第95話 バイバイ
【今年もいろいろ、ありがとう、来年もよろしくお願いします。】
友里からのメッセージを見ながら優は微笑む。画面の時間は12月30日朝の8時をしめしてる。このメッセージは、今朝のものだ。
【年末は明日だよ?】
【だって新年!!ワクワクしちゃって】
【わかるよ。そうだ。今夜、迎えに行くときにほしいものある?】
【シュークリームとか食べたくなっちゃう!けどダイエットだから中だからなにもたべないよ】
【おいしいと思って食べるものは、カロリーゼロって友里ちゃんが言ってた】
【ほんと?友里さんって人、良いこと言うね、じゃあお願いします♡】
夜8時。メッセージ画面をみて、くすと笑ってしまう。
マッサージをしてから、このところ、少しだけ距離が近づいた気がしていた。
優へ、友里が気安くなったのかもしれない。
クローデットに対して、嫉妬のような、気安さへの憧れを吐露してからなので、きっと無意識ではないとは思うけれど、それでもまた新しい関係が構築できそうで、優は嬉しくなってしまう。
危ない目に遭ったので、一時は心配したが、友里は全く気にしていないようだったから、”怖かった!”という感情に気付いてないのかもしれない。こちらが気にして対応しておこうと思った。21時に終わるのに合わせて、日勤の彗に、しばらく車を出してもらってバイト先まで迎えに行っている。
優はそろそろ友里の迎えの時間なので、コートを着た。
「優は甲斐甲斐しいね」
クローデットが、金色の髪をシュシュで結いながら、外出の支度をしている優に言う。友里が同じような布を持っていたので、プレゼントかなと、ちらりとみた。
「あ、そうよ、クリプレ。他にもいっぱいくれたわ!あの子も面倒見がいいよね、優へのプレゼントとは、雲泥の差だけど!なにあれ?オートクチュールかと思うわ」
「それは…」
「恋人と友人の差、でしょわかるわよ!もう」
「いい子でしょ?」
「のろけ~」
キャッキャとクローデットが喜ぶ。優の発言に、いらいらもしなくなっていた。数日前と同じ人間と思えない。
「…ねえ、もう一線を越えたの?」
体の関係を、日本式にセックスと言っていたのに、いつものクローデットとはちがう、しとやかな聞き方に優は噴き出す。
「だって連日、誰もいない友里の家にいって、スッキリした顔で帰ってくるから…!」
(スッキリした顔!?)
優は己の浅はかさにショックを受ける。もしかしたら彗にも、同じことを思われているかもしれない。
「友里ちゃん、労働で大変おつかれだから、マッサージしてるだけ」
「ふうん…え~本当に?別に、言ってもいいのに」
「もしもしてても、しましたなんていうわけないでしょ?」
「秘密主義者!」
「普通です」
クローデットに問い詰められて、抱き着かれて足を絡めて、揺すられるが、本当に何もしていない、嘘をついていない優は、強気でいられた。
「でもマッサージなんて、ずいぶんな趣味を見つけたわね。人体の勉強がてら?」
クローデットに言われて、優は頷く。
「友里ちゃんのことが労えるし…そうだな、いつも彼女の体には触ってはいけない気がするんだけど、触っても良いような…理由ができた感じがして、大切にできるから、とてもいいよ」
「優が長い言葉、はなしてる」
クローデットが驚いた顔で、そしてふんわりとほほ笑んだ。心の底から嬉しそうだ。
「っていうか、する側なの?」
「うん」
クローデットは噴き出して、優の肩をバンバン叩いた。
「思ってた関係と違う!」
「だからいってるでしょ?大事にしたいの」
面白がって抱きつくクローデットを引き剥がしながら、優が、また友里のことが大切だと強調をして、怒る。
「そういえば、クローデットは何日までいるんだっけ」
話を逸らすと、クローデットが、言い淀みながら年明け6日に帰国することを告げる。優たちの学校が7日からなので、見送る約束をした。
「お見送りでキスしてくれる?」
「しない」
「じゃあ友里にしてもらお♡」
「だめ、それならわたしで我慢して」
「すぐ自分を差し出すんだから~」
頬にキスをされて、優は困ったような顔をした。
「頬ならいいでしょ?」
「うん、まあね、もうあきらめた。いとこだもん」
にこっとほほ笑み合う。クローデットの髪が揺れた。
「優、そろそろ出よう」
彗がドアをノックして、誘ってくる。返事をして、クローデットにもシュークリームを買ってくる約束をして、家を出た。
「バイバイ、優」
クローデットはブルーグレイの瞳を輝かせて、笑顔で小さな手を振った。
::::::::::::::
帰宅した優は、クローデットにシュークリームを渡そうとして、芙美花もいないことに気付いた。
駒井家で頂こうと思ってついてきていた友里も驚いて、彗が母に連絡をする。
そして、ふたりがもう成田へ向かっていることを知った。
「なんでそう、突然なの?」
『これでも前泊チェックインを大幅に遅らせたのよ?』
スマートフォンをスピーカーにして、彗と優、友里の3人で運転手の芙美花と助手席のクローデットと話をする。
優が、先ほどの会話のウソを指摘する。
「お見送り行くって言ったじゃない」
『言い出せなかったの!ほんとに!ここにいたいって言ったら茉莉花が許してくれて、「あんたチケット買ってあるでしょ!」とか言わないから、ここまでずるずる嘘つくことに…』
「だからって…」
「クローデット、寂しいよ。内緒で行っちゃうなんて。もう少しいてよ」
友里もスマートフォンに話しかけた。
「まだ優ちゃんの可愛いとこ、いっぱい話してないよ?」
『も~、ぶれないなあ!』
クローデットはスマホの向こう側で笑った。
『でも今やめにしても、絶対帰ることは決まってるの。寂しいな、くらいがちょうどいいよ』
「……ほんとに、気を付けてね」
優が、あきらめたように言う。
『uh huh sure... 』
シン、とした。誰も一言も言えないまま、通話だけが続いている。
「ダメ!!優ちゃんがひきとめないなら、明日お見送りにいこう!!!!!!」
「は?!友里ちゃんバイトでしょう?!無理だよ」
「無理じゃない…!!!こんなお別れの仕方、寂しすぎるよ!!」
友里だけが手を振って興奮している。
「クローデット、明日は何時にでるの?」
『ええ…17時よ』
『嘘よ!10時40分』
『芙美花!!』
「じゃあ、バイトは少し遅らせてもらえば、大丈夫!」
「友里ちゃん」
「もうにどと逢わないつもりかもしれない。ううん、すごい遠いんだよ、なにかがあって、逢えなくなるかもしれない。そうなったときに、優ちゃんが傷つくの見たくないから」
『友里!やめて!』
「ぜったい優ちゃんつれてくから!!」
向こう側のクローデットが通話ボタンを切ったようで、画面が黒くなり、通常の待ち受けに戻った。
「友里ちゃん」
「彗さん、明日って」
「大丈夫だよ、と言いたいところだけど、年末年始は日勤だね」
「じゃあ今!向かおう!」
「いま!?」
「いま!?」
優と彗が、兄妹らしい驚き方でシンクロした。
「あ、彗さんは行かないのか…!電車で行きます」
慌てふためく彗に、友里が手を振って、もう出る準備をしている。
「いやもう、終電になっちゃうし、今夜はどこに泊まる気?明日のあさイチ、出かけなさい」
彗があわてて友里の手を引いて、大人の言葉で引き留める。友里はしょんぼりして、うつむいた。
「少しでも長く、いられるかと思って」
彗は腕組みをして、しばし、俯く友里を見つめる。優を見ると、フルフルと首を横に振っているが、彗は決意してしまう。
「わかった!わかりました!!俺が送ります」
「は?!彗兄?!」
「決まったらもう、いこう、俺はとんぼ返りするから、優たちは明日、必ず昼間のうちに!電車でゆっくり帰っておいで!」
「わああ!おにいさん!」
抱き着かんばかりに喜ぶ友里をみて、彗はツンツンと立てた髪を掻き上げると優に謝る。
「友里ちゃんに弱いんだよ、俺」
「もうー…彗兄…!」
優だけが困ったようにしている。
友里がバイト先に電話すると時間変更だけでなく、村瀬さんという高校生が、友里のバイト時間を丸々と引き受けてくれたと、店長から折り返し連絡がきた。それからなにか相談しているのを横目で見ながら、優は考えていた。
クローデットが、フェードアウトを求めているのに、友里の強引なポジティブさを浴びて、戸惑っていないか。パジャマパーティーが、さよならの証だったのではないか。
クローデットと優は似ているから、友里のポジティブさがきっと、まぶしい。もしも、友里とお別れすることになって、遠くへ行こうとしているのに、友里の恋人に、同じことをされたら自分なら堪えられないかもしれないと思った。そして、そのいとしさに触れたら、恋心を絶対に忘れる事が出来なくなる。
友里は、やさしくて、とても残酷だ。
「クローデットに、素敵な優ちゃんのアルバムをありがとうってまだ伝えてなかったんだよ」
複雑な気持ちのまま、友里を見つめる。愛しくてかわいい、誰にでもやさしくて平等な、恋人。
恋人なのに、独占欲すら見せてくれない。
「優ちゃん」
「ううん、シュークリームも渡さなきゃだしね」
困ったような顔のままで優は、友里の笑顔が見たくてそういった。
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