第二部 三学期
第101話 三学期
※第二部です よろしくおねがいします!
台ケ原短期大学附属高等学校、商業科の廊下。
「駒井先輩みた?」
「見た、色気がスゴイ。あれはさすがにやばい」
「まじで3年の先輩が告って、振られたらしいよ」
「え?不文律あったんじゃないの?」
「3年は卒業だし、なりふり構ってらんないんじゃない?」
友里は、(廊下でする話じゃなくない?)と思いながら、紙パックのジュースを買った。
新学期。
確かに優は、今までもこれからも、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花を体現しているが、さすがにモテすぎではないだろうかと、思ってしまう。年が明けて、学校へ来た途端、どこに行っても、
優を自分の”もの”と意識する訓練をし過ぎたせいで、耳についてしまうのかもしれない。
(冬休み中、ずっといちゃいちゃしてたから忘れてたけど……。学校ってほんとに無理だな、絶対逢えない。詰んでるわ)
(でも、そう…”放課後15分”があるし、一緒に帰れるし)
「友里、移動教室!」
友人の
「そういや聞いたよ、駒井くん、男女問わず、告られてんだって」
「うん、わたしも今、聞いた。そういうの今まで、まったくなかったのに!」
「友里の淑女計画が、実を結んだんじゃないの?」
「ああ……」
友里はうなだれる。
「淑女計画」とは、友里が掲げていた「「駒井優は王子ではなく淑女です!」と世界に発信する計画」のことだ。
(そっか、こういうことになるのか…。)
「わたしは、阿保だ」
「しってるけど?」
萌果にざっくりいわれて、友里は胸がいたくなった。
「告白をされたら」なんて簡単にいっていた自分が信じられない。心の変化が不思議だ。
換気の為か、全開に開いている窓から、1月の冷たい空気が入ってきて、周囲にいた女生徒たちが「きゃー!」と悲鳴を上げて慌てて窓を閉めている。友里と萌果も、身を寄せ合って寒さに震えた。
自分のことをずっと、好きでいてくれた優には、なんてヒドイ事を言ったのだろうと反省する。
それなら確かにどんなに好きだと言っても、信じてくれないわけだと思った。
自分も告白がしたくなって、優にメッセージを送った。
【好きです】
メッセージを送って、2秒くらいで優から返信がきて、微笑んでしまう。
【はやくあいたい】
最近は、この言葉が1日に、何度も並んでいる。予測変換で書いてそうだな?と思うが、本当にすぐあいたいと、いつでも思っているのなら、友里はそんな優もちょっとくすぐったくて、かわいくて好きだと思った。
::::::::::
放課後になり、空き教室に向かう。優もやってきて、ふたりでいつもの教室に入ると、先客がいた。
ふたりに気付かず、夢中で熱いキスをかわしていて、音をたてないよう、そっとドアを閉じると、赤い顔で(学校で?)という顔をする。
「わたしたちは、おうちで……?」
「友里ちゃんは、今日もバイトで遅いでしょう?」
優が、照れた顔で言うので、友里は、(かわいい)と思いながら「やっぱちょっと色気が増した気がする」と口に出していた。たぶん思考と言葉が反対だと思った時には、言葉が終わっていた。
「えっ」
「あっ、いや、みんながそう言ってるの……。わたしもそう思う。色っぽいよね…」
「みんなが?!──恥ずかしいよ、友里ちゃん」
「え、今の恥ずかしい?……あ!」
友里はなにかを思いついたような大声を出して、左上を見て、うつむいて、足のつま先辺りを見つめる友里に、優が怪訝な表情をする。
「あ、ってなに?」
「ううん、なんでもない」
優に言われるが、友里は慌てて首を振る。
「変な想像した?」
耳打ちをされて、ゾクリとしてから耳を押さえた。誰もいない放課後の廊下とはいえ、刺激が強すぎた。
「し、してないしてないしてない」
このお正月に、優と一線をこえた。優が色っぽくなったとしたら、自分のせいかもしれないと友里は思う。優は自分ではフルフラットだというが、ふっくらとしてかわいい胸をしているし、水泳をやめてだいぶ筋肉が落ちて、もともと薄い体をしているので、目立つほど肩幅が無くなってきたのも、原因かもしれない。
女性的な曲線が出てきたと言ったら、どんな顔をされるのだろうか?
まじまじと優を見つめて、宇宙一かわいい恋人を品定めするような、品評するような目線になっていたことに反省する。
「優ちゃん、わたしは変態おじさんかもしれない」
「どんな造形の友里ちゃんも……かわいいよ」
優が震えて、「ふ」と噴き出したので、友里はまゆを寄せた。
「いま、わたしをどんな造形で想像したの?」
「──友里ちゃんがいつも送ってくる、スタンプの」
「『バーコードのマッチョさん』?かわいい!」
「そんな名前なの?!なんてひどい…」
優は憐憫を浮かべながらも、片手でお腹を、片手で唇を押さえて、噴き出すのを我慢しているが、普段と比べると、完全に大笑いしている。
淡いパステルのような単純な線のかわいらしい絵なのに、頭頂部の髪は薄く、バーコード状にして、眼鏡をかけたムキムキマッチョのオジサンが、さまざまな困難に耐えている画像がついた言葉を、友里は優に贈ってくる。
たとえば、「すぐ行きます」だとしたら、黒いビキニパンツだけを履いたムキムキのオジサンが、泣きながら自転車を濃いでいる、(なぜか頭に乗せた黄色いヒヨコが発光しているので、発電しているのかもしれない)というような、シュールなものだ。
ばっと誰かが振り向く気配がして、友里はそちらを見た。
黒髪の、友里より5センチほど背の高い女子がこちらを見ていた。黒いソックスを履いていて、制服の胸には赤いリボンがなかった。
早足で、女子はこちらに来た。放課後の校内に、上履きのゴムの音が響く。
「いま、『マッチョさん』の話してました?」
「あ、はい、うん?」
友里は、たぶん低学年の子だと思ったが、初対面なので敬語で思わず頷いた。黒髪の女子は、長い前髪の隙間から、黒目勝ちな瞳をキラキラさせて、友里を見つめる。タレ目で、下まつ毛の長い子だ。泣きぼくろがある。髪を掻き上げると端正な顔立ちが姿を現した。
「ありがとうございます、使ってる人初めて見た」
手を握られてしまい、友里は焦った。
「もしかして、作者さんなんですか?」
優が、友里の前に出てそう聞くと、相手の女子は「うお、駒井優」と今、気付いたようにビクついた。そんな伝説の生物に遭遇したときのような態度をとらなくてもと、友里は眉を八の字に寄せた。
「えっと……うわ、ごめんなさい!!こんな…急に言われてもマジでビビりますよね、ごめんなさい、でも嬉しいです」
つかんでいた友里の小さな手をパッと離すと、短い襟足をつまむようにして、女子は優ではなく、優の後ろにいる友里に答えた。
「すごい!審査大変って聞くのに!すごいかわいくて、お気に入りなんです!発想が面白くて、絶妙で楽しくて、いつも使っちゃう!」
友里が、手放しで誉めるので、相手の女子は思いきり照れてしまう。
「「エイムさん」、いつもありがとうございます」
「エイム?」
「クリエーターズネームだよ」
疑問を問いかける優に、友里が微笑みかける。
「あっいや、村瀬です、
「荒井友里です、2年です。こちらは駒井優さん、2年です」
長い前髪の隙間から、友里をしっかり見て、村瀬はペコリと頭を下げた。
「荒井さん。っていうか、すみません笑う。同じ名前の人がバイト先ですげえ歴史刻んでるんで、他人と思えない」
「もしかして、ファミレス?」
「あっそうです」
「もしかして大晦日、シフト変わってくれた?!ありがとうございます!」
友里が思い出したように、パンと手を叩いた。店長からのメッセージをスマホで確認して、『村瀬』の文字を見つけた。大騒ぎの大みそかに、シフトを変わってくれた。
「ああー、やっぱり!」
「えっいえいえいつも”ありがとー”はこっちです、うちいつも、直前で交換して貰ってて、これは恩返ししないとって思ってて!」
友里は知らない情報を聞いてヒュッと息を飲んだ。店長と話し合わなきゃという顔をする。
「わたし、今日も入ってるよ」
「うち、明日なんですよね。そのうち一緒になれたら楽しそうです」
「ねー」
優が所在なさげにしていることに気づいて、友里は「じゃあ、色々、頑張ってください、応援してます」と手を振って、歩きだしてしまう。後ろで村瀬がペコリと頭を下げて、走り出していった。
友里は隣の優をチラリとみた。いつもと違う顔をしている気がして、友里は、ときめきが隠せなくなる。
「優ちゃんが一番よ」
「別に嫉妬してるわけでは」
優が言うので、友里は(きゃー)と無音で唇を両手で押さえた。
「友里ちゃん、にやにやしてる」
「だってかわいいから!」
「話しただけでくだらないってわかってるんだけどなあ……わたしは暗い!」
「はあ、今日も優ちゃんがかわいい」
「はいはい」
友里と優は結局、どこの教室にも落ち着くことができず、予備校とバイトへ向かった。
:::::::
友里がバイト先へたどり着くと、村瀬がいて驚く。
「友里さんにあいたくて、飯島さんの代わりで入っちゃいました!」
にこりと微笑んで、村瀬は、長い前髪をオールバックにして、右目の下にある涙ぼくろのあたりを指で指すとパチンとウインクをして、制服は、ギャルソンスーツを着ている。
「あれ、『かっこいー』は無しですか?」
村瀬に言われて、友里は、「?」と言う顔をした。ギャルソンベストの胸をパンと叩かれて、気づく。
「制服、間違えたの?」
「ちがいますよ、制服着用ならOKって入店からずっとこれですよ」
友里は店長のもとへ駆け出すと直談判をした。
「だめだったー」
トホホーっと帰ってくる友里に、村瀬は笑ってしまう。
「どういうことです?」
「わたしは着ちゃダメって!!村瀬ちゃんは似合ってるからOKなんだって」
村瀬は「村瀬ちゃん」と呼ばれたことに驚きつつ、友里の行動や言動に苦笑しながら、バックヤードへ着替えに行く友里の後ろをカルガモの親子のように追いかける。
「それで、友里さん。かっこいいー、は言ってくれないんですか?」
「あー、うん、かっこいいよ」
「どーでもよさそう!」
本格的に笑いながら、村瀬は友里の更衣室までついてきた。
「村瀬ちゃん、ホールに出たら?待ってなくて良いよ」
「いや女同士じゃないですか、話したいことが一杯で」
「わたし、人に、着替えみられるの苦手なんだ」
キッパリと言うと、更衣室の鍵をパチンと閉めた。
「意外と警戒心つよい感じか?」
村瀬は独り言を言って、友里の閉めたドアを見ていると、1分弱で友里が出て来て驚く。
「えっ」
「あれっまだいたの?」
「だってまだ1分も」
「脱ぎながら着替えるとらくだよ!」
笑顔で常人にはできないことをいうと、不思議の国のアリス風の制服のエプロンに、オーダー用のマシン・二次元ハンディターミナル、通称”ハンディ”をずしりと入れて、友里は、あっという間にホールへ行ってしまった。
「おもしろ」
村瀬は、小さく口笛を吹いた。
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