第87話 パジャマパーティー
「いまから悪いことをするわよ、友里」
クローデットは、バイト帰りの友里を攫うと、駒井家に無理やり連れ込んだ。友里は、シャワールームに放り込まれ、体を洗うよう告げられると、鍵をかけられた。わけのわからないまま言われた通りバイトの汚れを落とすと、ようやくシャワールームから出してもらえた。
後ろから抱きしめられ、顎をしゃくられる。クローデットの、豊満な肢体が、友里の背中に密着した。
「あれをみて」
言われた先を見つめて、友里は、ごくりと喉をならした。
ズラリと並んだ原色カラーの袋菓子、色とりどりのチョコレート、ビスケット、クラッカー、ケーキ、ビックサイズの炭酸ジュースが並んだ、優の部屋の小さな折り畳み机に、バケツ型の茶色い容器を、優がトンと追加する。
「さらにパイントサイズのアイスクリーム!」
「わ、悪いーー!」
友里が大きく拍手を繰り返す。
優はその様子を、複雑な表情で眺める。友里の髪が濡れていたので、ドライヤー係を買って出るが、服はクローデットが用意した薄手のキャミソールに短パンなので、目のやり場に困る。
「友里が買ってきたお菓子がたくさんあるから、パジャマパーティをしよう!」
クローデットの発案だった。優は、バイトで忙しい友里に無理をさせたくない為、そっとしておこうよと言ったのだが、クローデットが無理やり友里を連れ込んだ。パジャマパーティのことはよくわからなかったが、とにかく話をしながら、お菓子を食べて、そのまま寝てしまう遊びのようだ。
ふわふわしたようなお疲れの友里を眺めて、優がはらはらしている。友里がその視線に気付いて、ニコッと笑うのでどきりとした。
「友里ちゃん、さむくない?」
「駒井家はいつも快適ですよ!」
優はいつも、もちろんとてもかわいいと思っているが、いつもと違う雰囲気の衣装を身に着けるだけで、また変わって見えるものだなと思った。しかし目のやり場に困るので、一番薄いパーカーをそっと「風邪ひくといけないから」などと言い訳をして着てもらう。
「淑女」と言われてしまうが、細い二の腕や背中、振り返ると怪我すら見えてしまうほど空いた肩甲骨や、まっすぐな鎖骨などを見ながら、夜を過ごすのはとても耐えきれない「えせ淑女」だと一人反省会をする。
クローデットは布はあるのか?と疑問に思ってしまうような下着に、ほとんど下着のようなキャミソールに短パンなので、優はそちらへもパーカーを貸した。
「優の家は暑いので、パーカーはいらない」
完全に拒否し、アイスクリームの大きなバケツに、スプーンを差し込みながら、クローデットは豊満な胸をたゆんと揺すった。優は無表情だ。
「あっわたしも欲しい!」
友里がアイスを前に手を上げる。
「お皿そこにあるよ!」
「くださいなー」
「OK!サイズはどうする?」
「うーんトリプルでと言いたいけど、シングルで!」
「はい、$3.28♡」
友里がそこにあったチョコレートのメダルをお金に見立ててクローデットに渡すので、クローデットは「サービスしちゃうぞ」と、マーブルチョコやポッキーをアイスにまぶし、簡単なサンデーにしてしまう。友里は、あまりの美味しそうな仕上がりに「これは悪い♡」と繰り返している。
秒でアイス屋さんごっこが始まったので、優は噴いてしまう。優を挟まなければ、仲が良いはずと、ふたりともがいっていたわけだ。
『仲良しになって良かったわね』
茉莉花との通話の時間になったので、みんなでお菓子などをつまみながら、ある程度の出来事を省きつつ、仲良しになったことを報告した。
『新年はどうするの?』
「こっちにいていいなら、まだいたい」
クローデットがそういうと、茉莉花は色々用意していたのにというため息をついて、OKと告げた。5分の会話はそれまでだった。
「茉莉花、恋人との新年を何年も迎えてないのよ、私からのクリスマスプレゼント」
クローデットはそういって、そろそろお腹が一杯になってきたのか、優のベッドにコロリと上半身だけ横になった。
「茉莉花は悲しがってると思うよ、もうそんな試さなくてもいいだろ、あとでちゃんと謝ったら?」
優が言うので、クローデットは「なぜ」という顔をして片方の眉を上げた。
「キリスト教徒流に家族で過ごすものって考えると気になるかもだけど、〔そういえば日本はなぜか恋人とメイクラブの日なんでしょう?〕茉莉花は日本人だし、いいでしょ」
クローデットが途中から英語で言うので、友里にはわからなかったが優には伝わり、一瞬真ん丸に目をして、食べていたクラッカーでむせた。普段、あまり表情を崩さない優に、クローデットの悪戯心に火が着いてしまう。
「〔ふたりはどこまでいってるの?友里って強引に体を奪っても、最後まで伝わらなそう。胸でイケるくらいには練習しといてあげましょうか?〕最高のクリスマスを迎えさせてあげたいのよ!」
「クローデット!〔気はたしかか?!〕」
突然の外国語の応酬に、友里は戸惑ってしまう。意味が分からない会話を目の前で続けられて、喧嘩がはじまったのかと思って、優の腕にしがみ付いた。
「どうしたの?」
「友里ちゃん……!!」
友里の貞操の危機を感じて、優は友里を背中に隠したい気持ちになった。
「違うの、友里。英語で説明してもらってだけ。アイスの食べかけは、ビスケットやチョコレートや生クリームを足して、冷凍庫へいれるのね、OK優!覚えました!」
(そんな単語出てない感じだったのに……?)友里は、おもいながら、ジャムなどを溶けたアイスに混ぜているクローデットを見て、ワクワク楽しんでしまう。
居間にある大きな冷凍庫なら、アイスを入れられると思うので、友里が代表して一階のアイスクリーム入れの旅に向かっていった。
「友里ちゃんに手を出したらコロスって顔してる」
友里を見送りながら、クローデットが楽しそうに言った。
「……。でもさみしかったから、自分だけじゃこうはいかなかったと思うし、こういうパーティ開いてくれたのは、ありがとうって先に一応、言っておくね」
「さみしい…って!優はホント、友里に関してはかわいいわね」
「……友里ちゃんだけにね」
優は、困ったように笑ってしまうが、感謝はしつつも、くぎを刺しておきたかったので言葉をつづけた。
「キスとか、体の接触って、わたしたちには特別な意味がある。慎重にしたいし、友里ちゃんの体に触るのは、わたしが初めてになりたいから、クローデットは遠慮して」
最大限に怒っていることを、優は伝えた。クローデットが「クワバラ…!」と辞書に載っていた、「災難や禍事などが自分の身にふりかからないようにと唱える、まじない」の単語をつぶやく。了解をして、ただの悪戯心だと、赦してもらう。
「友里は初めてなの?」
「……たぶん」
「優も?」
「なんでそんなこと答えなきゃいけないの?」
「ち、いけるとおもったのに」
クローデットは本気で悔しそうに、せめて優の体験の話を聞きだそうと思っていた。優は逃げるようにその話を避けた。追いかけて、優の体にしがみ付いたクローデット。
「無事に戻りました!!」
友里がバーンと優の部屋を開けて、「あ!ノックしなかった!!」と言ったが、目の前でクローデットの足が優に絡み、乗っかるようにして優の紺のパジャマを引っ張っている姿が繰り広げられていたので、言葉を失う。
「ちが、ちがうのこれは!ふざけてただけ!!」
先にクローデットが言い訳をしながら、優から離れた。
「……優ちゃんの自由だし、わたしだけのものって…言っちゃダメなんだけど…!その、そういう姿は…見たくないって思っちゃった……!」
友里が、瞳をウルウルさせながら言うので、クローデットは焦る。からかいすぎてしまった気がして、声が慌てている。
「友里、いいのよ!そうよ、そういうものだよ!?恋人が他の人といちゃついてたら、そりゃ怒っていいのよ」
「クローデットが言うのか…」
優が呆れたように、言いながら、取れた襟のボタンを止めようとして、ボタン自体がないことに気付いた。
「あれ、ボタン」
「あ、これじゃない!?」
友里がラグの隙間に埋まっていたボタンを見つけて、拾ってくれる。クローデットに倒されていた優は肘で軽く起き上がりながら見上げると、薄手のキャミソールから、友里の胸の谷間が思い切り開いて見えて、サッと目をそらした。
〔けっこうあるのね〕
優と一緒に、床に倒れていたクローデットも、同じ光景を見ていた。優にだけそう言うので、優は嫌そうに睨んで、優の肩越しに寄り掛かっていたクローデットの頭を向こう側へ押しやった。友里はわかっていないと思うのに、キャミソールの胸元を直して、ふたりに向き直ったので、クローデットと優でドキリとしてしまう。
「優ちゃん、いつものお礼に、わたしがつけてもいい?」
「いいの?うれしい」
ばさりとパジャマを脱いで、優はTシャツ1枚になる。
友里はなぜか、ポッと赤くなっている。
「あー残念、下に着てたのね、優ってば保守的」
「なにが残念なの?」
優が嫌そうに、腕に抱き着いてきたクローデットの腕を振り払いながら言う。
「……」
優から裁縫道具を受け取り、友里は手慣れた様子で運針を往復させ、軽くボタンをつける。クローデットが見とれて、優も友里のその様子を嬉しく見ていた。英語でクローデットがなにかを言い、困ったように優が、クローデットの肩を押した。
「うらやましい!!」
友里が突然叫ぶので、優とクローデットはぎょっとして友里を見つめた。
「わたしも優ちゃんにおでこグイーってされたい!!!!気安く怒られたい!!」
わあ!と泣き声で言うので、優とクローデットは困ってしまう。
優が、友里を嫌そうに跳ねのける様子が想像できなくて、クローデットは笑ってしまった。
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