第101話 浮かれすぎた
※イチャイチャです
朝の6時。早朝から、いつの間にか荒井家の鍵を持っていた優に起こされた友里は、パジャマがわりのロングTシャツに短パンのまま、駒井家の居間に、ぽやんとすわっている。
振袖一式を手際よく用意した、優の母の芙美花と優が、寝ぼけた友里の体に、目にも止まらぬ素早いスピードで肌襦袢を装着させた。
裸になったのすら感じず、友里は戸惑う。体の凹凸がほぼなくなった。
「優が赤だから、白い牡丹よ、かわいいでしょ紅白人形」
「友里ちゃんとお母さんは身長変わらないし、良さそうだね」
芙美花と優で楽しそうにしているので、友里は(美しい光景だな!)とうっとりする、まだ夢の中のよう。
あっという間に振り袖の着付けがおわり、帯もめでたく結い上げられ、ストンと籐の背の高い椅子に座らされると、髪を結い上げられた。1時間もかかってない。
「あら、軽い髪ね、かわいい!」
芙美花が言うので照れてしまう友里。
「友里ちゃんの髪、素敵だよね、あこがれる」
「いいわあ、女の子…素敵…着飾らせたい」
「わたしも見たい」
「じゃあ今度、スタジオに行きましょうか!」
当の本人をおいてけぼりにして、優と芙美花がキャッキャとはしゃいで、勝手なことを言う。
前髪を軽くカールさせて、カチューシャのように三つ編みの編み込みをしたあと、後ろ髪を大きめにまとめあげられた友里は、自分の顔の半分ほどもある大きな芍薬の花かんざしをつけてもらって、大いに照れた。ようやく目が覚めてきた。
「ひゃー、じぶんじゃないみたい!」
起き抜けの顔を、丁寧に拭かれて、お着物に負けないよう、薄化粧までして貰った。手鏡をみた友里は、嬉しそうに色々な角度でみたあと、優へ向き直った。
「どう?」
世界一かわいい恋人に向かって、友里はくるりと瞳を向けた。優は、胸のあたりを押さえて、友里を見つめたまま無言だ。芙美花がにこにこして、満足げに「うんうん」とほほえんで、手前のキッチンへ手を洗いに行った。
優が、友里のそばへそっと近づく。
「きれいだ…」
友里の襟足の後れ毛を、そっと持ち上げながら、優が友里の耳の後ろから頬を包んで、甘い声で言うので、友里は、カアッと赤くなる。キスをされるかと思って、見つめてしまう。
「優も着替えてきたら?」
奥で手を洗っていた芙美花が、叫ぶので、優は、ハッとした。
「ごめん、友里ちゃん、……着替えてくるから待ってて」
一瞬、優が指先をそっと握ったので、手をつないでエスコートされるままに優の部屋に連れていかれると思ったが、名残惜しそうに優がお別れを言うので、友里は「はあい」とかすれた声で返事をした。2日前の余韻が残っている。
母親に「すぐ戻る」と返事をして、居間から自室へ走っていく優の背中を見送った。
「優は自分で着れるけど、着付けはまだ無理って言うから、私が参戦しましたよ」
芙美花さんが、手を拭きながら先ほど優が、触っていった後れ毛にワックスをつけて、馴染ませた。ふわりと柚子の香りがした。
「すごいですね、着付けができるなんて」
「
「ひえ」
きらりと瞳を輝かす芙美花に、友里は震えあがるが、納得する。
「だから、優ちゃんって、所作も美しいんですね」
「優には、大人になってから無理難題ふっかけられたとき困んないよーにたくさん習い事させちゃって……逆に、彼女には大変だったかなと反省したけど、かわいく育ったから、まあ、いっかとも思っている」
「最高の仕上がりです、芙美花さん」
ふたりで穏やかに微笑みあって、大好きな優について語る。("優かわいい同盟"の楽しさ……さすが名誉会長…あれ?名誉顧問だっけ)友里は、最高の時間を過ごした。
「そういえば会員証、時期が悪くて、納期2週間は、全然守られなかったね。クローデットは、まにあわなかったし」
「年末って色々、本当に大変なんですね」
「そーよ!忙しかった。友里ちゃんも大変だったね」
「いえいえ、わたしなんて」
「今日も今からバイトなんでしょう?」
「午後からですね」
時計を見やるとまだ7時台だった。いつもなら眠っている時間だ。
「優と振袖で、お参りするなら車出すよ。ちょっと歩く特訓する?」
芙美花が、ショートブーツを友里に貸してくれる話をしていると、
「着替えてきました」
素早いスピードで、優が居間にやってきた。大柄な冬牡丹の振り袖姿を生でみた友里は、思わず本当に倒れこんだ。
「写真とは格段の…!破壊力!!やっぱ生は違う!!!!」
歴戦の兵士のように膝をついて、唸る。チラリともういちど見ると、困ったように眉を八の字にしている優。深紅の振袖は、肩の部分が紫がかった黒で、そこから裾に向かって、はじけるような赤になっていく。細かく金糸で手染めの冬牡丹に上から刺繍が施されていて、優自身が発光しているかのように、煌めいている。
「こ、この横に歩くのは、恐ろしいです…!!!」
「え…そんな」
優は一瞬、ショックをうけたようになるが、興奮した友里をみて冷静になった。
「美しすぎる…優ちゃんは、今、天界から降りてきた天女なんだね、…まだ自分自身が発光していることに気付いていないんだよ…人間界では、人間は光らないんだよ…力を押さえてくれないと、人間界に生きていけなくなっちゃうから、ほんと…怪しげな研究機関にさらわれて、わたしだけの優ちゃんじゃなくなっちゃう…!」
「おちつこうね?」
久しぶりに友里の発作を聞きながら、優は友里をそっと立たせた。
「友里ちゃんのほうが、まばゆいくらい、きれいだから…」
優は本心から、友里の両肩を持ってそっとそういう。
「優ちゃん……」
見つめ合ったまま数秒、ハッとして芙美花を見た。
「うん、ふたりとも可愛い!紅白さいこうだわ」
にっこり微笑まれて、優はきっと色々気付かれていそうだなと不穏な心臓を押さえたが、友里は全く気付いていなかった。
:::::::::::
8時に参拝を終えた。おみくじは、優が大吉で友里が小吉だった。
芙美花の車で、1軒だけ新年のあいさつ回りに同行した友里は、駒井家の親族からお着物姿をたくさん褒められて、お年玉を頂いてしまった。
「初お年玉だああ!」
喜びすぎて、はしたないと膝を直した。
「あれ、友里ちゃん、お母さまからは?」
芙美花に聞かれて、今、親が大阪へ行っていることをポロリと言ってしまって、どうして駒井家に来ないのか怒られてしまった。初叱られだ。
「そんなことなら年末から家にいればよかったのに!」
逆にそう言って、芙美花は友里にお年玉を渡すと、悔しがった。優と2人で微笑み合って、でももしもそうなっていたら、(えっちはできなかったかもな)と友里は一人で思った。
「じゃあ、部屋で着替えてくるね、友里ちゃんもいこう」
「え、え、優ちゃん?」
「はいはーい、待って、写真!」
駒井家に戻ってきて、居間でくつろぐのもそこそこに、2枚だけ写真を撮って優は友里を連れて、2階の自室へ向かった。
「どうしたの優ちゃん、お着物大変だから?まだ──」
言葉を継げる前に、優が友里の唇を奪った。
「ん…」
「んん…」
「かわいい…友里ちゃん」
「んあ…っ」
優は頬を両手で掬い上げるようにして、水を初めて飲んだ人のように友里の唇をむさぼる。友里は呼吸が上手くいかず、お化粧が取れてしまうような不安感と、お姫様のようにうつくしい優から、突然あふれだした欲の様子に、ドキドキして心臓が爆発しそうだった。
「優ひゃ…」
舌が口の中に入ってきて、友里は大きな飴玉のようだと思う。まだ少し慣れなくて、甘いけれど、大変で、汚れてしまうのが怖くて、早くお着物を脱ぎたかった。
「優ちゃ…脱がないと…」
言う間に、背中に回された手で優が友里の帯を手際よく外すので、ホッとしたが、魔法のように紐をひくたびにバサリとあっという間に床に転がっていくので、それはそれで恐ろしかった。
(た、高いんだよねこういうの…??)
ポンとベッドに押し倒されて、振り袖の前がはだけたまま和装下着をパチンとはずされると、胸がすぐに露わになった。
「あれ、わたし、下着を付けずに駒井家に…?」
「うん」
「は、恥ずかし…」
胸を押さえて、縮こまる。
「はあ…もう…ごめん友里ちゃんが可愛すぎて………すごい、したい」
「ええ?和装が好きなのかな?そんなに…?」
「うん、和装…好きなのかも。煩悩が消えないのは除夜の鐘をきかなかったからかな…?」
「あはは」
友里は笑うが、優が真剣な表情をしていたので、起き上がって、横に座らせると、振り袖姿のままの優にキスをした。優は、そっと目を閉じて、友里に身を任せた。
「帯でくるくるするやつ…できるのかな」
「?友里ちゃんがしたいこと、していいよ?」
帯を持って無理矢理脱がさなくても、優が、ささっと片付けながら脱いでしまうので、意味を知らないのだろう。友里は、はにかんでしまう。さすが、淑女はちがう。
「んーん、優ちゃんのご希望に答えたい!」
まだお昼の10時だったが、友里は優の欲求にすべて応じた。
::::::::::::
ふたりで優の部屋から、階段を下りていくと、今起きたばかりの三男に、「おはよー」と声をかけられた。
ビクッとしてしまう友里の前で、優はいつものように平然と返事を返している。
「あ!お着物自撮りするのわすれた」
「え、それなら撮ってあるから大丈夫だよ」
「優ちゃんと一緒のが良かったの!」
「ああ…じゃあまた明日、着ようか」
優の含みある言い方に、友里は一瞬だけ「ぐ」という顔をしたが、可愛すぎる恋人のお願いを、断れるわけもなく、OKしてしまった。
しかし優に「着物の帯を持って、引っ張ると引っ張られた人はくるくるとコマのように回って、自由が奪われたまま布団に倒れ込む」状況を教えたりして、友里は友里で楽しんだ。
浮かれすぎたお正月だ。
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