第105話 かわいい小鳥さん
高岡朱織と荒井友里は、忘れていた。
村瀬詠美が、友里と同じバイト先であることを。
17時半、ファミレスに入ったバレエスクール帰りのふたりは、夕飯のサラダを頼んだあと、まったりとしていた。そこへ、ギャルソンスーツの村瀬詠美が駆け寄ってきて、ふたりで無言になった。これでは、相談どころではない。早々に店を立ち去ろうと考えるが、いちど入ってしまった手前、友里は義理に欠ける行為をすることが苦手だった。友里のバイトの連勤仲間である保科さんが手を振ってくれて、ふり返す。
「アレー、友里さん、私に逢いに来てくれたのかな?私服かわいー。真っ白なダッフルコートにフレアスカートいいですね、足がキレイにみえる長さ」
話しかけるなと全身で言っているのに、怒涛の問いかけに、友里は無言を貫く。優からプレゼントされたコートが汚される気がして、抱きしめる。
「朱織とお友達なんだ?」
「ちょっと!呼び捨てやめてって言ったでしょう!?」
朱織が慌てて否定する。
「だって全員下の名前で呼ぶのに、朱織だけ高岡さん、なんて特別みたいでしょ?特別になりたいなら別だけど♡」
パチンとウインクして、「ご注文がお決まりの頃お伺いします♡」と言ってホールへ帰って行った。
「ここであいつの名前を出すのは無謀ね」
「高岡ちゃん…メッセで話す?」
「仕方ないわね」
ふたりは着ていたコートを脱いで、スマートフォンをにらんだ。
友里は最近になって優が告白されている件も、吹奏楽の部長にされたこと以外に相談されたことは一度もない。その辺を、先に言って、実は──という手を考えたことを高岡に伝える。
【先にもしも駒井優に心から謝罪されたり、過去の女関係を洗いざらい話されたらどうするの?友里は耐えられるの?駒井優を傷つけたくないって友里が思ってるってことは、ただ村瀬に告白されて動揺してることが、駒井優に伝われば良いんでしょ?キスの件は黙ってても良いと思うわ。村瀬と近づきたくない、これだけ言えばあいつも傷つかないわ】
いきなりの長文に、友里はしばらく読んで、2回読んでもわからず、叫ぶ。
「どういうこと?」
友里は画面と高岡を交互に見る。
【あのね、友里。駒井優、あんなに女にも男にもモテるのよ?いちどやにど、誰かとそういう関係になってるっておもったほうがよくない?キスよりも深い関係だってあるかもしれないわ。あいつだって黙ってる、他人とのアレコレを、友里に話をされたら凹むとおもうの。】
【告白に友里が動揺してることと、村瀬が友里を諦めてないことだけを駒井優に上手に伝えるよう考えたらどう?】
「ってことよ」
「う、うん」
友里は、きっと高岡は移動の間にさんざん悩んでてくれたのだと気づいて、ジーンと感動した。友里自身がわかってなかった気持ちすら、わかってくれた。
なるほどと友里は頷く。友里は、自分はなにも思わないと思っていたが、少なからず情をもってキスをされて、告白をされたから、動揺していたことにやっと気づいた。そして、優に片想いしていたクローデットとくちづけをしたことを、優がつらい気持ちで告白したあの日を思い出して、ようやく優の気持ちが、本当にわかった気がした。
【優ちゃん、ずっとこんな気持ちを抱えていたのか】
【そうね…】
高岡はしばらくぼんやり、優の心境なんてひとつも分からないのにスマホを眺めて、友里の前髪辺りを眺めて、もういちど考えた。
【あんな綺麗な顔してるんだし、躾のなってない女がべたべた触っても顔色一つ変わらないのよ?噂になるくらいの告白も、動揺みせないってことは慣れてるんだわ…。私たちにはわからないモテを経験してそうって予防線を張っておくほうがいいと思う】
「んん…確かに!」
「ねえ、友里…あなた、さっきから、返答の声、出ちゃってるわよ」
ふたりでくすくす笑ってしまう。内容は一切笑える話ではないのだけれど。
【でも、優ちゃんに失礼だから、他の人との関係とかは、あんまり考えないようにするね】
【そうね、失言だったわ、ごめんなさい】
朱織も、友里からプレゼントされた『バーコードのマッチョさん』スタンプを利用している。優はそもそもスタンプを使わないし、乾と岸部はぜったい使ってくれないので、友達では唯一だ。画面で、マッチョさんが悲しく泣いていた。
【高岡ちゃんもこれ使っているのばれたら好きになられるのかな?】
【縁起でもないこといわないで!】
「楽しそーじゃん?」
村瀬にのぞき込まれて、朱織は、「ひいっ」と声をあげて、スマホ画面を胸に隠した。
「朱織、私服カッコイイね。ブラックのニットに白のスキニーパンツって、めっちゃ大人」
「……村瀬……ありがとう。普通だと思うけど」
コートを脱いだせいで、私服をみられてしまった。ツンとした態度で、村瀬に一応のお礼を言う。友里は無言を貫きたかったが、思わず口を添えてしまう。小声になる。
「ニットの感じがサラッとしてて白く煙って、髪の色とも合ってて素敵って思ってた」
「ああ…カシミアだからかしら…?嬉しいわ、友里。友里の臙脂のインナーも、スタイルがよく見える。フレアスカートとよく似合ってるわ……スカートは手作り?素敵ね」
朱織が村瀬がいることを忘れて友里に微笑みかける。
「いいな、友里さんって、人を優しい態度にしちゃうんですね、やっぱり素敵だ」
友里の肩を抱こうとするので、友里は手の届かないソファーの奥へ移動し、「…ぐう」と唸って壁に寄り掛かった。
「寝たふりやめてください、かわいいので」
村瀬が声を出して笑うと、友里の頬を指先で触ろうとしたので、高岡がパンと跳ねのけた。
「ちょっと!迷惑してるのよ、友里を変な目で見ないで!!」
高岡が思わず言ってしまう。村瀬は殴られたようになった手をおさえて、高岡をみる。友里から、自分が告白したことを聞いたのだなと悟って、ふむふむと頷く。
「朱織は、友里さんのなに?」
「私は…!」
ちらりとみて、からかうような仕草で村瀬が腕を組んだ。朱織が言いかけて、言い淀む。幼馴染と言っていいのか、7年の離別が、友里を見て迷っている。
「高岡ちゃんは、わたしの大事な先生であり、幼馴染であり、頼りになる後輩でかわいい小鳥さんよ!少なくとも、村瀬さんよりはずっと仲良しだよ」
「友里」
最後の小鳥だけ良くわからなかったが、高岡は友里を見て頬を赤くした。「村瀬ちゃん」ではなくなってることに、村瀬は仄かに傷ついた顔をした。
「朱織も、友里さんが好きなわけ?」
村瀬に軽い口調で笑いながら言われて、高岡はムッとした。
「あんたたちとは、違う感じにね!?」
「…たち?」
ハッとして、口を押さえた。高岡が口を滑らせてしまったという顔をしたので、友里はこくりと頷いて、大丈夫だと伝えた。
「なになに、朱織、知ってるの?友里さんの」
「あ~
友里は、すぐそこまで料理をもって来ていたギャルソンスーツの保科に気付いていて、大袈裟に手を振って、保科を出迎えた。
「どしたの?ご注文のエビとパルメザンチーズの賑やかサラダです」
料理をストンとふたりの前において、取り皿を配ってくれた。2~3人前のエビと色とりどりの野菜が載ったシーザーサラダだ。
「村瀬、悪いけどシルバーと紙ナプキン切れてたから追加して、早く行って」
「え、保科さん!?」
「行って」
「…はい」
保科に言われてすごすごと、村瀬がバックヤードへ行く。
「これでいい?」
なにも言ってないのに、村瀬を追い払ってくれて、友里と朱織は「大人…!」と感動して見つめた。保科はメガネのブリッジをおさえて、少し照れた。
「保科さんがわたしの机の面倒を見てほしい。村瀬さん、ちょっとお話が長くて他のお客様にも迷惑だから」
「はいよ、おっけ!あいつ結構、前から荒井さんのファンだからな……俺も荒井さんの話をしすぎた責任があるから、そこまで悪いやつじゃなさそうだけど、困ったらココおしな?」
卓上のベルを示しながら、卓の番号は見なくても覚えている保科が、了解してホールへ戻っていく。村瀬が、友里の元へ行こうとするたびに、仕事を押し付けてくれるようだ。
「友里、強いわね」
「保科さんがいてくれて助かったけど…村瀬さん怖い」
「あいつほんと、妙な自信家で怖いわよね!?やっぱり。なんて言うの…?ああいうの?どこがかっこいいの???駒井優も謎だけど、村瀬も謎」
「優ちゃんはかわいいよ」
「はいはい」
村瀬が最後まで友里に絡んで来ようとしたが、保科が守ってくれて、サラダを頂いて、優が来る前に場所を移動した。
時間はまだ18時。優にファミレス以外の所へ行くことだけメッセージを送ったが、授業中なのか既読はつかなかった。
「20時まで駒井優を待ってるの無駄じゃない?いちど、お家に帰ってきたら」
「あ~~…一緒に帰りたいの」
「なるほど、デート感覚なのね」
「うっ…だって、デートって思うと普通のことでも、嬉しいんだよ?」
友里が、恥ずかしいような顔をして、思ったことはすぐに口に出すくせに、もじもじするので高岡まで恥ずかしくなって、友里の肩を、痛くないつよさで、ぺしんと平手打ちした。
茉莉花から貰った布で、なにか作りたくて、友里は手芸専門店へ寄る。高岡も付き添ってくれた。小さい袋分ぐらいの手芸用品を購入して、ホクホク顔の友里を、高岡が微笑ましく見守った。
【駅前のロータリーのそばにある、ベンチにいるよ】
優にメッセージを送ると、高岡と座って、コンビニで買った暖かい飲み物で暖をとる。田舎は電車の本数も少ないため、ほとんど車しか来ない。人も通らない穴場だ。村瀬との色々というより、”今後告白されたら”という友里にとっては(ありえないなあ)と思うような気恥しい相談をしても誰に聞かれることはなかった。
友里は高岡にお礼を言う。
「高岡ちゃん、今夜は遅くまでありがとう!」
「駒井優は20時でしょう、ちょうどいいわね、じゃあ、親に迎え来てもらうわ」
スマホを開くと、あっという間に親に連絡した。
息が白くなるほど寒いのに、友里にとって、高岡にとっても、かけがえのない友人に戻っていくようで、ふたりはくすぐったいような、ふわりとした暖かな余韻をお互いに感じて、どちらともなく微笑んだ。
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