第79話 淑女と猫



「友里ちゃん……」


 すっかり自分がいることも忘れて、彗と「優かわいい話」で盛り上がる友里を見つめて、恥ずかしいような、嬉しいような不思議な感情を抱いて、優は顎に手を置いたが、クローデット攻略を早々に諦めたようにみえる友里に、苦笑してしまう。


 それはそうだ、相手が暖簾に腕押しでは、飽きも早い。友里がクローデットに気に入られる必要は、実はひとつもないのだから。と、優は思っていた。

 

 友里が「ひとりでやりたい」というが、本来はこれは、優の仕事だった。


「どうするの?」

 優に問われて、優の胸にもたれかかっていたクローデットは、そのまま優の胸で目をつぶる。金色の髪がふわりとゆれる。制服だけでなく、友里のようにポニーテールをしていて、クローデットも、友里のことが気にいっているのが、優には感じ取れていた。


「友里ちゃん、いい子でしょ?仲良くしてよ」

「どこが?自分を良く見せようとしか思ってないし、チンチクリンだし、あほみたいだし、口開いてるし、優の相手に釣り合ってるとは思えない。びっくりしたわ」

「相手の悪いとこもポジティブに変換しちゃうし、素直で嘘がつけなくてかわいいし、姿勢は綺麗だし、明るくて優しいでしょ、わたしにはもったいないくらい」

 クローデットが言ったことをすべて反対にして、優は、ある意味惚気てしまう。言ってから少し照れた。


「優はひどい、こんなに愛してるのに、また別の女の話をする」

 優はクローデットの髪を一房もちあげて、パラパラと上から落とす。

「だってわたしが、愛してるのは、友里ちゃんだから」

「ふうん、あっそう、友里嫌い!」


 ふたりで、彗と友里が盛り上がっている様を見る。芙美花が、買い物から帰ってきて、彗と友里の様子に加わると、部屋の奥から、たくさんのアルバムを持ってきた。

 クローデットは、優の胸に顔をうずめて、それを目に入れないようにする。


「家族の団らん、嫌い。お菓子も嫌い、制服も嫌い」

「クローデットは嫌いな事が、いっぱいあるね」

「優は好きよ」


「なんで?」

「だって、私の王子様だから」


「クローデットにはカッコ悪いとこしか見せてないと思うんだけどな」


 優は苦笑してしまう。ずるずるとクローデットにソファに落とされて、手すりを枕に優はもう横になっていた。片腕を頭の後ろへ組んで、楽しそうな友里を眺める。

 クローデットがぺったりと、ぬいぐるみに抱き着くこどものように、優を抱き枕にしているので、もう片方の腕はクローデットの背中においた。駒井家は年間ずっと同じ気温なので、そう不便はしないが、ここまで近づいているとやはり暖かくて、優は中学生の時のクローデットを思い出していた。

「──こうしてると、13歳の時を思い出すわ」

 クローデットも同じ事を言うので、思考が読まれているのかと思って驚いた。

「あの時はお世話になりました」

「いいわ、おたがいさま」


 家族の団らんの声を聞きながら、ふたりは、なにも言えなくなってしまう。ここにいるときも、アメリカにいた時も、いつでも居場所がないような気持ちになる。


「ねえ、ふたりでいるのが、自然だと思わない?」

「──好きなら、相手の幸せを思って、あきらめることも大事だと思うよ」

「いじわる。自分を好きな人間に言うことじゃないわよ。友里が別の人を好きになっても、そうするってこと?」

 優は苦笑した。

「うん、友里ちゃんが選んだ相手にならね、祝辞も送る」

「じゃあ、私が友里を落としたら、どう?」

「どうって…絶対反対するよ」

 ガバッとクローテッドは起き上がって、優の顔を両手で掴んだ。むにゅっと毛穴も肉もない優のほっぺをポニポニする。

「言ってることが違うじゃない!」


「クローデットが心配だから……。わたしを好きなんでしょ?」

 優がにっこりとほほ笑むので、クローデットが息をのむ。眩く黒い瞳が、ちらちらと火のように煌めく。長いまつげがつややかに輝き、瞬きのたびに頬に影を落とした。頬は白く、赤ちゃんのようにふわふわツルツルしていて、内側から発光しているよう。クローデットは、美しくて、ズルいと思った。


「そうよ、そうなんだけど……だって!」


 プン!と頬を膨らまして、また優の胸にぺたりと降りて、すりついた。どんなにクローデットが胸を押し付けようと、足を絡めようと、優の胸を触ろうと、落ち着いている優の心音に、瞳を閉じる。

「優は、女に反応しないと思ってた」

「お…女って………。好きな人にしか、ときめけないだけだよ」

「……友里のおっぱい触ってみた?どきどきした?想像して」

「………」

 表情はまるで変わらない上に、呆れた顔をしているが、心臓がドキドキと早くなって、クローデットは優が応える前に、優の胸に顔をうずめて笑った。少し泣いた。


「あっそ、私は、私をふった女の幸せは祈れない!次の好きな人は友里にしようかな!」

 ズズと優の服で鼻を拭いてやって、クローデットはふざけて言う。

「……やめてね」

 優が本気で言うので、クローデットは楽しくなってしまった。

「優とライバルも、楽しいかもしれないし」

「昔馴染みと恋敵なんてやだよ」

 ふたりは、クローデットが来日して、初めて微笑み合った。



 :::::::::::


 友里は目の端で、最愛の恋人が、聞こえないくらいの会話の音量で、すごい美少女といちゃいちゃいちゃいちゃとソファーで横になって、キャッキャと笑っている様子を感じて、自分には決して懐かない猫を、懐かせている人を見ている気持ちがしていた。

(これが…嫉妬……どっちにかしら……)と、複雑な感情をかみしめていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る