第93話 プレプロポーズ


 クリスマス深夜。


「出たよー!優ちゃんもどぞ!」

 あっという間に、ほかほかの友里の元気な声がして、優はびくりと体を震わせた。やはり薄手のロングTシャツに短パンでパーカー姿のいつもの友里だ。


「うん、いただきます」


 優はもう限界な気持ちで、よろよろと友里のあとのお風呂に入った。


「優ちゃん、着替えと下着おいておくね」

 入浴している最中に云われて、優は荒井家の大きな浴槽で、ドキドキしながら返事をした。よく考えなくても、友里が自分の下着を保管しているのはおかしな話かもしれないが、深く考えるのは辞めている。

 お風呂から上がり、グレーの上下のスポーツタイプの下着を着け、髪を乾かして、友里が用意してくれた着替えをみた優は、驚いた。


「友里ちゃん!これ──」

「うわー、きれい!最高!雪の女王様!」


 淡い青いベールのようなワンピースを着た優が飛び込んできて、友里は、泣きながら拍手をした。


「さすがにこれは、恥ずかしいな」

 優は、バスタオルで体を隠して出てこようとしたが、残された素敵なカードに『Merry Christmas!大好きです』と書かれていたので、クリスマスプレゼントだと理解して、観念して袖を通した。しかし肌が出すぎている気がして、バスタオルが手放せない。

 ノースリーブでAラインのホルターネックワンピース。首元から腰までは淡いレース生地が2枚重なったようなきれいなドレープが胸のあたりの切り返しまで広がっている。腰から外へ広がり、タイトな様子で裾までの布地が美しいラインを描いている。生地はサラサラとした手触りで、真っ白に煌めいているが、裾の端から腰のあたりまで、上に向かって氷が駆けあがるようにグラデーションを描く小さな青いビーズが刺繍されていて、そのおかげで真白のワンピース全体を淡い水色に見せていた。氷の粒をまとっているようで不思議だ。


「隠さないでちゃんと見せて」

「もう……」

 そそとした仕草で、優はバスタオルをはらりと落とした。足首までのラインをS字に描いているので、花のつぼみのようで友里の趣向には目を見張るが、肩幅の広い自分が肩を出すことへの抵抗感がひどくて(女装感すごそうだな)と、ドキドキしてしまう。


「はあはあ〜〜〜ありがとう神様!優ちゃんをこの世に産み出してくださって…!今この瞬間に生きてることに感謝します……!」


 友里は、指を組んだり柏手を打ったりして様々な神様にお礼をした。

「優ちゃん、最高に美しい!キレイ!全てのラインが天才」

「そんな…」

「コートが白だったから、企みがばれてるかとヒヤヒヤしてたけど、これ着て初詣行こうね!」


「いやいやいやいや、これは完全に、結婚式でしょ…」


 いいかけて、友里をみる。ウェディングドレスのようで、優はドキドキしていたので、友里もその気だったらいいなと思って見つめると、ポッと頬を染めた。


「あ…あの。そうなの…優ちゃんのウエディングドレスの、試作品なの…」


 どきりと胸が踊る。友里がそっと近づいてきて、優の腰に手を回す。試作品ということは、本番も?優は嬉しいようなくすぐったいような、やはり恥ずかしいような気持ちになって、スカート部分をそっと撫でる。


「試作品って言うとあれだけど!ちゃんと、本物の──だよ」


 プロポーズのつもりなのだろうか?ドキドキして友里を見つめた。そっと友里が腰に手を回すので、なすがままになってしまう。


「あ、やっぱり、ちょっと緩いのね」

「え」

「ううん、こう…曲線にしたかったな…」

 つんと服の背中を引っ張って、友里が言うと、確かに美しいラインを描く。創作の話になって、ホッとしたようながっかりしたような気持ちで友里を見つめる。


「今度…ちゃんと全身をはからせてくれる?」

 抱き着くような態勢で、上目遣いの友里が言う。

「うん。いいよ」

「やったあ…へへ」

 照れたように友里が微笑むので、プロポーズと意識した気持ちをどこかに追いやり、(全身とはどこまでだろう)と考えて優も照れた。

「このビーズの刺繍なんてすごいね、どうやってやったのか見当もつかない」

 優がいつものように友里の苦労した所を言い当てて讃えてくれるので、友里は恥ずかしそうに後頭部に手を置いた。友里は優の熱っぽい解説を聞くだけで、うっとりしてしまう。ひとしきり褒められて友里はふわふわになった。


「昨日、仕上げする予定だったから間に合わないかと焦ったけど、間に合って良かった…!」

 子どものような満面の笑みで言うので、優は心が穏やかになった。

「…素敵なドレスありがとう」


 と、同時に友里がどんなに頑張ったのか、優は胸がいたんだ。優とクローデットの制服を作り、このドレスを作り…パジャマパーティも快く参加して、バイトに明け暮れ……実際、時間が足りない。倒れるわけだと優は思った。

「頑張りすぎだよ、友里ちゃんは」

「優ちゃんのために、って言いつつ自分がみたいだけなのよ」

 ピースサインを作って友里があっけらかんと言う。そんなふうに、すぐ優の不安を消し去ろうとするところも、優はときめいてしまう。


「友里ちゃん…」

「プロポーズは、もっとちゃんと、しっかりするからね」

「え」


 きゅっと抱き締めると、友里が優の胸の中で、答えるようにそう言う。抱きついて、スッと上を向き、流れるような仕草で口づけをした。

 労いや愛おしい気持ちだけが胸を占めていて、戸惑いがなかったので、優は、何度も角度をかえてキスに答えた。友里の薄く空いた口中の舌を舐めて、そっと歯の裏側をなぞる。


「……っ」

 友里がビックリして、優の背中にあった手を浮かせて逃げようとしたので優は友里の背中をキツく抱いて、片方の手で首筋から頭にかけておさえた。

「んあ…」

 友里の呼気がみだれて、甘い声がしたが、気にせず続けた。


「優ちゃん、……め」


 否定の言葉に聞こえたが、瞳は閉じたままなので多分大丈夫だと思い、優は続行する。呼吸の音と心臓の鼓動がなりやまなくて、優はそのまま、荒井家の居間の床に、そっと友里を押し倒した。

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