第88話 ファミレスの彼女
23日は学校創立記念日で祝日だった為、前日夜に一晩中遊んだのだが、優はいつも通り5時半に起きてしまった。寝直そうとしたが、床に寝落ちてるクローデットと友里を見つめて、ふたりに布団を掛けると、朝御飯の支度をした。友里は8時頃大慌てでおきだし、あっという間に、朝から1日バイトに出掛けた。クローデットは起きなかった。
優は予備校の自習室を予約し、始まる1時間前に、友里のはたらくファミリーレストランへ行ってみることにした。クローデットを見習って、友里が大変ではない程度に自分から、逢いに行けばいいと思った。
予備校とファミレスは目と鼻の先で、他の予備校生はよく利用するときいていた。優が講座を受けるの時間にちょうど友里が働いているので、逢いに行ける日はいままでなかった。今日で予備校が今年ラストのこともあり、かねてからの願望を果たそうと思った。
(せっかくだし、ご飯を食べながら、友里ちゃんを眺めよう)
優は、そっと行って、遠くで眺められたらいいなと思っていた。
(やっぱりわたしは、クローデットの案と比べると、発想が暗いな……)
反省しながら、ファミレスに入った。
「おひとりさまで、よろしいでしょうか!」
水色と白のストライプの不思議の国のアリスのような制服は、とても可愛くて友里が着ている姿を一瞬で想像して、案内係の女性に、友里に微笑むようにはにかんでしまった。通された禁煙席は窓際で、ソファがふかふかしていて、辺りを見渡せるので、とても助かった。
「ご注文がお決まりの頃お伺いします」と言われたが、もしも呼び出して友里が来たら(こっそりが意味ないな)と思い、その場で和定食を注文をした。
セルフサービスのはずのお水が、テーブルに置かれたので、お礼を言う。ドリンクバーを頼んだのだが、その足で「なにをのまれますか?」と聞かれたので暖かい紅茶を頼んだ。ティーコゼに包まれたティーポッドが運ばれてきて、(最近のファミレス、絶対この布があるな)と、優は思いながら、運んできてくれた女性に笑顔でお礼を言った。
随分、至れり尽くせり…と思いながら、店員さんが注いでくれると言うので、微笑んでそれを待った。
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「ホールにすげえイケメンがいる」
店長のセリフを、やや冷ややかな目で見る友里は、誰もいなくなってしまったバックヤードで、洗い物をしていた。キッチンに人手が足りない時、清掃班もキッチンスタッフになって、仕込みを手伝う。大きなキャベツスライサーでキャベツを切ったり、米を洗ったりしている。その分、ホールスタッフ──友里がひとり入って、洗い物をする。
洗い物と言っても防水のエプロンを付けて、ホール用の制服が濡れないように、大きな銀色の業務用ディッシュウォッシャーに、食事が終わった後の食器を詰め込んでいくだけなのだが、ある程度の食べ残しなどを捨てて、軽く余洗いしないと、芥子やソースなどが、カピカピに乾燥して出てきてしまうので、それを落とす作業がある。食品の匂いがまとわりついて、わりとキツイ。長靴とロングのゴム手袋がなければあっという間に水浸しだった。
「すげえイケメンには、興味ないんですよねえ」
友里は、世界で一番かわいい恋人がいるので、まったくもって無関心だった。
「悪いね、イケメンでもチラッと見に行ければ、その仕事もウキウキできるかなと思って」
「ウキウキしてほしかったら…──もう、いい加減、キッチンスタッフ揃えてくださいよ!」
この場にいる全員の願望を友里が叫んだ瞬間に、ビー!と大きな音を立ててディッシュウォッシャーが終了した。無言で前の物を取り出すと、次のお皿やシルバー食器を放り込んでいく。
「ホール、パフェ応援に来て、団体が来ちゃった!!」
ひとりのホールスタッフがあわてて走りこんでくる。
友里と店長は顔を見合わせて、どちらがパフェ作成が上手いか見比べた。店長が仕方ないという顔で、友里から防水エプロンを預かった。友里は、手を念入りに洗って、消毒して、銀色のドアを開けて、ホールへ飛び出した。
「ゆ……!!!」
ホールをみて、一番良い席に、最愛の恋人がいて、友里は動きが止まってしまった。ざっくりとした淡いグラデーションのグレーのニットから、白いシャツが見えている。それにジーンズを合わせただけのラフな格好をしているのに、そこだけパリのカフェか?!と見まごうばかりだった。
不思議の国のアリスのような、ミニスカートのエプロンドレスは、なれてしまえばただの制服だが、汗をかいても濡れても汚れてもすぐ乾く素材なので、ペラペラで子どもっぽい感じがして、すごく恥ずかしかった。
優は、友里の視線に気づいたのか、(見つかっちゃった)というようなかわいい顔でちょっとだけ、はにかんで、和定食を食べる手を止めて、小さく手を振っている。
世界一かわいい。
なにそれ、宇宙一かわいい。
友里は拳を高く掲げて「かわいいぞーーーー!!!!!」と叫びたかったが、ここはアルバイト先で、今入った団体様のオーダーデザートを作らねばならないので、優に小さく手を振って、歩き出すが、もういちど振り返って、2回ぐらい手を振って、想いを断ち切るように、ホール中央にあるオープンキッチンへ入った。
15名様のPTAの打ち上げらしきおば様方は、きっちり全員、このファミレスのデザートで一番単価の高い大きなパフェを頼んでくださったので、総動員でとりかかった。ホールスタッフがパフェなどの、デザートは作るシステムだ。
パフェを運びながら、優をちらりとみると、もう和定食は食べきって、イヤホンをして予備校の勉強をしているようだった。真剣なまなざしもうつくしい。時計を見ると、12時半だったので、もしも13時から予備校なら、すぐ席を立ってしまいそうだと思った。
「優ちゃん」
帰りがけ足早に、優の元へ行くと、書き物をしている手を止めて、上目遣いに見てから、シャーペンを置いて、にこっとほほ笑んでくれた。
「友里ちゃん、働いてるの一度見たくなって。近いのに、来たことなかったから」
「う、うれしいけど!!!なんだか恥ずかしいからあんまり見ないで」
まじまじと制服姿を見られた気がして、友里は体を隠すように自分を抱いた。下にいろいろ着込んでいるが、薄いそれが透けて中身まで見られているような気持ちになった。カチューシャに着いたレースのブリム部分がかわいらしすぎて、より恥ずかしかった。
「どうして?すごい可愛いし似合ってる。それに、あんなにたくさんのパフェを運んで、かっこよかったよ」
はたらく姿を褒められて、照れてしまう。そういえば、優が働く本屋をのぞきに行ったことがあるが、ほとんど中の仕事で、表に出てくることはなかった。みることが出来れば、友里もかわいいよりかっこいいと思うことができただろうか……。みるとにこりと笑ってくれるので、やはりかわいいと言う気持ちのバロメーターの天井が破壊されて溢れそうだった。
(わざわざ逢いにきてくれたことだけでも、嬉しいっていわなきゃ…)
「荒井…!!!おしりあい!?」
後ろから3人のホールスタッフに抱き着かれて、友里はバランスを崩して優に抱き着いてしまう。大学生のお姉さまたちだ。期待に満ちたキラキラした目で、友里を見ている。優はさきほどから、至れり尽くせりしていただいている方々なので、友里を支えながら軽く会釈した。
「あ~~~…世界で一番かわいい子です」
””恋人です””と紹介したいが、してはいけないような空気を感じた。が、ただの幼馴染とも言いたくなくて、友里はそういうと、立ち上がった。
「アハハ」
優が友里の考えを全て読み取って笑うので、全員その笑顔に釘付けになってしまった。
「ほんとに世界で一番かわいいわ♡」「眼福かわいい♡」「素敵かわいい♡」やはり、年上のお姉さまには、かわいい責めを浴びることができるので、友里はにやにやしてしまう。
「バイト何時まで?」
優に聞かれて、(10時からだから、早めに上がれると思っているよね、かわいい顔して……。わたしもそう思ってた……)と申し訳ない気持ちで、終わる時間を告げる。
「えッと、──21時」
「そっか、わたしは、18時には家に帰っているよ」
「終わったら連絡するね」
ワイヤレスベルの音が鳴り響いて、友里は優に手を振ってそちらへ駆けだした。
働き者の友里の背中を、4人で見送る。
「それで、ホントはどういう仲?」
お姉さんのひとりが、優の隣の椅子に座って聞いてくる。仕事中に客席に座るのは、タブー中のタブーなので、他の2名がぎょっとするが、答えが気になって優を見てしまう。
優はお姉さまたちに声をかけられて、友里のことを尋ねられたときはかならず、「好きな子」と言っているが、友里の職場の方々に聞かれたのは初めてで、どう答えたら友里に迷惑がかからないか、わからなかった。
「ひみつ」
優が長い人差し指をそっと唇に当てて、照れたようにそういうと、おねえさまがたは、きゃあっと言った。「いいもんみたわ」と口々に解散していく。正解を引き当てたようで、優はホッとした。悪い人たちではないようだった。
しばらく頬の赤みが取れなかった優だったが、友里の働く姿を見守って、(来てよかったな)と満足して予備校へ向かった。
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