第99話 年明け

 ※背後注意



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「はあ…」


 友里の家の大きなお風呂ががもうもうと湯気を立てて、たっぷりのお湯が、優と友里、2人を温めてくれる。

 元旦、朝5時。ふたりは「恋人として初めて一緒に入るお風呂」を叶えた。

 一大イベントだが、先ほどまでの余韻と高揚感で、ふわふわとした光に包まれていて、友里はぼんやりしてしまう。隣にいる、優の姿をちらりとみて、湯気と窓から差し込む初日の出に包まれて、女神の彫刻のような、神々しさとあまりの色っぽさに、ふわ~~とどこかに連れて行かれそうになる。優の陶器のような肌にキスマークがあって、自分でやってみたくてしたくせに、生々しさに、どきりとした。


「腰が…」

 しかし等の本人は、険しい顔をして、腰を揉んでいる。

「明けましておめでとう、優ちゃん」

 友里がにっこりと優の顔を覗き込むと腕だけを背後に回して、腰を撫でた。優は赤い顔で、ちょっとだけ唇を尖らせて、照れたように友里を見つめた。

「明けましておめでとう、友里ちゃん。何度目?」

「だって!そういう気持ちなんだもん!」


 友里はニコニコ上機嫌で、優の頬にキスをして、お湯をかき混ぜたりしている。


 昨夜からずっとふたりきりですごした。服を着ている時間がほとんどなくて、優はあまりの展開の速さについていけてない。

 クローデットを見送って、我儘を言って、その後、友里が不安を拭い去るように告白をしてくれて、あっという間に抱かれて…?

 優は友里に抱かれた経緯を思い出そうとするが、ホルモンバランスが乱れている時の夢よりも複雑で、恥ずかしくて、顔がほてって、脳が回想を拒否する。

「途中からちゃんとお部屋に行ったけど…どうして、初手廊下で…?」

 狭い廊下の床で、赤く擦れた腰をさする。

「だってもう、我慢できなくて」


 悪びれもせず、無邪気な友里に、優はなにも言えなくなる。


「自分でしたかった?」

「……友里ちゃんなら、どっちでもいい……」

 落ち込みつつも真っ赤になって答えるので、お風呂が熱いのか照れているのか、後者だといいなと思いながら友里は優の透き通るような淡いピンクの頬を柔らかく包むように片手で撫でた。

「……っ」

 優が、びくりと震える。かわいい。いけない欲がまためぐってくるようだった。

「する?」

「………もう、すぐそういうこと言う」


 困ったように優が見つめるので、友里は、しかし愛すというより奪った感じだったかなと、今さら気づいて謝罪した。

「ロマンチックじゃなくてごめんね」

「ロマンスを求めてる訳じゃないけど」

 優はお湯のなかで体育座りをして、肩まで浸かる。無邪気な友里がそこにいるのに、体の各所が、夜の大胆な友里を思い出して勝手に震える不思議さを味わう。


「でも、友里ちゃんに触れるのが、怖かったから、飛び越えてきてくれて、嬉しかった」


 雫が天井から落ちて、友里のまつげに当たった。

 友里はびっくりして、雫から避けるように優の肩にそっと自分の体を寄せる。

「こわかったの?」

「うん」

「わたしの、どの辺が…?だってマッサージ…」

「あれは、誰でも触れるところでしょう…恋人だけが、触れるところは、好きすぎて…これ以上汚したら、きらわれそうで……」

 言いながら優もよくわからないように、首をかしげた。


「かっわいい……」


 絞り出すような低音に、優がビクリとする。

「はあ…優ちゃん可愛い……国の…いや全宇宙の………いや違うや、わたしだけの宝モノ」

 何度も言い直すので、優は苦笑してしまう。よほど、昨日の我儘を気にしてくれている気がして、くすぐったくなった。

「不安に感じてごめんね」

 そっと、優は肩をこつんと寄せた。

「ううん、不安は、きえた?……これからは!強くなるよ!」

「それだけじゃなくてね…」

「?」

「怪我のせいで…やさしくしてると思われて、それで友里ちゃんがわたしを間違えて好きになったんじゃないかって思ってたけど、後悔しないって言ってくれて嬉しかった」

 自分の膝をそっと抱きしめて、優が言う。きっとそれは、優にとっての傷の告白に違いなかった。けれど、柔和に淑やかな声で言うので、不安は消えているのだとわかる口調だった。


「か…!」


 友里が、お風呂に飛び込む勢いで頭を下げるので、優があわてて抱き留める。

「友里ちゃん!おぼれちゃう」

「かわいすぎて死ぬとこだった」

「え?どの辺が……?」

「…全部」

 優はパチクリと瞳を丸くした。ふわりと湯気でぼかしがかかって、鮮明な姿よりも友里には幼く見えた。長いまつげが、まばたきをしたら髪から雫が一つ落ちて、友里はその光で心臓をやられた。

 自分が一番そばにいるから、友里が間違えて好きになったと思っているこのかわいい物体を思って、友里はくらくらした。どんなに愛を伝えても、優が、自分自身のことを”かわいい”と思っていなければ、それが伝わらないと思って、友里は前途多難を思ったが、それすら(こんなに可愛いことで悩んじゃうくらいかわいいのに自分のことなにもわかってないんだ!?かわいい!!)と思ってしまう。



「この気持ちは、間違いじゃない」


 優の胸に抱かれながら、まとめ髪をお風呂に浸らせて、友里はまっすぐ優を見つめて濃い蜂蜜色の瞳を輝かせた。頬が赤く、幼い子どもの頃のような笑顔で、自信に溢れた姿に、優は胸がジンとした。


「友里ちゃん」


 素肌のまま抱きしめ合ってみつめあう。

 優が瞳を閉じたので、友里もそれに応えて唇を寄せた。そのついでのように優の胸を友里が触ると、優はビクリと体を震わせる。

「友里ちゃんこんなフルフラット、楽しいの?」

 すこしだけ困ったような、けれど照れたような顔で、優はジットリという。

「うん、かわいい。最高のさわり心地。優ちゃんもわたしのをさわる?胸に興味ないんだっけ…」

 たぷンと、お湯の中でまっしろいそれを両手持ち上げるので、優がサッと目をそらした。(目をそらすことないのに)と思って友里は、優の体にタプンと付けた。


「!!友里ちゃん!」

「え、ごめん、はしたない?」

「あの、いつも言うけど、…友里ちゃんの体に興味ないわけないじゃない…」


 言いながら、優は、お湯の中で迷っていた手のひらをそっと友里の胸の先端まで伸ばし、指先だけでふれた。

「あ!」

 友里が思っているよりも声を上げ、パシャンとお湯が跳ねた。お風呂場に声が響いて、優は戸惑ってしまう。

「いたかった?」

「ううん。その、いつも、鎖骨とか?他のとこばっか触るから、急に、その、局部に??来ると思わなくて?」

 アハハハと言いながら、友里が真っ赤になっていく。


「ああ……」

 優は目をそらす。友里は照れたようにそれきり無言になった。友里の胸を、優がそっともう一度触った。友里は、びくりとして、浴槽の縁に背中をつけた。

「あっ……」

 声が響いて、心音が高まる。バシャリとお湯が踊った。

「ま、まって優ちゃん」

「待たない」

「だってのぼせちゃう…」

「昨日、自分が、どこでしたか思い出して」

「……!」

 友里が強く抵抗できない勝手をした材料を持ち出して、優は、友里の素肌を撫でる。鎖骨に口づけをされながら、お湯のなかで滑るように、なだらかな手のひらの感触が、弱いところを的確に示して、友里は、一瞬でのぼせたように喘いだ。


「優ちゃん……!」

 でもまって、と耳打ちをする。部屋に茉莉花からの秘密の贈り物がたくさんあることを、ものすごく恥ずかしがって、ぼかしながら、優に伝えた。

 ふたりで大きな浴槽に、横並びになる。


「……ねえ、お風呂、出て、友里ちゃんのお部屋に行ってもいい?」


 そっとお誘いを言って、視線を向けた優は、友里に、にんまりっと嫌な笑い方をされた。およそ恋する乙女の笑顔ではない。

「……貞淑な淑女を天界から落としてしまったみたいで、申し訳ないきもち」

 照れ隠しなのか、なんなのか。優はそんな笑顔の友里もチャーミングだと思う。


「淑女なので、お部屋でと、思っているだけだよ」


 優がそんな風に初めて、友里にうそぶいて、友里は、思わず噴き出してしまった。


 ふたりで微笑み合ってバスタオルだけ巻いて、友里の部屋へ駆け込んだ。



 友里のなにもない部屋で、何度もふたりは愛し合った。迷いは、かき消されていた。


 ふたりの傷に、穏やかな気持ちで、キスをした。


 幸せすぎて、どうにかなりそうで、お腹が鳴って、現実に戻されたりはしたけれど、そんな瞬間すら幸せだった。

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