第100話 お正月
「ううう、優ちゃん、初詣の約束が守れなかった!ホントに申し訳ないけど、13時からバイトだわ」
友里が泣きながら、最愛の恋人をジャージ姿で自分の家の玄関前までで見送る。自転車で駅までダッシュしないと間に合わない時間だ。
「…わたしも悪いから、ごめんね、体、大丈夫?」
意味を含んだ声で、優が言うと友里がポッと頬を染めた。
「三が日中に絶対お参り、いこ」
「うん、じゃあ、わたしは一度うちに帰るね」
「離れたくない」
「あはは、わたしも」
ぎゅっと抱き締めあって、「いってらっしゃい」と優にいわれて、友里は後ろ髪を退かれる思いでアルバイト先へ向かった。優は、ポニーテールがゆれる後ろ姿がみえなくなるまで、見送った。
「はあかわいい…」
優は荒井家から角を曲がって家に向かいながら、そういえば、なんの連絡もせず、荒井家に泊まったことに気づいて、どこか浮き足立っている体から、さっと血の気がひいた。
彗にお礼のメールすらしていない。不覚だ。まさか自分がそんなに浮かれていたとは思わなかった。なんの根回しもしないで、帰宅する我が家の恐ろしさと言ったらなかった。クローデットに言われたような浮かれた顔色で帰らないように、気をひきしめた。
「あけましておめでとー」
彗に玄関を開けて貰って、優は拍子抜けする。
「明けましておめでとう…ございます。あ、彗兄、運転大丈夫だった?ありがとう」
「大丈夫、鍛えてるもん、俺。仕事いってくる!写真見せてな!明日も着て!」
優と入れ換えに、出ていくついでにお年玉を貰ってしまう。
「お帰り、優、お雑煮はどうするの?」
「お餅ひとつで、ただいま。明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」
母と父に挨拶をして、ペコリと頭を下げると、ふたりからもお年玉を貰う。
「後、これが祖父母と、茉莉花とその有志たちと、
「うわ、ありがとう…」
八枚ほどの小袋を玄関で貰って、優は困ったような、ありがたい気持ちになる。なんの根回しなどしなくても、なにも変わらない家族に、優は戸惑いつつ、無断外泊を謝罪した。
「連絡もせず、すみません」
「友里ちゃんから、「うちに泊める」って連絡きてたわよ」
「えっ」
「お疲れ様。では着替えてきてから、今年の抱負をやりましょうか。お着物はどうする?」
「着てきます」
「はい、待ってます。お風呂もわいてるのでどうぞ」
クローデットの旅費をこえる大金を帰宅早々頂いてしまって、優は自室に戻ると、引き出しにとりあえず納めた。
友里が連絡をしていてくれたことに密かな高揚感を覚えていた。なぜだかわからないが、すごく好きだと思ってしまった。お互いの恋を確かめ合ってから、よく友里が「パワーがみなぎる」と言っているが、(なるほどこれが)と思った。
作り付けの家具の中にある三段の桐のタンスから、着物を一式取り出し、ベッドの上にそっとならべた。
お風呂を頂いて、部屋にまた戻ると、なれた手付きで振り袖に着替えた。
「あらためまして、新年、おめでとうございます」
居間に向かうと、長兄と三男も、新年の着物を着て待っていた。
「おめでとう」
「今年もよろしく」
長兄からもお年玉を貰って、優はお礼を言う。三男からはなぜか飴をひとつ貰ったので、優もチョコレートを返した。
「年末大変だったそうじゃないか」
皆でおせちを囲みながら、談笑していると長兄の晴に言われて、優ははにかむ。振り袖は赤い大柄な冬牡丹が肩から濃くグラデーションを描いて、白いソファーに座る優を一枚の絵のように飾る。黒髪には同じ色の小花のかんざしをつけている。
「振り袖着てると、さすがに女子だな」
三男がくちさがなく言う。
「……もうなにも食べられない」
優はそれにはなにもこたえず、祝詞と桜をあしらった金色の帯をさすりながら、絞めすぎた己れをうらむ。
「兄たちと同じ着物着ても良いわよ」
母がそっと父が昔着ていた、紺色の男装をすすめてくるので戸惑うが、お言葉に甘えて、挨拶参りなどは身軽な男装になろうと言うと、父が振り袖のままの方が良いと子犬のような顔で言う。優とそっくりらしいので、いつかこの子犬技がマスターできるようになるのだろうか?と優はぼんやり思う。
「その前にみんなで写真とってもいい?」
駒井家のお姫様にたのまれて、全員が承諾する。初期研修医の彗だけが欠けていることを惜しむ。
「彗にも送っておこう」
母がすぐにデータを、四方に発送するので、優が送る前に、バイト先にいるはずの友里から要約すると「綺麗すぎて一回死んで生き返った」という意味の長文が送られてきた。
母と懇意なのは嬉しいが、なかよしすぎて若干ひく。
【はやくあいたい】
さっきまで一緒にいたのに、もうあいたくなって、優はそう送った。いつも、この短文を送っているので、「は」といれると予測変換で出てしまって、人前で、は行を入力する時は気を付けないといけないと思った。
「今年の抱負をどうぞ」
母の号令に、皆が襟をただして、答える。
「論文がんばります、私生活もあと少しは向上したいです」と長兄。
「大学がんばります、リア充爆発」と三男。
「世界平和!」と次男が母にメッセで伝える。
「みんな朗らかにいこうね」と父。
「全員健康」と母。
優は心が穏やかだった。
醜い不安はなりを潜めている。消えることはないだろう。しかし、自分自身の後悔を抱えてない人なんて、きっとこの世界にはいない。後悔があるから、正しく在ろうとするのかもしれない。
友里を信じて、友里に信頼されるような人に、きっとなろうと思った。
「受験頑張ります。あと、友里ちゃんと仲良くします」
「仲がよろしいことで」
家族に言われて、優の陶器のような肌が赤く染まった。
一部・終
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