第114話 部外者
金曜日、友里の教室に来た高岡は、友里が、大勢の女子に囲まれているのを見た。
「高岡ちゃん!」
友里がぴょんと跳ねて手を振るので、高岡はホッとして友里に駆け寄ったが、急に恥ずかしくなって、友里への友チョコを慌てて背中に隠した。それを岸部に見つかって、スッと奪われた。
「あっ」
「『友里へ これからもよろしくね』だって、かわいいじゃん。こいつとは仲直りしたんだな?ほらな、みんな今日渡すんだって!」
岸部が思いやりのない行動で高岡を可愛がってくるので、高岡はカルチャーショックに言葉を失ってしまう。その言葉を聞いて友里が頭を抱えた。
日曜日にバレンタインがやってくる。学生が友チョコを渡すなら金曜日しかないことを失念していたようだ。
「わたし、てっきり学校でしか会えない人たちには、月曜日渡しかと思ってた。ありがとう!岸部ちゃん、ちゃんと高岡ちゃんからもらうよ!」
金髪の岸部にニシシと笑いながら両手に戻されて、高岡はジト目で岸部をにらんだ。友里のもとへスイと躍り出て、高岡は両手を出して待ち構えている友里に、そっと差し出した。
「再会できてうれしいわ」
「わたしも!」
友里は鞄から板チョコを返した。材料を様々なお店で少しずつ購入したものを持っていたようだ。よく知ったメーカーの赤い箱に苦笑する。
「でもプロの手なので!絶対美味しいから!」
「あたしらも板チョコもらったぜ、オソロだな」
「板チョコのほうが、好きまである」
高岡は岸部と乾の言葉に噴き出して、板チョコを受けとる。
「じゃあ、明日これをもって友里の家に行けば、なにかしら、美味しいお菓子に変更してくれるチケットってこと?」
高岡が冗談を言うと、友里の表情がパッと華やぐので、慌てて友里の家にお邪魔するような不作法はしないと告げる。友里が駒井優への贈り物を作ると、わかっているからだ。
「友里先輩!私、一緒に作りたいです~」
「わたしも!友里さん」
「村瀬はわかるけど、あなたはなに?」
ふたりがわあっと友里に覆いかぶさる勢いで言ってくるので、高岡が友里の前に躍り出て話しかけた。168cm長身の村瀬詠美と、155cmほどの望月璃子が、高岡に向き直る。
「…トランペットの高岡、わからないの?」
「クラリネットの
望月璃子は、一瞬ひるんで、自分のふたつ結びにした髪の毛先をそっと掴んだ。
「最近知り合って、優ちゃんかわいい同盟になったんだよ」
友里がとことこと無防備に3人の1年生のところへ来るので、高岡はムッとして、友里を岸部と乾のところへ戻した。ロータリーでの話し合いが、いかされていない。
「昨日の深夜、たまたま清掃バイトの帰りに逢ってね、連絡先交換したよ。昨日の今日でチョコをくれるなんて律儀だよね」
友里の発言に、高岡は怪訝な顔をする。
「友里の清掃バイト、0時に終わるのよね?たまたま?あんな僻地に?駒井優はなにをしてるの?」
「優ちゃんとはいつもの公園で合流したよ」
言っておいて高岡は(駒井優は毎週お迎えに出てくるの?コワ…早寝早起きって設定なんでしょあの人…)という顔をした。
「私がつれ回しててね、友里さんのバ先この辺だね~なんて、ちょっとだけお話ししたんだよ」
村瀬が小さな望月の肩をそっと抱いた。望月は高岡ににこりと微笑んだ。
「ふうん…望月璃子って村瀬と遊び歩くタイプだったんだ」と高岡は、ふたりをまじまじと見る。望月は高岡の無遠慮な視線にはものともせず、再度、土曜日のチョコレートづくりへの参加を友里にお願いする。乾が、引き友里の肩を押して、くるりと廊下から一歩、教室の中へ入らせた。
「友達になりたいだけなんですけど」
「あーわかったわかった。村瀬な、まずはあたしが対応してやっから。ほら何して遊ぶ?友里は教室入ってろよ。あたしらが話つけっから」
岸部がそういいながら、友里の肩に手を添えて、教室へ入ろうとした刹那。高岡は、友里の手首をつかむと、「授業までには返します」と駆け出してした。
残された4人は、友里と高岡の背中が廊下の端に消えていくのを眺めていた。乾がその様子に、一応駒井優へメッセージを送ると、優からすぐに高岡なら大丈夫と送られてきて、ため息をついて、後頭部の髪をくしゃりとした。
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「友里、なにしてんの?望月はどうして?」
階段の踊り場で、友里は高岡に早口で言われて、優ちゃんかわいい同盟の一員だと説明をする。恋敵に塩を送るようなやり方だと高岡に説明されて、友里はようやくハッとした。推し心だとばかり思っていたので、同じ気持ちで優にプレゼントを贈れたら嬉しいという位置にいたらしい。
「あなたね、駒井優が、推しと同じ気持ちで恋人からチョコレート貰って喜ぶタイプに見えているの?どちらかと言えば、『友里ちゃんとふたりきりだったら、プレゼントもいらないよ』みたいな、砂糖多めの歯の浮くような状況を好む乙女なヤツでしょう!?一番友里がわかってるはずなんですけど!?」
「高岡ちゃん、優ちゃんの物まね上手」
「友里からさんざん一方的にきかされてれば、そりゃあね」
高岡はいかにも誇らしげに胸を広げたが、刹那、頭を押さえて、ふうううと、怒りで膨張する涙腺を落ち着かせるために息を吐き出した。
「私はなぜ駒井優の物まねが上手に!?」
「驚くと泣いちゃう癖、なかなかおさまらないね」
「だれのせいだと」
友里と出会ってから、情緒がこわれっぱなしであることを告げると、友里が顔の前で小さく柏手を打って謝罪してくるので、高岡は、パタパタと顔の前を手で仰ぐ。気持ちが落ち着いて行くのを感じた。
「でも友里の事だから手作りチョコ以外に、駒井優には、別の贈り物するんでしょ」
「うん!昨日届いた」
「そう…。ねえ、望月とは距離を置いたほうがいいわ、村瀬の手のモノかもしれない。友里は村瀬、望月は駒井と狙いを定めた協力関係かもしれないわ」
陰謀論の匂いに、友里が目を輝かせるので、渦中の栗というか、獅子身中の虫というか…とにかく、友里が火種を身の内に入れようとしていることを伝えると、友里もようやく気付いたようだった。
「いままで友里を通して、近づこうとするやつがいなかったわけ?それらの対処法と同じで…」
そこまで聞いて、友里は優に紹介しろと言ってきた人への断りの文言を思い出そうとして、思い出すどころか、一度もそんな悩みを抱えたことがないのとに気付いた。
「う…そっ」
高岡はつまり、優にとっての友里が、利用されたら逆らえないような相手であると誰かに知られるようなヘマを、駒井優がしてこなかったと気づいて、思わず声を上げた。ゾクリとした。
「でも女子には良く怒られるよ…お前はいつも優ちゃんのそばにいるんだから、譲れよとか?」
「それだけ?」
あれほど、女の子達にいじめられたし、友里だって同じような目に合ってるはず!と駒井優に言い放ってきた高岡だ。この数か月でも優しい猫なで声で近づいてきて最終的には「駒井優に紹介しろ」と本性を現すタイプの女子に何人にも逢っていた。友里も、優が淑女であると言い放ったり、自分が幼馴染だと色んな人に言っているのに…。
「どういう手を使ったら、そういうことができるの…?」
高岡は、冷えた体を抱きしめる。2月とは言え、制服だけでは寒すぎた。
「ま、まあでも、望月が友里の懐に入って、駒井優に取り入ろうとしているのは、目で見てわかるわよね、取りこぼしもあるのだわ」
「わたしから仲良くしよ!!って連絡先渡したよ」
「……だめじゃない、友里」
不覚にも、駒井優は友里に対して本当にキチンとセーフティネットを張っているのだなと尊敬してしまった。
友里から出る分には存分に楽しめるようになっていて、恐れ入った。
「わたしから言っても、優ちゃんには届かないと思っているのかな?かっこいいんじゃなくて、かわいいじゃないと認められないもの」
「なるほどだわ…、駒井優のセーフティネットは、かわいいには対応してないのね。友里の駒井優あいうえお作文とかドン引きだから、心配してなかったのかも」
高岡は踊り場の壁に体を預けて、友里を見つめた。友里がにっこりとほほ笑み返してくるので、望月が本心から、友里と友達になりたいと思っているのなら、良いのにと思った。友里は単純で、駒井優のことしか考えてないが、高岡にとっては駒井優よりよほど魅力のある女子だ。利用して、駒井優と近づこうとしているのなら、許せないと思った。(村瀬は友里を下衆の目で見ているので、友達になりたいという気持ちはみとめられないけど)そこまで考えて、これでは駒井優と一緒になってしまうと思い、ポンポンと露わになっている額を叩いて、その思考は追い出した。
2・3時間目の間の長い休み時間に2年生の教室に、ドキドキしながら訪れていたことに、予鈴を聞いて思い出した。
「友里に逢いに来るといつも思いがけないことが起こって、忙しいわ」
そういいながら、困ってもいないような顔で、慌てて友里を2年生の教室へ送り届け、1年生の教室へ走って帰っていく。
渡り廊下を渡って別校舎なので、授業に間に合うといいなと、友里は高岡の背中に手を振った。
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教室へ戻ると高岡は、あと3分のことろで駒井優へインスタントメッセージを送った。
【日曜日はちゃんと、友里と約束してるんでしょうね?】
【Yes,ma'am.】
スッと優から返信が来て、高岡はイラつく。
【ムカつくから金輪際英語つかわないで。土曜日、友里の家にあなた狙いの女子が来るかもよ。あなたも行くの?というか、望月って女が村瀬と手を組んでいるのは知ってるの?】
【高岡ちゃん。ありがとう。授業始まるからスマホしまって】
優のメッセージと同時にチャイムが鳴って、高岡は、優の時間の正確さにイラつきながら、スマートフォンをカバンに押しいれた。
(なんなのよ、駒井優!!)
やはり部外者な気がして、高岡は涙がうるりとしてしまう。優が友里をつれて6年も地元を離れる話は、まだ返事を貰っていない。
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