第116話 勉強会


 友里の母の後ろにいた望月と村瀬に、友里は大きな声で「友達じゃあないんだよ!」と言い切った。母親を家の中に押しいれ、玄関を閉じ、玄関先で2人に向き合った。

 友里は、怯えた子犬のように震える望月に気を遣っている暇もなく、闘志に燃えていた。頭の中の高岡が、「ガンと跳ねのけなさい!!」と騒いでいる。友里の家に来たことを「宣戦布告」と受け入れていた。優のためにも、望月の事を必ず打ち破らねばと思った。


(そして、さっきの続きをするんだ…!)


 友里は俗物的だった。


(受けて立つぜ、望月ちゃん!!!)


 一緒に玄関まで出ていた優にウインクをすると優は「?」と言う顔をしたので可愛さに少しだけ溶けたりしたが、友里はやる気に満ち溢れていた。頭の中の高岡に協力を仰いで、望月に向き合う。優かわいい同盟に加入させてしまい、誤解をさせたことをまず謝った。

「でも、優ちゃんを紹介したりは出来ない、ごめんなさい」


 言われた望月は、持っていたカバンを胸に抱いて、友里の言葉にパチクリと目を閉じたり開いたりした。まつ毛がきれいに揃っていて、薄化粧をしている事がわかる。整った顔が、より可愛い寄りに整えられている。

「そんな…私、ただ、友里先輩に勉強を教わりたくて」

「え?!優ちゃんへのチョコを作るんじゃなくて!?」


 下げた頭を、友里は持ち上げて望月を見た。望月は、友里と仲良くなりたい旨をぽつりぽつりとつぶやくので、友里はよく聞きとるために、彼女に駆け寄る。競歩大会で1位を取った時から、友里の事をカッコいいと思っている事、友里がかわいいというので、駒井優のことも可愛いと思い始めたこと──友里よりも8センチほど背の低い望月は女子という様子で、友里は思わず(かわいらしい)と思ってしまう。

 レースの付いたシャツにプルオーバーのスカート、チェック柄のコートによく似合っていた。

 しかし、望月が優を狙っているのだったら、これもすべて演技かもしれなくて、もしもそうだとしたら、演劇部に入ればかなり上位を目指せるのではないかと思う程、ただただ友里を慕う下級生に見えた。「かわいい後輩枠」の高岡ちゃんに怒られそうだと思い、首を横に振る。


「でもね、ごめんね、今日は帰って」

「──この人数だと、うちにいこうか」

 優が突然そう言い出して、友里が一番驚いた。

「優ちゃん!?」

「もう19時を過ぎていて、玄関先でお話しするのもアレだし」


「わかった、友里さんのお家に、私が上がるのが嫌なんですね?」


 いままで空気のように佇んでいた村瀬がそう言うので、優がにっこり微笑んだ。

「ううん、友里ちゃんちに大人数で突然いったら迷惑かなと思ったんだ。うちはよく来客があるから…別に村瀬さんの事を考えていったわけじゃないよ」

「なんだ、恋敵として意識してくれてるのかと思いました」


 優は穏やかに微笑んでいる。あまりにも美しく麗らかだが、友里にすらなんとなく恐ろしく見えたし、望月にとっては、震えあがるような気持ちだった。


「やめてよ!!駒井先輩に失礼な態度!!!」

「璃子!!まって?」

 望月が、村瀬の尻を膝と足の甲で2回蹴ったので、友里と優は驚いた。可憐に瞳を潤ませて友里にお友達になりたいと呟いていた、155cmほどしかない小さな望月が、168cmと大柄な村瀬を蹴った。しかし蹴られた側の村瀬が望月に謝るという、その光景は、トムとジェリーのようで、かわいらしくさえ思えた。


「ごめんって!殺意が高いんだよ、蹴りに!」

「そのくらいやらないと、届かないでしょう!?」


「お、落ち着いて、望月ちゃん」

 友里が思わず、戦いを挑んでるはずの望月を制止した。


「あ!きゃあ、ごめんなさい、友里先輩。お騒がせして、あの私、どこでもいいです!ほんとに、英語だけ…教えてくれれば」


「英語…!?」

 絶望的な声を出して、友里が項垂れる。望月は、オロオロと友里が項垂れた様子を見つめ、優を見るので、優は望月に対して(なにも知らないのかな)という笑顔で、くすりと笑ってしまった。


「あ、あれ、得意って聞いてたんですけど…?」

「えー、どこできいたの?張り出された模試とかあったかな?得意なのは優ちゃん。だいたいの範囲を言うと、ヤマを張ってくれる女神様なの」

「駒井先輩が!」

「めっちゃ助かるじゃないですか、行きましょう、駒井家!やりましょう勉強!」


 村瀬が、優の腕を組む。友里はその姿に「きゃー!」と言って慌てて優の腕を掴んだ村瀬を剥ぎ取った。妖艶な女生徒が優にしなだれかかろうと、抱き着こうと、いつもは全く気にしない友里なのに、なぜか村瀬に対してのみ、敵意をむき出しにするので、優は(本当にこんなことを思うのは、よくないのだけど)心がふわりと踊った。


「優ちゃんに、さわんないで」

「……うっす」


 友里に睨まれて、村瀬はなぜか嬉しそうに頷いて、望月のところまで戻る。

「アウェーだ、璃子」

「言ったでしょう、村瀬は来ても楽しくないかもって…一応説明頑張るけど期待しないで」

「璃子」


 友里の母が残念そうに、ピザを荷物に持たせてくれて、作ったばかりのチョコレートケーキを手に、優の家へ向かうことになった。本当なら、帰してしまえばいいのだろうけれど、なぜか優が乗り気で1年生を家へ招待するので、友里は戸惑ってしまう。もしかしてもう、望月のことを気に入ってしまったのだろうか?友里は、優を信じているが、多少不安に思う。

「勉強を教えたら、送っていくからね」

 優しい引率の先生のような声でそんな事を言っている。


「いつの間にそんなに、村瀬さんと仲良くなったの?」


 道を歩きながら、友里は望月が優に近づく前に、望月の横を取った。


「ええっと…駒井先輩が友里先輩をお姫様抱っこで走った日からだから、そんなに日数は経ってないんですけど。村瀬から話しかけてきて、色々…話しているうちに気さくなやつなので…あの、友里先輩、ほんとに、悪いやつじゃないので…」


 望月はよほど仲良くなったのか、村瀬のことを良い意味で伝えようとがんばっている様子が、友里にも分かった。


「そっか…望月ちゃんには、村瀬さんが良い子に見えるんだ…」

 望月の株がまた上がってしまいそうで、友里は困る。(ここにいる全員に、書道室に閉じ込めてキスをされた話をしてもいいけれど)と、いう顔で友里は村瀬を見る。本当なら、怖くてそばに寄りたくもないが、こうして軽い口を叩けるのはきっと、望月の発言もそうだし、優が全面的に友里の味方をしてくれていると信じているからかもしれない。きっとこの件をクリアして、先ほどの続きをしようと心に誓った。


「友里さん、絶望的にマイナスなんですね、私の事が。でもマイナスってことは、もうプラスになるしかないので、逆にいいじゃないですか」

「マイナスって掛け続けてもマイナスじゃなかったっけ…?」

 友里の辛辣なセリフに村瀬がオーバーキルされ、望月璃子が拍手をした。「どんな関係なんだ」優だけが笑っている。



「うっわ!おっきい」


 駒井家に着いた望月と村瀬は、優の自宅へ入って、しきりに驚いて優を困惑させていた。

「大金持ちじゃないですか…!駒井さん」

「親がね」

「駒井先輩は王子様だ…」

「……田舎の一般人だよ」

「淑女だよ!!」

 友里が1週間すごした客室に優が折り畳み式の勉強机を2脚持ってきて、1年生と2年生にわける。

 適度に教科書を読んで範囲を書いたプリントを見せてもらうと、優は「ここと、ここ」と2人分の教科書にシャーペンで丸を付けて行った。面倒見がよくて、友里は惚れ直してしまう。


「でも望月さんは、わりと出来る方だったよね」

 以前、吹奏楽部で大勉強会をした際に、望月が優秀だったことを優は覚えていた。しかも望月は普通科だ。友里に教わるとしても、友里とは学んできた学問が違いすぎるのではないかと、疑問を柔和な様子で望月に問いかけた。

「……あ!そうですよね、友里先輩の学科、忘れてました」

「ひどい!やだ!優ちゃんしか見えてないのかな?」

「──そうかもしれません!」

「わかるけどお~~?!でもだめだよ!?優ちゃんを紹介したりできないからね!」

「はい!わかってます!!」


 友里が、キッと睨むと、望月は友里に子猫のように倒れ掛かる。望月の手が少し震えていて、優が見つめる。望月を乗せていた友里の肩を、トントンと叩いて、優は友里を自分の胸に抱きよせた。


「友里ちゃん、お茶いれるの手伝ってくれる?ふたりは、まとめたらわからないとこだけ抜き出しておいて」

「はーい」


 1年生ふたりは、イイコの返事をする。友里と優は立ち上がって、部屋から出て行った。パタリとドアが閉まって、村瀬は笑顔をやめると、教科書をポンとテーブルの上に投げた。


「いつ告るんだ、璃子」

「勉強…終わったら…」

「先輩がキレる前になんとかしろ」

「んん…!!!」



 ::::::::::::::::



 2階の客室から1階のキッチンへ向かう。駒井家の家族は、21時を過ぎなければ、誰も帰宅しない。優は、勝手知ったる駒井家の台所で、ティーカップや砂糖を出そうとした友里を背後から捕まえると、唇を奪った。

「ん……っ」

「友里ちゃん、しー」

「優ちゃん……ふたりがいるのに…っ?不甲斐ないわたしを怒ってるの…?」

「……っ」

 優は、仄かな罪悪感を含んだ瞳で見つめる。乱暴な様子で舌を絡まれて、鎖骨あたりを撫でられた友里は、ハアハアと息を荒げて、一度、優の胸に逃げるようにおさまる。

「…?優ちゃん…嬉しいけど…どうしたの?」

「だって友里ちゃんが、なにも気付いてないから。──勇気がほしい」

「…?…っ」


 訳も分からずにいる友里の胸を、優はまさぐると服の上から下着をずらして、手が入り込んでいく。すこしずつ硬くなり始める丸みを帯びた先端を探し出して、服の上からそっと撫でる。友里は、部屋着で長袖のポロシャツを着ていて、すぐに体の輪郭がわかってしまう。チョコレートの香りが、淡く香った。

「ちょ…だめ…っ」


 そして容易く友里の服の中に侵入して、先ほど望月が寄り掛かっていた鎖骨にキスをしながら、直にそれをつまんでしばらく指先でグイグイと弄ぶ。友里が無言でビクリと2度震えた。ドキドキと心音が早くなっていく。

「……っぁ…っ」

 ビクンと友里の体が跳ねる。スッと服の中から手を抜いて、優は満足したように友里から離れた。友里は敏感に硬くなってしまった胸を押さえて、まだ呼吸が乱れたままキッチンに寄り掛かっている。

「早くお勉強を終わらせてふたりだけの時間にしようね…!ってこと…?優ちゃん…可愛いけど…優ちゃんが1年のふたりを呼んだんだよ?」

「……」

 (強引だよ)という友里の言葉が聞こえたようで、優も乱れた呼吸を落ち着かせるために深呼吸をした。濡れた友里の唇を親指で拭って、優は友里を鈍く睨んだ。

「独占欲だよ」

「……?だって、」


 友里が早まる心音の中、戸惑って優を見ている間に、ヤカンのお湯が沸いた。


「さて恋敵たちに、美味しい紅茶を入れてあげようか」


 腕まくりをして、ため息をつくと優が呟いた。

 お湯の音で聞こえなかった友里は、呼吸を整え、下着からあふれた胸をまずは、しまった。


 望月と村瀬が仲良くなった理由、──それはきっと、ふたりとも、友里に片思いしているからだろうと、優は思っていた。直接対決に挑んでいるのは、優のほうだった。

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