第113話 同盟


「お疲れさまでーす」


 清掃のバイトを終わらせて、真っ暗なお風呂屋さんから、友里が出てきた。2月の空気は、キンと乾燥していて、どんなに寒くても息が白くならないのが不思議だ。

 友里は白いジャージ姿で、すらりと赤いフレームの自転車にまたがった。


「先輩!」

「わあ!びっくりした!?」


 物陰から出てきたのは、吹奏楽部の望月璃子だった。


「こんな遅くに、こんな僻地にどしたの?お風呂屋さん、今日は定休日だよ」

 友里はからからと自転車を鳴らして、降りて引くと望月へ近付いた。望月の肩を触ると冷えきっていたので、持っていたカイロを望月に渡すと、望月はそのカイロを使わずカバンへしまうので、以前優が、”あけたてのカイロは寒い”と言っていたことを思い出して、時間は経っているが、ジャージのポケットに入っていたあたたかなホッカイロを渡すと、望月はふわりとほほ笑んでくれた。


「友里さんがバイトしてるって聞いて、私が璃子を連れて来たの」

 聞き覚えのあるかすれた甘い声がして、友里がそちらを向くと、村瀬が望月の肩を抱いた。友里は、ぽかんとした顔で村瀬を見上げてしまう。どうしてその組み合わせが出来たのか、まったく見当がつかなかったが、友里は低い声で唸った。

「女の子をつれ回しちゃダメだよ、こんな遅くに」

 無言解禁に村瀬がニコニコとほほ笑むので、友里はハッとして、口を噤んだ。

「友里先輩、村瀬は悪いやつじゃないんです、ちょっと誤解なさってるんじゃないかなと思って、私、説明しようと思って」


 望月が突然、村瀬との懸け橋を友里にかけようとするので、友里は驚く。吹奏楽部で唯一の、「優ちゃんかわいいの理解者」だと思っていた分、ほんのりと傷ついた。


 望月は、村瀬が友里と話をしたいと悩んでいたところを親身になってくれたというが、友里は深夜に連れて回る村瀬に対して、やはり、人様の小さな子犬を連れまわす悪い人を見るような、疑惑の心を向けてしまう。


「でも友里先輩!かわいい!と盛り上がるのなら、深夜のほうがテンション上がりませんか!?」


 望月に言われて、友里はハッとした。確かに深夜のテンションはいつでもたのしく、不思議な高揚感に包まれている。思わず、友里は肯定の意味で「確かに」と言いながら、望月の腕を掴んでしまう。望月がビクリとしたので、自分のスキンシップの多さに、友里は反省した。


「あ!いいんです、あんまり慣れてなくて…すみません、大丈夫なので」


 望月はそういうと、友里の手を掴んだ。仲直りの握手のつもりだろうか、そのままつないで歩きだす望月が、暗闇を恐れているのかと思った。片手に自転車、片手に望月と言う状態で、清掃バイト先のお風呂屋さんから、村瀬と望月に促されて、ふたりが駅に人を待たせているというので、そちらへ向かっていく。

 深夜に盛り上がりたいのに、友里の連絡先も知らないという望月に、友里はアドレス交換を持ち出した。さすがに、待ち合わせもせず深夜に逢いに来るのはテンションが上がりすぎだわと、かわいい恋人の事を思い出しながら、友里は望月に言った。

「今度から、こっちに連絡してね。危ないことはしないで」

「はい……あ、でも」

 村瀬に関して、真実、望月は、友里と仲良くなりたい一心の望月のサポートのために、バイトの帰りに付き添ってくれたと何度も言う。


「そうだよ、仲良くなった璃子が、友里さんに逢いたいっていうから深夜に駆けだす私…どう?ちょっとはいいとこあるなって思い始めました?」


 友里は、どちらかというとやはりまだ怖いけれど、後輩という体ならば、村瀬の事も普通に対応しても、いいのではないかと思ってしまう程、望月が熱心に村瀬の良いところを伝えてくる。


「友里さん、私も連絡先交換して!!」


 しかし村瀬のそれには、絶対に応じなかった。自宅に戻る区画前で、村瀬と望月は友里に手を振って別れた。


 ::::::::


「ってことがあってね」

 深夜の公園で待っていた優に、先ほどの数分の出来事を話す。寒いので、家に帰るために歩き出した。村瀬を悪人だと思う気持ちが、共通の話題を繰り返すことで少しずつ消えていることを告げると、単純接触効果の話を優がするが、友里にはあまり届かなかった。


「友里ちゃんは、わたしを可愛いという人に、心をすぐに開きすぎではないかな…?」


 優は日ごろから思っている不安を、思わず口にした。


「望月ちゃんのこと?もしも優ちゃんを好きって言ったらちゃんと戦うよ」


 優は友里の発言に思わず顔を赤らめてしまうが、村瀬と一緒にいる望月の考えが、測りかねることを友里に伝える。

「でも見て」

 そう言って友里は、自分のスマートフォンを暗闇に飾る。すこし光が強いので、画面を自動的に暗くした。


【走っている時になびく髪が美しくて、乱れた部分を直す仕草がかわいい】

【お友達のために持ってきたプリントを、お友達が他の人と話している会話が終わるまでじっと待っているところがかわいい】

【傘を正しく持っている姿が、美しくて好きです】


 ”優かわいい同盟学校”と書かれたトーク画面、望月からのメッセーを見せると、友里は優の顔を覗き込んで満面の笑みで微笑んだ。

「ね?」

 同意を促されても、優には何の意味か全く分からない。


「かわいくない!?全部、優ちゃんの事だよ!?」

 優は、地平線の向こう側まで心が離れそうになりながら、首をかしげた。友里のやりたいことがよくわかっていないので、眠いからだろうかと目をこする。


「これがもしも、友里ちゃんを褒める言葉だったら、わたしは全部可愛いねって言うよ」


 優がそういうと、友里はポッと頬を染めた。

「なにを言うの優ちゃん」

「だって友里ちゃんはどんな時も傘をちゃんと立ててもつし、お友達の会話に割って入らないし、ポニーテールを良く結びなおしているし」


 友里は、優の淑女仕草をこっそりと自分の中に取り込んで、優と一緒にいるような感覚を得ていたことが、優に直接的な理由はわかってないにしろ、バレていたことに、赤面する。友里は言い訳を繰り広げようとして、言葉にならず手を騒がしく動かしていたが、優が真剣な、謎解きの名探偵のような顔で、冷静さを保ちたいと思いながら顎に指先を添えたので、そっと持っていた自転車のハンドルに手を戻した。


「やっぱり、友里ちゃんの事を言っている気がする」


 優の真剣な瞳が、友里のスマートフォンを見つめている。友里は片腕で、優の腰をそっと抱きしめた。

「優ちゃん、かわいい……」

「なんでその結論になるの?」


 友里に抱きつかれて、嬉しく思いつつも、呆れた優の声が、満天の星空に響いた。


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