と添えてから言った。


「胸、さわるの好きだよね?」

「……友里ちゃんの体、だからだよ?」

 怪訝な顔で優は言う。友里は茉莉花と通話する機会にも、毎日のストレッチにも、バレエの為と言っていたが、綺麗なバストラインになるための努力をしていたことを打ち明けた。


「……その……──どう?優ちゃん的に」


 真っ赤な顔で、胸を育てていたことを発表され、優はなんと言ったらいいのか、言葉に詰まる。

「自分の為でもあるからね!?自分が、キレイでいたいから」


 「どう?」とは本気で意味が分からず、優は困ってすべての動作が止まってしまう。どきどきと、優の心臓が昂って、しかし友里の自尊心を育てたいと、思っていたため、頑張って口を開く。


「全体のフォルムが小さく美しくなった」

「……うん…うん、小さくなったか…」

 友里の反応が薄く、見た目の話だけではないのかもしれないと気づき、優は咳払いをした。優がどう感じているかを欲しがっているのかと、意を決した。

「充分大きいよ、形もいいし、アンダーが細く、脇の肉が無くなったせいか、いままでより手のおさまりも、吸い付くようだしバランスがいい」

 優は、思い付く限り、友里の成果を褒める。思わず熱がこもって、ろくろを回しているような手の動きになってしまう。

「肌も綺麗で、ごほ……あの、その──先も、綺麗な色で」

「!もう、もういいです、優ちゃん!!」


 むせながら、優はここ最近で一番恥ずかしいという顔をして、じわじわと照れてから顔を覆った。友里が今気づいたように、「淑女になんて発言をさせて!ごめんなさい」と優を胸に抱きしめた。必死に褒めたたえたふわふわな部分に、顔をうずめさせられて、優は余計に恥ずかしい気がした。


「このプレゼントは…また優ちゃんの誕生日まで持ち越しとします…!」

 ベッドに横たわって、優を胸に抱いた友里は、寝言のようにむにゃむにゃと宣言した。寝言だったと気づいて、優は友里の髪をなでる。

「友里ちゃん、だから、もう充分だよ。体壊しちゃうからここまでにして…今日はもう眠って」

 友里の胸にいるせいで、ベッドから足が出てしまっている長身の優は、9月の優の誕生日まで、ダイエットを続けられたらペラペラの友里になってしまうと、少し体を起こして、頬杖をついてベッドに寝そべりながら、友里の髪を撫でて言った。

「今の友里ちゃんが、一番好きだよ」

 本当は抱き心地で言えば、少し前の友里が好きだったが、努力を否定されるのはキツイだろうから黙る。逆にまるまると太ったら、自分だけが愛せるのではないかと一瞬思ってしまった。危ない。きちんと本心を言おうと思い、謝る。

「ごめん、ほんとうは、ぷにぷにしてるほうが、好き」

「……!」

 横になっていた友里は上を向くと、ふにゃっとほほ笑んで、一瞬寝落ちながら、優の腕に頬を寄せた。

「じゃあダイエット解禁していいかな?リミッター解除!」

「うん、おつかれさま」

 やったー!と友里は天井に向かって万歳をして、優に抱き着くそぶりを見せたが、むにゃむにゃと夢の中、友里はもう目をつぶってしまっている。


「ねえ優ちゃん、ちょっと休んだら、今日こそ、あのおもちゃとか使っちゃう?」

 友里に茉莉花に送られた秘密の小箱の存在を、フフと微笑みながら寝言の声で言われて、優は噴きだしそうになった。友里は、きっと始まったとたんに寝てしまうことだろう。


「ダメだよ友里ちゃん、明日はデートでしょう?もう休まないと」

 お母さんのように注意して、お布団をかけてみる。


「デートはもう!はじまっているんです!!」


 むにゃむにゃとした寝言のくせに、ちゃんと喋る友里の勢いに圧倒されそうになりながら、優はもうだめだと肩を震わせてお腹を押さえた。笑いすぎだと友里に怒られたが、止めることができなかった。


 優が笑い終わると、友里はすっかり眠っていて、(やっぱりね)と優は友里の髪を撫でた。



 :::::::::::



 バレンタイン当日。


 優は5時にランニングをして帰宅後、寝坊の友里に引きずられて、しばし二度寝したりしつつ、お揃いの格好を身に着けて、デートの準備をした。友里は優からのネックレスを付け、にへらとほほ笑む。

「優ちゃん、下着お似合い!!白い肌に薄鈍色の光沢が溶けてシックな装い」

「……あんまり見ないで……」

 という、小一時間を過ごしたりはしたが、ショッピングモールへ無事に着いた。

 友里は夜半のことをあまり覚えていなくて、優はまたお腹を抱えて笑った。



「バレンタイン特別企画、四つ葉のクローバーを探せ!」


 2月の寒空の企画と思えないモノが、駐車場の片隅の園芸コーナーで行われていた。友里がやりたがったので、他の家族連れやカップルに交じって、四つ葉を探す。優は、こういうバグを探すのが得意だ。一瞬で見つかってしまったが、友里が、何度も同じような場所を探すので、残りの時間はそれを見て楽しんだ。

「あった!」

 友里がみつけたタイミングで、自分もみつけたように優は言う。

 急速乾燥した四つ葉を樹脂のなかに流し込んで硬化してキーホルダーにすると、お揃い感が強まって、思っていたより嬉しかった。

「贈り合うと「幸福」という意味になりますので是非!」

 店員さんが声をかけるが、友里が見つけた物のほうがご利益がありそうなので優は遠慮しようとしたが、友里が満面の笑みで差し出してくるので、甘んじた。

 同じものに見えても、まったく違う四つ葉のクローバーに、友里は優の幸福を祈って、微笑んで胸に抱いた。

「優ちゃんにたくさんの幸せがありますように!」

「友里ちゃんの未来が、幸せで溢れますように」


 それを見ていた店員さんが「カップルが贈り合うと、"あなたのもの"って意味にもなりますね!」と付け加えてきて、友里はきっと花言葉にも詳しいであろう優をみた。優が困ったように顔を赤くしてサッと目をそらした。友里は花言葉を知っていて交換した優に気付き、あまりの可愛さに、背中にしがみ付いてしまった。


 ふたりでモールの中の混み合ったオムライス専門店に入った。20分ほど待ったが、その間に注文もできて、すぐに席について、店員さんを待たすことなく注文が通った。ダイエット解禁を祝って、高さ14cmほどあるオムレツが乗った、ホワイトソースのオムライスが友里の前にドンと置かれた。優はプレーンオムレツをオーダーしたが、友里と同じくふわふわと背の高いオムレツが来てしまい、驚く。オーダーミスに気付いた店員さんに「そのままどうぞ」といわれ、ふたりで諸々試しながら食べた。


「楽しいね!」


 友里が満面の笑みで言うので、優もニコリとほほ笑んで頷いた。今日はコートも、四つ葉のクローバーのキーホルダーも、食べた物も下着も一緒だ。お揃いは、思っているよりも浮かれてしまい、優は向かい合った友里の濃い蜂蜜色の瞳を見つめて、この時が永遠に続けばいいなと、思ってしまった。


 あまりにも幸せだと、いつか、なにかが起こって急に別れてしまうかもしれない。そんな不安が付きまとう。


 優がぼうっと見つめるので、友里は自分だと思わず、背面方向を見た。壁紙のドットが小さなオムレツになっていることに気付いて、優にそれを告げて、ふたりで可愛がる。写真まで撮ってしまった。ついでのように友里が笑顔の優の写真も撮るので、優が「どうして」と笑った。優も、友里の写真をこっそり撮った。


 となりの席についた女子が、優を見て「わ♡」と歓声を上げて、友里が先にハッとした顔をした。優は存在にすら気付かないようで、友里の瞳を見つめたままだ。優を美しく感じるのは自分だけではないと、今更ながらに思いしって、友里は大口を開けて笑うのをやめ、優のようにしゃんと背筋を伸ばし、身なりを正した。


「……」

「…友里ちゃん、ご飯食べたら…」

「うん、──じゃない、はい」

「…映画だったね」

「あ!そうね、ボーリングもいかなきゃ」


 すぐにはしゃいでしまって、友里は反省する。見つめ合う。見つめ合って、優の長い指を一度見て、友里は昨夜のことを思い出し、カッと頬を赤らめて優をじっと見た。


「…あ、ごめんね、友里ちゃん。せっかくのデートでボーっとして」

「ううんううん、いいの。だって…昨日?わたしよりずっと遅く寝たんでしょう?」

「ああ…うん、寝不足」

「こういうのも恋人ぽくない?」

「……!」


 赤い顔で、優を欲しがるように友里から恋人繋ぎをした。友里の台詞を、まったく予想していなかった優は、ノックアウトされた。なにもかも、ポジティブにしてしまう友里の笑顔を見て、悪いように気にしているのは自分だけのようだと思った。優はあきらめたように深いため息混じりに呟いた。


「友里ちゃんには敵わない」

「優ちゃん大好き!」


 間髪をいれず、友里が手を広げて叫ぶので、辺りの客に注目されて友里はそっと手を下ろした。友里は本当は少しだけ眠い顔をしている。また寝言なのだろうかと思って優は苦笑した。

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