第102話 秘密の小箱


 茉莉花からの待望の通話の知らせに、友里は裁縫の手を止めて応じた。

「お久しぶりです、明けましておめでとうございます!」

『明けましておめでとう!』

「お年玉!!ありがとうございます」

『元気なメールもくれたのに、ふふ、ありがと。気に入ってくれたらいいんだけど』


「すごい!素敵です!」

 茉莉花からの、”お年玉”は、素敵な布を数枚と優の写真だった。第一弾では、クローデットが一緒に写っているものは、避けておいてくれたのだろう。第二段は15歳ぐらいの夏休みの様子だ。優とクローデットが浮き輪を抱えていてほほえましいし、一枚みただけで、何度見ても時が止まってしまう。皆でビーチに行った時の様子だけがおさめられている。

『クローデットの件、ありがとうね』

「ふえっ」

 公式からの供給に時が止まっていた友里だったが、お礼を言われてしきりに照れた。友里がプレゼントした制服を、クローデットが嬉しく着ている件や、送った着物の写真などの話をして、友里は、最近の出来事として、村瀬の話などを茉莉花に伝える。



『友里ちゃん、それはモテてるかもだわ』


 寝耳に水の発言に、友里は笑ってしまう。


「もててるとかは、ないです!!今日あったばかりですよ!」

 当然の反応を、友里は言う。

『その子とあまり親密にならないほうが良いかもね』

「心配しすぎです、もてないので」

『モテは突然来るのよ!ちょっとビデオつけて?!ほんとだ少し痩せたから本来の美しさが際立ったわね、アヴァのトレーニングが効果を出して来たんじゃない!?自分をあなどらないで!!優にも言っておくわ』

 以前、茉莉花が訪日していた際に、茉莉花の恋人のアヴァに相談していた、アンダーが痩せない件。半年の地道な作業で成果を出してきたようだった。そして、解禁とばかりにバレエの特訓もしているので、友里は全体的に一回りほど小さくなっている。


「でも体重はそんな変わってないんです…残念なことに…。優ちゃんってさみしがりなので、あんまり心配かけないでください」

 友里はすこしだけ惚気を含んだ声で、ただの後輩の話を膨らませることもないと思う。


『ううん、うーん、そういうことじゃなくて』

『友里は、お人好しだから、自分への好意を無下に出来ないってのを心配してんのよ!嫉妬するわよ』

「クローデット!」

 久しぶり!と言うほどではないのに、友里はその声に歓声をあげた。大変な年末の主な原因なのに、友達になって、楽しかったという思い出になっている。

 クローデットは腕を組んで、人差し指の指先だけを示すように友里に向けた。

『嫉妬させないでって言ってるの』

「優ちゃんの嫉妬…すっごいかわいいけど」

『かわいいで止まってる神経を疑うわ。怖いほど嫉妬深いわよ、優は。どうなるかわからない。というか、単純接触が多い他人がそばにいると、普通の恋人は不安に思うの』

「どういういみ?」

 はてなマークばかりの友里の顔を見たクローデットは、頭を押さえて、茉莉花をちらりとみるが、茉莉花は、「どうぞ」とばかりに右手を差し出す。クローデットは友里にわかる言語をさがす。


『優が女にまとわりつかれて、どうおもってるの?』

「…優ちゃんがかわいいから仕方ないな、って」


 友里の返事に、クローデットは本格的に頭痛がした。


『優にも、「友里がかわいいから仕方ないな」って思えってこと?』

「そ、それはさすがに!ないよ!!可愛くないし」

『バカね、優にとって友里は、かわいいの象徴…?権化なの、話しかけてくる人がみんな好きになるって思ってるの!帰国する日に教えたでしょ?』

「それほんと、信じられないんだよなあ…」


 友里と逢うことがないだろうと安心しきっていた優が、7年もの間、友里への恋心を滔々と聞かせていた相手が、クローデットだ。友里の態度に、やはりイラついてしまい、意地悪をしたくなってしまう。


『あんなに愛されてるのに!!』

 言いかけて、ようやく茉莉花に止められる。


『懐かれた程度だとは思うけど、もしも好意を向けられるような状況になったとしても、優が好きだから、他の人にモテても意味がないっていう態度を、優にちゃんと教えてあげないと駄目よ。言葉を大事にする子だから』


 茉莉花が、話をまとめていう。


「はい」


 友里はガッツポーズで答える。茉莉花は友里の心境の変化を、感じ取っていた。友里は、”線”を軽やかに飛び越えた顔をしていた。


『好きだから心配しないで!とかあほな言葉じゃダメよ!!』

 クローデットに言われて、友里は(そう言うつもりだった)という顔をした。


「じゃあどういえばいいの」


『あなたに言われる言葉以外、どうでもいいとか…世界中の花より、君が美しいとか、とにかくロマンチックに言葉を変換して!!!』

「例えるのは得意だけど、ロマンチックは難しい…!」

『優って意外と、ロマンチストだから、絶対』


 クローデットの趣味も入ってそうだなと思ったが、友里は黙った。クローデットは優を王子様だと思っているので、ロマンス小説の王子相手のような言葉を友里に伝授する。

『わかった?ちゃんと目を見てね、できれば震えながらね』

「できないよ~~」


 友里とクローデットの通話を、茉莉花はほほえましく見つめながら、友里だけにわかるように、メールで【綺麗になった理由、わかっちゃったわ。秘密の小箱を追加で送るわね】とからかってくるので、友里はビデオ通話の向こうに向かって何か言いかけて、真っ赤になって倒れた。

『あははは!』

『???』

 クローデットだけが、わけもわからずふたりを交互に見つめている。


 :::::::::::::



 深夜遅くまで通話してしまって、友里は大きく伸びをして、明日の学校の支度をして、アヴァから教わった寝る前ストレッチをしてから、電気を消した。ベッドに入り、スマートフォンを見た。もう2時だ。


 【優ちゃんおやすみ 大好き】と、入力して、たぶん通知は切っているだろうけれど勉強していたら悪いなと思った。なんとなく22時から5時までは、通話もメッセージも送らないことにしているので、やはり送るのはやめた。


 優のことを思い出したせいか、少し体がムズッとした。こんなことは今までなかったのに、(ホルモンバランスの乱れかも)と友里は慌ててスマートフォンを閉じて、瞳を閉じた。


 ──そういえば、ひとりでシたことがない。


 優としたのが、人生で初めての事だった。今度優にも聞いてみようと思ったが、それを聞くこと自体がなにがしかのスイッチになってしまいそうだなと思って、今夜のような日に考えるのは、やめておいた。


「………」


 やはり体がムズムズして、友里は寝付けなかった。茉莉花の”秘密の小箱”発言もきっと引き金になっていそうだ。

 ”秘密の小箱”には、いわゆる18禁な、性交渉用の衛生用品が入っていた。潤滑油付指用コンドームや、ローション、ひとりで楽しむ用のモノなどだ。優に指摘されるまで知らなかったものも沢山あって、戸惑ったのだが、高校生の身分で、絶対に手に入れられないものばかりだ。なので、それはそれで、友里的にはありがたいし、好奇心の塊のようで楽しかったが、優は茉莉花に対して、かなり激怒していた。


(優ちゃんが怒るのもわかるんだけど)


 思い出してくすくす笑ってしまう。優が怒っていたから、まだ衛生用品以外は使っていない。


(あの小箱を開けたら、わたしが使ったって優ちゃんにバレるんだよね…?)


 ゾクリとして、優がそれに気づいた様子を妄想してしまう。


(きっと、すごく困ってから、かわいく戸惑って「つかってみたの?」とか素直に聞いちゃうんだろうなあ……かわいい…ユウチャンカワイイ!!!)


 友里は蕩けるような気持ちで考えてから、ハッとして、その考えを捨てた。


(あ~~…やだ、もう、今日なんでこんなこと考えちゃうんだろう)


 友里は頭まで布団をかぶった。

 心臓がドキドキしているけれど、じっとしていれば眠れるだろうと安易に予想して、──結局、一睡もせず朝を迎えた。


 :::::::::



 最悪な気分のまま、1日ぐったり学校を消化して、あと1時間、6時間目を残すだけ…という移動教室後、廊下を歩いていた友里は、後ろから呼び止められ、近くにあった書道教室に、連れ込まれた。



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