第89話 クリスマスイブ


 イブの日の友里はファミレスのバイト後、その足でお風呂掃除バイトへ向かい、0時に上がって、へとへとの体で、優にメッセージを送った。

【メリクリ!】

 すぐに返事が来るので、起きて待ってたのかなとかわいく思った。

【メリークリスマス、お疲れ様、迎えにきてるよ】


【えっ!すぐいく】

 スマホの画面が、吐く息で曇ってしまうので、手袋の手で一度拭くが、水滴の膜が張ってしまうので画面がやはりよく見えなかった。自転車を必死でこぐマッチョの頭が発電している絵のスタンプだけ送って、ポケットにスマホをしまうと、自転車にまたがって、走り出す。12月も押し迫ると、鼻が凍ってもげそうだ。


「友里ちゃん」


 自転車をギューッと止める。そろそろ油を差すようだ。自転車の運動量がありがたくて、原付きバイクはまだ買ってない。免許証の顔があまりに寝起きなので、優にも見せていない。


「優ちゃん!ありがとー!」

「ううん、逢いたかったから」

「……!」


 真新しい真白いコートを着た優が、バラ色の頬をして友里に小さく手を振ってくれる。手袋は皮の黒を付けているが、ジャージではなく白で全身コーディネートしているのが珍しくて、友里には暗いトンネルを抜けてすぐのまばゆい光のように見えた。


「わあ~~~~ああ~~~かわいい~~~雪の妖精さん~~~~使いすぎた目が新しくなるようだよ〜〜〜癒される~~~!!」

「いつもより言語が足りなくなってる、お疲れ様」

 フフっと笑われて、友里はあまりの可愛さに本格的に言葉を失う。自転車を脇に止めて、ぽつりと胸に飛び込む。

「はあああ…ああああ…あああ…あ……いい香り…桃と薔薇の間みたいな香り」

「友里ちゃんお風呂上りだ、風邪引くよ」

 いつか、優はお風呂上がりの友里を、初めて抱きしめた夜を思い出した。まだ想いが通じてなくて、ときめきだけでそっと抱いていたが、今は、当たり前のことのように強く抱きしめられてしまうことを幸せに思う。

「ほんとにこんな暗闇で怖くない?おばけいなかった??」

「友里ちゃん、おばけはね、いないんだよ」

 優ににっこり、しかしはっきりと否定されて、友里はいつも通りの返事に、へらと笑ってしまう。1日学校へ行って、ファミレスへ行って、お風呂を清掃しつくした体に、優の柔らかな愛情が染みわたるようだった。

「逆に忙しいほうがいつも逢ってるね」

 友里が嬉しそうに言うので、優は(さみしいからだよ)と言えずに友里をぎゅっと抱きしめた。


「メリークリスマス、友里ちゃん」

 呟いて、優は、手に持っていたラッピングを渡す。

 友里が、驚いて、優とプレゼントを交互に見ては、口を開けたまま真っ赤になってぶんぶんと首を振る。

「わ、わたし、明日渡す予定で!!!おうちに!!」

 慌てて家の方を指して言うが、取りに戻って今、渡すのも憚れらた。

「うん、楽しみにしてるね」

 おずおずと受け取ると、ふわりとしていた。開けていいか問いかけると、優は笑顔で頷く。

「コートだ!もしかしておそろ?」

「気に入ってくれたらいいけど」

「え、こんな真っ白…!似合うかな」

「友里ちゃんに似合うと思ったから」

「優ちゃんは完璧に似合ってるけど!!!」

 照れながら、友里は今着ていた黄色や緑などいろんな色の入ったチェック柄の濃い黒のコートの前を開いて、下に制服を着てなかったことに気付いた。お風呂清掃のバイト先の制服だ。

「友里ちゃん?」

 優は、見ていなかったので、ぽかんとして友里を見つめる。

「どうしたの?」

「ああ…あ、あの。バイト先の制服着てきちゃった……!」

「ハハ!かわいい、みせて」

「やだやだ!かわいほうじゃないやつなの!!」

「ぜんぶかわいいよ、友里ちゃんが着てたら」


 友里は紺地に緑の襟の制服を抱き締めながら、心の底から、うっかりするのはやめようと思った。高校の制服がちゃんと鞄にはいってるか確認する。観念して、バイト先の制服を優に見せる。これで2か所とも、バイト先の制服を見られてしまった。

「かっこいい!凛々しいね、そういう格好あんまりしないから新鮮だ」

「うう…もう…」

優が無邪気に誉めるので、友里は、自分の迂闊さによりしょんぼりしてしまう。鞄に制服が入っていて、ホッとした。お風呂場に置いてあったら、来年までとりにいけない所だった。



 落ち着いて優がプレゼントしてくれたコートをお披露目する。

「どう?」

「やっぱり似合うよ。雪の妖精さんみたい」

「わたしが言ったやつだ」

「ふたりで妖精?うれしい」

「優ちゃんはわたしとおそろではずかしくない?」

「どうして?うれしいからプレゼントに選んだよ」


 白い一緒のコートに見えたが、優はチェスターコートで友里はダッフルコートだった。丈とフードの形が違う。見れば、実はお揃いコーデというレベルで、友里はホッとした。

「この格好で、初もうでに行きたい!」

「いいね、朝行こうよ。午前中ならバイトないでしょう?」

「うん!」

 お正月の約束まで取り付けて、友里はご機嫌だった。勢いでいってしまう。


「優ちゃん、キスしよ!」

「え!」

 驚いた優の顔が、みるみる赤くなっていくのを見て、友里は笑顔の顔のまま反省した。素敵なプレゼントをしてくれた淑女に対して、ロマンチックの欠片もなかった。


「あ……うん、そうだね、えっと」

 優が気を利かせて、戸惑ったまま、瞳を閉じて屈んでくれた。せっかくだから、きちんとロマンチックにしようと、優の指をさわって、指の間に指を通して手を繋いだ。0時を過ぎた田舎のみちは、誰もあるいていないが、キョロキョロと回りをみた。


「…なにかロマンチックなこと言いたかったけど、大好きしか、言い方が見つからない」

 そっと抱きしめて、近づきながら言う友里。

「それでいいよ」

 真摯な表情で、優が言う。

 公園の近くにベンチがあったので、せめて、そちらに移動させてもらった。椅子に座れば、ふたりの目線はぴったりなので、友里は優を胸に抱きしめた。


「大好きって言うだけでいいの?」

友里が聞くと、優はこくんとうなずく。

「うん、たくさん言って……」

「大好き、優ちゃん!優しくて、あったかくて、だいすき!怖いのに迎えに来てくれたりするのは心配だけど、逢いたいって素直に言ってくれるのも大好きだよ!白が似合う!かわいい!ダイダイダイスキ!」

 子どものようなそんな言い方でも、優の頬が赤く染まる。友里にとって、かわいいとは大好きと言う意味だ。そっと頬に手を伸ばすと、優が瞳を閉じる。

「大好き、……どんな優ちゃんも、全部丸ごと、大好きだよ」

 唇が重なるその瞬間まで、友里が言うので、優の唇は少し震えていた。寒さで、唇の表面が少しかさついてた友里は、優の唇がプルンとしてて羨ましく思った。唇がいつもよりも暖かく感じる。

(わたし、カサカサだったかも…いたくないかな)

 友里が思いながら、薄目を開けて優を見つめると、閉じた瞳の、長い睫も震えていて、相変わらず毛穴レスの美しい肌に見とれる。唇をパクリと食べると、ピクンと震えて、かわいい。

 しばらくして唇を離すと、ゆっくり優が瞳を開ける。潤んで、仄かに輝く光彩を見つめて、おでこをコツンと当ててから、友里は優の顎の辺りに顔を埋めて抱き締めあう。頬が余計に熱くなる。

「熱いね」

「うん、コート暖かいから…。すごいかわいい」

「気に入ってくれてよかった」

「コートもだけど、優ちゃんが可愛くてふるえる!!」



 ぎゅぅとだきしめて、友里は、呟く。

「どこまで好きになるんだろう……」

 ぽやんとして、つぶやくと、頬の輪郭にキスをした。にっこり笑いあう。


「メリークリスマス、優ちゃん。大好き」

「メリークリスマス、大好きだよ」



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