第109話 甘いおまじない②



 バイト先のファミレスに着いた友里は、村瀬の件をホールスタッフの保科に聞かれて初めて、(また優ちゃんに言う機会のがしてた!)と思い出した。


「今日来るって言ってたけど、荒井さん入ってないって言っといた」

「えええ!すごい!保科さん!天才!!」

「保科さん、お礼したいんで、お仕事ください!」

「え!うれしい。じゃあ駐車場の掃除かわって!」

「がってん!」

 ゴミ袋と掃除用具一式を持って、友里は田舎の広い駐車場を掃除しに向かった。かわいいエプロンドレスのままだが、上に黒いスタッフジャンパーを着て、ホッカイロと、母の香水タオルに、優のおまじないを首筋に背負って、体は元気いっぱいだったが、駐車場へついた瞬間に大物のゴミを捨てていく車に遭遇して、目を疑った。


「らーめん汁すててくな~~!!!」


 じょうろの水と、キッチンペーパー数枚でそっと片付けて、事なきを得る。

 ホールに戻ると、お客が暴れていた。


「なに?」

「いや~またレジ壊れて!手打ち!!」

 ホールスタッフの大学生に、言われて、友里は思わず(なんて日だ!)と叫びたくなったが、商業科の電卓打ちの速さを見せる時が来た。友里はこれでも電卓実務検定2級持ちだ。



 :::::::::::


 友里はとぼとぼとしわくちゃな顔で仕事を上がり、バックヤードへ向かった。スマートフォンを開くが、優からのメッセージも来てない。

(保科さんに助けてもらったし、優ちゃんといちゃいちゃしたことで打ち止めと思ってたから、これはラッキーの内よ!)と、ポジティブカラ元気を振りかざして、バックヤードから1分で着替えて出てくると、店内に彗と優がいることを見つけて、友里は速足で駆け付けた。


「えー今日、連絡なかったのに!」

「俺が直帰したから、サプライズ!」

 彗がピースをして、優が手を振る。彗とふたりでならんでいる優は、妹然としていて、友里は(かわいい!)と心が弾む。

「お疲れさま、友里ちゃん」

「嬉しい!!!」

 友里のはつらつとした笑顔に、駒井家の兄妹はつられて笑顔になった。


「なにかたべてこー?俺、おごるよ」

「え、でも?!」

「パフェ食べようよ友里ちゃん」

「21時だよ!?太る」

「美味しく食べたらカロリーゼロでしょう?」

 きらびやかでゴージャスでファビュラスな笑顔の駒井兄妹が、ずいずいとデザートメニューを友里の前に差し出す。友里は、このファミレスのデザートのおいしさを知っているので、そこに駒井家の可愛さが加われば、あっという間に敗北だ。


「荒井ちゃん、おつー」

 呼びベルで来てくれたホールスタッフの飯島に声をかけられて、にへっと友里はだらしなく笑う。優と友里はフルーツパフェ、彗はキャラメルパルフェだ。サービスで生クリームを増量してくれたので、激しい甘味の衝撃に友里は悶絶した。


「あまあああい……あのね、ここのパフェはね!アイスが2種類入ってるんだよ」

「同じバニラに見えるけど?」

「一つは、アイスクリームで一つは、ラクトアイスなの!色も食感もちがうの。生クリームと溶け合うのが、アイスクリーム、ラクトアイスのほうは他の食材に触れると氷のようなシャリっとした食感になって、それで、一緒に、フルーツを食べると…!シャーベットアイスみたいになって、パーフェクトの意味を知るの、最高~」


「友里ちゃん楽しそう」

「楽しい!甘味、久しぶり」

「すごい痩せたもんね、なにか始めたの?」

 キャラメルをおいしそうに食べる、優曰く”甘党の熊”である彗に聞かれて、バレエのことを友里は、はずかしそうに伝えた。

「すごいなー」

 にこにこして言う彗に、友里は照れて優をみた。優もニコッとして、一瞬長いまつげを伏せると、友里のほほ辺りに視線をうつした。真剣な顔をして、丁寧で美しい所作でまっすぐ見つめながら、手を伸ばしてくるので、友里は、ドキンとして身動きひとつできず、優から目をそらせなくなる。美麗だ。


「生クリームついてる」


 唇の端を親指のハラでそっと触られて、そのまま、優は指をなめた。友里はカアッと頬が熱くなった。夕方の教室でおまじないしてくれた時のように、火照る。


「あっごめん」

 なぜかそれを見ていた彗が謝ったので、優がハッとして、手に残った生クリームを名残惜しそうに見つめたあと、紙ナプキンで、拭いた。


「なんで彗兄があやまるの?謝らなくていい」

「だって!なんか、両想いだなって…!感動しちゃって!」

「はあ?!…?!」



 彗と優でわいわいし出したので、友里は火照った顔をパタパタと手で仰ぎながら、ほほえましく見てしまう。目の前にパフェ、そして彗と優が仲良しで、こんなに幸せなことがあるだろうか。おまじないの効果がありすぎて、怖いぐらいだ。


「そういえばさ、俺の働いてる病院で、結婚した人がいて」

「おめでとうございます」

「結婚した途端に、他の人にすごい告白されるんだって」

「ええ?どういう心境なんでしょうか」


 彗の会話に、友里はすこしドキリとする。告白の話題が出たところで、サッと村瀬の件を言ってしまえばいいのだろうか?


「告白はひとりひとりとても大切にしているものだと思うから…、気持ちを終わらせるためかなあ」

 優が、ブルーベリーを口に運びながら、兄に話すときの甘えた声で言った。大切な誰かの告白の話を、簡単にしていいのかと言う思考に引き戻された友里は、口をつぐんでしまう。

「その人が”誰かのものになれる人”なら、あわよくば、自分にも奪えると思ってしまうって思うのは、大人のエゴかな」

 彗が言うと優が嫌そうな顔で「大人って」と言った。体が冷えたと言って、優は新しいお茶を取りに立ち上がる。


「彗さん、ただ仲良くなりたくて告白って、あるとおもいますか?」

「好きって気持ちが無いのに?」

「と、言うか、好きになってもらいたくて」

「知ってもらうための告白か~、あるかも!まずはお友達から!ってやつでしょ。存在を知ってもらわないと、なにも始まらないからね」


 友里はコクコクと頷く。なるほど、村瀬の告白はお友達になりたいという意味だったのかもしれない。キスもハグも、村瀬にとっては軽い挨拶のようなもので…。友里はしかし、握られた手首の痛さや、書道室に閉じ込められた不安や生活圏への侵食を思い出すと、やはり、好意的に取れなかった。


「優と友里ちゃんはもうずっと一緒だから、そういうのはないもんね」

「気付いたら一緒にいるので…」

 暗い顔になっていたのか、彗がそう聞いてくるので、友里は笑顔を作った。


「どっちから告白したの?」

「え!」

 初めて聞かれて、友里は戸惑った。結局、どっちということになるのだろうか?一生懸命、優とのあれやこれやを思い出そうとして、頭がパニックになる。沖縄修学旅行の帰りの電車の中で「お付き合いするんだよね」と言ったのは友里だが、豊穣高校文化祭で告白してくれたのは優だ。


「あ、ごめん、パーソナルな質問だよね。すごいラブラブだから、参考までにお兄ちゃんとしては聞いておきたくて」

「お互いに、です」

「わー!そっかあ、お互いに!!いいね!幸せだ」

 彗がキャッキャと喜んでくれるので、友里も嬉しいような恥ずかしいような気持ちで、優とのお付き合いを実感する。


「ねえ、なんの話してるの」

 しばらく後ろに立って、友里と彗の恋愛トークを聞いていたらしい優が、彗に怒った。恥ずかしそうに友里の横へ腰かけると、彗を睨む。

「だって優は教えてくれないから!」

「身内にする話じゃないでしょう?」


 怒っている優の袖を掴んで、友里が言った。

「ごめん優ちゃん、だって、嬉しくて」

「嬉しい?」

 優は友里を見て、眉をしかめる。

「テレビとかで見る結婚式みたいじゃない?甘いモノを食べながら、馴れ初めを聞かれて…」

「!」

 優と友里は本物は小さい頃しか参加したことが無いが、結婚披露宴で新郎新婦が座る高砂に、親戚一同が馴れ初めや、お互いの好きな所を聞きに行くテレビドラマのワンシーンが浮かんだ。

 友里の無邪気な笑顔に、優は赤くなる。頭痛のときのように額をおさえた片手を、そのまま唇へもってきて、口元を覆うと、最後は頬杖をつくような態勢で、両手で顔を覆った。


「両想いって、いいな!」

「彗兄は黙って…ほんとうに…」


 ::::::::::::


「あの卓、推せる…!」

「わかる」

 保科と飯島が、一騎当千の武将のような様子で、腕を組みながら、遠くで友里と駒井兄妹の様子を見つめていた。



 ──当然ながら、友里の中でパフェはカロリーゼロにはならず、何度か体重計にのりなおしたが、数字は無慈悲に、この2週間で痩せた分の体積を、取り戻していた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る