第106話 眠れる獅子①



 暗闇に煙るオレンジ色の光と、行き交うタクシーを眺めながら、友里と高岡朱織は、ロータリーのベンチに座って、暖かいお茶のはいったペットボトルで暖を取っていた。時計は19時45分。そろそろ優が来る時間だ。


「しかし村瀬、ほんとに友里を狙っているのね」

「困るよねえ…」

「友里、すごいイイコだし、最近とてもやせたし、胸も大きいし付き合いたいって気持ちになるのも、わからないでもないわ」

「え?!」

「村瀬の好みぽいのよね」

 クラスにいる女の子の姿を、高岡は忌々しそうに思い出しながら、友里に教えてくれる。そもそも女や男を侍らせている空間が苦手だと添える。


「ああ…びっくりした。高岡ちゃんから見てかと思った」

「?!やだ、私自身がそうおもっているわけじゃないわよ!?」

 高岡は一瞬でおでこまで真っ赤になった。確かに、「わからないでもない」と言う言い方だと、自分もそう思ってるととられかねない。優や村瀬のような感情はないと大慌てで友里に伝えると髪の毛を包んだまま、マフラーをぐるぐると巻きなおした。


「友里はかわいいけど!そういう好きじゃないから!」

「わかってるよ、ごめん!ごめんって!告白の話ばっかで脳がバグってて」

「そうよね、誰もかれもから狙われる話したら、調子が狂うわよね」

「ごめん…高岡ちゃん、親身になってくれてありがと」

「──私だって友里のことをなにも知らない人に、告白とかされるのは、なんだか気分が悪いもの」

 高岡は、顔をパタパタと手で仰ぎながら、「冬なのに熱いわね」と独り言を言っている。



「駒井優はこんな遅くまで大変ね」

 話をそらすように優の話にシフトすると、友里がふんわりと光をまとったように微笑むので、朱織はなぜかほっとした。

「受験は来年なのに、高2用医学部コースってのがあるんだって、すごいよねえ」

「医学部って、6年かかるんですっけ」

「そうなの!高岡ちゃんは、まだ1年だけど進路は決まってる?プロのダンサー?羽田バレエスクールにずっと?」

「そうね、プロは諦めてるけど、先生にはなりたいな。友里もずっとかよってよ!」

「わたしも優ちゃんと東京に6年いくから、地元に戻ってこれたら、絶対またかようよ」

「え」


 つよい風が吹いて、高岡朱織の長い髪がなびいて、前がみえなくなる。

「──友里も行くの?」

「うん、でもまだ、1年も先の話だよ~」


 友里は気付いて、乱れた高岡の髪を撫でて戻した。目線をあわせると、友里はにこりとした。高岡はなぜか、心臓がばくばくした。


「6年──」


 高岡はもういちど呟いた。

 自分がなにに傷ついたのかわからなかったが、友里が髪をとかしてくれるので、お礼を言ってほほ笑んだ。


「友里ちゃん!」

 低音の甘い声がして、友里がパッと表情を明るくして、立ち上がった。高岡に見せる笑顔よりもずっと柔らかな甘い微笑みを湛えている。高岡はほつれた髪を撫でるような仕草で視線をそらして、声の主に悪態をついてしまう。

「遅いじゃない、駒井優」

「こんな寒い所にいなくてもいいのに、ふたりはお風呂上りでしょう?風邪ひくよ」

 グレーのロングコートの前を少し開いて、ほんのり汗ばんだ肌で、予備校から走って来たらしい優が、息を整える。

「だって色々あったのよ!察しなさいよ」

「手芸用品店に行ったんでしょ、友里ちゃんあの場所ユザワヤへ行くと、とりつかれたようになるから」

 後ろで聞いていた友里が、優の腰あたりにしがみ付いて、しがれた声を出す。

「──…手芸をしたくてもできなかった霊がいて…わたしたちを沼に…」

 高岡は「ぶふっ」と噴き出し優はサッと顔色を変えた。

「──いたとしても、素敵な場所にいる子は、イイコです。君たちの理性がなくなってるだけだよ」

 お化け苦手な優が新しい技を披露して、優の腰辺りに顔を出した友里の頭を撫でるので、友里は思わず拍手をした。



 駅前で優と合流してすぐに、ロータリーに入ってきた高岡の両親は駐車場へ車を停めて、ふたりに挨拶をした。両親に、ふたりも家まで送ろうと言われたが、高岡は友里を高岡の両親が構っているうちに、優を引っ張って遠く離れ、そっと誰にも聞こえないように、問いかけた。

「いいの?」

「うん、今日は兄が残業で、電車で帰らないといけなかったから、逆に助かる。防犯的な面で」

「友里は駒井優と一緒にいるのはデートと感じているようよ、その配慮はいいの?ってきいたの」

「え…?」

「頬染めるんじゃないわよ」


 心外だなという顔をして、笑った優は、それでもお願いしますと高岡に乗車を頼んだ。高岡は眉間にしわを寄せて睨みつける。

「まったく、駒井優のどこがいいのかしら…友里は」

「わたしもそう思う」

「自信過剰!!!」


 ふたりが遠くで会話をしている姿をみて友里はいつも(仲がいいなあ)と羨ましく思ってしまう。プリンセスと小鳥のなれ合いのように思っている。



 高岡のご両親の黒塗りの車で、友里と優と朱織、3人が後部座席に座る。

「友里、せまくない?」

 まんなかの席の友里を、高岡朱織が心配そうに見つめた。

「大丈夫だよ、うちの軽と比べたら、広いぐらい」

「話のついでに卑下する必要はないのよ友里」

 困ったように言う朱織に、「私が遠慮すればよかったわね」と、高岡の母が穏やかに笑った。

「でも、いつも朱織から聞いている”友里"ちゃんに逢ってみたかったのよ」

「聞いてるとおりの、すてきな子だよね」

「ねえ、お話よりかわいらしいわ。お父さんばかり逢ってて、羨ましかったの」

 ご両親に交互に褒められて、友里は、全身ゆでだこのようになってしまう。

「駒井さんも聞いていた以上に背が高くてお淑やかで優秀そう、朱織ちゃん、いいお友達が出来てよかったわね!ずっと仲良くしてくださいね」

「おかあさん…もうそのくらいにして。はずかしいわ」


 高岡が照れて、プイと外を見る。首まで真っ赤になっている。どんな話をしていたのか、優と友里は気になってしまうが、それをつついたらまた、びっくりして泣かせてしまうかもしれないので、ふたりは高岡を見守るだけにした。


「友里、あとで連絡するわ」

「うん、今日はありがとう!」

「あと駒井優も」

「うん?連絡くれるの?」

「……──するわ」


 自宅の区画前で降ろしてもらって、ふたりは、高岡家の車を見送ったあと、自宅へ歩き始める。


 友里は優を見上げると、背景に上弦の月を背負った優が、にっこり微笑んでくれるので、うっとりした。「今日はふたりでなにをしたの?」と聞かれたので、友里は、高岡に2人の関係を話したことを伝えた。


「おめでとうって言ってくれたよ」

「言ったんだ!!」

 優が思っていたよりも驚いた顔をしたので、友里は疑問に思う。

「道理で、さっき意味深に、わたしにも連絡するっていうわけだ…」

「ずっと付き合ってるって思ってたんだって」

「そうなんだ…意外」

「意外?」

 友里の質問に、優は笑顔で答えるだけで、答えようとはせず、友里の指の間に自分の指を通すと、きゅっと結んだ。


「優ちゃん、手が冷たいね」

「手袋を家に忘れちゃって。友里ちゃん、あたためて」

「かわいい…!」


 友里のコートのポケットに、優の手を入れて微笑み合う。

 白のダッフルコートは、友里には少し派手だと思っているが、優がプレゼントしてくれた服を身に着けていると、優がいつも嬉しそうに微笑むので、友里は誇らしく、それを身に着けている。

 ちらりと優をみて、友里はグレーのコートとチャコールグレーのマフラーを身に着けた優の体のラインが淡く月明りで光っていることを見つけて、嬉しくなった。

 幼馴染でずっと一緒にいるのに、毎日新鮮な驚きや喜びがあって、飽きることがない。尽きることもなさそうで、どこかふしぎに思いつつ、友里は優の乾いた長い指をフニフニと優しく摘まんでみる。優が自由にさせてくれるので、しばらくフニフニしてしまうと、優が笑い出したので、普通につなぎなおした。


「そうだ、わたしも少しアルバイトがしたくて、予備校に相談したら、家庭教師のアルバイトを紹介して貰った。来月から月に4回、水曜日の19-21時」

「優ちゃんが家庭教師!?うわー、してほしい!!いくら払えばいいの?」

「友里ちゃんからお金とれないでしょう、中学生相手だよ、英語」


 いますぐ中学生に戻りたいと友里は本気で思った。優から癒しのパワーにより、勉強を頑張るタイプの友里なので、中学生が本気で羨ましかった。優のようなパワーが得られたら、普通科に入れたかもしれない。

 運命は変えられないので、友里が月水金にファミレスのバイトに17-21時で入っている、上手くいけば一緒に帰れそうだなと思うことで、ポジティブになれた。


「バイトがしたいなんて、なにかほしいものでもあるの?」

「うん」

「なになに?わたしが買おうか?」

「友里ちゃんは富豪だなあ」

 優がニコニコとほほ笑む。友里のバイト代は、優のために全部使っても良いと思っているので、友里は心の底からその言葉を発している。


「友里ちゃんにあげたいものだから、自分で買いたいの」

「……!」


 たぶんサプライズなのだろう、内容はぜったいに秘密と断られてしまったが、先の未来に、素敵なものをプレゼントされることがわかってしまって、友里は照れて溶けた。友里は聞いて嬉しかったが、サプライズしたかった優が、どう思うか心配してしまう。

「喜んでくれるといいな」

「優ちゃん…!かわいい!!」

 それしか言えなくなってしまう。優は友里よりも、もっと照れながら、つないだ友里の指をソッを優しく撫でる。


「ねえ、一緒にいるだけで、デートって高岡ちゃんに言ったの?」

「あっ、…言い出したのは高岡ちゃんだよ!でもそう、優ちゃんといるだけで、今もデートだなって思うよ」

「──今度、ちゃんと、ふたりきりで出かけようね」

 言うと、友里がハッとして優を見上げる。

「そう、今度のバレンタインが、日曜日なんだけど、バレエはお休みなんだって」

「どこか行こうか?」

 優に予定を聞くまでもなく、弾けるようにそういわれて、友里は嬉しくて少し跳ねた。


「優ちゃん、ちゃんとしたお出かけって、付き合ってはじめてだっけ?」

「わかんない、箱根だって、動物園の時だっていつもの帰り道だって…わたしにも、デートだったよ」

「……!」


 まだきちんと付き合ってない時から、デートだと思っていたことをサラッと伝えられて、友里は、繋いだ手からドキドキが伝わってしまうのではないかと思うくらい、体が熱くなった。


 ──優は、友里の照れたような笑顔をみて、心が暖かくなるような、もっとおさえられない気持ちになっていった。ドキドキと心臓が躍って、明日は月曜日なのに、耐えきれなくて、友里にお願いしてしまう。


「友里ちゃん、今日お家に、いっても良い?」

「うん、いいよ!お母さん居るけど」

 なにも気付いてない友里に、優は苦笑してしまう。マフラーの首元が、熱いくらいだった。


「…少しは控えます」

「?」


 友里はキョトンとした顔で、優を見上げた。



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